29.おめでたいことは続くもの
さて、記憶はもとどおりになり、オレの問題も片付いたので、式の日どりが正式に決まった。
アカデミアの卒業後すぐ。
やや風の涼しい時期ではあるが、今年は有力貴族の婚姻がつづく見込みであるため、早めにすませるのだという。
……有力貴族の婚姻? 誰だろう?
オレの乳兄弟であるハロルド・アバカロフ伯爵子息と、その従姉妹にして名門護衛家系のマーガレット・ファーミング伯爵令嬢。この二人の婚約は二年前から皆の知るところであり、王家としてもウェルカムなのでオレの式が終わればすぐにでもという雰囲気であることも知っている。
しかしそれ以外に婚約や式を挙げるなどという話は聞いていないが――。
と思っていたら、ハロルドにとりつがれてエドワードがやってきた。
「ヴィンセント殿下、ご報告があってまいりました!!」
「お、おう……」
喜色満面の顔色に興奮を隠しきれぬ大音声。ふと見ればその手にもっているのは、……婚姻宣誓書じゃないか。正式な婚姻を結ぶ際、その両家から王家に対して提出する書類である。
「実は、このたび婚約をいたしまして。式も早いほうがよいだろうということで、その御許可も陛下にいただいてまいりました」
「そうなのか。それはめでたい」
聞いて納得した。嬉しくもなるはずだ。婚約も最近ということならいまが一番気持ちの盛りあがっている時期なのだろう。ザッカリー殿もおおいによろこばれているに違いない。
前途洋々たる恋人たちを祝福しようと、こちらも王太子スマイルを浮かべかけ、
「お相手は、セレーナ・ヘイヴン殿です」
「……へあ?」
でてきた名前に、思わず妙な声を漏らしてしまう。
セレーナ嬢、エドワードと結婚するのか。『乙星』作者と『乙星』信者で話がはずみそうだなとチラッと考えたことはあったが、まさか現実のものとなるとは。
というかセレーナ嬢、貴族社会が苦手そうなのに、騎士団長の息子と結婚して大丈夫なのか? 式典とか色々あるけど……。
「どこで出会ったのか、尋ねても……?」
「はい、昨年の春に、王宮でお会いしました。転びそうになったセレーナ殿を支えましたのがきっかけで……。それから徐々に親交を深め、今回このようなはこびとなりました」
あ、レオハルト絡みで『乙星』二巻の執筆依頼をしたときか~~~~!! まさかあのときにそんなことになっていたなんて……。オレ、キューピッドじゃん。
照れくさそうになれそめを語るエドワードにむかって、オレは笑顔のままやさしくうなずく。
「この王宮できっかけが結ばれたのなら、とてもよろこばしいことだ。伝えてくれてありがとう。友人としても祝福する。式にはぜひ呼んでくれ」
「ありがとうございます……!!」
感激したエドワードが何度も敬礼をしながら退室するのを見送る。
ヘイヴン家も思わぬ求婚に驚いただろう。とはいえ、よい縁ではある。嫌味なところのないセレーナ嬢ならザッカリー殿やノーデン家の使用人たちともうまくやれるはず。
少々気が弱いところだけが心配だが……愛の力があればのりこえられると信じよう。
そうか、エドワードが結婚……オレも結婚するのだものな、こうして知っている者たちも結婚していくわけだ。そして皆が幸せそうで、よろこばしいことだ。
エドワードに感化されてオレもやがてくる結婚生活に思いをはせていると、ふたたびノックの音がした。
飛びこんできたのは、両腕をひろげたラファエル。
「やっほー☆ 久しぶり! 今年は全然会えてなくてさみしかっ――」
目前に迫った優男が、視界から消えた。
視線をおろせば、ハロルドによって右腕をねじりあげられたラファエルがうずくまっている。完全に『確保』の光景である。
「ギブギブ!! ギブ!!」
それでもかまってもらえて嬉しいのかラファエルは笑顔のままバンバンと床を叩いている。
ラファエルを解放してすぐに直立の姿勢に戻るハロルドと、よたよたと起きあがるラファエル。ふう、と息をついたラファエルはローブについた埃を払った。
「今日きたのはほかでもない、結婚の許可をもらおうと思ってね♡」
ウキウキした台詞とともにウィンクが飛んでくる。見せびらかすようにひらひらとかざされる婚姻誓約書。
たちなおりが早いな。
……いや、その前に、結婚???
「……誰と?」
「そりゃ一人しかいないだろう♡」
両手でハートの形をつくるラファエル。
この口ぶりからするに、相手は……、
「ユリシー嬢となのか?」
「もっちろん♡」
「まじか……よくオーケーしてもらえたな」
ユリシー・メリーフィールド嬢はオレやエリザベスを陥れようとした罪を問われ、実家からも絶縁されたところをラファエルに拾われた。しかし当のラファエルがこのとおりの性格なので、猛烈なアタックをお断りしつづけていたはず。
「催眠……? または魔法による洗脳か?」
「いやだなぁ、本人の意志をねじまげる行為は禁じられているよ? それに洗脳なんてつまんないだろ♡ オトすなら心の底から陥落さなきゃ」
後半サラッと恐ろしい価値観が提示されたな。
まあでもそうだ、二年間もユリシー嬢がうなずくのをまちつづけてきたラファエルがいまさら短慮に走るわけはない。双方合意のうえでなのだろう。
「よくオーケーしてもらえたな……」
「あはは、二度目~。言ったろ、根は純粋でいい子だって。父上も認めてくれたよ。国王陛下もね」
「いや、ユリシー嬢にだ」
ラファエルが本気になった時点で父御であるドメニク殿は折れるしかないだろう。頭だけは切れる男である、納得させるだけの材料が準備されていたに違いない。そこまでくればうちの父上だって否とは言わない。
だから最大の障壁は最初からラファエルの本性を浴びせられておびえきってしまったユリシー嬢本人だったのだ。
オレの言葉を理解したらしいラファエルはニヤリと笑った。たぶんこれ、本人は「にこり」のつもりだ。
「愛の力があればのりこえられないことなんてないよ♡」
お前は愛の力でなんでものりこえすぎだ。