27.もしかしてオレたち、お似合いなのか?
リカルド殿が帰国したことで、できるところから、とふたたび結婚の準備が進められた。
母上の言うとおりいまの状態では挙式まわりに手をつけることができないため、エリザベスを迎える部屋の支度をすることになった。
こちらで用意する家具や日用品などの確認……ものすごく新婚準備っぽい。
ラ・モンリーヴル公爵邸から運びいれる予定の家財はほぼリストアップが終わっているらしい。
普段は使わないのだがエリザベスの持ち物であり、実家に置いておくよりは王宮へ移したほうがよいもの――たとえば楽器や、希少本の類、それから公爵家に受け継がれてきた装飾品や遊具の一部。そういったものをどこに置くか。
「すべてを自室に置いては、お客様がいらっしゃったときに邪魔になりますかしら」
「そうだ、離れなら……」
もともとオレとエリザベスが暮らすはずだった離宮は十分に広い。いま物の置き場に困っているのは両親が同居を望み、オレがもともと使っていた部屋の隣にエリザベスの部屋をつくろうとしているからだ。
部屋に収まりきらないものはそちらに置くことにしよう、ということになり、オレは王宮を訪れたエリザベスとハロルドを連れて離れの様子を見にいった。
離れに入るのはプラムを捜索していたあのとき以来。
いくつかの部屋を見つくろい、だいたいの収納場所を決め、オレたちは正面扉近くまで戻ってきた。
不意に、プラムが出現した例の部屋で、ハロルドに抱きかかえられていたラースが急に頭をもたげた。近ごろではすっかりハロルドになついているためバスケットにいれていないのだが……それが悪かったのか。
自分をかかえていた腕を蹴りラースが飛翔する。
めざす先は例の部屋。
「ラース様!!」
「どうした、なにかあるのか!?」
まさか別の魔物が? それともプラムの残留魔力に異変でも?
あわててあとを追うオレたちの前で、ラースが扉にタックルをかます。ドラゴンの体当たりに鍵はあっさりと壊れ、扉は大きくあけ放たれた。
淡い光のさしこむ室内は、無数の輝きに満ちていた。
魔力――ではない。わずかにはいりこんだ陽光が、精妙な彫刻を施された絢爛豪華な額縁に跳ねかえってきらきらと踊る。その中心で神々しいばかりのほほえみを浮かべる、エリザベス。……が、たくさん。
幼いエリザベスから、成長した現在のエリザベスまで。それはもうちょっとした成長記録のごとく、肖像画が整列して壁に飾られていた。
混乱のままにあいまいになっていた記憶が戻ってくる。オレは硬直したまま、あの日の出来事が脳裏によぎるのをながめていた。
そうだった……プラムが現れたあのとき、オレとハロルドはエリザベスの肖像をこの部屋に運びいれていたのだ。
……さすがにエリザベスがひくだろうという理由で。
誰だ、父上よりマシだったんだなとか言ってたやつは。オレだ。
「まぁ……」
隣からもまた呆然とした声が聞こえてきてオレは錆びついたようにギギギと首をまわした。エリザベスは驚きにひらいた目でじっと部屋の中に見入っている。
終わった……?
「ここなら……」
エリザベスのかすかな、囁くような声が響いた。
ここなら?
……拒絶の言葉ではない?
「ヴィンセント殿下、わたくし、言いだせずにいたものがあるのです。できればこちらへもってまいりたいと思っていたのですが、適当な保管場所を思いつきませんで……」
「お、おう?」
「ここに置かせてくださいませ。場所が見つかってよろしゅうございました」
エリザベスはにこりと笑った。どうやらひいてもいないし怒っても気持ち悪がってもいないようである。
そういえばエリザベス、自分の肖像を懐中時計にいれられてもノーリアクションだった。
「それがなんなのか、聞いてもいいかい?」
「ヴィンセント殿下の等身大の肖像ですわ! 実家に残すにはしのびなく、けれども部屋に飾るのも、殿下ご本人を前にしていかがなものかと思っておりましたの」
オレと同じような理由だ。
セーフ、らしい。ふところが深すぎないか、オレの婚約者?
「もちろんいいとも」
笑顔をかえすと、エリザベスは晴ればれとした様子でラースをひきとりにいった。
ラースはエリザベスの肖像がすべて見える位置に陣どって、変化のすくない顔に、それでも至福とわかる表情を浮かべている。
そうか、あいつ、幼少時にエリザベスと喧嘩別れして以降はエリザベスに近づける機会なんてなかったものな。晩餐会などでいっしょになれれば幸運、それも遠くからながめているだけだったに違いない。
「ラース様」
名を呼ばれ、ラースは名残惜しそうに肖像群をふりかえりふりかえりしつつエリザベスに駆けよった。
「わたくしもヴィンセント殿下のお姿を残しておけばよかったですわ……」
ぽつりと呟かれた言葉に、オレもラースもハロルドも思いっきりエリザベスを見てしまった。とくに前回この部屋にはいらずにすむようとりはからってくれたハロルドは、余計なお世話だったか……という顔をしている。
もしかしてオレたち、お似合いなのか?