25.手をとりあって(後編)
「わたくしは、ヴィンセント殿下のお役に立ちたいと願い、様々に励んでまいりました。でもその一方で、殿下はわたくしの助けなど必要のない完璧なお方だとも思いこんでおりました」
それは……オレがそう仕組んだからだ。
残念ながらエリザベスと出会う前のオレは誰が王太子にしてくれと頼んだと暴れまわっていたクソガキだったのでもちろん学問などするはずもなく、それどころか挨拶の仕方すら知らず、対面の辞儀をしたエリザベスになにをどうかえせばよいのかもわからなかった。
そんな自分を隠したくて。
完璧で、ほんのわずかな瑕疵すらない光り輝く玉、エリザベスを妻として迎えるのにふさわしい人間に見られたくて。
「だから、今回のことは、ヴィンセント殿下のこれまでと違ったお顔が見られた気がしてうれしかったのです。……でも、殿下は日に日にやつれていくようで……わたくしは気づきました。きっとヴィンセント殿下はご無理をされているのだろうと。そしてそれは、わたくしがヴィンセント殿下からの信頼を得られていないせいだと」
「それは……そんなことはない! エリザベスの前で情けない姿を見せたくないからとオレが変に意地をはったからだ」
「情けなくなんてございません」
エリザベスはそっと身を離した。かわりに、まっすぐなまなざしで視線をあわせる。
「ヴィンセント殿下がご負担なら、わたくしにも少しわけていただきたいのです。わたくしはそのためにおります。ヴィンセント殿下を支え、時には守るためです」
「エリザベス……」
わかっていた。否、わかっていた、つもりだった。
だからエリザベスにはオレと同等の厳しい王妃教育が課された。幼いころからの婚約もそのため。でもオレはずっと、エリザベスがオレのむこうに『国』を見ているのだと思っていた。
そして想いを告げたあとも、エリザベスの中にすでにある完璧な王太子であるオレへの憧憬をくずしたくなかった。
けれどそんな心配はする必要がなかったのかもしれない。
だってオレたちは――、
「だ、だって……わたくしたちは、恋人なのですよ。恋人なのですから、甘えてください」
浮かんだ言葉のつづきを、エリザベスがひきとった。困ったような、怒ったような、寂しいような……眉をさげた複雑な表情で。
対してオレは……熱のせいではなく、顔が赤くなっていくのを感じた。
「わかった……」
いや、わかったと言っていいのかはわからないのだが。オレが全力で甘えた場合にどうなるかは記憶を封じられたときに体感しただろうに、エリザベス、チャレンジャーだな。
もちろんあそこまでにはならない。ヒかれないように小出しにするのは相手への思いやりだ。親しき中にも礼儀あり、という。一線はきちんとたもたねばならない。
だから、「このままエリザベスとくっついていたい♡」と思っていても、いったん身をひかねば。
そう思ったのに、エリザベスはオレの肩に手をおいたまま、オレが動くよりも先に言った。
「けれど、口先だけではいけませんね。まずは自ら行動に移さねば……わたくしが長らく自分の気持ちに気づいていなかったから、殿下を不安にさせてしまったのですわ」
……ん?
エリザベスがものすごく真剣な顔をしている。あ、これ、斜め上にぶっとんでいくときの顔だ。
そうはわかっていても、拒むことなどできない。
顎になよやかな指先がそえられ、上をむかされた。決意の表情になったエリザベスが顔を近づけてくる。視線は、オレの唇。――え?
髪と同じ、燦金の睫毛。煌めきのむこうに揺れるのは紫水晶の瞳。吐息もかかるほどの至近距離には薄薔薇色の唇。
えっ、イメトレはたくさんしたけど、まさかエリザベスに、いや嬉しいけど、えっ、ちょっ、まっ、――。
「だっ、だめです、やっぱり、殿下のお顔がまぶしすぎて……!!」
「は~~~~かわいいかよ~~~~!!」
数秒後、オレたちは真逆の方向に顔を伏せていた。
エリザベスは真っ赤になった顔を両手で覆ってベッドの脇にうずくまってしまったし、オレはオレで身をよじるとシーツに顔をうずめている。
「で、殿下、信じてくださいませ……わたくしの想いは真実です」
「大丈夫、オレもよく知ってる。それとこれとは話が別だ」
頬を掻きながら苦笑いをする。そういえば口調もとりつくろえていない。でもエリザベスが許してくれるならもういいのかもしれない。
「……また具合が悪くなってきた気がする」
「まぁ、いけませんわ」
「だから、また抱きしめてくれるか?」
言えば、エリザベスは驚いた顔になったが、すぐにほほえんだ。
細い腕にひきよせられ、首筋に頭をもたせかけると、よしよしと髪を撫でられる。
具合が悪くなってきたのは本当だ。色々ありすぎて思考の許容量を超えた気がする。今日だけは精神年齢二歳だ、オレは。
「まだお熱がありますわね」
「いくら甘えてもいいとはいえ、さすがにずっとこれじゃ困るだろう?」
「ふふ、かっこよくはないかもしれませんが、かわいいですわ」
「……それ、殺し文句だな」
エリザベスが首をかしげる。あ、そこはわかってないんだ……。
オレは情けない部分がバレたけど、エリザベスは最初から添加物一切なし天然ものの天使なのでなにも変わらない。格差は縮まらない……やっぱり言わないほうがよかったんじゃ?
「ついておりますから、今日はお休みくださいませ」
悩んでいるうちにベッドに横たえられ、毛布をかけられた。おとなしく従っていると、エリザベスはベッドサイドまで自ら椅子を移動させ、座った。手が握られる。
そういえばハロルドは、と部屋を見まわすのと同時に、見計らったようにドアがノックされる。
はいってきたのはラースをかかえたハロルド。
ラースは白い身体を丸め、ハロルドの腕に甘えるように頬をすりよせている。
「……どうした?」
「お二人のあまりの空気に魔力を吐き尽くしてしまったようで」
ラースを抱いているのとは別の手でバスケットを示すハロルド。バスケットの中には大量の魔石がひしめきあっていた。ひと財産築けそうな量である。
オレとエリザベスのイチャイチャにあてられたラースとともに、廊下にさがってくれていたらしい。
ハロルドがラースの角を撫でる。慰められて心を許したのかラースはぐるぐると喉を鳴らした。
そういえばこいつがいたな。プライドもなにもかも捨ててエリザベスに全力でかわいこぶり、かわいがられている元恋敵が。
ラースに比べれば、オレも少しくらいは甘ったれた態度をとってもいいのかもしれない。
「ありがとうございます、ハロルド様」
「いえ、当然のことをしたまでです。ヴィンセント殿下が闇落ち直前であらせられたので、臣下としてはどのような手を使ってでも浮上していただかねば……と」
エリザベスが絶妙のタイミングで部屋に入ってきたのはお前の策略か。
ラースを全力で懐柔しつつ。有能すぎるだろ。廊下でなにがあったんだ。
エリザベスはラースに視線をむけつつもおとなしくハロルドに甘えている様子に安心したのだろう、オレの手が離されることはなかった。
結局のところオレは色々なことを難しく考えすぎていたのだろう。
身体は重いし思考はぼんやりとしているが、心は澄みきった青空のように晴れやかだった。
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