表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

90/91

閑話:黒森族の女の子Ⅱ



 コージャが、その王種の森族(エルフ)の子のところへ行きますと言ってからは、すごく展開が速かった。


 父親によると

「婚約やらなんやらの話が出てしまってからだと、よそに寄子になりにいくと言っても、相手が嫌で逃げたみたいな印象になるからな。それはよろしくない」

とのことで、すぐに馬車や馬の手配がされて、あっという間に出発の日になってしまった。


 出発の日には、母親と(コージャと母親が同じ)妹や弟たちが泣いていて、コージャはちょっと悪いことをしたかなとも思ったけれど、でも今さら、やっぱりやめますとも言えない。


 家族や友達から、ちょっとした身に付けられる小物のようなものや、お金とかを色々と餞別としてもらった。

 意外なことには、父親の本妻の、つまり黒森族(エルフ)の奥様が、新しいナイフとかマントとか、かなりの額のお金とか、たくさんの新しい替えの下着とか、心尽くしの贈り物をくださった。

 奥様というと、あんまりコージャとは口もきかないし、冷たい印象の方だったけれど、実は優しい人なのかもしれない。

 人には色々な面があるんだなと、コージャは学んだ。



 ◆



 ファルブロール伯領までの旅には、父親の寄子の人が四人も一緒についてきてくれることになっていた。

 それだけの人数で半年も旅をすれば、お金だっていっぱいかかる。

 ひょっとして自分は父親に愛されていたのでは? とコージャは父親から遠く離れることが決まってから、やっとそう思い始めたのだった。



 ◆



 コージャたちの一行が家を発ったのは秋で、秋の終わりから冬の終わりにかけての時期を、南部の暖かい地域を移動する行程で、うまく使いながら、暖かくなってくるにつれて、春の訪れを追いかけるように、徐々に西へ寄りつつ北上していく。


 毎日毎日歩き、時には乗り合い馬車に乗り、あるいは川や運河を船で進む。

 そうしてもう一生分歩いたんじゃないかと十回くらい思った後で、やっとこファルブロール領に着いた。



 ◆



 そこで宿をとって一泊して、身支度を整えてから領主様と奥様と、寄親になってくださる予定のお嬢様がおられる屋敷に出向いて、そこで挨拶をしたけれど、お嬢様は本当に赤ちゃんみたいに幼く見えた。

 これが王種という森族(エルフ)は成長が遅いとかいうやつだろうか。


 一緒についてきてくれた、父親の寄子の人が、俸給とかの交渉をしてくれて、月に金貨が三枚ももらえることになったのはびっくりした。

 そのあと、お披露目の席でコージャがマントを貰うのを見届けてから、父親の寄子の人たちは帰っていった。

 自分に付いてきてくれた皆は、帰り道をまた半年も歩くのかと思うとかわいそうに思える。



 ◆


 はじめて自分の家から出て、よその家庭を見て思ったのは、この家は人の関係が、すごくベタベタしているというか、愛情深いということだった。


 奥様とお嬢様が、毎日、昼の食事を一緒に食べるようにと、奥様の部屋に招待してくださるのだけれど、コージャの顔を見ると、お嬢様はすぐに宙を飛んできて、抱っこされに来てくださるし、奥様もコージャを招き寄せては抱擁して色々と話しかけてくださる。


 それにその昼の食事に、領主様も来られるときがあって、そういう時には、領主様と奥様が、とても普通に当たり前のように、軽く抱き合ったりとかするのを見るのはとても衝撃だった。

 コージャの父親と母親がそんなことをしているのは見たことがないのに、ここでは当然のことみたいにするから、それに比べると自分たちの両親は、やっぱり仲が悪かったんだなと分かったのだった。


 食事の時には、奥様が、奥様にも他の寄子らしき方がたくさんおられるけれど、それでも、お嬢様とコージャをご自分の隣の席に座らせて、色々と話を振ったりして、気をつかってくださったりもする。

 そんなふうに奥様はすごく優しいし、他の人たちも皆が笑顔で楽しそうにしている。


 コージャの実家では、自分の母親と、母親が同じ兄弟姉妹以外は、もっとよそよそしくて他人行儀だったし、会話もほとんど無かったから、それに比べて、ここにいる人たちは、なんだか情深くて、実家とはだいぶん違うなとコージャは感じたのだった。



 ◆



 それで、コージャが、お嬢様の寄子になって、困ったことと言えば、仕事がないことだった。

 いつも呼んでくださる昼食の時に、何かやることがないか奥様とお嬢様に聞いてみたけれど、最初は

「故郷からここまで長旅だったのだから少し休んでいてくれたらいいわよ」

とのことだったので、それもそうかと思って寝床で寝たりしていたけれど、二日もすれば飽きてしまった。


 それでもう一度、何か仕事がないか聞いてみたら、じゃあ、お嬢様に付いてみましょうかということになった。

 それでお嬢様と一緒に行動することになったのだけれど、付いているとは言っても、お嬢様にはすでに、アイシャさんという豚鬼族(オーク)の乳母の人がいて、お嬢様の身の回りのお世話とかは、その人がしているから、コージャが何か世話をするわけでもなくて、本当に、ただ一緒にくっついているだけだった。


 朝の食事が終わると、コージャはお嬢様と合流して、午前中は、お嬢様が家庭教師とお勉強をしている姿を眺めるがてらに、コージャも勉強するように言われる。

 勉強の内容は、なんだか難しいことをやっていて、家庭教師の人が何を言っているのか、コージャには分からないことが、かなりあった。


 勉強の時間が終わると、昼ご飯を、奥様たちとお嬢様と一緒に食べて、少しのお昼寝のあと、奥様と寄子の皆さん、お嬢様と豚鬼族(オーク)のアイシャさん、それにコージャで連れだって、お屋敷がある丘を降りて少し行ったところにある街に向かう。


 街に入ると皆が、馬車に乗った奥様やお嬢様に手を振ったり、帽子を取ってご挨拶したりする。

 お嬢様や奥様は、馬車の上から皆に向かって手を振ったりしていて、なんだか街の人達と、とても距離が近いというのか親しみやすい感じだった。

 コージャのいたところでは領主とかの偉い人と行きあわせたら、帽子を取るとか頭を下げるのは同じくするけれど、領民の側から声をかけたり手を振ったりとかは絶対しないし、偉い人の側も手を振り返したりとかは絶対しない。これもコージャの故郷とはだいぶ違うところだった。



 ◆



 街に入ってから少し行くと診療所というところに着く。

 診療所は、コージャの実家の近くにもあったから、そういうものがあるとはコージャも知っている。

 けれども、森族(エルフ)は術力が高いので、だいたい健康で風邪もひかないから、コージャ自身は診療所のお世話になったことは一度もない。

 でもコージャの兄弟姉妹は只人だったから、小さいときにはたまに熱を出して、ひきつけを起こしたりとか、たまに体調を崩しては、診療所に行っていたのは、コージャも知っていた。

 だから診療所の中ってどうなってるんだろうと、コージャは少し楽しみにしながら中に入る。


 すると、建物の中は大きな待合室のようになっていて、そこにたくさんある椅子に、体調の悪そうな人がいっぱい座っていた。


 その待合室を抜けて、さらに奥の部屋に入ると、そこには部屋の片方の壁には一面に、棚が壁に造付けになって上から下までずらりと並んでいる。

 コージャが棚の中をよく見ると、そこには何だか白い布のようなものが畳んで置かれているのだった。


 それから、逆側の壁には手洗い場のようなものがあって、ピカピカの金色に輝く蛇口が幾つも並んでいる。

 それと天井からあちらこちらとカーテンみたいな布が下がっていて、目隠しをされているような、そんな部屋になっている。 


「まず()あら()うのよ」

と、豚鬼族(オーク)のアイシャさんに抱っこされたお嬢様が、コージャに言う。


 それでコージャは言われる通りに、手洗い場のところで、服の袖をまくって、薬液を使って肘まで手をよく洗った。


 するとお嬢様が令術を使って、部屋の壁の棚の中に入っている、布のようなものをふわふわと浮かせて、ご自分のほうに引き寄せて取ってこられる。

 術力がすごいからそういうことができるんだろうけど、それで横着をするもんだなと、コージャはあきれるような感心するような気がする。


 飛んできた布のかたまりが、目の前でふわりと広がると、それは、全身を覆うような白い上っ張りのようなものと、あと小さな布が二つだった。

「これをきて。くちとあたまもおおってね」

とお嬢様が仰せになるのでその通りにする。


 身に着け終えて目を上げると、他の皆はすでに着替え終わっていた。

 お嬢様も、特製らしき小さな上っ張りを着ていて、小さな布で頭も口もしっかり覆っていて、それがすごくかわいい。


「今日はとりあえず見ていて、できそうなことがあったらお手伝いをお願いね」

と奥様に言われて、皆が作業しているのを眺めるということになった。



 ◆



 それからさらに移動して奥の部屋に入る。


 すると、そこにはベッドが二台あって、それぞれ人が寝かされているのだった。


 その寝かされている人には、青緑色の大きな布が掛けられていて、体を覆われている。

 けれども、その体を覆っている布には、丸く穴があいている部分があって、そこから人の肌らしきものが覗いていた。

 そして寝かされている人の顔は、何か目も鼻も口もない仮面のようなもので覆われていて、そこから太い管がでており、その管はベッドの脇にある、なんだかよくわからない装置のようなものにつながっている。

 そして二つあるベッドの上にはそれぞれ、天井から、術石を入れた小さなランプを何個も束ねて、そのランプを束ねたものをさらに幾つも束ねたような、シャンデリアのおばけみたいなものが下がっていた。


 ベッドの脇には物置台みたいなものがあり、そこに銀色のトレーが置かれてあって、その上には銀色の小さな刃物が何本もあったり、あるいは刃のない(はさみ)のようなものがたくさん並んでいたり、金属製の(へら)のようなものがいくつも置かれてある。



 奥様とお嬢様は、それぞれ違うベッドの横まで行くと、近くにいた人から、紙挟みに挟んだ書類のようなものを受け取って目を通す。

 それからベッドの横に回って、寝かされている人の手を取り、手首のところを確認する。

 見ていると何か腕輪のようなものが寝かされている人の手首のところについていて、奥様とお嬢様はそれを覗きこんでいるみたいに見えた。


 やっぱり親子だからか、二人とも全く同じ動きをしていて面白い。


「じゃあ始めましょう」

 奥様がそうおっしゃって、物置台のトレーの上から、小さな刃物を取って、寝ている人の肌色が出ている部分に切りつけた。


 お嬢様も隣のベッドのところで同じように、寝ている人にかけられている布の、丸く穴があいた、肌色が出ている部分に刃物を入れて、皮膚を切りはじめる。



 お二人とも、よどみなく手を動かして、サクサクと切っておられて、そうすると血がでてくるのだけれど、その傷口に指先を翳して令術で焼いて、たぶん血を止めておられた。

 人のお腹が切り開かれているという、おそろしい光景で、焼けているのは人肉なのに、焼肉みたいな美味しそうな匂いがして、でも美味しそうな見た目では全然ないというか、美味しそうとか思ってはいけないから、頭が混乱してくる。


 見ていると、お嬢様や奥様は、皮膚だとか、その下の筋肉の膜だとか、お腹の膜とかが切れるたびに、トレーの上から刃のない鋏のようなものを取っては、それでつまんで留めるようにして固定していく。

 やがて、寝かされている人の体に、切り開かれた穴ができあがると、そこに銀色の金属の器具を差し入れてその穴を広げて固定する。

 そしてその穴の中に手を突っ込んで、今度は何か留め具のようなもので、内臓らしきもののまわりを何か所も挟みつけるように留めた。

 それから内臓らしきものの周囲に刃物を走らせて、体と切り離して抜き取り、手元のトレーに置く。

 そして内臓が取り出されて空いた場所に、今度は、手をピカピカと青白く光らせては、そこにかわりの内臓を令術で作り出して配置しておられた。


 それから、お腹の膜、筋肉の膜と、令術の光とともに傷口をふさいで、最後に皮膚の傷を治癒なさると、そこには傷のひとつもなくなる。



 どうやら終わったみたいで、そこまで見届けると、コージャは大きく息を吐いて、全身の力を抜いた。


 体を切ってから、内臓が取り換えられて、そしてまた傷が塞がれて元に戻るまで、小一時間くらいもかかっただろうか。

 奥様は大人だからまだしも、お嬢様は赤ちゃんみたいに見えるのに、奥様と同じように、すばやく慣れたような手つきで作業をしておられた。これは天才なんじゃないだろうか。


 ベッドの脚の下に、小さな車輪でも付いていたようで、人が何人か部屋に入ってきて、ベッドを押して、二台とも運び出していく。

 奥様とお嬢様は、上っ張りと頭巾と口覆いを外して、籠に入れて、薬液で手を洗っておられる。


 これで終わりかとコージャが安心していると、再び部屋の扉が開いて、また新たなベッドが二台、運び込まれてきた。

 運び込まれてきたベッドの上には、やっぱりそれぞれ人が寝かされている。

 そして奥様とお嬢様は、部屋の壁のそばに置いてあった籠から、新しい上っ張りと頭巾と口覆いを取って身に着けておられた。


 ひょっとして、まだやるの……?

 と、コージャが驚愕していると、奥様とお嬢様は、またそれぞれ違うベッドの脇に付かれる。

 そうして再び、寝かされている人の体を切ったり、内臓を取り換えたり、切った後を治癒したりしはじめられた。



 どうもまだやるらしい。

 それでコージャが見ていると、奥様とお嬢様は、そこからまたさらに、小一時間ばかり作業をされた。


 やがて、処置が終わったらしくて、寝かされている人の体の傷がふさがれる。

 

 奥様とお嬢様は、だいたい同じくらいのタイミングで治癒を終えられて、それからまた上っ張りと、口覆いと頭覆いの布を外された。

 それから「少し休憩しましょう」と奥様が仰せになって、皆で隣の部屋に移動する。


 そこには大きな机と、椅子が幾つもあって、お菓子とお茶の準備がされていた。

「座って座って」

と、奥様が言ってくださって、席に着くと皆でクッキーとかのお菓子を食べて、お茶を飲んで一息つく。


 けれども十分かそこらしただけで

「じゃあ始めましょうか」と奥様が仰せになって、また立ち上がられた。

 それで皆が立ち上がり、コージャもあわてて立ち上がる。

 そうして皆は、またさっき治癒をしていた部屋に戻っていくので、コージャもついていく。


 治癒をしていた部屋に戻ると、そこにはまたベッドが二台来ていて、ベッドの上には、それぞれまた別の人が寝かされているのだった。

 コージャは、治癒をするわけじゃなくて、見ていただけだったけれど、それでも気が張り詰めていたせいか、もう疲れてしまっていたので、まだやるのか……と、げんなりする。


 でも奥様もお嬢様も、また新しい上っ張りや口覆いや頭巾を着けては、治癒の作業を再開される。

 人を切って治すという、すごく大変そうなことをしているように見えるのに、よくもそんなに続けざまにやれるものだとコージャは感心する。

 まだお小さいお嬢様も、ピカピカと両手を青白く光らせては、どんどんと作業をすすめておられる。


 また一時間ほど作業がされて、治癒が終わってベッドが運び出されるけれども、またさらに新しいベッドが二台運び込まれてくる。

 まだ終わらないみたいで、コージャは、見ているだけなのに、なんだか精神的に疲れてしまって、絶望的な気分になった。


 さらに一時間くらいして、まず一台目のベッドの人の治癒をお嬢様が終えられ、それから少しして、奥様が二台のベッドの人の治癒を終えられる。


 ベッドが二台とも運び出されて、それから「今日はこれで終わりね」と奥様がおっしゃった。


 それを合図に皆が上っ張りや、口覆いや頭巾を脱いで、また籠に入れ始めたから、コージャもそうする。

 そしてまた隣の休憩室みたいな部屋に皆で移ると、また皆でお茶を飲んだりお菓子を食べたりしはじめた。

 けれども、奥様とお嬢様は、紙とペンを使って何かを書き付けておられる。


 椅子に座り込んだコージャは、もう身が溶けてしまったような気分になって、もう立ち上がれないんじゃないかというような気分になる。


「だいじょうぶ?」

 書き物が終わったのか、宙を飛んで、コージャのそばにやってきたお嬢様が、手に持ったチョコレートの欠片を、コージャの口の中に入れてくださった。

 疲れた心にチョコレートの甘さが染み渡る。


「はい、大丈夫です」

とは答えたものの、今日の一日で、コージャは心がとっても疲れてしまった気がした。


「ひとのないぞう(内臓)とかは()れてないときもちわるいよね」

 お嬢様がそんなふうに気遣ってくださるので嬉しいけれど、はい気持ち悪いですとも言えないから困る。

 コージャも黒森族(エルフ)だから、弓はよく使うし、それで狩りもするし、獲物の解体だってする。

 だから動物の内臓は見慣れているのに、それが人間のものになったら、なんでこんなに衝撃的なのか。

 少し不思議な気がした。


 

 ◆



 留守番の人を残して(宿直というのだそうだ)診療所を出たころには、とうに日が暮れて、あたりは真っ暗になっていた。

 それで、馬車は、御者台の左右の端に吊るされてある角灯(ランタン)に火を入れて、あたりを照らしながら走る。

 お屋敷のある丘に向かって、奥様の寄子の方たちを一緒に、馬車の横を歩きながら、はたして自分はやっていけるんだろうか、とコージャは考えこんだのだった。



 ◆



 そうしてまた翌日。

 昨日と同じように、午前中はお嬢様のお勉強されるのを見ていて、ついでに自分も内容を聞いている。

 それが終わると、また奥様と寄子の皆さんと昼食を食べて、お昼寝をしてから診療所に向かう。



 ◆



 コージャは診療所に着いて、皆と一緒に着替えて、治癒をする部屋に入る。


 すると、昨日は部屋の中に、奥様が担当するベッドと、お嬢様が担当するベッドがそれぞれ一台ずつ、あわせて二台置かれていたのに、今日は一台だけしかベッドが置かれていない。

 その一台きりのベッドに、ちょっと痩せ気味の中年のおじさんが全裸で寝かされているのでびっくりした。

 本当にまったく何も身に着けていなくて、ただ顔だけは管がついた仮面のようなもので覆われている。



 昨日に奥様が、帰り道に教えてくださったところによれば、治癒を受ける人が、体を切られても痛くないように、その人を薬で眠らせる場合がある。

 そうすると薬で眠らせているのは、普通に寝ているのとは違って呼吸も止まってしまうから、管を使って、無理やり体に空気を出し入れするのだということだった。

 それであの仮面についた管と、その先につながっている装置で空気を出し入れするらしい。

 呼吸が止まってしまうだなんて、コージャにはあまりにも恐ろしい話に聞こえる。


 それで、昨日は体を切られる人が、顔の仮面で覆われた部分以外は、青緑色の大きな布覆われていて、切られる部分だけ丸く穴が開いているようになっていた。

 けれども今日は、ベッドに寝かされているおじさんには何も布がかけられていないし、下穿きさえ着けてないから丸見えになっている。


 これはどういうことだろうと、コージャが動揺していると、奥様とお嬢様が、そのベッドの脇について、さらに奥様の寄子の皆さんもベッドの脇についた。

 それからまた口に管でつながっているのとは別の装置がベッドの横に運ばれてくる。


 その装置からは、口につながっている管とは違って、植物の蔓みたいに細い管のようなものが、ニ十本ばかりも出ているのだった。


 お嬢様は、その細い管をひっぱると、その先端を、全裸で寝ているおじさんの体のあちこちに刺し始めた。

 首、胸、お腹、脚の付け根、鎖骨のそば、どんどんと刺していく。

 そうしておじさんが管だらけになったところで、奥様が刃物をおじさんの体に走らせた。


 あごの下から、縦にずうっと下腹部まで一気に切っていく。

 胸は肋骨を切って開いてしまって、恐ろしいことに、露出した肺や心臓がぴこぴこと動いているのが見えた。


 そうやって胴体をすっかり切り開いてしまっても、まだ足りないのか、今度は手や脚にまで刃を入れてはどんどん開いていく。

 右脚は、切り開いている途中で奥様が

「これはもうだめね」とおっしゃったから、のこぎりが持ち出されてきて、寝ているおじさんを奥様の寄子の人達が押さえてから、ぎこぎこと太い木の枝を切るみたいに、脚を膝のところで切り離した。


 体の、とにかく色々なところが切り開かれて、魚の干物でも作るみたいに広げられている。


 体を開き終わると、奥様とお嬢様がそこに手を突っ込んで、内臓を持ち上げてひっくり返したりしながら点検する。

 内臓にできものみたいなのがあると、そこを銀色の体を切るための刃物で削ってから、お嬢様がピカピカと手を光らせて、削った分だけ何か白いものを欠けた部分を埋めるようにされる。

 奥様がこれはもうだめとおっしゃると、それは内臓まるごと切り離されて取り出される。

 取り出された後には、またお嬢様がピカピカと手を光らせて、白い内臓のかわり? で埋めておられた。


 見ていても、治しておられるのは分かるし、内臓の悪い部分を削ったり、内臓を取り換えたりしておられるのは分かるのだけれど、見た感じが、あんまり無残な光景で、コージャは気分が悪くなってきた。

 すっぱいものが胸を塞ぐように胃からせり上がってくる。


 それからおじさんの腸をお腹から引っぱり出して、ずるずると伸ばしての点検が始まったところで、コージャは目の前が真っ暗になって失神したのだった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ