閑話:ヴルカーン氏の見立て
土鬼族のヴルカーンが、手紙を受け取ったのは、春になってしばらくたったある日のことだった。
普通の人は春が来たというと喜ぶが、鍛冶屋というのは仕事でいつも高温を扱う関係上、春はあまり嬉しくない。気温が低いほうが体は楽ではある。
気温が高いと、ひと仕事終えて工房から出ても、空気がぬるくて体がうまく冷えない。
また暖かくなってきやがる、とばかりに舌打ちをして、汗を拭きながら冷やしたビールをすすっていると
「お師匠、手紙ですよ」
と言いざまに弟子のひとりが封書を渡してくる。
表書きを見ると、ヴルカーンの古い馴染みで大鬼族のスタルクからだった。
あの筆不精がどうしたことかと思ったが、封を切って読んでみると、あいつの娘がどこぞに奉公に出る予定があるので装備を作ってほしいとのことだった。
娘はオーガの体をしていると書いてあるのを読んで、そういえばあいつのところは只人の嫁さんをもらったのだったとヴルカーンは思い出した。
子がオーガなんだったら産むのも大変だろうに。
いや、そもそも体の大きさが違うから子を作る段階で……。
ヴルカーンは考えるのを止めて頭を振った。
◆
森族のスクッグが迎えに来ると手紙に書いてあるから、彼を待つ間に、ヴルカーンは材料をあっちこっちに発注したりして、道具もあれこれ準備万端整えて待つ。
燃料の木炭やら金属やら晶術石やらなんやら買い込んだが、スクッグがやってきて、荷物袋の異能の中に木炭以外は入れてしまったので、手持ちの荷物がほとんど無くなってしまった。
それで馬車を借りようと思っていたのをやめにして、馬だけ借りてスクッグと相乗りしていくことにしたが、これが大間違いだった。
ヴルカーンは、馬ってものにほとんど乗ったことがなかったから分からなかったが、あれは脚をうまく使って振動を抜かねばならないものらしい。
普通に鞍の上に座っているだけだと、あっというまに尻が痛くなってえらいことになった。
なんでもケチりすぎるのは良くない。
◆
スタルクの家に着いたらすぐに娘らしきオーガと会えた。
……見た感じは、なんというかまるで只人のようだった。
いやもちろん体の大きさは大鬼族そのもので、それは間違いないが、半裸で毛皮を腰に巻いて手に棍棒を持っている、とかではなくて、まともな清潔そうな服を着て、靴を履いて立っている。髪も整っているし、顔や手足も垢じみたりはしていない。棍棒も持っていない。
スクッグと一緒に家の中に入れてもらうと(もちろん家も洞穴とかではなくて、まともな家だった)床は板張りで、家具が色々あって、テーブルにはクロスまでかけてあった。
見た感じは全く只人の家の中のようで、でも大きさだけがオーガが使うような大きさになっているから、ヴルカーンは、まるで自分の背丈が縮んだかのように錯覚する。
テーブルにつくと、スタルクの奥さんが、お茶やら菓子やらいろいろ出してくれる。
スタルクは大鬼族のくせにえらく文化的な生活をしているようだった。
スタルクの娘はアリシアという名前だそうで、恰好がこざっぱりしているのもそうだが、あまりオーガらしく見えない。
動きが控えめなので、体自体は大きいのに、逆にちんまりした印象を受ける。大声を出したり喚いたりもしない。食事だって食器をちゃんと使って食べこぼすでもなくきちんと食べる。
スクッグのきれいな顔が気になるのか、ちらちらと見ていて、でも自己主張をするでもない様子は、なんだか只人のおとなしい女の子のようにすら見える。
それでも次の日に、装備を作るとて、重い物をどの程度まで持ち上げられるのか調べるために、ヴルカーンは金属材をアリシア嬢に持たせる。
すると、いくら持たせても軽々と持ち上げた。大量に渡しても、なんでもないことのように穏やかな表情のまま持っている。
大剣も刃を付ける前のものを持たせてみたけれど、まるで小枝を振っているみたいに軽く振りまわす。
令体術の才能がものすごくあるんだろう。
そこらへんはさすがは大鬼族だなとヴルカーンは思う。
本格的な突撃甲冑とか超重量武器みたいなものを持たせたほうが、能力をめいっぱい発揮できるとは思うが、スタルクからそんなに金は貰ってないので、負けられるだけ負けてやったところでそこまではできない。材料もそれほどたくさんは持ってきていない。
それでヴルカーンは、まあできるだけ大きくて分厚い剣と鎧を作ってやった。
◆
鎧は、しばらく使ってみないと分からない不具合もあるので、奉公先まで行くついででそれを済ませてしまおうということになる。
スクッグとヴルカーンが付き添って、奉公先まで送り届けるついでに、その道中で不具合が出たら都度にその場で直してしまうという寸法だった。
そういうわけでヴルカーンは、アリシア嬢に鎧兜を着せて、装備も持たせたままかなり長いこと歩かせたが、アリシア嬢は疲れたふうにするでもなく平然としている。
むしろ馬に乗っているヴルカーンのほうが尻が痛くなったと休憩しなければならないくらいで、普通なら重くて立ってもいられないような鎧を着ているというのに、なかなか尋常ではない。
風呂にも入らず何日も歩きつづけて、宿に着くころにはアリシア嬢も、ようやく森なんかにいる、毛皮でも腰に巻いている普通のオーガみたいなにおいがするようになってきた。
けれども、宿につくなりスクッグが風呂を用意したので、さっさと入ってすぐにきれいになっていた。やはりオーガらしくはない。
宿での晩飯のときも、がっつくでもなくむしろ金のことを気にして遠慮しているのか、あまり食べようとしない。
ヴルカーンのほうから色々食い物を注文して、目の前に並べてやると、やっとまともに食べ始めた。
『食い物を遠慮する大鬼族』という珍しいものを見ているのかもしれないとヴルカーンは思ったのだった。
◆
奉公先の伯爵家に着いて、少し面談があってから、どの程度動けるのか見せるために、アリシア嬢は鎧を付けて装備を持ったまま、庭を走ったり跳ねたりしてみせる。
スクッグのやつの指示で、普通なら立つのも難しいような鎧を付けて、走ったり跳び上がったり、あげくに楽々ととんぼ返りさえして、息を荒げるでもなくけろりとしているのは、なかなか普通ではない。
それほどのものを見せつけたわけだから、スクッグが俸給の交渉をするのもそれほど難しくはなかった。
けっこうな額の俸給で話をまとめて、そのうえで細々したところを詰めてまとめていく手際は、それでもなかなかのものだ。
やはり森族ってやつは頭の出来がいい。
アリシア嬢はというと、自分の主人になるエルフの御令嬢や、その母御を眺めて、そちらに気をとられてばかりで、あまり話は聞いてないようだった。
山小屋で暮らしていたようだから、金とかそういうものはあまりよく分からんのかもしれない。
その日のうちに『マントの儀式』があって、食事もあったが量も十分だった。これならアリシア嬢が腹を減らすこともないだろう。
それで飯を食い終わって部屋にひきあげたところで、ヴルカーンは、アリシア嬢に帽子をやっていないのに気が付いた。アリシア嬢には、ここまでの道中ではだいたい兜をかぶらせていたから、すっかり忘れていた。
何もかぶらず外に出るのはおかしいから、帽子がないと外出ひとつするにも差し支える。
それで、慌てて布と糸を引っ張り出してきて、作り始めることにした。
幸い、アリシア嬢の頭の大きさは兜を作ったから分かっている。
けれどもアリシア嬢がデカいので、帽子も相応にデカくなり、そうすると布がヨレるので、帽子に入れる芯から作らんといかんな、と考えたところで、それならいっそ金属で作ればいいとのではと? ヴルカーンは閃いた。
鎧も兜もあれほど軽々と付けているのなら、帽子だって金属でも別に実用上は問題あるまい。
そう考えたヴルカーンは、領主の屋敷がある丘の、その下の街に降りて、鍛冶屋を探して駆け込む。
そこで在り物の適当な鉄鍋を二つ買って、燃料代と借り賃を払い、工房を借りてアリシア嬢の頭の大きさに合わせて打ち直して、金属で帽子の形を作った。
「鍋で帽子なんか作ってどうするんです?」
と聞く鍛冶屋の声を背にして、次はそれを持って近くの帽子屋に行く。
そこで布を切ってもらって、縫うのではなくて糊で金属帽子に貼りつける。
その作業をしている間に、鎧の下に着る綿入れの頭の部分の頭巾を作る要領で、内張りのクッションを作ってもらい、それも金属帽子の内側に貼りつける。
そこまでが終わったら、今度は帽子のリボンや羽根飾りを、晶術石をボタンにして留める。術石には耐衝撃とか放熱とか保温とか適当に効果を付与しておく。
こうしてパッと見たら、ただの帽子にしか見えない金属製の兜が二つ完成する。
ヴルカーンは出来栄えに満足して、丘の上にある領主の屋敷に戻った。
◆
出立の日の朝に、スクッグと一緒に朝食に呼ばれた。
そのときにアリシア嬢が、領主の御令嬢の席に座っていて、口の周りを拭いてやったりなどして、実に嬉しそうに世話をしていた。
大鬼族なんぞに屋敷奉公が勤まるものなのかと思っていたが、むしろなんだか楽しそうにさえしていて、飯もたっぷり食わせてもらっているようだし、とりあえず心配はなさそうだった。
出立の前に、スクッグと二人で祝福の言葉を述べた。
この大鬼族の娘に幸あれと。
なるべく食いっぱぐれがないように、なるべく酒が飲めるように、争いごとには勝てるように、金が儲かるようにと。
いい感じに願いを込めて、ヴルカーンはそれからまた馬に乗って帰途についたのだった。
■tips
この世界においては、オーガと只人(普通の人間)、オークと只人、エルフとオーク、エルフと只人など異人種間の交配が行われた場合、その子供は、父親または母親のどちらかの種族として生まれる。
つまり、例えば只人の父親とエルフの母親から生まれた子供は、完全な只人もしくは完全なエルフとして生まれる。
両親の両方の種族的特徴を少しずつ受け継ぐということはない。
故にハーフオーガのアリシアは身体的には完全なオーガである。
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