ハーフオーガのアリシア73 ― 年寄りな子供Ⅳ ―
トラーチェさんが急かすので、皆で慌てて食べたり飲んだりしたところで
「では行きましょう」とトラーチェさんが言った。
そのときにアリシアの視界の端で、少し離れたところのテーブルにいる人たちが、皆でこちらのほうを向いたのが見える。
そしてその人たちが足を踏み出しかけたくらいのタイミングで、トラーチェさんが、宙に浮いているお嬢様を抱き取ってから歩きはじめた。
それは、うまくその人たちの出鼻をくじくような動きになって、彼らはテーブルのそばで動きを止める。
あと少し動くのが遅ければ、また徐々に人が集まってきて、囲まれて動けなくなっただろうから、つまりトラーチェさんが皆を急かしたのは正しかったわけだ。
トラーチェさんはお嬢様を抱っこしたまま、会場をうろうろと歩き回り、そうして輸送連隊のテニオさんがいるテーブルを見つけて、そこから微妙に遠回りをしながら、そちらのほうへ近寄っていった。
テニオさんのいるテーブルには、他に五人くらい人がいて、その中には輸送連隊の慰労会で司会をしてくれたふわふわ髪のかわいい男の子もいた。アリシアはちょっとうれしい。
「おお、ファルブロールが来たか」
お嬢様を見つけたテニオさんが、お酒か何かが入ったグラスを片手に、そう声をかけてきてくれる。
「きたわよ」と言いながらお嬢様は、トラーチェさんの腕から抜け出した。
「ソーモ様、こんばんは。まだお食事中のところ申し訳ありません」
トラーチェさんがスカートをちょいとつまんで、少し足を引いて腰を落として、頭を下げてからそう言う。
なんかすごく上品でお淑やかな動きに見える。
私も、ああいうのやってみたいなとアリシアは思うけれど、でも自分じゃ似合わないだろうなというのも分かってしまう。
そもそもあれはドレスの動きみたいだけれど、アリシアはドレスは着たことがない。
アリシアのまわりで、普段からドレスというかスカートを穿くのは、お嬢様と、豚鬼族のアイシャさんと、あとトラーチェさんしかいなくて、馬人族のウィッカさんは、そもそも下半身が馬だし、黒森族のコージャさんやコロネさんもいつもズボンを穿いている。
だから、たまにああいう優美なドレスっぽい動きを見るとあこがれてしまう。
「食いながらでも話せるからそんなのはいいんだが」
と、テニオさんが返事をした。
「きてくれてありがとう」
とお嬢様がテニオさんに言って、お嬢様はテニオさんのほうに漂っていったかと思いきや、少し方向を変えて、テニオさんの隣にいた黒い髪の女の人のほうへ向かい、そこで抱っこされた。
前にテニオさんのところの食料購買局とかいうところに行ったときに、お茶を持ってきてくれたり、お嬢様をトイレに案内してくれたりした人じゃなかったか。トイレに行っている間に仲良くなったんだろうか。
「別にいいさ。タダ飯の貴重な機会だ」
そうテニオさんが返事をすると
「恥ずかしいからそういうことは言わないでください!」
と茶色いふわふわ髪のかわいい男の子が噴きあがった。
「俺が思ったままを言うと、怒る人がいるんだよな」
テニオさんはそう言って肩をすくめる。
そりゃそうだよ……とアリシアは思う。
アリシアは人の顔色は見るほうだし、実家のある山の麓の村でも、女の子たちの間に混じって人間関係もあったわけで、そこでは思ったまんまを何でも言うなんて考えられなかった。
女の子たちの関係っていうのは、甘やかで、でも複雑で難しくて罠だらけで大変なのだ。
「分かってるんなら直してくださいよ」
茶色いふわふわ髪のかわいい男の子は不満げにそう言って唇を尖らせる。
けれどもテニオさんは何も返事をしなかった。
そこでお嬢様が空気を変えるように
「ねえねえ、たいちょうさんのところにいきましょう! マントのぎしきのだんどりがいるわ」と言う。
「隊長さんってのはドライランターのことか?」
テニオさんがそうお嬢様に聞き返した。
ドライランターって誰だっけ? とアリシアが考えていると
「そう、ローテリゼさんのこと」とお嬢様がテニオさんに答えてくださる。
「そうか、じゃあ行こう」
テニオさんはそう言って、ちらりとお爺さんのクリーガさんのほうを見た。
「貴方が新しくファルブロールの寄子になる方か」
「はい、非才の身ではございますが、マントをいただけることになっております」
「……ファルブロールをよろしく頼みます」
「身命に替えましても」
「頼みます」
テニオさんとクリーガさんがそんなことを言っているけれど、二人とも、いちいち言い回しが堅いというか大袈裟というか、男の人ってこうなのかなとアリシアは思う。
アリシアたちと、テニオさんたちの、皆でぞろぞろと歩いて、会場の前のほうにいるローテリゼさんのテーブルに向かう。
でっかい六本腕のエルゴルさんがローテリゼさんのそばにいるので、ローテリゼさんのテーブルがどこなのかすぐに分かる。これは便利だ。
逆に言えば他の人がお嬢様を探すときも、自分を目印にしてるのかもしれないなとアリシアは気づく。
ローテリゼさんのいるテーブルのところには、もう話をしに来ている人がいたから、その人たちの話が終わるまで、なんとなくたむろして、そこで少し待つようになった。
待っている間にお嬢様は、テニオさんのところの女の人の腕の中から、そばにいたクリーガさんに話しかける。
「ごえいはふつうにやってくれたらいいからね。あぶないときはにげるのよ」
「危ないからって逃げていたら護衛になりませんぞ」
「でもあぶないときはにげなきゃあぶないじゃない」
お嬢様とクリーガさんが変な会話をしているけれど、これはお嬢様が強すぎるからこんなことになるんだと思う。
守られる人が守る人よりだいぶん強いので、こんなわけのわからないことになるんだろう。
でも遠くにいる天竜をやっつけるとかなら、お嬢様に任せた方がいいんだろうけど、近くの人が不意打ちしてきたとかだったら、お嬢様でも危ないだろうし、そういう時には頑張ろうとアリシアは自分に言い聞かせた。
そのうちに前にいる人たちの話が終わって、どいてくれたので順番がくる。
お嬢様がテニオさんのところの女の人の腕の中から、ローテリゼさんのほうに、ふわりと飛んでいって抱っこされた。
エルゴルさんはこっちに向かって小さく手を振っている。
「みとどけにんのテニオさんをつれてきたわ」
とお嬢様が言うと、ローテリゼさんは人好きのする笑顔を浮かべて
「やあ、ソーモ殿にも慰労会に来てもらって嬉しいですよ」とテニオさんに言った。
「ファルブロールに頼まれたからな」
テニオさんがそう答えたけれど、そういう言い方ってどうなんだろうとアリシアも思わないでもない。
これが『思ったままを言うと怒る人がいる』というやつだろうか。
「すると私はアリスタ君にまた恩ができたというわけだな」
と言って、お嬢様をきゅっと抱き直した。
ローテリゼさんが怒ったかどうかは表情からは分からない。
「儀式に使うマントとか食べ物の入った籠とかはあるの?」
と、ローテリゼさんが腕の中のお嬢様に聞く。
「ちゃんとよういしてあるわ」
「なら安心だ。じゃあ儀式はパーティーの後だったね。この部屋の前のほうでやる?
それともどこか別の部屋で?」
「私は小者に過ぎませんので、これほどまでに場が大きくなりますと逆におかしな恰好になります。
どうか別の小さな部屋でしていただければと」
クリーガさんがそう口を挟む。
「別に小者ってことはないと思うけどね……まあでも本人の希望なら仕方ない。
別の部屋を用意させよう」
「ありがたく存じます」
「じゃあ見届け人は私と、ソーモ殿と、あとダーム殿が後から来るんだったな。それで、それぞれに寄子が何人かずつと。
了解した。じゃあ部屋だけ用意してもらうようにホールのほうに言っておくから、パーティーが終わって、良い時間になったら始めようか」
それで本題が終わって、お嬢様とローテリゼさんが別の話を始めて、アリシアのほうにはエルゴルさんが話しかけてきた。
「やあどうも、しばらくぶりですね。元気でやっていましたか?」
「あ、はい……。特に風邪とかもひいてません」
こういうどうでもいいような世間話みたいなのは苦手だなとアリシアは思う。
何を話せばいいのかよく分からない。トラーチェさんなんかだと息をするように上手くやるんだろうけど。
「それは良かった。
こちらは演習から帰ってひと休みかと思えば、あちらこちらとパーティーで忙しくて大変です。
まあ私の場合は会場が頭がつっかえるような場所であれば、出席も免除されるので助かっていますが。
アリスタ様や寄子の皆様もおそらくパーティーなどでお忙しいことと思います。
まあ私どももこうしてパーティーに招待をさせていただいたので、どの口で言うかって話ではあるんですが」
アリシアは『頭がつっかえるような場所であれば、出席も免除される』とエルゴルさんが言ったところで、思わずエルゴルさんの頭のほうを見てしまう。
この会場は天井が高いのでエルゴルさんの背丈でもまだ余裕がありそうに見える。
アリシアも普通の人よりはだいぶ背が高いから、入れない建物もあるけれど、エルゴルさんくらい背が高いと、入れない建物がもっと多そうで、かなり生活が不便そうだ。
「けっこう何度もお茶会や食事会に出かけますから、大変と言えば大変ですけど、でも仕事だと思えば楽なほうかなと思います」
アリシアがそう答えると、エルゴルさんは、にっこりと笑って
「そうですな。気は使いますが、ご馳走を食べたりしに行くのですから、贅沢言っちゃいけませんね」
と言った。
気をつかうようなことはトラーチェさんがやってくれるから、私はあんまり気とかつかってないけどなあ、とアリシアは考えてしまう。
もっと気とかつかったほうがいいんだろうか?
「それにパーティーに行く途中や行った先で色々な建物を見れるのも楽しいですし、パーティーに行く関係で街のあちこちに行けるのもいいものです。
劇場とか、美術館とか、図書館とか色々と面白そうなところを見つけましたよ」
劇場ってのは分かるけれど、美術館とか図書館ってなんだろう、とアリシアが考えていると
「あと、大きな本屋も見つけました」
とエルゴルさんが言ったので、それはアリシアも気になった。
「本屋さんはいいですね。私の故郷の村には貸本屋さんしかなくて……あとは雑貨屋さんにちょっと本が何冊か置いてたくらいでした。だから大きな本屋さんというのは見てみたいです」
アリシアがそう言うと
「そうですか。じゃあぜひ行きましょう! ご案内しますよ」
とエルゴルさんがなぜか喜んでいる。
「そうですね。お嬢様に休みをもらって行こうかな」
とか、アリシアが話していると、隊長さんのローテリゼさんに抱っこされていたお嬢様が、首をまわしてアリシアたちのほうを向いて
「そうか、ほんがあったわ!」とおっしゃった。
お嬢様はローテリゼさんの腕の中から飛び出して、エルゴルさんのほうに飛んできて、エルゴルさんはうまくお嬢様を抱き取る。
抱っこの仕方がわりと手慣れているようにも見えたから、そう言えば前に小さな女の子と一緒にいたのを見たことがあるし、エルゴルさんには子供がいるんだろうなとアリシアは思った。
「本があったというのは?」と、エルゴルさんが聞き返す。
「ここはおおきいまちだから、なんでもたかくて、ものをうるにはいいところだけど、かうほうがこまってたの。
でもほんがたくさんうってるのはまちだけだから、ほんをかえばよかったんだわ!」
「なるほど、書籍の出版は都市部でこそ盛んですからね」
「ふむ、しかし本を仕入れるとなると本屋に行ってもだめだろう。
どこか出版社か問屋に行かないといけないのかな。ソーモ殿はそういう伝手があるだろうか?」
ローテリゼさんがそうテニオさんに聞いてくれるけど、テニオさんはあまり興味なさげに
「食い物の仕入れ先とかならよく知ってるが、本は知らんな……。
まあウルスのやつが顔が広いしどこか知ってるだろう」と言った。
ウルスさんってだれだっけ? とアリシアが考えていると
「あのきんぱつのくまみたいなひとね」とお嬢様がおっしゃったのでアリシアも思い出す。
それなら討伐演習のときにテニオさんのかわりに、輸送連隊から派遣されて、アリシアたちの大隊に一緒についてきてくれた人だ。
「そうだ。あいつはローテリゼ大隊として演習に参加してたから、今日のパーティーも俺たちとは別口で招待されてたはずだぞ。そのへんにいるんじゃないか?」
「わかった、ありがとお!」
お嬢様はテニオさんにそうお礼を言うと、エルゴルさんの腕から抜けてアリシアのほうに飛んでくる。
そしてアリシアの肩のあたりに座ると。アリシアの耳に顔を寄せるようにして、小声で
「ほんならくさらないから、アリシアもうでわにいれてはこんで、どこかいなかでうればもうかるかもしれないわ」
と教えてくださった。
本というのは借りるか買うかするもので、売るものだとは思っていなかったから、アリシアはびっくりしてしまう。
お嬢様って普段からそんなことを考えながら生きているのかと感心する。
それからお嬢様はアリシアに秘密めかして含み笑いをすると、またローテリゼさんの腕の中へ飛んで戻り、ローテリゼさんとおしゃべりを始めた。
◆
そうしてしばらくしてから、ローテリゼさんのほうへ、中年の男の人がひとり近づいていく。
お嬢様はローテリゼさんに抱っこされたままだから、アリシアも、その男の人を警戒してローテリゼさんのほうへ身を寄せていく。
その男の人は、膝まである立派な上着を着ていて、それから胸元にレースの飾りをいっぱい付けている。
きっちりした格好なのに何か派手に見えた。
それで、顔色が悪くて白いというか青いというか、ちょっと脂汗を流しているようなそんなように見える。
ローテリゼさんのほうを見てはいるけど、緊張していて声をかけかねる様子で、ハンカチを取り出して、しきりに額の汗を拭いては、ローテリゼさんの様子を窺っていて、やがて意を決したのか
「ドライランター様、準備が整いましてございます」
とローテリゼさんに声をかけた。
するとローテリゼさんは、その男の人のほうを向いて
「そうか、楽しみにしているよ。皆が席に付いたら始めてくれ」と答える。
それから周りの皆に
「これから余興の演劇が始まるから、みんな、いったん席についてくれる?」と声をかけた。
それでローテリゼさんと話そうとして周りに集まっていた人たちが散っていき、お嬢様もローテリゼさんの腕の中から抜け出して、豚鬼族のアイシャさんの方へ飛んで戻って抱っこされる。
それから皆で最初に席をとったところへ戻った。
◆
やがて部屋の正面にある演壇に役者さんたちが出てきて演劇が始まる。
見ていると、この学園が舞台の物語で、赤っぽい髪をした学生の女の子が主役らしい。
それで、主人公の女の子は、貴族の家の娘さんで、その子が学生生活を送っているところに、彼女の父親が、彼女を心配して、付き人のおじさんとその家臣たちを大勢送り込んでくる、というような話の筋だった。
そこまで見たところでアリシアは、これは診療部のウビカちゃんと出かけたとき(※)に一度見たやつだと気が付いた。
確かあのときにウビカちゃんは、あの劇の主人公はローテリゼさんがモデルだとか言っていなかったか。
エルゴルさんが、ドライランターの公爵様の寄子だったのに、急にローテリゼさんの寄子になって学園にきたんだから、劇の話と似てるとかいう話だった気がする。
それに劇の主役の女の子もローテリゼさんと髪の色がよく似ている。
思い返してみると、あれって確かけっこう笑えるような滑稽劇だったはずで、それをモデルになった本人の前でやるっていうのは大丈夫かと、アリシアは心配になってくる。
それで劇が進んで、色々と面白い出来事とか騒動とかがあって、登場人物が豪華な衣装で歌いながら、舞台を所狭しと跳ね回る。
アリシアが、ローテリゼさんの座っているあたりをそっと見てみると、ローテリゼさんは特に怒ったりしている様子もなくて、むしろ手を叩いて爆笑していた。
それだけでなくて、ローテリゼさんやエルゴルさんの座っているあたりから、よく分からないタイミングでも何度も笑い声が沸きあがる。
やっぱりモデルになった本人をよく知っている人たちから見ると面白い場面があるんだろうか。
前に見た時と同じで、大いに笑えたし感動して、最後に役者さんが全員出てきてコーラスをする場面では、またちょっと涙ぐんでしまう。
やがて劇が終わり、役者さんたちが挨拶にでてきて頭を下げたところで、ローテリゼさんが立ち上がって拍手を始めて、それで会場の皆も一緒になって手を叩いた。
挨拶にやってきた、立派な服を着ているから、たぶん劇団の座長さんらしき人に
「今日は良かったよ。私とよく似た見た目の役者さんがやる劇があるんだとちょっと小耳に挟んでね。
かといって私が劇場のほうに見に行ったら迷惑かと思って、こっちでやってもらうことにしたんだ」
「それは……お気遣いをいただき畏れ多いことでございます」
「君たちとしては『この劇は実在の人物や団体とは関係ありません』と言うんだろうけど、私としては、この劇を見る権利が私には、他の誰よりもあるだろうと確信していたわけだな」
と、ローテリゼさんはニヤニヤしながら言う。
「ははっ……」と、座長さんは呻き声のような返事をした。
「じゃあ会計のほうで約束のお金を受け取ってね。劇が良かったから多少色を付けてあるからね」
ローテリゼさんが、安心させるように座長さんの肩を叩くと、座長さんは一度頭を下げてから演台のほうへ戻っていった。
「ロッテ様も悪趣味ね」
と、ローテリゼさんのそばに座っていた女の子が、額の汗をハンカチで、ふきふき去っていく座長さんの後ろ姿を眺めながら言う。
「そう? 私は純粋に劇を見たかっただけだよ」
ローテリゼさんはそう言って、ははは、と笑った。
◆
それからは皆が会場内で自由移動みたいになって、お嬢様やアリシアたちのいるテーブルに人がいっぱいやってきて、また食べづらくなる。
それでもなんとかアリシアが、食べたり飲んだり、おしゃべりしたり、楽団の音楽を聞いたりしていると、ふと会場の扉が開く音が聞こえる。
そちらを見ると、人が何人か入ってくるのが見えた。
お嬢様が豚鬼族のアイシャさんの腕から、ふわりと高く浮かび上がって、会場の扉のほうを見る。
アリシアも背が高いけれど、お嬢様は飛べるから、もっと遠くまでみえるわけだ。
「ローラがきたわ!」
と、お嬢様は嬉しそうにおっしゃって、扉のほうにふわふわ飛んでいくから、皆で後を追いかける。
追いついたときには、お嬢様は診療部の副部長さんのローラさんに抱っこされてご満悦だった。
勝手に飛んでいかないでください、みたいにアイシャさんがお嬢様にたまに怒っているけれど、護衛するとなるとこれはやりにくい。
今日もくるくる巻いた金髪が豪華なローラさんの他には、診療部の部長さんの長い黒髪のランナさん。それとあまりよく知らない人が二人。
それから同じく診療部の金髪のおかっぱのウビカちゃんがいて、ウビカちゃんはアリシアの腕にぶら下がってきた。
「ローラ、きてくれてありがとお!」
と、お嬢様がローラさんにお礼を言うと、ローラさんはにっこり笑って
「お安いごようよ」と言ってお嬢様に頬ずりする。
それから顔を上げて、アリシアたちの後を追うようにやってきていたローテリゼさんと寄子さんたちの方を向いて
「今日はお招きいただきありがとう」と挨拶をした。
「お越しいただいて嬉しいですよ」
「最初から来られたら良かったのだけれど、都合がつかなくてごめんなさい」
「いえいえ、途中からでも来てくれてありがとうございます」
ローテリゼさんと、お嬢様を抱っこしているローラさんは、そんなふうに言い合って、間にお嬢様を挟み込むようにしてお互いに軽く抱擁した。
そのまま少しそこで話をして、それからローラさんがお嬢様をアイシャさんに返して
「ちょっとテニオにも声をかけてくるわ」と言って、テニオさんのいるテーブルのほうへ歩き出した。
けれどもお嬢様がふわふわと浮かび上がって、ローラさんについていこうとしたので、アリシアたちも後を追ったし、ローテリゼさんたちもついてくる。
テニオさんたちのテーブルの近くにローラさんたちが寄っていくと、テニオさんのお仲間の人たちがローラさんに会釈をする。
そしてローテリゼさんは
「こんばんは、今日はでてきたのね。あなたの顔が見れて嬉しいわ」
とテニオさんにそう声をかけた。
けっこうはっきりした、というか情熱的なくらいの言葉にも思えて、テニオさんはなんて返事をするのだろうと、アリシアが興味深々で見ていると
「おう、ファルブロールが来いと言ったからな。ファルブロールの言うことなら、そりゃだいたいは聞くさ」
とのことだった。
これは駄目だ。ぜんぜん駄目。
ローラさんの言葉はスルーしてしまっているし、ローテリゼさんに対しては失礼だ。
アリシアはそう思ったけれど、それはローラさんも同じだったようで、手で顔を覆ってため息をひとつつく。
それからローテリゼさんのほうを向いて
「ごめんなさいね。テニオも悪気はないんだけど」と謝った。
「まあ本音でモノを言ってくれるのは、すっきりしてて良いというところはありますよ」
ローテリゼさんは苦笑いをしながらそう返事をして、テニオさんは肘で突かれたり、いろいろと寄子だか仲間だかの人たちから小突かれまくっている。
ふわふわ髪の男の子はけっこう強めにテニオさんの足を踏んでいた。
◆
それからしばらくして、ローテリゼさんが部屋の前の演台のほうに出てきて、パーティーの締めの挨拶をはじめる。
聞いていると、パーティーが終わるのかと思いきや、これは中締めというやつらしい。
なんかアリシアの実家がある山の麓の村でやっていた宴会でも、いったん締めてとか、言うけれど、そのあと皆がずうっと長っ尻で宴会場に居座って、だいたいはなかなか終わらない。
こんなきれいなパーティーでも同じようなことをするんだなあ、とアリシアはそれがおかしかった。
「アリスタ君のところの新しい寄子になる人のマントの儀式があるのでいったん席を外すけれど、本締めまでには戻ってくるからね」
ローテリゼさんは皆にそう言って、それからアリシアたちと、ローラさんたち、テニオさんたちを伴って別の部屋に移動する。
移動した先は、百人くらい入りそうなだけの、さっきよりだいぶん小さめな部屋だった。
部屋の中には、ちょっとした物を置ける台のようなものがひとつきり、前の方にあるだけで、他には何もない。
お嬢様は部屋に入ると、アイシャさんの抱っこから抜け出して、その台のほうに漂っていって、何かの布を畳んだものと、それから大きな藤の籠を荷物袋の異能から出して、そこに置いた。
アリシアは自分がマントをもらったときの儀式を、まだ数ヶ月しか経ってないのになんか昔のことみたいに懐かしく思い出す。
あの畳んだ布みたいなやつはたぶんマントで、大きな藤の籠のなかには、パンの塊とチーズと、果物が何種類かと、あと葡萄酒の入った瓶とかが入っているはずだった。アリシアのときはそうだった。
皆が部屋の中で整列し、列の前の方にローテリゼさん、ローラさん、テニオさんがでてくる。
お嬢様は、藤の籠と畳んだマントを置いた台のそばで浮かんで
「クリーガ」と名前を呼んだ。
はい、と返事があってクリーガさんが前に出てきて、お嬢様の前で跪き「御前に」と言った。
お嬢様は束の間だけじっと言い淀んで、それから話し始める。
「わたしにはもうろくにんのよりこがいるけれど、わたしがじぶんでえらんだよりことしてはあなたがはじめてなの。
だから、こんなことをいったらおこられるかもしれないけれど、ちゃんとあなたがのぞむようなよりおやをやれるのかとか、なんだかふあんだわ。
ずっととしがうえのおとこのひとのこのみなんてわかんないし……。
でもできるだけがんばります」
お嬢様はそう言って、むむっ、と気合を入れたような顔をした。
「そのようなことをおっしゃらずとも、アリスタ様は立派にやっておられます。
アリスタ様はすでに、私が寄親にと望むような方であられるので、私がお願いして、私を寄子としていただいのですから」
クリーガさんはにこにことしながら、優しい声でそう言う。
なんだか寄親と寄子というより、お爺さんと孫みたいにも見える。
「そう?」
「そうですとも」
「それならいいけど……じゃあはじめます」
お嬢様はそう言ってから、えへん、と咳払いをひとつして口上を言い始めた。
「クリーガ、このわたしアリスタ・ファルブロールは、あなたにたべものをあたえ、いふくをあたえ、そしょうにおいてあなたのいいぶんをべんごしよう。あなたをひごし、しえんしよう。あなたはわたしにつかえ、わたしのマントのうちにはいることをのぞみますか」
「我が眼、我が胸、我が頭、我が命は、我が母にして我が主のもの。
そのマントのうちに入ることを望みまする」
跪いたクリーガさんが、そう答える。
わりとすごいことを言っていて、あれ、自分のときとずいぶん違うな、とアリシアは思った。
お嬢様も驚いたのか、一瞬黙ってから口上の続きを言う。
「……ではちかいのあかしとしてこれをあたえよう」
お嬢様がそう言って、ふわりと台のほうに漂って、置いてある布を引っ張った。
深い青のきれいな布で、お嬢様の寄子の皆が身に付けているのと同じマントだ。
お嬢様はクリーガさんにマントの端を持たせると、そのままふわふわとクリーガさんのまわりをまわる。
一周してクリーガさんの前まできたお嬢様は、金色に輝く美しい金具でマントを留める。
「それからこれを……」
と言って、お嬢様はまたワゴンのほうに漂っていき、食べ物と葡萄酒が入った藤の籠を抱えてから、またクリーガさんのほうに漂ってきて、籠を渡した。
「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」
クリーガさんがそう言って頭を下げると、お嬢様は大きな目をパチクリとさせて
「これからよろしくね」とクリーガさんに声をかけたのだった。
するとローテリゼさんが、突然大きな声を出して、口上を述べ始める。
「ここに我が友アリスタ・ゲルヴニー・ファルブロールが、クリーガ・グロウハリー殿をマントのうちに迎え入れた。
私はこれを言祝ぎ、我が友の誓いが果たされるように支援もしよう。
見届け人たちよ、異存ないか!」
すると今度はローラさんが答えて言う。
「異存ございません。私たちも今日の良き日に、お祝いを申し上げます。
お二人の前途が幸福と親愛の情に満ち、お二人が栄えますように」
そうして皆で拍手をする。
こうして今日のこの日に、クリーガさんは、アリスタお嬢様の寄子、また臣下となったのだった。
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(※)
ハーフオーガのアリシア45 ― はじめてのキャバレー体験 ― を参照
(https://ncode.syosetu.com/n2133ga/55)
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