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ハーフオーガのアリシア69 ― 政治の季節のはじまりⅣ ―



「それで茶会は何時からの予定になってるんだ?」

とお茶のポットやお菓子をバスケットに詰め終わったテニオさんが聞いてくる。


「十四時半からの予定になっております」とトラーチェさんが答えた。


「なんだ。まだ一時間以上も間があるじゃないか」


「よく知らない方々からのお招きですから、いちおう少し着替えて参る予定にしておりまして……」

となぜかトラーチェさんが言い訳するような調子で言う。


 けれどもテニオさんが

「あのギャングども相手にきれいな服など着てどうするんだ?

 今の格好で十分だろ」

と言って


いえ()にかえってまたここまでくるのはめんどう」

と、お嬢様までそう言ったので、ここでしばらく時間を潰してから、着替えはせずにお茶会はそのまま行くことになった。

 きれいな服を着るのがまたお預けになったので、アリシアはちょっと残念に思う。


「まあ時間があるなら、構わないからちょっと横になってろ」

 テニオさんはそう言ってから、誰かひざ掛けでも持ってきてくれ、と周りの人に頼んでくれて、すると髪が茶色くてふわふわしている、昼食会の司会をしてくれていた男の子がひざ掛けを持って走ってきてくれた。

 それで豚鬼族(オーク)のアイシャさんが、お嬢様の靴を脱がせてソファーに寝かせてひざ掛けをかける。

 そう言われてみると、お嬢様はいつもなら、もうお昼寝の時間だ。

 テニオさんは不愛想でつっけんどんだけど、お嬢様のことはわりと気にかけるというか大事にしてくれているなとアリシアは思った。



 そうやってお嬢様が、お昼寝をはじめたのを見届けると、テニオさんはアリシアのほうに向きなおって

「これから茶会をするとのことだが、相手方が敵対的かもしれんから、気を付けてくれよ」

と言ってくる。


 敵対的ってどういうことだろうとアリシアが考えていると、テニオさんはアリシアの顔を見て


「これから行く茶会の相手は、倉庫業者組合、河港人足組合、それに船主組合だったか。

 そいつらはファルブロールと利害が対立する。

 まあいきなり喧嘩になるとも思わんし、あいつらは単なる一般人なので、ファルブロールや君に勝てるとも思わんが一応な」


 テニオさんはそう説明してくれたけど、アリシアにはまだよく分からない。


 するとテニオさんは、アリシアが分かってなさそうな顔をしていると思ったのか、さらに説明してくれる。


「船主組合ってのは商船、つまり交易船を持っている人らの団体のことだな。

 この街は都市だから当然ながら人が多い。

 だから近隣で収穫できる食べ物の量よりも消費する量の方が多い。

 ということはつまり、例えば小麦であれば、小麦の産地などから買い付けて、船でこの街まで運んでこないといけないわけだな。

 船というのは動かすのに何人もの人手が要るし、期間も長いから船員の給料に金がかかる。

 だがファルブロールがどこか小麦の産地まですごい速さで飛んでいって、そこで荷物袋の異能にたくさん小麦を収納して、飛んで帰ってくれば大きな交易船を時間をかけて動かすよりずっと早いわけだな。

 それにファルブロールは船員を必要としないからな。費用もほとんどかからない。


 まあファルブロールがそんなことを毎日やっていれば学業に差し支えるので、そんなことをするのは現実的には無理だが、やろうと思えばファルブロールがそうできるのも事実だ。

 つまり実際にそうするかどうかはともかく、ファルブロールがやろうと思えば彼らの商売を破綻させることができなくはない。

 だから船主組合はすこし釘を刺そうとしてくるはずだ。


 次に河港人足組合だが、これは船で運んできた荷物を港にある倉庫に移すことを仕事にしている人たちの組合だな。

 彼らは船に渡し板で乗り移って、船に積んである荷物を肩に担いでひとつひとつ運んで倉庫に移すんだぞ。

 これファルブロールがやったらどうなると思う?」


 テニオさんがアリシアにそう聞いてきた。

 どうなるんだろう……?


「……たぶんお嬢様なら、荷物袋の異能に全部吸い取ってしまえると思います」


「そうだな。俺もそう思う。

 ファルブロールが船に飛んでいって、運んできた貨物を全部一瞬で吸い取って、それから倉庫のほうに飛んでいって荷物を一瞬で出して、あっという間に仕事が終わるだろう。

 仮にファルブロールが、この街に船が着くたびにそんなことを、例えば安い値段でもしやれば、河港人足たちは仕事を奪われて生活は破壊される。

 彼らの生活がどうなるかはファルブロール次第ということだな」


 そこまで言われてアリシアにもだんだん分かってきた。

「じゃあ倉庫業者組合のほうも……」

とアリシアが言うと、テニオさんが後を引き取るように

「そうだな。というよりファルブロール自身が生ける倉庫だよな。

 ファルブロールの荷物袋の異能には時間停止の効果があるから、機能において普通の倉庫など比べ物にもならん。

 なんでもしまいこんだときのように新鮮なままだ。

 なんなら親切なファルブロールのことだから、倉庫から出した荷物を運ぶ予定の相手先まで、飛んでいってついでに運んでくれるかもしれん。

 だからもしファルブロールが安く倉庫業者を始めたら、今いる倉庫業者は当然ながら飯の食い上げだ。

 彼らの生活は破壊される。


 まあこの街も三十万も人がいる大きな街だからな。そう簡単にファルブロールだけですべての需要を満たせるとも思わんが、まあ彼らの商売敵くらいにはなり得るわけだ。



 ……さて、ここまでを前提として、じゃあ船主や倉庫や河港人足の連中はどう出てくると思うか?」


 そう聞かれてアリシアは考え込む。

 どう出てくるって、どう出てくるんだろう?



「いきなり殺しにかかってくるとは思わないが、例えば何か不利な約束をさせようとしてくるとか、そんなことだろうかな」


「殺すってそんな……」

 急に物騒なことを言われてアリシアは驚いてしまう。


「本当に殺しにくるとは思っていない。そんなことをすれば彼らも身の破滅だからな。

 あくまで可能性の話でしかないし、彼らがそれほど馬鹿だとも思わん。

 だがな、人は自分を守るためなら何でもする。

 自分が弱者だと思えば過激にもなる」


 気を引き締めろよ、と言われてアリシアは腰から吊っている手斧を確かめる。

 いちおうアリシアはお嬢様の護衛ということになってるんだと思うけれど、今日が実質的に初仕事になるのかもしれないと、アリシアはそう思った。


「君たちは人数が少ないのがいかんな。まあ今日は俺達で水増しするが」

とかなんとか言われたりして、テニオさんから色々と注意を受けながら、ぼそぼそ話していると、トラーチェさんが豚鬼族(オーク)のアイシャさんに耳打ちをして、アイシャさんがお嬢様を起こした。



 すると、そろそろ行くか、とテニオさんが言って、それから誰と誰と誰と、と名前を十人くらい呼んで、馬車の用意をしてくれと頼んだ。

 


 ◆



 豚鬼族(オーク)のアイシャさんに抱っこされたお嬢様、黒森族(エルフ)のコージャさん、コロネさんとトラーチェさんと、あと御者の人が乗った二頭引きの馬車を、アリシアと馬人族(ケンタウロス)のウィッカさんで左右から挟むようにする。

 そしてそれを、それぞれ五人ずつくらい乗った、同じく二頭引きの馬車が、前後から一台ずつ挟むようにして固めてくれた。


 思ったより物々しい感じでアリシアは不安になる。

 よく考えるとアリシアは、自分だけなら魔獣相手でも何とでもなるけれど、誰かを、そばについて守るようなことは全然経験がないことにいまさら気がついた。

 護衛ってどうやったらいいんだろう……



 ◆



 でも考え込む暇もなく、目的地が隣のブロックだからすぐに着いた。

 というか隣のブロックなら馬車に乗る必要もなくて、歩けばよかったのではという気もする。


 着いた先の建物は、やたらと分厚い塀に囲まれていて、塀には門があるのだけれど、その門がやたらと立派で頑丈そうだ。

 その門の前の道に、揃いの作業着のようなものを着た男の人たちが三人くらいたむろしていて、馬車が近づくと、そのうちの一人が

「ファルブロール様、御一統様でしょうか?」と呼びかけてきた。


 そうです、とトラーチェさんが答えると、門が開けられて

「どうぞ中へお入りください」と馬車を入れてくれた。


 敷地の中には四角い箱みたいな倉庫みたいな形の建物があった。

 石造りの大きくて立派な建物なのだけれど、倉庫みたいというのは、外向きには窓がひとつもなくて、それで倉庫みたいに見えるのだった。

 そして変わっていることには、建物の正面玄関があるだろうあたりの、その前に分厚い大きな壁があって、それが建物から生えているでっかい庇と一体化していて、玄関が表から見えないようになっている。


 その変な造りのポーチ?なのか、大きな壁を回り込むようにして、玄関前に馬車を停めてそこで降りる。

 するとぞろぞろと人がいっぱい出てきて、中に案内される。

 何を警戒しているのかしらないが、守りが固そうな、閉鎖的な、入ると出てこられなさそうな、そんな印象の建物で、なんだかあんまり中に入りたくないなとアリシアは思ったのだった。



 それでも建物の中に入ると、やたらとぐねぐねしてて、妙に長い廊下を通って大きな広間みたいなところに案内される。

 その広間は大きな中庭に面して、ガラスの入った大きな窓があってとても明るかった。

 建物の外に向けて窓が無いから、中庭に面して窓があるんだろうか。

 

 案内された部屋の中には中央に木製の大きなテーブルがあって、そのテーブルと向かい合わせるようにして椅子が幾つも並べてある。

 片方の側には、子供用の椅子や、たぶんアリシアが使うらしき大きな椅子、それに分厚い絨毯が敷いてあるので、たぶんあそこにアリシアたちが座ればいいんだろう。

 そして机の逆側には三つきり椅子があった。

 

 けれどもなんかやたらと顔が怖くて、がっちりしてたくましい男の人たちが、続々と部屋に入ってきては、アリシアたちが座るであろう椅子のその後ろにどんどんと椅子を並べていく。

 これは付き添いで来てくれたテニオさんところの人たちが座るぶんの椅子を追加で並べてくれているんだろうか。


「これはようこそおいでくださいました。

 ファルブロール様、御一統様は七名様とお聞きしとったもので、あわてて追加の椅子を用意しとりました。

 ばたついておるもので、お待たせしてすみません」

 部屋の中にいた、男の人たちのうち、すごく立派な服を着たおじさんがお嬢様にそう言った。


「つきそいがふえたの」と、お嬢様がそう返事をする。


 そのおじさんは、仕立てのよさそうなズボンに、ベストに、胸元にはタイをしていて、黒っぽい上着を着ていて、すごい立派な紳士みたいに見えるのだけれど、顔に刃物でつけられたみたいなでっかい傷があって、それにやたらと目つきも鋭くて、なんか妙な雰囲気があった。


「どうぞ座ってください」

とその人が言ったので、アリシアたちは椅子に座り、その後ろに並べられた椅子にテニオさんたちも座る。

 それから立派な服を着たおじさんたち三人が、アリシアたちの向かい側にある三つの椅子に座った。

 テニオさんたちの座る椅子を追加で運んできた、男の人たちもその三人の後ろに立って控える。

 全部で二十人ばかりもいるだろうか。

 その男の人たちも何だか妙に顔つきが怖かったり、耳が潰れていたり、顔に傷があったりして、どうも変な雰囲気があった。


「わしは、この街で河港人足どもの頭目をやらせてもろうてますハウナー・ビドレいいます。

 ファルブロール様、御一統様にはお初にお目にかかります」

 三人並んだうちの真ん中の、顔に大きな傷があるおじさんが、なんだか妙に巻き舌の、しゃがれ声で自己紹介をする。


「私はリーデル・ハルバント、船主組合の組合長を務めております」  

 今度は左側のおじさんが椅子から立ち上がって挨拶をしてくれる。

 この人は顔に傷もないし、雰囲気も顔も穏やかそうだった。

 ちょっと太っていて、緑っぽい仕立ての良い上着を着ている。


「ラーグ・ベルタ、倉庫業者組合の組合長です」

銀縁の眼鏡をかけた神経質そうな痩せた銀髪の若い男の人が立ちあがって言った。


「アリスタ・ゲルヴニー・ファルブロールよ」

 お嬢様はおすまし顔でそうおっしゃった。


「茶会ということになっとりますので、まずは茶ですな」

 顔に傷があるハウナーさんが、そう言って、後ろの男の人たちに、おい! と声をかけた。

 すると、その人が出ていってはお茶とお菓子が載った大きなトレーを持った男の人たちを引き連れて戻ってくる。

 お茶を持ってきた男の人たちも全員がっちりした男の人たちで、顔も厳しい表情だし、なんか雰囲気がちょっと変な気がした。あんまり和やかに楽しくお茶会みたいな感じに見えない。

 それにアリシアたちや、一緒に来たテニオさんたちにはお茶もお菓子も配られているけれど、アリシアたちの向かい側で、椅子に座って三人並んだおじさんたちの、その後ろに二十人ばかりいる、立って控えている男の人たちには何も配られていなくて、彼らはただじっと立っている。


 アリシアは、そっとトラーチェさんの顔色を窺ってみると、トラーチェさんは顔色がちょっと白くなってて緊張したような顔をしている。お嬢様のほうも見てみたけれど、お嬢様のほうは何ということもなさそうに、のんびり紅茶を飲んでいる。


 何だか雰囲気がおかしいとは思うのだけれど、でも難しいことはアリシアにはよく分からないので、とりあえずお菓子を食べて、お茶を飲むことにした。

 お菓子は、パイ生地を平べったく薄く焼いてクッキーのようにしているようなやつで、甘くておいしい。

 


(お茶やお菓子を出してもらえた人は)食べ終わったくらいの頃合いで、顔に大きな傷のある、河港人足の頭目とかいうハウナーさんが

「今日こうやって来てもろうた用事なんですが、ファルブロール様がご商売をされるんだったら、私らと協定を結んでいただきたいということなんですわ」

と言って話し始めた。

 ハウナーさんの口調は丁寧ではあるんだけど、なぜかぞんざいで失礼な感じがして、なんだかちょっと威圧的な印象もある。

 これは何なんだろうと思ってアリシアが見ていると


「どういうないよう(内容)なの?」

とお嬢様が、左手にお茶のカップを持ったまま、特に気にした様子もなく返事をした。


「紙にまとめてますんでどうぞ。これにサインをいただきたいということですわ」

ハウナーさんはそう言って大きな紙を取り出し、テーブルの上でお嬢様のほうに滑らせる。


 お嬢様はそれに手に取って、ひととおり目を通してから、隣のトラーチェさんのほうに渡した。

 そうしてトラーチェさんが見終わったくらいのところで

「ちょっとまて、俺にも見せろ!」

と言ってテニオさんが、アリシアたちの後ろの席から、椅子を蹴ってお嬢様のほうにやってくる。


「……ソーモ様には関わりのないことで」

 と、ハウナーさんが言うけれど

「関係あるに決まってるだろ! 購買局のほうからも協定を結んでもらう予定があるし、協力してもらうこともたぶんある。ファルブロールに変な縛りを入れられたら困る!」

 テニオさんはそう言って、トラーチェさんからひったくるようにして紙を取った。

 

 読み始めて、それから目をあげると、ハウナーさんのほうを睨みつけて

「なんだこれは。よくもこれほど図々しく要求したな」と毒づく。

 いったい何が書いてあったんだろう……



「いやいや! 最低限これくらいはというものしか書いておらんですよ」

 ハウナーさんは声を張ってそう否定する。


「最低限だぁ? 

 荷役業にはファルブロールは手を出さないという項目はまあ分かるよ。

 でもファルブロールが荷役を利用せずに荷物を受け取ったり、船に載せたら河港人足組合に補償金を払えとか、陸路で受け取った荷物でも補償金を払えとか、街の外で受け取った荷物にも補償金を払えとか、お前らいったい何様のつもりだ。

 なんでファルブロールが自分の荷物を受け取るのにお前らに金を払うんだ!」


「ファルブロール様は私らが聞くかぎりでは、船に乗り移って全部荷物を異能の中に収納することもできるんでしょう? それに空も飛べると聞いとります。

 そしたら街の外まで飛んでいかれて、そこで、船の上とかで荷物を受け取られたらワシらは商売あがったりです」


「だからなんで! ファルブロールが自分の荷物をどうにかするのに金を払わんといかんのだ!」


「なんでってそりゃ、それがわしらの既得権益でしょう」


「お前らの既得権益は船から倉庫に荷物を移す荷役作業だろう。

 荷役作業を通さない、荷役作業を必要としないファルブロールがなんでお前らに金を払うんだ。

 ファルブロールが荷役作業にも手を出してきてお前らの仕事を奪ってやると言うならそれは自分たちの既得権益だからやめろと言うのはわからんでもないが、これはそうじゃないだろう」


「いやいや、どなたでも大量の荷物を受け取ろうと思えば、皆さん川から船を使って、船から荷役で倉庫に荷物を移して、それで受け取るもんですよ。荷物を出すときも同じです。

 そこに例外なんてあり得んですわ」


「それは単にお前の願望だろが」

 

「願望って……人は持ちつ持たれつでしょう。それが人の道いうもんですわ」


「お前が人の道とかよくも言ったな。

 持ちつ持たれつって、じゃあお前らはファルブロールの何を持ってくれるんだ? あ?」


「何をって……」



 とそこへ「あのー」という声がした。

 そちらを見ると、銀縁の眼鏡の銀髪の若い男の人が手を上げていた。

 倉庫業者組合の人だったか。


「その書面を見てもらえば分かっていただけると思いますが、倉庫業者組合は、その協定に参加してませんし、私らは関係ないですからね。倉庫については言及がないでしょう?」

 倉庫業者組合の人は、苦々しげな顔でそう言った。


「おい!」

と、ハウナーさんがどこか脅すような調子で言ったけれど、今度は船主組合の人も手を上げて

「船主組合も同様で、その協定とやらには参加してませんし、私たちも関係ないですね」

と澄ました顔で言った。


「お前ら裏切るんかよ!?」

 ハウナーさんはそう吼えたけれど


「裏切るというか私は何も聞かされてませんし、今はじめて聞いたものに裏切るも何もないもんだ」

と船主組合の人はお茶を飲みながら言った。


「迷惑なんですよ! あんた誰に喧嘩売ってるのか分かってるんですか。

 あんたが購買局の方々やファルブロール様の不興を買うのは、あんたの勝手だけど、私らまで一緒に巻き込まれたらたまったもんじゃない。

 貴族様に喧嘩売るなら一人でやってくださいよ!」

 おっかぶせるように倉庫組合の人もそう吐き捨てる。


 そう言われたハウナーさんは茹でた蛸みたいに赤いようなどす黒いような顔色になって

「もうお前らの荷物は運ばんぞ!」と怒鳴った。


 すると倉庫業者組合の人が

「へっ、あんたが今から破滅したら、あんたの後釜の人に頼むさ」とやり返す。


「なんだと、手前ぇコラ!」

とハウナーさんは椅子を蹴って、倉庫業者組合の人も腰を浮かせて、今にも掴み合いになりそうなところで


「けんかはやめて!」と、お嬢様が叫んだ。

 アリシアが今までに聞いたお嬢様の声のなかでは一番大きな声だった。


 部屋の中がシンとして、掴み合いを始めかかっていた二人も動きを止める。

「すわって」

と、お嬢様が重ねて言うと、二人は大人しく椅子に座る。


じっか(実家)のファルブロールりょう()でも、こことおなじように、ふね()のひとも、そうこ(倉庫)のひとも、にえき(荷役)のひともいたけど、にもつぶくろ(荷物袋)いのう(異能)のある、おかあさまやわたしとうまくやってたわ。

 またねんまつ(年末)のふゆやすみで、じっかにかえるから、そのときにどういうふうなとりきめにしてたのかきいてくるし、なにかきょうていしょ(協定書)とかあればうつしをもらってくるわ。

 それからまたはなしましょう。

 ことしはもうすぐおわるから、わたしがしょうばいをなにかするとしても、どうせふゆやすみがあけた、らいねんのことだし、だからそれでいいでしょ?」


「はい異存ありません」

「私も異存ありません」

と船主組合の人と倉庫組合の人が食い気味に返事をする。


「だいたいですな。

 私どもの船はファルブロール様のところにも参りまして、しょっちゅう物資をいただいたり、お納めしたりしてご愛顧いただいておりますし、ファルブロール様のところの倉庫の人たちも荷役の人たちも、仕事を無くすでもなく普通にやっておられましたよ。

 ハウナー君が慌てまくって何も問題が起こってもないのに変なことを言いだすから話がおかしくなるんだ」

と船主組合の人が言葉を重ねた。



 するとハウナーさんは怒った顔をして

「船の連中はどこへでも行って稼げるが荷役はそうじゃない。

 それに荷役は倉庫の連中よりはずっと人の数が多いから、仕事が無くなると一瞬で干上がる。

 お前らみたいに暢気に構えてられるか」

とぶつぶつ言う。


「あなたたちのおもうようにとりきめができるかはわからないけど、わざとあなたたちのしごとをじゃましたりはしないわ」

 お嬢様がそう言うと、船の人と倉庫の人はすぐに

「はい、わかりました」「ありがとうございます」

と返事をして

「わるいようにはしないからね」

とお嬢様が言葉を重ねると、荷役の人も

「……分かりました」と最後には答えた。



 それで空気が緩んで、それからしばらく皆で雑談をして、お茶会がお開きになる。


 皆が席を立つくらいのタイミングで、お嬢様が、普通の人だとひとりでは抱えられないくらいの大きな樽と、普通の一抱えくらいある樽を、それぞれ三つずつ、荷物袋の異能から出した。

「これは……?」

と倉庫組合の人がお嬢様に聞くと、お嬢様は

「おおきいほうのたるがウイスキーね。ちいさいほうはおさとう(砂糖)よ。

 ひとつずつおみやげにあげるから、みんなけんかせずになかよくするのよ」

と、倉庫業者組合の人のほうを向いて言った。

「……承知しました。ありがとうございます」



 ◆



 お土産の効果があったのか、船主組合の人と倉庫業者組合の人はホクホク顔で、荷役組合の人も不満気な顔はせずに、お嬢様乗った馬車を見送ってくれた。



 馬車が建物のある敷地を出たところで

「なんかつかれちゃった」とお嬢様がつぶやく。


「お前さんみたいに気を遣ってたらそりゃ疲れるさ」

と馬車の御者台の左側の席に座っていたテニオさんが答える。

すると御者台の右側で手綱を取って御者をしてくれている男の人が

「局長は気とか遣いませんからいつも元気ですよね」と混ぜ返した。


 するとテニオさんは、怒るでもなく

「そうだ、あんまり色々なことに細かく対応してたら疲れ果てるからな。だいたいでいいんだよ」

と自然に御者の人にそう答えて、それから首を後ろに回して

「まあうちで休んでいけ。これから晩飯だろ? 大したもんじゃないがうちで出すからそれまで寝てろ」

とお嬢様に言ってくれた。


「でもかえりがおそくなるとミーナとトニオくんがなにかつくりはじめるかもしれないわ」


「ミーナとトニオくんって誰だ?」


「メイドとじゅうぼく(従僕)よ」


「そうか、じゃあそいつらも呼んできたらいい。

 おあつらえ向きに馬人族(ケンタウロス)の子がいるじゃないか。連絡を頼めるか?」

 テニオさんはそう言って、馬人族(ケンタウロス)のウィッカさんに尋ねる。


「はぁい、帰りの馬車も要りますし、連れてくるついでに馬車に載せて曳いてきます」

とウィッカさんが返事をすると、コロネさんが、私も行きますと言ったから、ウィッカさんが自分の背にコロネさんを乗せて走っていった。


 テニオさんは、出ていく二人を見送ると、馬車をさらに走らせる。

 そしてすぐに食料購買局の建物に着いた。

「じゃあ後は部屋で晩飯が出てくるのを待とう」

とテニオさんは言ってアリシアたちを、今日の昼に昼食会をやった、テーブルとソファーがいっぱいある部屋に案内してくれる。

 

 そこでお嬢様には、靴を脱いで、ソファーでごろごろしたりしてもらって、ゆっくりしていただいた。


 それでしばらくそこで雑談したりして、時間を潰していると、そのうちにトニオくんとミーナちゃんが、ウィッカさんとコロネさんに連れられてやってきた。

 それからしばらくすると、夕食の時間になったらしくて、何人か人がやってきて食事を運んできてくれる。



 ◆



 食事は、アリシアが実家でも食べていたような、根菜が中心のごった煮のシチューに、あとでっかいパンとチーズ、最後にお茶と干した杏を出してくれた。

 素朴な、アリシアが実家で食べていたようなご飯で、アリシアはどこか懐かしいような気さえしながら、おいしくいただいた。

 普通のご飯はこんなもんだよね、とアリシアは思う。

 お嬢様のところに来てからが、ちょっと美味しいものを食べすぎだったわけだ。



 それで、食事が終わって、お茶をいただきながら、皆で雑談をしていると、お嬢様が

「ちょっとトイレ」と言って、ふわりと浮かび上がる。


 お茶のおかわりを持ってきてくれた女の人が、ちょうどそばにいて、その人が

「ご案内いたします」と言って案内してくれる。

 その後を追って豚鬼族(オーク)のアイシャさんがついていってくれた。



 テニオさんは、お嬢様が女の人について漂っていくのを見送ってから、アリシアのほうに向きなおり

「この購買局の本部の中は安全だと思うが、そうでなくてどこか他所で、ファルブロールが今みたいにどこかに行くときは、必ず君が付いていくようにしてくれよ?」

と言ってくる。


 言われてみれば、自分は護衛なんだからそうするべきなのかもしれないと思ったので、アリシアは、はい、と答えた。


 でも、テニオさんはアリシアの答えに不満があったのか、アリシアの顔をじっと見てから

「……君はファルブロールのことを、あの子の寄子になってから今まで見てきたんだと思うが、あの子を見ていてどう思った?」

とアリシアに聞いてくる。


 どう思ったか……?

 少し考えてアリシアは

「……いつもすごくかわいいなと」と答えて、それじゃあんまり馬鹿みたいだと思ったので

「それに、すごく頑張ってて偉いなと思うこともありました」と付け足した。

 天竜に踏まれて大怪我をしたお爺さんを治したときとか、徹夜して朝までかかって頑張っていたし、お嬢様のああいうところはとっても偉いと思う。


 テニオさんは頷いて

「そうだな。ファルブロールは偉いな」と言った。

 でも、さらに言葉を続けて

「俺はな、ファルブロールを見ていて心が安らいだぞ。安心したんだ」とも言った。


 どういう意味だろうとアリシアが思っていると、テニオさんは部屋の窓のほうに少し寄って、そこから窓の外に目をやる。


「俺は食料購買局の局長をしているが、この役職は都市への食糧供給を監督するのが役目だ。

 これは非常に責任が重い仕事で、なぜなら人は食い物が無くなるとすぐ死んでしまうからだな。


 俺やお前たちは強くて、支配者側の人間だ。

 だから金もあるだろうから、食料が高くなっても買えるだろうし、いざとなれば魔獣でも狩って食えばいいだろう。

 そのうえファルブロールに保護されてもいるから、飢饉になっても飢えることも死ぬこともないだろうが、特に力もない平民は違う。


 食料が足りないところへ、例年より寒い冬が来たりすると簡単に人は死ぬ。本当にぽろぽろと死ぬぞ。

 だからこそ俺たちは都市の食料調達と食料価格の維持に必死になっているわけだ。


 でもな、都市の食料調達と食料価格の維持に必死になるというのは、それは俺たちが都市に住む住民たちの命や生活に責任を負っていると考えているからだ。

 彼らの命と生活を守らなければならんと考えているからだな。


 しかし、力を持つ支配者たちの皆がそう考えているわけではない。

 自分のことは自分で面倒を見るべきであって、だから自分と身内くらいのことは何とかするが、その他の平民どもを含めた、関係のない他人のことなど知ったことかという考えの者は多い。

 いや、それどころか自分たちの力が強いのを笠に着て、いたずらに平民たちを傷つけたり虐げたりするものすら残念ながら少なくない。


 それで、ファルブロールのことはな、この場合はファルブロール領のことだが、あそこのことは前から聞いていたんだ。

 ファルブロール、つまりアリスタの母君が高名な森族(エルフ)で、その方が驚異的な容量の荷物袋の異能持ちで、飢饉のときには手持ちの食料を出してくれるので、あそこの領地は飢饉知らずだとな。

 そして娘のアリスタもまた驚異的な荷物袋の異能持ちで、母親をよく手伝っているとも聞いていた。


 それで俺はファルブロールが学園に入学してくると聞いて、俺たちの仕事を手伝ってくれるだろうと期待していたんだ。

 でもな、診療部の連中にファルブロールをかっさらわれてな。

 そりゃあ、治癒だってそれはそれで立派なことだが、食料のことのほうが、もっと多数の人間に影響するから、そっちのほうが大事だろうと俺は不満だった。

 治癒はしてくれるんだろうが、その他の食料の供給とかそういうことには関心がないのかと思ったんだよ。


 でも違ったんだよな。

 演習に出てな。ファルブロールが皆の食事を用意し始めて、風呂すら用意して、それも毎日だ。

 なんと言うのか、母猫が自分の仔猫を執拗に舐めまわすかのように、ファルブロールが皆の世話をし始めたときに、俺は心の底から安心したんだ。

 それは、俺や俺の仲間に何かがあっても、他に皆の面倒を見てくれる人ができたという安心感だよな。


 あの子は、他の人間に関心がないどころか、自分の周囲の人間を世話する責任が自分に当然あるかのように振る舞った。俺は直接は見ていないが、大隊が砦で合流する前に大怪我をしたものが出たときは、夜を徹して治療したとも聞いた。

 それに魔獣が出たら率先して飛んでいって、すぐに排除する。

 あの子は皆のためにすべてのことをしようとさえしているかのようだ」



 するとそこでコロネさんが口を開いて

「私たちの主人であり、今や私たちの母となってくださったアリスタ様は、普通以上の高貴さを示されますし、今までに実際にそうしてこられました。

 私の故郷の村が魔獣に襲われたときに、その魔獣を殺してくださいましたし、食料を必要としていれば与えてくださいましたし、家が破壊されていれば直すのを手伝ってくださいました。

 風呂であれ、替えの下着であれ、当座のお金であれ、菓子であれ、必要なものも、それ以上のものも、なんでも用意してくださいました。

 アリスタ様は、お母上と共に、何の力もない、ただの村人である平民たちの守護者となってこられました」

と、朗々と歌うように言った。


 黒森族(エルフ)のコージャさんも

「私も、領地にやってくる一般の人々を治療するために、アリスタ様がまだ赤ちゃんなのに夜遅くまで働いておられるのを見ました」

と、小さいけれども、はっきりとした声で言う。



 テニオさんは満足げに大きく頷く。 

「さもあらん。力と善良さを兼ね備えているので彼女は高貴だ。

 そしてさらに重要なことには、彼女は長命な森族(エルフ)で、森族(エルフ)は高位の種であればあるほど成長が遅く、長命であるとも聞く。

 ファルブロールが森族(エルフ)の、どの種なのかはっきりとは分からないが、見た感じ、あの子は年齢のわりに非常に幼く見える。それにあの圧倒的な術力を考え併せれば非常に高位の種だろうと思われる。

 そうであるならばあの子はとても長命で、すなわち彼女の善良さと力は私たちが年老いて死んだ後でも、我らの子々孫々の時代に、長きに渡り、人々の間にあって祝福として示され続けるだろう」

 

 

 テニオさんの言うことを聞いていると、だんだん話が壮大になってきてアリシアは戸惑う。

 お嬢様はかわいいし、大事なご主人様だから……くらいに思っていたのに、どうもそれどころではないらしい。これは大変な話だ。


「……そこで重要になってくるのが、ゴルサリーズ君だ。

 ファルブロールの寄子の中ではゴルサリーズ君が一番強いだろう。


 俺は荷物袋の異能で輸送するのが専門だから、直接的な戦闘力はあまり高くない。

 けれども率直な言い方をすれば、ファルブロールの寄子である君たちのうち、ゴルサリーズ君以外の全員が同時にかかってきても俺はおそらく勝てる。

 そのような意味でファルブロールは守りが薄い。


 ただゴルサリーズ君は別だ。ゴルサリーズ君は俺よりだいぶん強い。

 だからな、ファルブロールを守る責任は、主にはゴルサリーズ君にある。

 ファルブロール本人を除けば、君が主要な戦力だからだ」


 そしてテニオさんはアリシアの手を取らんばかりにして

「どうか、どうかファルブロールを誰にも傷つけさせないと誓ってくれ。

 仮に君がこの後の人生で、他には全く何も成し遂げなかったとしても、ファルブロールを守れたなら、それだけで君の人生の意義は十二分にあることになるんだ。

 だからファルブロールを命にかえても守ると誓ってくれ」

と取りすがるようにして言った。


 するとそこへ、トイレが終わったのか、豚鬼族(オーク)のアイシャさんと、アイシャさんに抱っこされたお嬢様と、あと案内してくれていた女の人が部屋に帰ってきた。

 アイシャさんの腕の中から抜け出して、ふわふわと漂ってテニオさんの後ろ側から近寄ったお嬢様は、小さなおててでテニオさんの後頭部をぺちりと叩いた。


「……ああ、帰ってきたのか」

 振り返ってそう言ったテニオさんに、お嬢様は

「なにをかってなことをいってるの」

と、怒った、それでもかわいい顔を向け、アリシアに向かっては

ごえい(護衛)はべつにふつうにやってくれたらいいからね」と言ってくださった。



 ◆



 けれどもテニオさんの言ったことは、もはやアリシアの心の中にしっかりと食い込んでしまっていて、つまりアリシアは、自分の人生の目的を見つけてしまったのだった。


 お嬢様は大事な大事なかわいいご主人様だからお守りしよう、というくらいにアリシアが思っていたところに、お嬢様の社会的意義とか、お嬢様がどれほど長生きしてその社会的意義を保ち続けるかとか、そんなことを聞いて、アリシアはそんな大きな物語を初めて聞かされたので、すっかり感化されてしまった。



 お嬢様をお守りしよう。たとえこの命にかえても。


 アリシアはそう心に固く思い定めて、お嬢様の乗った馬車を護衛しながら家路についたのだった。



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