ハーフオーガのアリシア68 ― 政治の季節のはじまりⅢ ―
診療部の昼食会にお呼ばれした二日後。
今日は、まず昼食会があって、それが済んだら別のところでお茶会と、連続して予定があるとトラーチェさんが言っていた。
パーティーやら昼食会やらがある日は、出かけなきゃいけないのは面倒だけど、自分たちでご飯を作らなくてもいいのは嬉しいところか。
それで、今日は昼食会があるからということで、控えめな朝食が終わってから
「今日は何を着て行ったらいいですか?」
とアリシアは、今度こそきれいな服が着れるかもと期待して、トラーチェさんに聞いてみた。
するとトラーチェさんは
「特に指定はありませんが、どうしましょうか……」と考え始めた。
そしたらお嬢様が
「きょうのひるからいくのってテニオさんのところでしょ? それならべつにふだんぎでいいよ」
とおっしゃる。
テニオさんって誰だっけ? とアリシアが考え込んでいると
「ほら、あの輸送連隊の隊長さんの……」と黒森族のコージャさんが教えてくれた。
そう言われてアリシアは、ああ、あの黒髪の猫背の眼鏡の不愛想な人かと思い出す。
確かにあの人なら、他の人の服とかどうでもいいと思っていそうだ。
それで結局、輸送連隊のほうから招待された昼食会は普段着で行くことにして、午後からのお茶会はきれいな服を着ていこうということになった。
まあ、きれいな服を着て昼ご飯を食べていると、食べこぼして汚したりとかしたら困るから、それがいいんだろう。
トラーチェさんが言うには、今日は輸送連隊の人がお迎えに来てくれるらしい。
それで朝ご飯の後片付けをしたり、ちょっとした掃除をして時間を潰していると、馬車の車輪がガラガラいう音と馬の蹄の音がしたので、アリシアは居間から玄関のほうに移動する。
それから少し遅れてドアノッカーの音がした。
アリシアが、玄関のドアを開けると、そこには金髪で大柄な、名前は思い出せないけど、輸送連隊のテニオさんと一緒にいた何やらとかいう人がいた。
「お世話になっております。食料購買局副局長のウルス・アウレでございます。
お迎えにあがりました。本日はどうぞよろしくお願いいたします」
そう挨拶されて、ああ確かそんな名前だったなと思い出す。
皆で屋敷の玄関から外に出ると、馬が二頭ずつくっついた、四人乗りのきれいな馬車が二台あった。
馬車のそばには御者らしき人が立っている。
御者の人もなんか見たような顔だったけど誰だったのか思い出せない。
皆で馬車に分乗したけど、アリシアはやっぱり歩きだった。ちょっと悲しい。
◆
そうして、しばらく馬車を走らせて、街の中を通っている川のほうに向かう。
その川沿いに進んで、街の中央あたりまで馬車で行くと、そこにはとても大きな船着き場があって、船がいっぱい接岸しているのが遠目に見えた。
荷運びの人たちがものすごくいっぱいいて、渡し板をつたって船に荷物を運び入れたり、逆に船から荷物を運び出しているのも見える。
あと、大きな腕木のついた、なんかよく分からない、木でできた大きな装置から、太い綱で荷物が下がっていたりして、その腕木が船のほうに動いたり、岸壁のほうに戻ったりして、荷物を積んだり降ろしたりしているようだった。
馬車でさらに走ると、そんなふうに賑やかな港の、そのすぐ奥に倉庫がたくさん建ち並んでいるのが見えて、その倉庫街を、船着き場から見てさらに奥側にかわすように、その裏手に馬車が回る。
するとそこに石造りの大きな建物があって、馬車はその建物の敷地に入った。
この間の診療部の昼食会は、副部長のローラさんのところのお屋敷であったから、今回もどこかのお屋敷でやるのかとアリシアは思っていたけれど、馬車が着いたのは、どうもお屋敷という感じではないような建物だった。
なんだか長方形の棟を組み合わせたような、飾り気もないような簡素な見た目で、なんか役場の建物みたいな雰囲気があった。
馬車から降りて、ウルスさんの先導で建物の中に入ると、中では何だか人が慌ただしく行きかっている。
廊下の角からふわふわとした茶色の髪でそばかすの、背の低いかわいい男の子が飛び出してきて、アリシアたちの前を行っていたウルスさんにぶつかりそうになって慌てて止まる。
「あっ、もう連れて……お越しになったんですか?」
「十一時からと聞いていたが違うのか?」
「ちょっと手間取りそうだから少し遅らせるという話ですよ」
「聞いてないぞ」
「えぇー……」
かわいい男の子とウルスさんがそうやって話していると、廊下の奥から、相変わらず猫背の黒髪眼鏡のテニオさんがやってきて
「俺が言わなかったんだ」と口を挟む。
それからアリシアたちのほうを向いて
「よくきたな。クロークはこっちだ」と言ってから身を翻すと先導するように歩きはじめた。
「ちょ、まだ準備が終わってませんよ。なんでちゃんと連絡してくれなかったんですか!」
と、かわいい男の子が抗議するけど、テニオさんは
「中で待ってもらえばいいだろう」ととりあう様子もない。
男の子は怒ってしまったのか
「準備の続きがあるので失礼します!」
と言って、ぷんすかしながら行ってしまった。
けれどもテニオさんは気にした様子もなく、アリシアたちを先導して悠々と歩きはじめる。
「ご覧の通りでバタついております。申し訳ありません」
とかわりにウルスさんが歩きながら頭を下げた。なんかウルスさんって苦労していそうだ。
「だいじょうぶよ」
とお嬢様が豚鬼族のアイシャさんに抱っこされた腕の中から、ウルスさんに返事をした。
クロークに行くと係の人がいて、皆のぶんのマントを引き取ってハンガーにかけてくれる。
それを確認するとテニオさんは、飯はこっちだと言って身を翻し
「輸送連隊の新入生に今日の昼食会の準備をさせているんだ。
まあ調達と輸送の訓練がてらのちょっとした課題だな。俺も新入生のころにやった」
そう付け加える。
「れんしゅうしているのね」
「そうだ。新入生だとまだ十三歳とかだし、中にはもっと小さいのに入学してくるのもいるからな。
まずは簡単なことから少しずつだな。
簡単とは言っても業者の選定、交渉、契約、検品、受領、会場設営、支払いまで全部だから、子供がやるには大変と言えば大変だ。
まあこちらでも助言はするし、新入生たちも一生懸命やっている」
さっきのふわふわした茶色い髪の男の子は、背も低くてなんだか本当に子供みたいに見えたのに、そんな難しそうなことをやっているのかとアリシアは驚く。
業者と交渉とか契約とか、なんだか難しそうで何をどうやるのか想像もつかない。
あんな小さな男の子がそんな難しそうなことをやっているのに、自分はいったい何なのか、なんでこんな差がついてしまったのか、とアリシアは不安になる。
アリシアは八月で十六歳になってしまったから、あの男の子が十三歳だとしたら、自分より三つも年下なのに!
「がんばっていてえらいわね」
と、お嬢様が言うのに、アリシアは内心大きく頷きながらも意気消沈していると
「えらいわねってファルブロールこそ演習で物資の調達も輸送も一番がんばったじゃないか」
とテニオさんがお嬢様に言ってくれた。
それでアリシアも、そう言われれば私も演習に持っていく、皆のぶんのご飯作りとかがんばったもんね、と思い出して自分を少し慰める。
「わたしは……もとからできることをやっただけで、べつにがんばってはいないもの」
けれども、お嬢様はそんなふうに気のない様子で答えた。
「そうなのか? 頑張っていないなどということはあり得ないと思うが。
まあ、なんであれファルブロールのおかげで俺たちは助かったさ」
テニオさんはそうまとめると、目の前の大きな扉を開けて、部屋に入っていく。
アリシアたちも後に続いて部屋の中に入ると、そこは部屋のあっちこっちにソファーと、低いテーブルがセットになって並んでいて、座れるようになっていた。
テーブルの上には料理や飲み物が並んである。
でも白いエプロンを着けた人たちや、さっきのふわふわ髪の子みたいな、男の子や女の子たちが、まだ色々と料理や飲み物を運んできてはテーブルの上に載せていて、準備が全部は整っていないみたいだった。
「ファルブロールたちはこっちだ」
テニオさんはそう言って、部屋の奥のほうにある大きなソファーとテーブルのほうに案内してくれる。
馬人族のウィッカさん用らしき床に敷いた厚手の敷物とか、アリシア用らしき足置きで座面を延長したソファーもちゃんと用意してくれている。
「ちょっと準備を手伝ってくるから座って少し待っててくれ」
テニオさんはそう言い置くと、アリシアたちのそばを離れる。
見ていると、テニオさんは大きな銀色のお盆に載った食事とか、飲み物の入っているらしき瓶とかを部屋に運び込んではテーブルの上に並べたりしている。
テニオさんがそういうふうに作業をしているのを眺めていると、部屋の扉が開いて何十人も人が入ってきた。
入ってきた人たちは
「ありゃ、もう来られてるじゃないですか」
「お客さんを待たせて招待した私らが後から来るってあり得ないですよ」
「局長はこれだから……」
とかテニオさんに口々に文句を言っている。
ふわふわの茶色い髪の男の子も
「だから僕はそう言ったのに!」とか便乗して言っていた。
テニオさんがけっこう言いたい放題言われていて面白い。
部屋に入ってきた人たちは、テニオさんにひとしきり文句を言い終わると、今度はテーブルを挟んでお嬢様の前に列を作って、それから皆で順番に挨拶をしていく。
お嬢様はすごい人気だ。
やがて色々作業をしていたテニオさんが戻ってきて
「お前らちょっとは手伝わんか! さあもう始めるから散れ散れ」
と言うと、また後でとか言いいながら、列に並んでいた皆さんがばらけていった。
皆がそれぞれソファーの席に座って「じゃあ始めろ」とテニオさんが言うと、さっきのふわふわした茶色い髪のかわいい男の子が部屋の正面のほうに出てくる。
「た、ただいまより、が、学園生産連絡会食料購買局、な、ならびに輸送連隊のい、慰労会を行ないます。まず、購買局局長よりご挨拶を、い、いただきましゅ!」
緊張しているのか、男の子はどもったり噛んだりしていた。
普通はあんなもんだよね、とアリシアはちょっと安心したような気分になる。
皆の前で何か話せと言われたらアリシアだって緊張するだろうと思う。
隊長さんのローテリゼさんとか、診療部の部長さんのランナさんや副部長さんのローラさんとか、堂々としていて大人みたいな話し方をする人ばかりだから、自分ばっかり出来が悪いように思えてしまって困る。
でもいま普通の男の子が緊張しいしい話しているのを見て、アリシアは焦りのような感情が少しマシになったのだった。
それで司会らしき、ふわふわした茶色い髪のかわいい男の子の言葉を受けて、局長さんのテニオさんが立ち上がって話し始める。
「今日は、購買局の誰一人として欠けることなく演習を終えて、この日を迎えられたことを嬉しく思う。
演習の物資調達や輸送の手配もそれなりに大変だっただろう。ご苦労でした。
今、それなりにと俺が言ったのは、今年はファルブロールが自分の所属する、かなり大きな大隊を、演習の最初から最後まで食わせてくれたし、演習で砦に入ってからは、自分の大隊だけでなく、旅団の全体に食材や菓子や酒やらを提供してくれた。
だから今回の演習は、購買局や輸送連隊としては、だいぶん楽ができて、いつもの労力の半分くらいで済んだような感じがするからだ。
それで今日の慰労会も、物資の調達や輸送に最も貢献してくれたファルブロール抜きでやっては片手落ちだろうということで、輸送連隊ではないファルブロールも招待した。
ともかく食べて飲んで楽しくやろう」
テニオさんがそう言って座ると、またあの男の子が出てきて
「では続きましてファルブロール様よりご挨拶をいただきます」と言った。
えっ? とアリシアが驚いていると、お嬢様はふわふわと部屋の正面のほうへ漂っていく。
「ただいまごしめいいただきましたファルブロールです。
きょうはおまねきいただきありがとう。
こうばいきょくのみなさまにおかれては、としへのしょくりょうきょうきゅうのかんとくというおもいせきにんをになっておられることに、けいいをひょうします。
みなのいのちがかかっているしごとですから、こころのかんぜんにやすまるときはないでしょう。
それでもみなさまが、そのようなしごとをしつづけておられることは、とてもりっぱなことだとおもいます。
みなさまは、きょうもあしたもあさっても、そのつとめをはたされるでしょうけれども、それでもいまからすこしのあいだくつろいでたのしくおしゃべりとかができればうれしいです。
みなさまのごかつやくとけんこうをねがってごあいさつといたします」
お嬢様は事もなげに、そう挨拶を終えると、ふわふわと漂ってアリシアたちのほうへ帰ってくる。
えっ、こんなのもう大人みたいじゃん。お嬢様って十三歳とか言ってたよね? と、アリシアは驚いてしまう。
というかお嬢様ってこんなことを毎日考えているのか。
なんか難しそうなことを言ってたし、お嬢様はまだ赤ちゃんなのにこんなことを考えていたら頭がおかしくなっちゃうんじゃないか。
「ファルブロール様、ありがとうございました。
ではこれより、しばしご歓談とお食事のお時間とさせていただきます。
皆様どうぞお楽しみください」
司会のふわふわ髪の男の子がそう言うと、会場にざわめきが戻ってくる。
アリシアたちも食事を始めたけれど、タイミングを見ながら、色々な人が入れ代わり立ち代わりお嬢様のところにやってくる。
それでお嬢様は、いちいち食べる手が止まるので食べづらそうだった。
アリシアも一応は護衛だから、知らない人がお嬢様に近づいたら見てないといけないので、なかなか食べられない。
すると局長さんのテニオさんが、料理をいっぱい盛った皿を両手いっぱいに持って、こっちにやってくるのが見えた。
「お前ら散れ散れ。飯が食えんじゃないか」
テニオさんは、そう言って周りにいる人たちを追っ払い、料理がいっぱい載った大皿をアリシアたちの目の前にドンと置いてくれた。
色々な人がやってきていて、料理が載ったテーブルに取りに行く暇もないので助かる。
テニオさんて不愛想で失礼だけれど、案外と優しいとこもあるのかもしれない。
「ちゃんと慰労になってたらいいんだがな。まあ食えるだけ食って帰ってくれ」
と向かい側のソファーに座ったテニオさんが言うのに
「だいじょうぶよ、いただいてるわ」
とお嬢様が返事をするけれど、お嬢様は体が小さいからほとんど食べないわけで、食べているのはアリシアとか豚鬼族のアイシャさんとか、馬人族のウィッカさんだったりする。
アリシアとしても、こういうパーティーだとちょっと大食いな自分の肩身が狭い気がしないでもない。
そうやってテニオさんとお嬢様がぼそぼそと世間話をしていると、紙束を小脇に抱えた、太った男の人がこちらに向かってやってくるのが見えた。
「どうもどうも、私はウォルデ・ドルグと申します」
そう言って向かいのソファーにドスンと座る。
おい、と言ってテニオさんが制止しようとするけど、ウォルテさんは
「ああ、いえいえ、私も食べますので皆様方もご遠慮なく食べながらどうぞ」
と言って、目の前にあったパイを鷲掴みにすると、むしゃむしゃと食べ始めた。
「これは旨いですな」
とか言っているけどなんか食べ方がきたない。
パイを瞬く間に食べつくすと、次は鶏の腿肉を手に取って齧りつく。
「これも旨いですな。皆さんも早く食べないと。
いや、食べ物がいっぱいあるのは幸福です。逆に言えば食べ物が足りないのは不幸ですよ。
だからね、私は感動しました。演習のときに、ああ私は副局長のウルス、あのでっかい熊みたいな金髪の男ですが、彼の中隊にいましてね」
そう言われたらなんかこの人見たような顔だなとアリシアは思い出した。
しゃべりながら食べるもんだからウォルテさんはペチャクチャと音をたてつつ言葉をつなぐ。
「それでね、私は十三歳の秋から演習には毎年出てまして今が二十歳ですから……八回目ですか。
演習にそれほども出てきたわけですが、今回ほど幸福な演習は他には無かったなと思うわけですよ。
もうね、あのマズい乾燥豆とエグみのある野草を煮たスープを、また毎日食わなきゃならんのかと、うんざりしながら演習に出かけましたら、今回の演習は、毎日がレストランに来たかのような美食の日々であったのでありまして、苦行の日々になるはずだったものが、一転して喜びの日々へと変わってしまったわけであります。
この感動! この嬉しさ! もう毎日の食事が楽しみで、今日は何が食べられるのかな~というようなものでした。
というか普段に家で食べているものより良いものをいただいておりましたからな。
本当に感謝を申し上げます」
ウォルテさんは、あっというまに骨になった鶏の腿肉の残骸を皿に戻すと、頭を下げる。
「いいのよ、わたしもおいしいものたべたかったし」
と、お嬢様は栗の入ったタルトに齧りつきながら返事をする。
「そう! ファルブロール様は気高くもそのような黄金の心をお持ちであられる。
己の腹のみ満ちれば良いというのではなく、周囲の者にその恵沢を惜しみなく分け与えてくださったわけであります。
それで、ここからが本題なのですが……その精神に倣うならば、我らもファルブロール様より我らの腹を満たしていただいたので、他の者など知らんとは言えないということでありまして、我々も街の人々の食料供給に万全を期すべく色々と対策を講じております。
この慰労会の最初にご挨拶をいただいたときに、ファルブロール様が触れてくださったとおりでありまして、その一環としてまあ災害時や飢饉の際には、都市への食糧供給に関して、我が食料購買局は、各所と協定を結んでおるのですな。
それでですね。そこにファルブロール様もご参加いただけましたならば、我らは百万の味方を得たようなものであります。
ここにあるのが標準の協定書でありますが、もちろん個別に少し改変を加えることも可能です。
まずは、どうかご覧いただいて、ご検討いただけないでしょうか?」
なんだか難しいことをわーっと言われたので、アリシアには何のことやらさっぱり分からなかった。
それからウォルテさんは、テーブルの上の食べ尽くして空になった皿を横にどけると、小脇に抱えていた紙束をテーブルに広げる。
お嬢様はそれを手に取って、目を通していき、終わると(たぶん令術で)それをひらりとトラーチェさんのほうに飛ばした。
トラーチェさんは紙束をキャッチすると
「拝見します」と言ってそれを読みはじめる。
「にもつぶくろのいのうにはいってるしょくりょうとかは、わたしがじぶんでかったのもあるけど、おかあさまからあずかってるものもおおいわ。
それにファルブロールりょうでつみたててあるのをあずかっているのもあるし、しりあいからたのまれてあずかってるのもあるの。
だからていきょうといわれてもかってにできないものもあるし……」
お嬢様がそう言って説明している間に、トラーチェさんも紙束を読み終わって
「そうでございますね。ご領主様と奥方様と関係各所にお伺いを立ててから細かく調整したほうがよろしいと存じます。いったんお預かりしても?」
と口添えた。
「ええ、それはもう! 存分にご検討いただければ」
ウォルテさんが嬉しそうな顔でそう言っていたけれど、テニオさんが
「こんな面倒な話をしたら慰労にならんじゃないか」とたしなめていた。
「局長、そうは言いますがこれから冬の休暇でファルブロール様も里帰りをなさるでしょうから、そのときに協定の内容をどうするかファルブロール様のお父様お母様にお問合せいただけるわけで、そうであれば話を持ち出すには今が一番のタイミングですよ」
「それはそうかもしれんが……ちなみにどれくらい物資があるのか聞いてもいいか?
差し支えなければだが」
とテニオさんが思いついたようにお嬢様に聞く。
「くわしくはひみつだけど……ファルブロールりょうでなにもとれなくても、りょうちがなんねんでもたえられるくらいは、わたしだけでももってるわ。おかあさまがどれだけもってるのかはしらない」
「それは……凄まじいな」
「おかあさまが、よんひゃくねんもいきてると、ききんがなんねんかつづくことはたまにあるんだっていってたわ」
「さすがに森族の皆様のおっしゃることは違いますな。
そのように人々を守護してくださってこられたことに感謝を申し上げます」
ウォルテさんがそうしみじみと言っていたけれど、アリシアとしては奥様が四百歳を超えていたということを知ってびっくりしていた。
あんなに若々しくてきれいなのに信じられない。
それから食事が終わったら果物とかお菓子をいただきながら、テニオさんや、かわるがわるやってくる他の人たちと長いこと話をした。
やがてトラーチェさんがお嬢様に顔を寄せて耳打ちをする。
するとお嬢様は軽くうなずいてから
「じゃあそろそろおいとまするわ。これからまたべつのおちゃかいがあるの」
とテニオさんに言った。
「そうか、忙しいな。ここから遠いのか?」
そう聞かれたお嬢様は
「どこであるんだっけ?」とトラーチェさんに聞いた。
「河港人足組合の事務所ですから……ここの隣のブロックですね」
「河港人足組合……それだけか?」
「そうこぎょうしゃくみあいとふなぬしくみあいとかこうにんそくくみあいのれんめいでしょうたいがきたわ」
「やっぱりか、まあそうなるよな……しかし大丈夫か?
全部ガラの悪いところばかりじゃないか。まあそうおいたはしないとは思うが」
「うちのおかあさまもそうこやにはこびやふねのひととはよくはなしてたわ」
「まあなあ……いきなり派手にファルブロールが商売をはじめたら大混乱だろうから、あらかじめそこらあたりに話は通す必要はあるんだろうが、どうも心配だ」
今から行くところがガラが悪いとか聞いてアリシアは心配になったけれど、お嬢様は
「だいじょうぶじゃない?」とか言って暢気げにしている。
テニオさんは少し考え込んで、それから
「よし、送るがてらにうちからも何人かついていこう。そうでないと心配だ」と言った。
「そんなきゅうにいくひとがふえたらおちゃがたりなくなるじゃない」
そうお嬢様が言っていたけれど
「ここから何か適当に包んで持って行くさ」
とテニオさんはそう言って、藤のバスケット持ってこさせて、そこにお茶のポットやお菓子を詰めはじめた。
長くなり過ぎたのでいったん切ります。