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ハーフオーガのアリシア67 ― 政治の季節のはじまりⅡ-表面 ―


 隊長さんたちが屋敷に訪ねてきてから、さらに二日ほどたって、隊長さんやトラーチェさんが言ったように、パーティーやらお茶会やらへの招待状がいっぱい届き始めた。

 何十通もあって山になるくらいにある。


 お嬢様はひと通り目を通してから

「これとー、これと、これと、これー」と封筒の山から四つを選び出した。


 アリシアが覗き込むと、封筒の表書きには、隊長さんのローテリゼさんの名前と、診療部のローラさんの名前も見える。


 お嬢様の後から、トラーチェさんも封筒の山に目を通して、さらに四つ追加で封筒を選び出した。

「これらだけは出ておいたほうがいいもの」なんだとか。


 アリシアの実家がある山の、麓の村にも、女の子たちの集団があって、その中には絶対に逆らわないほうがいいような子も二人か三人くらいいたけれど、そんな感じだろうか?

 よく分からないけど色々と面倒くさそうだ。そういうのに明るいトラーチェさんがいてくれてよかった。

 

 というかお嬢様が選んだやつが四つと、トラーチェさんが選んだやつ四つで、つまりは八個だから、それが二十日だかの間にあるらしいわけなので、すごいペースだ。

 パーティーで忙しいってなんなんだろう……



 ◆



 ともかく、いちばん日付の近いのは診療部のローラさんが主宰の昼食会で、それが二日後にあったから、とりあえずはそれに行くことになった。



 それで奥様に作っていただいたきれいな服をやっと着れるのかと楽しみにしていたのに、当日の朝にトラーチェさんにどんな格好で行ったらいいのか聞いたら

「実務的な集まりだから気楽な格好でとのことですから、普段着ている服で行くのがいいと思いますよ」

と言われてしまう。

 アリシアはちょっとがっかりした。



 馬人族(ケンタウロス)のウィッカさんがいつもの馬車を曳いてくれて、トラーチェさんの案内で、診療部のローラさんの家に向かう。


 この街は、人がいっぱいいて、ごちゃごちゃと店や家が並んでいる場所があるかと思えば、急に長い長い塀があって、つまりは大きなお屋敷があったりするので、どうも街が間延びしているようなところもあって面白い。


 そうして幾らか馬車で走って、ある長い塀のところの真ん中に、蔦が絡まるような図柄の装飾が施された鉄製の門扉があって、馬車はそこに停まった。

 トラーチェさんが馬車から降りて、門の中にいた門番らしき人に何か紙を見せると、門を開けて馬車を中に入れてくれた。


 敷地の中に入ると、ところどころ雪が少しばかりあったりして、やっぱり冬なのであんまり楽しい景色ではないけれど、それでも庭には池があったり、植え込みがあったり、ベンチが置いてあったりして、見るのがちょっと楽しい。



 お屋敷の建物の前に馬車をもってきたところで、大きな玄関が開いて、従僕らしき人が出てきてくれる。

 馬人族(ケンタウロス)のウィッカさんが駐車場に馬車を停めに行って戻ってきてくれるのを待ってから、従僕の人に案内されて、お屋敷の中に入り、クロークに通されてマントを預けた。

 それから昼食会の会場のホールに案内されると、部屋の入口のところに、金髪のくるくる髪で、診療部のローラさんが立っていて

「よく来てくれたわね!」と皆にご挨拶をしてくれる。

 お客さんの出迎えをしてくれているんだろうか。


 お嬢様がアイシャさんの腕から飛び出して、そのままローラさんのほうへ飛んでいって、ローラさんにだっこされる。

 ローラさんはお嬢様を抱っこしたまま部屋の中に入って、中にいた人たちに

「もう揃ったからもう始めるわよ!」と言った。


 うぇーい! というような歓声が部屋の中から上がる。



 部屋の中には丸いテーブルが二十か三十か並んでいて、そのテーブルの周りに何人かずつ人が立っている。全員で百二、三十人もいるだろうか。

 テーブルの周りには椅子は置かれていなくて、部屋の壁にくっつけるようにして置いてあった。

 皆はテーブルの周りで立っていて、料理も立ったまま食べるやつらしい。

 テーブルの上にはもう料理とか飲み物とかお菓子とかがいっぱいになって並んでいる。


 アリシアたちは、部屋の前のほうにある、わりと目立つテーブルに連れていかれた。

 もうちょっと後ろのほうの目立たない場所がよかったな、とアリシアは思ったけれど仕方がない。


「じゃあまず部長挨拶ね。ランナお願い」とローラさんがそういうと、部屋の前のほうに、診療部の部長さんのランナさんが出てくる。今日も黒くて長い髪が立派だ。


「別にローラが挨拶してくれてもよかったんだけどね……

 こうやって歓迎会をするより前に、演習に一緒に行ったから、知ってる人も多いと思うけど、診療部の部長をやっているランナ・シュバルツ・ハウルだ。以後お見知りおきを。

 診療部は新入生の諸君らを含めて二百四十一人いる。

 ここにいるのは百二十人くらいだから在学生だと半分以下しかいない。

 けれどもそれは診療部に新たに加わることになった新入生の皆を歓迎していないわけじゃなくて、街の各所に設けられてある診療所での仕事があるからだ。皆が歓迎会で抜けてしまうと患者の人が困るからね。

 なんとか半分だけでも都合をつけて集まったというところだ。だからそのへんは勘弁してほしい。

 このように診療部は慢性的に人手不足なので、新入生の諸君にもぜひとも手伝いをお願いしたいと思っている。

 もちろん新入生の諸君の中には年少の者もいるし、能力もまちまちだろうから、できそうなことを自由参加でということになるが。

 でも諸君らの助けを我が診療部は必要としている。我々は新入生の諸君を歓迎する!」

 ランナさんがそういうと会場からパチパチと拍手が起こる。



 それからローラさんがでてきて

「はい、ありがとう。じゃあ次は新入生の皆に自己紹介でもしてもらおうかな。

 名前と出身と……あと何にしようかな。好きなことと得意なことを言ってもらうことにします。

 じゃあセラちゃんから!」

と言うと、色が白くて深い青の瞳で長い長い銀髪をした女の人が立ちあがった。

 すーごく顔がきれいで、なんだかお人形さんみたいだ。


「オーラ伯家公女、セラ・ヤント・オーラといいます。

 寄子たちと中隊を率いておりますので、中隊のものと何か問題などありましたら、私までお知らせください。

 好きなことは治癒術で、得意なことは……治癒術だと思っていたんですけど、先輩の皆さんも治癒が上手だし、色々とすごい話が聞こえてきて、私くらいの実力では治癒が得意とまではいえないのではないかと思い始めました。皆様どうぞよろしくお願いします」

 セラさんは、お嬢様のほうにちらりと視線を流して、そう言ってから席にまた座った。


「いやいや、演習中も見てたけどセラちゃんの治癒は上手だったわよ。得意だと言っていいと思うわ」

 ……じゃあ次の人お願いね」

 ローラさんはそんなふうにフォローをして、そして次の人が立ちあがった。



 そんなふうに、どんどんと自己紹介されていくけれど、全部で三十人くらいも続いたので、そんないっぱい覚えられない。


 その後がうちの中隊の番らしかった。

 お嬢様がふわりと椅子から浮かび上がる。

「ファルブロールはくしゃくけこうじょ、アリスタ・ゲルヴニー・ファルブロールです。

 すきなことは……」

 お嬢様はそこで言葉を切って少し考え込んで

「……とくにないです」と続けた。それもどうなんだろう。


それから

「とくいなことは、アイスクリームづくりです!」と得意そうに言った。


 治癒術とかじゃないんだ……と、この場にいる全員が思ったような気がする。

 アリシアも隣に座っていた馬人族(ケンタウロス)のウィッカさんと顔を見合わせてしまった。

 

「え、そうなの?」

とローラさんが声をあげると


「ローラもわたしのつくったアイスクリームをえんしゅうちゅうにたべたでしょ」

とお嬢様がぷうっと膨れて不満そうに言った。


「あれアリスタちゃんのお手製だったのね。あれは確かに美味しかったわ」

 ローラさんは意外そうな顔をして言う。


「ここにらんおう(卵黄)があります。まぜてえきじょう(液状)にしてあります」

 お嬢様はそう言うと、ぷにぷにの手のひらの上の空中に、ひと抱えほどもある黄色い球のようなものを出現させた。

「これがさとう(砂糖)、なまクリーム、ぎゅうにゅう(牛乳)

 お嬢様はそう言いながら、大きな白い球を三つばかり連続で、どんどん出現させる。


「まずらんおう(卵黄)さとう(砂糖)をまぜます」

お嬢様は黄色い卵黄の球と白い砂糖の球を衝突させて混ぜて、大きなひとつの球にして、空中でなんだかぐねぐねと激しく動かし始める。


「それからぎゅうにゅう(牛乳)をあたためる」

 お嬢様がそういうと、牛乳らしき大きな白い球が平べったく広がって、白い大きなお皿のような形になったかと思うと、そこに赤っぽい光がぼつぼつといくつも灯る。

 その赤い光で温めているらしくて、そばにいるアリシアのほうにも熱気が伝わってきた。


 すぐに「あたたまったのでまぜます」と言って、牛乳の球と卵黄・砂糖の球も衝突させて混ぜてしまう。

 そうして大きくなったその球を、またお皿のような形に引き延ばして赤い光を当てて、たぶんあたためはじめる。


「そのあいだに、なまクリームをひやしながらまぜます」

 お嬢様はそう言って、生クリームの球をぐねぐねと激しく動かしはじめて、それを冷やす冷気が漂ってくる。

 すると生クリームに空気が入ったのか入道雲みたいにモワモワと膨らみはじめる。


「タネを()します」

 お嬢様が言うなり、牛乳・卵黄・砂糖が混ざって一緒になった巨大な球がふわりと、部屋の天井近くまで高く浮かび上がった。


 会場の皆でそれを見上げていると、その球の下に目の細かい網のようなものが出現した。

 すると、その球の下の方が決壊して、下に向かって滝のように流れ落ち始める。


 あっ、と皆が声を漏らしたところで、網を潜り抜けたタネが、網の下でまた球をつくり、濾されたタネの球になった。


「これをひやして……」

 またタネが平べったいお皿のような形に変形して、ひんやりとした冷気が伝わってくる。


「ぜんぶまぜて、まぜてくうき(空気)をいれながらもっとひやします」

 今度はモワモワになった生クリームの球と、タネの球が衝突して混ぜられて、ついに大きな一つの球になった。

 その大きな球が、ぐにぐにと形を変えながら混ぜられて、どんどん冷気も強くなってきて、そのうちに球の表面がアイスクリームっぽくなってくる。


 やがて「できた!」とお嬢様が言って、どこからともなく銀色のスプーンを取り出すと、そのできあがったアイスクリームをひと掬いだけ掬い取って、ローラさんのところへ漂っていく。


 スプーンを受け取ってぱくりと食べたローラさんは

「あ、美味しい。演習のときに食べたのと同じ味ね!」と言っていた。

 お嬢様は満足そうに、うんうんとうなずく。


「ローラがいいっていったらしょくご(食後)にでもみんなにこれをだすわ」

とお嬢様が言うと

「いいにきまってるわ! ありがとう!」

とローラさんが食い気味に返事をして、そうして皆から歓声が上がる。

 アイスクリームが食べられる!


 お嬢様があっというまにアイスクリーム作ってしまうのを、演習の前に準備で食事作りをしていたときに、アリシアたちは見たことがあるから、もう驚かないけれど、初めて見た人たちはけっこう驚いたみたいだった。

 皆が顔を見合わせて、ざわざわとしている。


「投射令術で岩とか光球とか投げるのはよく見るけど、牛乳や砂糖やらを動かして混ぜて温めたり冷やしたりしてアイスクリームを作る人は初めて見たわ……」

 ローラさんがどこか脱力したようにそう言っていたので、やっぱり普通はそんなことしないよねとアリシアも思ったのだった。


 投射令術というと、アリシアはこれまであんまり見る機会がなくて、故郷の村に、術師の人が花火を上げに来てくれていたのを見たことがあるのと、あとアリシアをご領主様のお屋敷まで連れていってくれた森族(エルフ)のスクッグさんが使っていたのを見たのと、後は奥様とお嬢様が使ったのと、あと演習中に魔獣相手に使われているのを見たのくらいだろうか。

 だから普通の令術使いがどんなものかはあんまりよくは分かってない。

 けれども、令術でアイスクリームを作るってのはちょっと普通じゃないんじゃないかなとは思ってはいたけれど、やっぱり普通ではないらしかった。



 それでお嬢様の次は豚鬼族(オーク)のアイシャさんが自己紹介をして、その次は黒森族(エルフ)のコージャさんで、さらにその次がアリシアだった。

 もうお嬢様に全部流れを持っていかれたような気もしたけど、アリシアは無難に、好きなことは貸本を読むことで、得意なことは精肉作業だと答えておいた。

 好きなことが貸本を読むことと言ったらちょっと会場の空気がざわついた気もしたけど、やっぱり大鬼族(オーガ)の趣味が読書というのはイメージに合わないんだろうか。

 


 それから食事の時間になったのだけれど、立食パーティー? というやつだから、色々な人がお嬢様に寄ってきて話をしていく。


 演習中にお嬢様が光の柱を立てて、治癒をしておられたことを

「感動しました!」とか言ってくれる人もいた。

 アリシアにもついでに、天竜を倒してえらい、みたいに褒めてくれる。


 それからお嬢様が、後期から先生になって授業をやるらしいので、それが楽しみだと言いに来てくれる人もいたし、お嬢様は治癒が上手なので、街の診療所でも手伝ってほしいとかいう人もいた。

 あとはなんか難しい話だったのでアリシアには全然分からなかった。

 そういうのはトラーチェさんがなんとかしてくれるんだろう。

 お嬢様は話に来る人で食事が何度も遮られて食べづらそうだった。



 食事がだいたい終わると、テーブルの周りに椅子が据えられて、それでケーキとフルーツの載った皿に、あと暖かい珈琲が出てくる。

 それだけじゃなくて空のお皿と銀色のスプーンも一緒に皆に配られた。


 そこでお嬢様が、さっき作ったアイスクリームの、牛や馬ほどもあるような塊を、荷物袋の異能から出して空中に浮かべてくださって、好きなだけ、欲しいだけ、スプーンで削り取って、皿に盛って食べていいと皆に言ってくださった。


 お菓子を好きなだけ食べてみたいなんていうのは、子供のよくやる空想だけど、それを実際に、それも貴重なアイスクリームで現実にしてくださるのだからたまらない。


 最初はみんな恐る恐るアイスクリームの塊に近づいていたけれど、そのうちにここぞとばかり、物凄く皿に盛りつけはじめて、それでアイスクリームで体が冷える(体が冷えるほどのアイスクリーム!)もんだから、暖かい珈琲のおかわりをもらいながら、めちゃくちゃいっぱい食べていた。

 もちろんアリシアもそうした。


 

 それで、今日ばかりは本当に夢じゃないかしらと思いながら、昼食会を終えて、アリシアは、お嬢様たちと帰路についたのだった。



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