ハーフオーガのアリシア65 ― 勲章と納税Ⅵ ―
勲章とかいうメダルを貰ったアリシアが元の場所に戻ると、旅団長さんも演台から降りてしまう。
それから
『引き続きまして、学院財務部徴税局局長より、本年度演習の納税上位者の発表を行います』
という術具からの女の人の声での案内があった。
見ると、演台の袖から男の人が上がってきていて、その男の人は、黒いガウンに黒いタイ、それに黒くて平たい帽子というどこかで見たような格好をしているのだった。
それで、アリシアが思い返してみると、天竜の術石とかを査定しに来た人と同じ格好だと思い出す。
なんだか印象に残らない見た目だったし、顔も覚えてはいないので、アリシアたちのところに来た人と、格好だけじゃなくて中身も同じ人かどうかは分からない。
「ただいまご指名にあずかりました学院財務部徴税局局長のトール・シュトゥワイヤーでございます。
学生の皆様、並びに御一家様、御一統様、また市民の皆様におかれましては、日頃より税務行政にご協力を賜りまして、まことにありがとうございます」
前に出てきたトールさんとかいう人が話し始めると、なんかあっちこっちから不快そうな唸り声とか、なんだか悪態のようなものが聞こえてきた気がして、アリシアはびっくりしてきょろきょろしてしまう。
でもそれも一瞬のことで、気のせいかな? とアリシアは思い直した。
「……さて、本年度の魔獣討伐演習におきましても、討伐隊の皆様に多大なるお働きをいただきましたことを感謝申し上げます。
貴重な御猟果からのご納税をいただきますこと、ありがたく存じます。
つきましては、僭越ではございますが、ご指名をいただきましたので、私のほうから、今次演習に係るご納税につき、上位納税者の方のお名前を発表させていただきます。
お名前をお呼びいたしますので、呼ばれた方は演台の上にまでお出ましを願います」
そういうのもあるんだ、とアリシアが思っていると
「では……第十席、ローテリゼ・トリッテン・ドライランター殿!
第九席、エルゴル・セックヘンデ殿!」
と隊長さんとエルゴルさんの名前が呼ばれる。
すごいなあと感心していると、その後は知らない名前が二人くらい呼ばれて、次に
「第六席、アリシア・ゴルサリーズ殿!」とアリシアの名前も呼ばれた。
えっ、わたし? と困惑してアリシアは周りを見回してみたけれど、隊長さんとエルゴルさんは、もう前に行って並んでいるので、アリシアもあわてて後を追って、同じように並んでみる。
それから知らない人の名前がまた続く。
でも知らない人とはいっても、さっき勲章のメダルをもらっていた人とだいたい同じ人たちだった。
つまり……演習で活躍して勲章をもらったような人が、魔獣をいっぱい狩っていることが多いから、その人は術石もいっぱい獲れたはずで、その術石を納税するから、勲章をもらった人と同じような人たちが、また呼ばれるのかな? とアリシアがそういうふうに推測してみる。
そうだとすると、自分も天竜を隊長さんのローテリゼさんやエルゴルさんと一緒に狩ったから呼ばれたのか、とアリシアは納得する。
アリシアが天竜の頚を落としたので、その術石の取り分をアリシアが半分もらえることになっていて、あれは高価なんだとエルゴルさんか誰かが言っていたと思う。
天竜の術石が高く売れるからアリシアも呼ばれたのだとすると、お嬢様もひょっとして……? とアリシアが期待していると、最後にやっぱり
「第一席! アリスタ・ゲルヴニー・ファルブロール殿!」
とお嬢様の名前が呼ばれたので、アリシアは小さく拍手をした。
トールさんは手元の紙をめくりつつ話を続ける。
「今次演習における全体の猟果は、金貨換算で24万6780枚となっております。
なおこの数値は現在までに査定と集計が終わった部分の暫定額でありまして、実際の額面はもう少しだけ伸びるものと考えております。
査定と集計の時間が今日の早朝から昼までと限られておりますので、演習に参加なさったすべての方の晶術石について査定を完全に終わらせるのは難しく、そのような次第となっておりますが、大きく高額な晶術石を持っておられた方、あるいは大量に晶術石を持っておられた方、さらには高品質な術石を持っておられた方につきましては、事前にご申告をいただいて、優先的に査定しておりますので、暫定値の額面であっても、実際の額面と、ほぼ相違ないものと考えております。
それで、集計しました猟果全体額のうち、納税いただくのが国税1割、領税3割のしめて4割でありますから、合計しまして納税額は9万8712枚となります。
ちなみにということで申し上げますと、当学院の、これは帝国自治領たる学院の領しますパリシオルム市ならびに周囲の街や村々全体の合計について申し上げるのでありますけれども、昨年度歳出額が国庫に供出すべき国税分も含めまして、おおむね金貨80万枚と少しとなっております。
本年度の予算も概ねそのような見込みとなっておりますので、今次演習に係る討伐隊の皆様からの納税額のみで、歳出予算額の一割強をご負担いただいているということでございます。
ご臨場の皆様におかれましては、この偉大なる奉仕に惜しみない拍手を賜りますようお願いいたします」
そう言ってトールさんはパチパチと手を叩きだしたので、アリシアも皆に合わせて手を叩く。
「……さて、内訳の発表にまいりたいと存じます。
お名前を呼ばれた方は、演台上でその場より一歩前へ出ていただくようお願いいたします。
なお、これから申し上げる査定額はすべて金貨換算で申し上げますのでご了承願います。
では……最初に第十席、ローテリゼ・トリッテン・ドライランター殿!
査定額は2887枚、納税額は1155枚となっております。
天竜を一頭、共同で討伐なさり、それが査定額を引き上げております。
皆様、どうぞ盛大なる拍手をお送りください!」
トールさんの呼びかけで、会場が歓声に包まれて、皆が拍手をしたり指笛を吹いたりする。
勲章をもらったときも皆が拍手はしていたけれど、お金が儲かった話だからなのか、皆の熱意がさらにすごい。アリシアも一生懸命手を叩く。
「続きまして第九席、エルゴル・セックヘンデ殿。
査定額は3163枚、納税額は1265枚であります。
第十席のドライランター様が討伐なさった天竜と同じ天竜を共同で討伐なさいました。
危険を冒し天竜を討伐してくださったことに、皆様どうぞ拍手をお送りください!」
皆が拍手をするのにあわせて、アリシアもパチパチと手を叩く。
それから、八番目の人、七番目の人と、同じような感じで紹介されて、次にアリシアの名前が呼ばれる。
「続きましては第六席、アリシア・ゴルサリーズ殿。
査定額は5995枚、納税額は2398枚であります。
第十席のドライランター様、第九席のセックヘンデ様が討伐なさった天竜と同じ天竜を共同で討伐なさいました。
果敢に天竜に挑み、その頚を落として止めをさされましたので、功第一ということで、共同討伐者の方よりも取り分が大きくなっております。皆様どうぞ拍手をお送りください!」
また皆に拍手をしてもらって、ちょっと恥ずかしいけど嬉しい。
それから第五席、第四席、第三席、第二席と発表されていく。
トールさんも煽るみたいに声を張るものだから、順位が上がっていくにつれて、だんだん会場の熱気も大きくなっていく。
「栄えある第一席、アリスタ・ゲルヴニー・ファルブロール殿!
査定額は3万7668枚、納税額は1万5067枚であります!
単独で天竜を二頭も討伐され、また魔獣の群れを単独でいくつも討伐なさいました。
その猟果は単独で全体額の1割5分以上にも達します。
この大きな働きに、皆様拍手をお送りください!」
そうすると皆がお嬢様に、拍手をして指笛を吹き鳴らし足を踏み鳴らす。
でもお嬢様は、なんだか慣れた様子で皆に手を振ると、それから身を引いて列の元のところに戻った。
「ではこれにて本年度演習における納税上位者の発表を終了いたします。
演習に参加してくださった皆様に、今一度盛大なる拍手を賜りますようお願いいたします」
皆がパチパチと拍手をするなか、トールさんは一礼をして演台から降りて引っ込んだ。
そして演台上に呼ばれた人たちも、元の場所に帰り始めたので、アリシアもお嬢様が演台から漂って降りていく後を追って演台から降りて、元の場所に帰った。
それから
『続きまして、帝国軍南東第八方面軍参謀副長マグノ・カピーテ閣下より、お言葉をいただきます』
という術具からの女の人の声での案内がある。
すると今度は、立派な口髭を蓄えた、でっぷり太ったおじさんが演台に登ってくる。
アリシアは、そのおじさんを、どこで見たのか思い出せないけれども、なんか見たような人だなと思った。
「本日はこのような喜ばしい祝賀の場に呼んでいただいたことを感謝する。
今年の演習はひとりの死者もなく帰ってこられたとのことで、皆も曇りもない喜びのうちにこの場に居られるであろうことを喜ばしく思う。
しかも、皆も聞いたであろう通り、本年度は例年よりも一層の猟果があった由で、すなわち例年以上の積極性と、死者を出さない隙の無さがともに見られたということでもある。
そのようなわけで、演習に出た学生たちは、自分たちが支配者たるにふさわしい能力があることを示した。
市民たちよ、そうではないか?」
立派な髭のおじさんが、まわりの人たちに問いかけるようにそう言うと、広場にいる観客の皆さんが拍手をして応える。
「支配者たちは、魔獣などの外敵を排除し、晶術石を得ることなどによって、社会に益をもたらす。
今日この日に市民たちは支配者たちがなぜ支配者として君臨しているのかという理由を見て知っただろう。
もちろん、支配者たるには単に能力があるのみでは足りない。
人に対する愛情、公正さなど、人格面の涵養も欠かすことはできないというべきであり、なぜなら高い能力が冷酷さや不適切さと共に用いられるなら、それはむしろ害悪となるからだ。
そしてその人格の涵養は、これからの後期の学生生活によってもより一層なされるであろうと期待する。
しかし今日この日は、支配者たちがもたらした恵沢を喜ぼう。
以上をもって私の言葉とする」
立派な口髭のおじさんが話し終えるとまた拍手が沸いて
『お言葉をありがとうございました。
続きまして討伐隊讃歌【旗は翻る】が演奏されます。ご来場の皆様はご唱和ください』
と案内があり、楽隊が、勇壮な音楽を演奏し始める。
◆
『おお、見えるだろうか。
夜明けの光のなかに、我々はそれを見つける。
翻るその旗を!
我々は誇らしく声高に叫ぶ。
勇者たちの旗よ!
長く辛い行軍のときにも、魔獣たちとの戦いのなかでも、それはずっと翻っていた。
そしてその旗は翻る。
我らの地、勇者たちの故郷の上に!
魔獣たちは今や討ち果たされ、野辺に骸を晒す。
狂乱していた魔獣たちも今や眠りについた。
朝日を受け、栄光に満ちて輝く旗よ。
今こそ翻らん。
我らの地、勇者たちの故郷の上に!
人々を危難から守り続ける勇者たちよ!
祝福された我らの故郷が、勝利と平穏で満たされてあれ。
獲物を手に帰還する彼らを讃えよ!
勝利の歓喜のなか、旗は翻る。
我らの地、勇者たちの故郷の上に!』
◆
歌が終わると
『閉会の言葉』と案内があって、銀縁眼鏡の旅団長さんがまた演台に登る。
「以上をもって、帝国パリシオルム高等学院 帝国歴五百二十八年度 魔獣討伐演習勲章授与式ならびに討伐猟果査定上位者の発表を終了する。
討伐演習も後始末まで含めてこれでようやく終わりです。
諸君、ご苦労でした」
それだけ言って旅団長さんは演台を降りていった。
徐々にざわめきが戻ってきて、どうやらそれで解散ということらしい。
アリシアは天竜の術石を載せている馬車から離れて、お嬢様の乗っている馬車のほうに寄っていく。
「もうかえろうよぅ」
と、もう疲れたのか、お嬢様が帰りたそうにしているので、そのまま帰るのかと思いきや、黒いガウンに黒いタイ、それに黒くて平たい帽子という格好の、財務部の徴税なんとかという人たちが何人も近づいてきた。
彼らは馬車のそばまで来ると頭を下げて、その先頭にいた人が
「財務部徴税局でございます。
ファルブロール様、本日はご臨席をいただきありがとうございました。
つきましてはご納税の件でご同行をいただければと存じます」
と言ってくる。
「お役目ご苦労様でございます。
しかしながら我が主は体が小さいこともあり、少し疲れておりますので納税のことについてはまた後日ということでよろしいでしょうか?
査定はもうしていただいておりますので、納期限は確か帰還してより十四日以内ということだったはずですから、まだ少し猶予があるかと承知しております」
トラーチェさんがそう言うと、徴税局の人は少し顔をしかめる。
「仰せのこと、まことにごもっともとは存じますが……今回の術石を買い取る指定を受けた商人がおりまして、その商人が資金の利息負担が重いと申しまして」
「そのようなことを私どもに仰られましても……」
「利払いだけで毎日金貨が五枚ほどもかかると申しております。なにとぞ、なにとぞ」
徴税局の人は、憐れっぽく、縋りつくような調子で言ってくる。
「わかった、いくわ」
豚鬼族のアイシャさんに抱っこされたお嬢様が、馬車の上から、そう声をかけたので、そのまま徴税局のおじさんたちについていくことになった。
後ろから隊長さんのローテリゼさんとエルゴルさんたちも、天竜の術石が載った馬車と一緒に皆でついてきてくれる。
というか利息だけで毎日金貨が五枚ってなんだろう。
そんな世界があるのか、とアリシアは気が遠くなるような思いがした。
◆
広場を出て、街の中を通り、南に向かってしばらく歩くと、街の中を通る川のそばに出て、そこにやたらとでっかい石造りの建物があった。
屋根がすごい高いので四階建てくらいあるだろうか。
あんまり立派な建物なので、アリシアはちょっと気圧されるような気がしたけれど、徴税のおじさんたちに案内されるままに建物に入ると、ぷんと血の匂いがして、それが慣れ親しんだ匂いなのでアリシアは落ち着いてしまった。
つまりたぶん獲物を解体するときの血の匂いらしき匂いがしたのだった。
見ると建物は、一階の一面が柱が並んでいて壁がなく、床も張られていない。
外からそのまま吹き抜けのようになって、地面がそのまま建物の奥まで続いて土間のようになっていた。
奥を覗きこむと、なんだかカウンターのようなものがずらりと並んでいて、そのカウンターの奥に人が座っているのが見える。
その広い土間のあちこちに、ちょこちょこと獲物が置かれて、人が獲物のまわりで話をしていたり、獲物に刃を入れて解体していたりするのも見える。
吹き抜けの部分に馬車を入れると、徴税局の人が建物の奥に走っていってくれて、すると奥から大きな布を持った人がやってきて、それを広げてくれた。
そこにお嬢様が、馬車に載せてる天竜の術石以外の術石を出して並べていく。
建物の中から出てきた人と徴税局の人が術石を見ているけれど、もう術石の査定は済んでいるから、査定が終わったときに貰った書付と、石の色や大きさごとの数が合っているかを確認しているみたいだった。
すぐに確認が終わって、術石が奥に運ばれていき、部屋の奥のカウンターのところに来るように言われる。
カウンターのところに皆で行くと、臙脂色の布が敷かれた銀色のトレーが運ばれてきて、その上には長方形の紙を束ねたものとか、あるいは単に長方形の紙ぺらが幾つも載っていた。
それをトラーチェさんがまず確認して、それからエルゴルさんのとこのホルハンさんがアリシアたちの後ろから
「ちょっとごめんなさいよ」とか言いながら出てきて見てくれる。
その紙束を分解して確認して、問題ないですな、と言ってくれたので、お嬢様がその紙の束を数えてから受け取る。
でっかい束になっているのをお嬢様がまず取って、これがアリシアのぶんよ、とお嬢様から言われて、アリシアも何十枚かの紙の束をもらう。
コロネさんや黒森族のコージャさん、馬人族のウィッカさんは一枚ずつ。
トラーチェさんや豚鬼族のアイシャさんは何もなかった。
アリシアは金貨を貰えるのかと思っていたのに、なぜか紙の束しかくれなかったから、なんですかこれ? と聞いてみると、お嬢様が
「これはこぎってといって、これをぎんこうというところにもっていくと、きんかをくれるのよ」
と教えてくださった。
そんなものが都会にはあるのかとアリシアは感心したけれど、なんかもってまわった感じがして、ちょっと奇妙な気もした。すぐお金をくれたらいいのに、なんでそんなふうにするんだろうか。
その小切手とやらを見てみると、横長の紙で、その上のほうに【小切手】と書いてある。
他にも色々と難しそうなことが書いてあって、なんだかよく分からないけれども、紙の真ん中のほうに【帝国金貨:100枚】と書いてあるから、つまりこの紙は一枚で金貨百枚ということなんだろうか……?
もらった紙束をめくって数えていくと【帝国金貨:100枚】と書いてある紙が三十五枚あって、他に【帝国金貨97枚】と書いてある紙が一枚だけあった。これは端数だろうか。
一生懸命数えて計算してみたら、確かに金貨三千五百九十七枚になったから、徴税局の人がくれた書き付けと同じだけあるけれども、金貨じゃなくてただの紙だから何か騙されてるような気がする。
でも、ただの紙にしか見えないけれど、これを金貨と替えてくれるとのことなので、アリシアは、その小切手とやらを、ちゃんとまとめて紐で縛った。
アリシアよりずっと分厚い、レンガみたいになった紙の束を一生懸命数えていたお嬢様が、それを数え終わったところで顔を上げて
「アイシャのとトラーチェのがないわ」と言った。
おかしいわね……とか言いながらお嬢様は、また紙束を確認するように数え直しはじめる。
やっぱりなんか騙されてるんだ。どうしよう。
とアリシアが心細くなったところで、アイシャさんが
「私たちは治癒しかしてないから、もらえるお金はありませんよ」と言った。
「そうですよ。魔獣は一匹も討伐してませんし、というか私は弱いからできませんし……」
とトラーチェさんも言葉を加える。
それを聞いたお嬢様は、驚いたように眼をぱちくりとして
「えっ、じゃあアイシャはおじいさんのちゆとかで、よなかまでがんばったのになんにもなし!?
トラーチェだっていろいろとやってくれたのに!」
と怒りだした。
「治癒士というのはそういうものですよ。
あんまり前には出ずに皆さんを治すのが仕事です。
お金は、お嬢様からたくさん給料をいただいてますから大丈夫ですよ」
アイシャさんがそう言って少し嬉しそうに宥めるけれど
「そんなのありえない!」
と、お嬢様がぷんすかと噴きあがった。
お嬢様は小切手の紙束の中から、一枚引っぱり出すと
「じゃあこれあげる!」と言ってアイシャさんに渡す。
アイシャさんはその小切手を見て
「……これ金貨百枚って書いてあるじゃないですか!? こんなの駄目ですよ!」
そう言って、何か熱いものでも持ってしまったみたいに小切手を放り出すようにしてお嬢様に返す。
「ぬぬぬ……じゃあこれ!」
お嬢様はそう言って、どこからともなく、たぶん荷物袋の異能から金貨をいっぱい出してきて、十枚ずつ積んで山にすると、それを六つ作って、皆にひとつずつくださった。
金貨十枚でも多いよとアリシアは思ったけれど、アリシアが断ると他の人ももらえなくなったら、それはそれで困るので、ありがたくいただくことにする。
流れで金貨十枚をもらってしまったトラーチェさんが、驚いて慄いていて、あれが普通の感覚だよねとアリシアは思う。
なんだか奉公にでてから金銭感覚とか贅沢の感覚とか、色々と感覚が狂いつつありそうで、アリシアはなんかちょっと怖い気がするのだった。
それで皆でお嬢様にお礼を言ったあと、コロネさんが
「あの、上納のお金の倍くらい頂いてしまいましたけど、これお納めください」
そう言って、コロネさんが金貨をお嬢様に渡していた。
「もうべつにいいわよ」
とお嬢様は言っていたけれど、コロネさんは、
「そういうお約束ですから」と言ってお嬢様に金貨を何枚か渡してしまう。
黒森族のコージャさんや、馬人族のウィッカさんもお嬢様にお金を渡していて、そういや上納というのがあったんだったとアリシアも思い出す。
確か貰った額の半分だったはずだから……小切手が三十六枚あるうちの、端数で少なくなるといけないから【帝国金貨:100枚】と書いてあるやつを十八枚取ってお嬢様に渡した。
「アリシアからはもらいすぎなんだけど……」
とお嬢様は言っていたけど、自分でもこんなに稼げるとも思ってなかったし、お金と言ってもまだ小切手とかいう紙切れだから、ままごとでもしているように思えるし、金額も現実感がないからなんだか惜しくも感じない。
でも、お嬢様は
「またそのうちいちじきんでもどすからね」と言ってくださった。
◆
換金が全部終わってさあ帰ろうとなったところで、エルゴルさんが
「お屋敷までお送りしますよ」と言ってくれる。
「ありがとお!」
と、言ってお嬢様はニコニコして、エルゴルさんに抱っこされていた。
アリシアはちょっと悔しい。
「まあ私どもより、アリスタ様の方が強いので、あんまり意味はないかもしれませんが」
とエルゴルさんは言っていたけれど、目も眩むようなお金(と引き換えてくれる紙の束)を持っているかと思うと、ちょっと心細いので、誰でもついてきてくれるのはアリシアとしては嬉しかった。
でもパレードのときに、天竜の術石を載せるための平台の馬車を三台、輸送連隊のテニオさんから借りていたから、屋敷に帰る前にそれをまず返しに行くことにする。
それでエルゴルさんや、エルゴルさんのところの人たちが一緒に何十人もついてきてくれたので、アリシアたちだけ、なんだかパレードの続きでもやっているような感じになってしまう。
輸送連隊のいる建物の場所が分からなくて、ちょっと時間がかかったけれども、場所を、道行く人に聞きながらなんとか見つけて、そこで対応してくれた人に、馬と馬車を返した。
そのときにテニオさんはいなくて、留守にしているみたいだった。
それからやっとアリシアたちは屋敷に向かう。
最近は陽が落ちるのが早いけれど、なんとか暗くなるまでに屋敷にたどりつく。
屋敷の門のところでエルゴルさんたちに手を振って別れ、それから皆で食事の用意をして、食べて、後片付けをして、お風呂に入って、寝床に入り、こうしてようやく長い一日が終わったのだった。
■tips
どの物品を基準とするかで幾らか違いはあるが、大まかに言って帝国金貨1枚は、現代日本の貨幣価値の10万円ほどに相当する。
つまりアリシアが魔獣を討伐し晶術石を採って稼いだ額は、おおむね
金貨5995枚=5億9950万円ほどであり、
納税額は2398枚=2億3980万円である。
残りは金貨3597枚となるが、アリシアの場合はさらにお嬢様への上納が半分あるので
アリシアの手取りは金貨1798枚と半分=1億7985万円となる。
ちなみにお嬢様は、
金貨3万7668枚=37億6680万円を稼ぎ、
納税額は1万5067枚=15億670万円ほどを納税なさった。
お嬢様の手取りは22億6010万円となる。
そしてお嬢様は、アリシアなどの寄子の皆に金貨10枚ずつ=100万円ずつの臨時ボーナスをくださった。
すごいお金持ちである。
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