ハーフオーガのアリシア64 ― 勲章と納税Ⅴ ―
アリシアたちの居る旅団は、隊形を整えて、パレードをするための場所まで歩き始めたのだけれど、これがけっこう延々と歩いても、なかなか着かない。
「なかなか着かないですね」
アリシアは、天竜の術石を乗せた平台の馬車を挟んで隣にいるエルゴルさんに、そう話を向けてみる。
「そうですな。大通りのほうでパレードをやると聞いてますが、そうすると街の北西側に回らないといけないんですよね。
さっき出てきた競技場は街の北東側の市壁の外にありますから、まあちょっと遠いですよ。
私たちは馬車に乗れませんしね」
エルゴルさんはそう教えてくれた。
討伐演習でもたくさん歩いたし、アリシアは狩人から戦士になっても、結局は歩くのが仕事ということらしい。
競技場から街の北側に向かって歩き、そこから市壁に沿って街の北西側に回り込むように歩いていく。
アリシアはこのパリシオルムの街に来たときは、川を通って街の中心部の中州から上陸したので、このあたりは来たことがない。
街の北東から北西へ市壁に沿って回りこむだけでこれほど歩くということは、街がどれだけ大きいのかとアリシアは感心する思いだった。さすが都会は違う。
◆
街の北西の門のところまで来ると、門の外の道の脇に、楽器を抱えた人たちがいっぱい立っていた。
彼らは真っ白なズボンに赤い上着、それに茶色いブーツに、同じ色の帽子をかぶっていて帽子には羽根飾り、というような揃いの制服を着ている。
それからパレードを見に来たらしき街の人たちもいっぱいいた。
「楽隊が来てますね。こりゃ贅沢だ」
と、エルゴルさんがアリシアに言うともなしにつぶやいたのが聞こえる。
彼らは手に手に楽器を抱えていて、金色のラッパを持っている人が多いのだけれど、ラッパといっても、ごく普通の大きさのやつとか、やたら前後に長いやつとか、くるくる巻いているやつとか、複雑に折れ曲がって妙に大きくてベルトで支えて肩から吊っているやつとか、それよりもっともっと大きくて背中に背負うように持っている人の肩口からラッパの大きな口が覗いているやつとか、色々あった。
ラッパだけじゃなくて、色々な大きさの太鼓を抱えている人がいたり、黒い大きめの笛みたいなものを持っている人がいたり、いろいろな楽器を抱えている人がいる。
彼らは道の脇で待機していたのが、アリシアたちの旅団が寄っていくと、道の真ん中まで出てきて、整列してから楽器を演奏し始める。
そしてアリシアたちの旅団がその後ろに付くと、街の中に向かって歩きはじめた。
旅団は二千人以上いる上に、馬だけでも人と同じくらいの数がいて、それに馬車があり、走竜や飛竜もいて、さらに縦に細く列を作って並んでいるから、列が長くてアリシアたちは、なかなか街に入れなかった。
けれども、待っているとそのうちに、列が少しづつ進み、楽隊に引き続いてアリシアたちも門を通り過ぎて大通りに入る。
大通り沿いにはどこからこんなに人がいっぱい出てきたのかと思うくらい、街の人たちがいっぱい集まっていて、大通りの両側にずうっと並んで建っている高い建物の窓からも人の顔がたくさん覗いている。
街の人たちは、手を振ったり、歓声を上げたり、指笛を吹いたり、花びらや紙吹雪を投げてくれたりしてくれていた。
あんまり賑やかなので、アリシアは少し面食らってしまったけれど、まわりをきょろきょろと見回すと、列の前にいるお嬢様たちや、馬車を挟んで隣にいるエルゴルさん、それに後ろの馬車に乗っている人達が道の両側に向かって手を振っているので、アリシアも真似をして、一生懸命手を振った。
「顔は出してもいいと思いますよ」
とアリシアはエルゴルさんから言われたので、何かと思ったら風が冷たいからって面頬を下ろしたままになっているのに気づく。
面頬を上げてアリシアが街の人たちに手を振ると、ちょっと歓声が大きくなった気がしなくもない。
たまに花びらや紙吹雪だけじゃなくて、切り花がそのまま投げられて飛んでくるので、アリシアは、自分の近くに落ちたら、花が踏まれる前に拾い上げて、天竜の術石の脇にでも置いて飾っておくようにした。
見物している人達は、皆が楽しそうで、キャーキャー言ってくれるものだから、なんでそんなに喜んでくれるんだろうとアリシアは少し疑問に思わないでもない。
◆
やがて隊列は大通りを抜けて、大きな広場に着く。
広場は南側の半分くらいが見物人で埋まっていて、北側半分は誰もいないようにして、場所を空けられているようだった。
空いている部分だけでも、街の外の競技場よりまだ広いくらいの、ものすごい広さで、空いている場所の正面端の中央あたりに、演台みたいなものが備え付けられている。
前を行っていた楽隊が、演奏は止めずに演題の左右に横長に広がってこちらを向く。
続く旅団は、縦に並んでいた列を組み替えて縦横に長方形に広がって列を作り直し、演台正面の空いた場所に落ち着いた。
皆がそうやって並び終わったところで楽隊の演奏がぴたりと止む。
『ご来場の皆様におかれましては、ご静粛に願います』
と、何か令術具でも使ったらしき、女の人のきれいな声が広場全体に響き渡る。
『パリシオルム高等学院執行部首席ならびに来賓の皆様が入場いたします』
すると金色の装飾がついた黒くてガラスみたいに艶々した、きれいな屋根のない馬車が三台ほど車列をつくって広場に入ってきた。
そうして演台のそばまでやってきて、そこで馬車から中の人たちが何人も降りて、その台の横に並んで立つ。
『ただいまより、帝国パリシオルム高等学院 帝国歴五百二十八年度 魔獣討伐演習勲章授与式を開催いたします』
それからそのうちの一人で、銀縁の眼鏡をかけた若い男の人が演台に登る。
アリシアにも顔に見覚えがあって、あれは入学式とかでも前にいた偉い人で、演習でも旅団長をやっていた人だった。
『開会の辞』
「ただいまより、本年度魔獣討伐演習に係る勲章の授与式典を開催する。
また、討伐猟果査定上位者の発表も同時に行う」
『討伐隊讃歌【彼らは進んで行く】が演奏されます。
ご来場の皆様はご唱和ください』
そのような声がかかり、アリシアたちに向かい合うように並んでいる楽隊が、軽快な、でもどこか悲し気な音楽を演奏し始める。
◆
『丘を越え、川を越えて、馬車を後ろに引いて、彼らは進んで行く
魔獣の群れに遭っても、彼らは進み続ける。
指揮官は叫び、彼らはそれに応える。
彼らは走り、魔獣の群れに襲いかかる!
ときに死するものがあろうとも、彼らは進み続ける。
高貴さに伴う義務の故に!
讃えよ! 我らの剣を。
讃えよ! 我らの盾たるものを。
讃えよ! 高貴なるものを。
彼らはきっと帰ってくる。務めを果たして帰ってくる。
彼らに祝福と加護やあらん! 我らの守護者に! 』
◆
全然知らない曲が流れ始めたので、アリシアは歌うこともできずに、まわりをきょろきょろと見てしまったけれど、そうやってみるとアリシアのまわりにいる皆は、誰も歌ってなくて、よく見ると広場にいる観客の皆さんが、声高らかに歌っているのだった。
どうやら自分たちは歌わなくていいのかな……? と安心してアリシアは前を向いた。
歌が終わると
『続きまして勲章の授与を行ないます』
と声がある。
旅団長が演台から
「では今から勲章の授与を行なうので、名前を呼ばれたものは前に来るように」
と言った。
それから、知らない名前が何人も呼ばれて、アリシアは我関せずとぼんやりしていたら
「ローテリゼ・トリッテン・ドライランター学生!」
と知った名前が呼ばれる。
あっ、隊長さんの名前だ! とかアリシアが思っていると今度は
「エルゴル・セックヘンデ学生!」と天竜の術石が載った馬車を挟んでとなりに立っていたエルゴルさんの名前も呼ばれる。
それから「アリスタ・ゲルヴニー・ファルブロール学生!」
と、お嬢様も呼ばれて、呼ばれたお嬢様は、抱っこしてもらっていた豚鬼族のアイシャさんの腕からふわーっと漂い出て、そのまま前に飛んでいく。
お嬢様も呼ばれたなあ、などとアリシアが暢気に考えていたら
「アリシア・ゴルサリーズ学生!」とアリシアも呼ばれてしまった。
不意を突かれたアリシアは、びっくりしてきょろきょろとあたりを見回してしまう。
すると「アイシャ・シュファイネ学生!」とアイシャさんも呼ばれて、アイシャさんが馬車から立ち上がり、アリシアのほうに振り向いて
「ほら、アリシアさんもいくわよ」
と言ってくれたので、アリシアはやっと我に返って、馬車から降りようとしているアイシャさんの手をとってから、一緒に前に行ったのだった。
アリシアは演台のそばまで行って、先に呼ばれた他の人たちと同じように、見よう見まねで演台のほうを向いて横一列に並ぶ。
前に呼ばれた人は、数えてみるとアリシアを含めて全部で十四人いた。
銀縁眼鏡の旅団長さんは
「今から名前を呼ぶので、呼ばれたものは演台の袖にある階段から上に登ってくるように」
と言い、それから、どこからともなくコップを取り出して、水か何かを一口飲むと、それをどこへともなくしまいこむ。
それから「サルファ・レーテ・クライコモス学生!」と声を張った。
はい! と列の一番左側にいた人が返事をして、演台に上がっていく。
サルファさんが演台に上がると、旅団長さんはサルファさんと向かい合う。
「サルファ・レーテ・クライコモス学生は、今次魔獣討伐演習において、天竜をよく用い、部隊の上空を守り、大型の魔獣を率先してよく抑えて狩り、もって所属大隊、また旅団全体の安全に資した。
その功績は猟果として提出された晶術石の質と量からも明らかである。
よってその功績を賞し、天竜騎士二等勲功章ならびに投射術三等勲功章を授与する」
旅団長さんがそう言うと、何かが載った銀色のトレーを持った人が壇上に上がり、そのトレーから旅団長さんは何かを取ると、サルファさんの胸にそれを付けた。
見ると、何かメダルのようなものが二つ、サルファさんの胸から吊り下がっている。
遠目のきくアリシアの眼でもっとよく見てみると、二つあるうちの一個目は、なんだか銀色の丸いメダルのようなものに何か図柄が彫ってあって、そのメダルの図柄の上のほうに小さな宝石のようなものが一つ入っている。そしてそのメダルが紫色の幅広のリボンのようなもので吊り下げられてあった。
もうひとつは、少しくすんだ銅色のメダルに、これも何か彫ってあって、上のほうに同じく小さな宝石がひとつ、これは黄色のリボンで吊り下げられている。
サルファさんの胸にメダルを付け終わった旅団長さんは、サルファさんの肩に手を置いて
「皆は彼の者を讃えるように!」と大きな声を出した。
すると皆が一斉に拍手を始めたので、アリシアも一緒になって手を叩く。
なんかメダルをくれたということは分かったけれど、あれはなんだろう?
◆
見ていると、他の人も、最初に呼ばれた人とだいたい似たような感じで、前に呼び出された人が順に演台の上に呼ばれては、これこれのことをしたのが偉かったというようなお褒めの言葉があって、それからリボンで吊り下げられたメダルのようなものを、胸にくっつけてもらう、という儀式のようだった。
どうも話を聞いている限りでは、天竜の騎士らしき人が五人くらい呼ばれて、その後にそうでない人が四人続いた。
その後に「ローテリゼ・トリッテン・ドライランター学生!」と大隊長さんが呼ばれる。
「ローテリゼ・トリッテン・ドライランター学生は、今次魔獣討伐演習において、遭遇した野生の天竜によく立ち向かい、所属大隊員二名とともに討伐した。また大隊をよく率いた。
よってその功績を賞し、天竜共同討伐記念勲章ならびに投射術三等勲功章を授与する」
そんなふうなお言葉があって、隊長さんもメダルを二つもらって、また皆で拍手をする。
知り合いだから、アリシアも一生懸命手を叩いた。
その次はエルゴルさんで
「エルゴル・セックヘンデ学生は、今次魔獣討伐演習において、遭遇した野生の天竜によく立ち向かい、所属大隊の大隊長ならびに所属大隊員一名とともに討伐した。また大隊長をよく助け部隊の円滑な運営に資した。よってその功績を賞し、天竜共同討伐記念勲章ならびに突撃術二等勲功章を授与する」
とのことで、エルゴルさんもメダルを二つ貰って、アリシアは拍手をする。
さらにその次に「アリスタ・ゲルヴニー・ファルブロール学生!」
と、お嬢様の名前が呼ばれたので、アリシアは注目する。
お嬢様はふわーっと壇上まで漂って、旅団長さんの正面あたりに浮かんだ。
「アリスタ・ゲルヴニー・ファルブロール学生は、今次魔獣討伐演習において、遭遇した野生の天竜二頭をいずれも単独で討伐した。
さらに、所属大隊の兵站をほぼ単独で賄い、部隊の運営に多大な貢献があった。
また目的地たる砦に到着してからは旅団の兵站についても多大な貢献があった。
加えて部隊の上空を自ら飛行し、高空から強力な投射術を行使し、おびただしい数の魔獣を討伐した。
さらに非常に強力な治癒術を行使し、下半身が完全に損壊するという致命的な傷を負った大隊員を、後遺症すらないまでに治癒せしめた。
この功績を賞し、星二つ入り天竜単独討伐記念勲章、輸送特等勲功章、投射術特等勲功章、治癒特等勲功章を授与する」
ということで、お嬢様はメダルを四つも貰って、アリシアは力のかぎり拍手をした。
ふわりと演台から飛んで帰ってくるお嬢様を見ながら、メダルが四つももらえてお嬢様はすごい! とか喜んでいると、アリシアの名前も呼ばれる。
それで、アリシアも演台に登ろうとしたら、旅団長さんに
「勲章を胸につけなければならんから、ファルブロール学生は胸甲は脱いでくるように。
せっかくだから皆に顔がよく見えるように兜も脱ぎたまえ」
と言われてしまった。
トラーチェさんてば完全武装って言ったじゃん! とアリシアはちょっと不満に思いながら、あわてて胸甲を外していると、隣にいたエルゴルさんが手伝ってくれた。
それで武器類も斧槍とか大剣とか塔盾とかでっかいのはエルゴルさんに預けてしまって、それから急いで演台に上がる。
「アリシア・ゴルサリーズ学生は、今次魔獣討伐演習において、遭遇した野生の天竜によく立ち向かい、所属大隊の大隊長ならびに所属大隊員一名とともに討伐した。また天竜に踏まれた大隊員を救助するため、危険をかえりみず天竜の脚のまさに真横まで肉薄し、これを見事に救出した。
よってその功績を賞し、天竜共同討伐記念勲章、突撃術二等勲功章ならびに紅綬青心救命勲章を授与する」
アリシアにはそんなふうなお褒めの言葉があった。
それでメダルを付けてくれるんだろうと思って待っていると
「ちょっと届かないから屈んでくれ」
と旅団長さんに言われてしまう。
アリシアとしては自分のデカさが強調された気がして、なんだか恥をかかされたように感じて悲しくなった。
それでもアリシアは片膝をついて、旅団長さんに服の胸にメダルを三つも付けてもらう。
そうして立ち上がって前を向くと、皆がアリシアに向かって一生懸命に拍手をしてくれた。
お嬢様とかアイシャさんとか、他の仲間の皆が拍手をしてくれたし、アリシアと顔見知りの人も、そうではない全然知らない人も、広場にいるたくさんの人たちが皆で、アリシアのほうを向いて一生懸命拍手をしてくれている。
それでアリシアは今までに経験したことのないような、充実感というか、認められたというか、誇らしい感じというか、それで胸がいっぱいになるような気がして、感極まった。
最初に勲章とやらのメダルをみたときは、あれは何に使うんだろうとか思っていたけれど、こうされてみると分かる。
このメダルは何かに使うというより、これ自体が大事なもので、つまりはこんなにも皆が褒めてくれたことの記念品なんだと分かったのだった。
拍手が終わると、アリシアはにやけそうになるような、ふわふわとした気持ちで演台から降りる。
最後に豚鬼族のアイシャさんが、天竜の脚に踏まれたお爺さんのクリーガさんの治癒をがんばったからということでメダルを貰っていた。
アリシアは一生懸命拍手をして、それから自分の胸についている三つのメダルを手でそっと押さえる。
大げさに言うなら、この勲章とやらでアリシアは、心の中の欠けた何かの部分が少し埋まるような、そんなような気さえしたのだった。
世の中にはこんな仕組みがあるのかとアリシアは感心して、このメダルは大事にしようと、アリシアはそう思ったのだった。




