ハーフオーガのアリシア63 ― 勲章と納税Ⅳ ―
演習で狩ってきた獲物の解体が終わった次の日。
今日は式典があるとのことで、昨日に引き続いて今日も早く起きる。
いつもよりだいぶん早く起こされたお嬢様は
「もう! ぜんぜんなまけられないじゃない」
と怒っていたけれど、確かに演習の帰り道ではずっと行軍していたし、帰ってきて一日かそれくらい休んだだけで、その次の日の午後からまた獲物の解体作業があって、その翌日も朝から一日ずっと解体で、今日も式典で早起きだから、なかなか大変ではある。
お嬢様は頭は大人のように良いけれど、体は赤ちゃんだし、あんまり無理をさせるのもどうかとは思う。
「今日が終わったらまたゆっくりできますから、いま少しがんばってください」
とトラーチェさんがお嬢様をなだめている。
朝食も食べずに出かける準備をするとのことで、何をそんなに急ぐのかと聞いてみると
「今日は獲物から取り出した術石の査定を受けるんですよ。
そのあと昼からは大通りに移動して、そのままパレードの予定になってまして、だから昼までに査定が終わらないと困るんです。
演習に出た方は二千人以上いますから、査定もけっこう時間がかかりますからね。早めにいったほうがいいんですよね。
それで例年通りであれば査定の会場に屋台も出てると思いますし、朝ご飯も昼ご飯もそこで何か食べちゃうことにしようかなと」
と教えてくれた。
パレードがありますから完全武装でお願いしますね、とのことだったので、アリシアは鎧兜や武器を色々身につけて全身武器人間になっていく。
パレードだからっていちいち武器人間にならなきゃいけないのか、とアリシアは思わないでもないけれど、トラーチェさんがそうしろって言うんだからそうしたほうがいいんだろう。
完全武装だと窮屈で煩わしくはあるけれど、でも鎧兜の下に最初に身につける、鎧下の綿入れや頭巾が、この季節だと暖かいし、顔まで覆う兜も風よけにはなって、顔が冷たくなくていい。
綿入れの上からは、手足の指先まで全身を覆う分厚い板鎧をつけるけれど、これも金属製なので、当たり前だけど風は通さないから、そういう意味では防寒具と言えないこともない。
それに何より術石がついてて寒い時は暖かくしてくれるからそれが最高だ。
武器類は、まず背丈ほどもある大剣を左肩から右腰へと背中に背負い、左腰には片手剣を取り付け、腰の後ろには段平を二本つける。
右腰横には柄頭の裏側がハンマーにもなっている戦斧を吊るす。
さらに大剣と交差するように、革帯をたすき掛けにして、そこに矢をいっぱいにした矢筒を二つと、鉄の板ばねで弓幹を補強した弓を取り付けて背負う。
左手には全身を覆うような塔盾と言われる類の巨大な盾を持つ。
盾の裏には小さな鎧通し二つと手槍が一本、あと小さな円匙スコップがひとつ、それに投石用の帯紐が組み付けてある。
残った右手には長柄で主武器の斧槍を持つ。
以前までならここまでで終わりだったのだけど、アリシアは、ああ、あれもあったな、と思い出して、エルゴルさんから貰った大剣のほうも取り出した。
これが、もともと持っていた大剣よりも、さらに長くて身幅も太くて持つのが大変で困る。
大きすぎて背中に付けられないから、大剣を横倒しにして、鞘についている滑車付きの鎖を、革製の肩当てが取り付けられている部分で、肩掛け鞄のような要領にして肩にかける。
天竜の頚を落とすとか、魔獣の群れの中で振り回すとかなら使い勝手がいいけれど、パレードとかにはさすがに邪魔すぎるんじゃないか、とかアリシアは思わなくもない。
屋敷の前に出ていくと、もうみんなが揃っていて、アリシアは最後だった。
全身武器人間になったアリシアを見て、アイシャさんが
「それ大丈夫なの、重くない?」とあらためて心配してくれる。
完全武装のときはいつも、ただでさえ全身武器人間だったのに、今回はそのうえエルゴルさんに貰った大剣が追加されていて、この大剣がかなりでっかいから、確かにちょっとすごい見た目かもしれない。
「大丈夫ですよ、全然いけます」
アリシア塔盾を持っているほうの左手を軽く上げながら返事をする。
まあちょっと窮屈ではあるけれど、鎧下の綿入れと鎧兜の温度調整の術石があるから、寒くないという意味では、完全武装のほうが快適ではある。
朝が早かったからか、お嬢様は、馬車に乗った豚鬼族のアイシャさんに抱っこされたまま、すやすやと寝ておられる。
その寝顔があんまりかわいらしいので、アリシアはお嬢様の頭をそっと撫でたりとかしたかったけれど、手甲を付けているし、うっかりお嬢様に怪我でもさせたらいけないので自重した。
でもお嬢様にさわれなかったのが、アリシアには妙に悲しく感じられたのだった。
◆
パレードなので、馬車は全部出すらしくて、馬人族のウィッカさんの曳くいつもの馬車と、コロネさんの馬車、それにこの街に来るまでの道のりとかでアリシアが寝床にしていた大きなワゴンの馬車と、三台とも持っていく。
今回は演習に参加した人のパレードなので、メイドのミーナちゃんと、従僕のトニオくんは参加できないらしくて、アリシアが寝床にしていたワゴンの大型馬車は黒森族のコージャさんが手綱を取ってくれた。
ありがたいけど、森族のお嬢様に、豚鬼族のアイシャさん、黒森族のコージャさん、大鬼族のアリシア、馬人族のウィッカさんに、只人のコロネさんとトラーチェさんという、七人しかいないのに、馬車が三台ってのはちょっとあんまりにも人がいなさすぎてスカスカな気がしないでもない。
もっと言えば、演習ではお嬢様はだいたい、よその中隊の飛竜騎士の人をお供に引き連れて、空を飛んで魔獣を狩っていたし、アリシアは大鬼族なので重すぎて馬車には乗れないから、だいたいは一人で前に出て魔獣を狩っていた。
それに馬人族のウィッカさんは、馬車に乗るほうではなくて馬車を曳くほうで、だから七人のうち、実質馬車に乗る人は四人しかいない。
さらに言えばウィッカさんは馬人族なので御者はいらないけれど、他の二台の馬車には二頭ずつ馬がくっついているから御者が必要で、御者にコージャさんとコロネさんの二人を取られることを考えると、馬車は三台なのに御者以外で乗っているのは、アイシャさんとトラーチェさんの二人のみ、みたいなことになる。
アリシアたちの中隊、というかお嬢様を除いた小隊は、治癒・後送小隊ということになっていて、その役目は、怪我人が出たら馬車で駆けつけて、怪我人を馬車に載せて後ろの安全な場所まで運んで、ついでにちょっとくらい治療をするのが仕事、ということらしい。
だから馬車ばかり多くて中がガラガラでも、それはそれでいいのかもしれないけれど、馬車が三台あるのに、御者以外で馬車に座っている人が二人しかいないから、運んでいる怪我人に包帯とか巻いて世話をしてくれる人がいない馬車が一台あるということにもなる。
あんまりにも人がいなさすぎて、心もとないと言えば心もとない気がしなくもない。
隊長さんのローテリゼさんのところの中隊は百五十人以上いるそうだし、エルゴルさんのところの中隊は二百人以上もいるとか言っていた。
そう考えるとうちは七人しかいないというのは、ちょっと少ないのではないんだろうか?
まあでも、そういうことはお嬢様とかトラーチェさんとか、お嬢様の実家の奥様とかご領主様とかが考えてくださるんだろうからと、アリシアは考えるのをやめて頭を振った。
◆
馬車を走らせて、アリシアたちは入学式や出陣式をした競技場のほうへ向かう。
道中でアリシアたちと同じ用事で?競技場に行くらしき人や馬や走竜や馬車をけっこう見かけた。
競技場に着いてみると、そこは人や馬や馬車でいっぱいで、たまに走竜や飛竜がいるのが見える。
すごい人ごみだけど、こういうときは背の高いエルゴルさんを探して、目印にしてそこへ行けばいいんだなと、だんだんアリシアも分かってきたので、まわりを見回す。
すると、人や馬や馬車より、だいぶん上のほうにあるエルゴルさんの頭がすぐに見つかったから、皆に知らせて、そちらのほうに向かう。
「おはようございます。ああ、うまく会えてよかった」
エルゴルさんは、アリシアたちの姿を認めると、そう言って左側の三本の手をあげて振ってくれる。
すぐ近くにいた隊長さんのローテリゼさんが
「アリシア君と私たちとの共同戦果の天竜があるからな。査定は一緒に受けないといけない」
と付け加えてくれた。
「ああ、そういうのもありましたのね。
気づかなくて申し訳ないです。演習のほうは、私は今まで出たりでなかったりなので、こういう査定とかも慣れてなくて……」
そう言ってトラーチェさんが申し訳なさそうにしたけれど
「いやいや、こちらこそ。
お迎えに上がろうかとも思いましたが、朝も早いですし、まあこちらでお会いできますからな」
そう言ってエルゴルさんは、ははは、と朗らかに笑った。
そこで豚鬼族のアイシャさんに抱っこされて寝ていたお嬢様が、ぱちくりと目を覚まして
「ねえ、おなかがすいたわ。ごはんにしましょう」とおっしゃった。
するとエルゴルさんのそばに立っていた、白髪頭のお爺さんが
「おお、ではこの爺が何か屋台で買って参りましょう」
と言って、それからお嬢様に、おはようございます、と恭しく頭を下げた。
急に口を挟んできたので誰かと思って見てみると、見たような顔で、誰だったっけとアリシアが考えていると
「あれから、からだのちょうしはどう? だいじょうぶ?」
とお嬢様がお爺さんに聞きはじめたので、ああ、天竜に踏まれたお爺さんか、とアリシアも思い出した。
「何も問題はありませんぞ。
下半身の肌など瑞々しく、むしろ怪我をする前より調子が良いくらいで……歩くのも走るのもいけます。
本当にありがとうございます」
「そう、それはよかったわ」
「はい、ありがとうございます。シュファイネ様にも、ゴルサリーズ様にも、たいへんお世話になりました」
そう言ってお爺さんはアリシアとアイシャさんにも頭を下げた。
アリシアはお爺さんに返事をしながら、シュファイネ様って誰だっけと一瞬考えたけれど、アイシャさんの家名だったと思い出す。
いえいえ、お元気そうで良かったです、とかアイシャさんとも少し話したお爺さんは立ち上がって
「では少し行ってまいります」と言って屋台がいっぱい並んでいるほうへ向く。
アリシアも一緒について行こうとすると
「あいや、ゴルサリーズ殿はここでお待ちになったほうがよいでしょう」
と、お爺さんに言われて断られてしまった。
「天竜の術石がいちばん高額で大事ですからね。査定官もたぶん一番最初にこちらに査定にきます。
ですからアリシアさんは、こちらで待機しておられたほうがよろしいでしょう」
そうエルゴルさんが付け加えてくれる。
それでコロネさんと、黒森族のコージャさんと、馬人族のウィッカさんが、お爺さんに一緒についていってくれたので、アリシアはおとなしく待っていることにする。
すると競技場の端のほうに、大きな馬車が十台以上も乗り入れてくるのが見えた。
馬車からは黒いガウンに黒いタイ、それに黒くて平たい帽子をかぶった人が、何十人もいっぱい降りてくる。
やたらと黒っぽくて地味な服装なので、なんだか葬式のときの格好みたいな印象を受ける。
わざと地味にしているみたいなそんな感じで、制服なのか、皆で同じ服を着ているし、見ても誰が誰やら印象に残らない。
彼らは五人くらいずつに分かれて、競技場にいるあちこちの中隊のところに散っていっているようで、そのうちの一組がアリシアたちのほうに歩いてやってきた。
彼らはアリシアたちの前で横一列に並ぶと
「学院財務部徴税局査定官のシュミートと申します。
他の者たちも同じく査定官であります。本日は皆様方が採取なさった晶術石を査定させていただきます。
どうぞよろしくお願いいたします」
そう言って深々と頭を下げた。
他の四人の人たちは名乗るでもなく、てきぱきと動き始める。
白くて四角い大きな布を、四人でそれぞれ布の角の部分を持って大きく地面に広げた。
それから同じく四角い金の房飾りが縁についた、さっき広げた白い布より少しだけ小さい青い布を、白い布の上に広げる。
それからシュミートさんは
「こちらへ術石をお出しください」と言った。
「わかった」
とお嬢様が言って、術石をドン、ドンと天竜のでっかい術石を二つ出して、そのまわりに、それ以外の獲物の術石を、大きいものも小さいものも、ザラザラと大量に積み上げていく。
すごい光景に、まわりからどよめきの声があがった。
獲物を解体したときにだいたい見てはいたけれど、こうやって術石だけ全部集めてみると、なんか現実のことじゃないみたいで、冗談みたいに見える。
アリシアがいま着ている鎧兜を作るときに、こぶし大の術石の色も悪いやつを使って燃料にしたけれど、あれだってすごい高かったと思う。金貨二十枚とか三十枚とかだったと思う。
それなのに天竜のやつは大きさが一抱えもあるし、南瓜くらいのとか、卵くらいのとか、檸檬くらいのとか、木の実くらいのとか、指先くらいのとか、色々な大きさのが、文字通り山のようにあって、なんだか夢の中の光景みたいに見える。
それからお嬢様は、エルゴルさんのほうを向いて
「アリシアとエルゴルさんとたいちょうさんたちでかったてんりゅうのいしをだしておくわね」
と言って、少し離れた場所に、最初に襲ってきた天竜の術石を出してくださった。
ありがとうございます、と言ってエルゴルさんが太い六本の腕を全部使って抱え上げるようにして、お嬢様の術石の山から、少し離れた場所にアリシアたちで狩った天竜の術石を取り分けてくれる。
その六本の腕で石を抱えているエルゴルさんの様子が、昆虫のお腹側に似ていて、ちょっと気持ち悪いなとアリシアは思ったのだった。
査定官のシュミートさんという人は
「まずはこちらから査定いたします」
と言って、お嬢様が狩った天竜から採れたでっかい術石を見始めた。
術石にルーペを翳したり、なんかゴツゴツと色々なよく分からない装飾のようなものが付いた杖を術石の表面にくっつけたりしている。
術石を少し転がして石の下側を見たり、なにか光の線のようなものがでる術具を石に押し当てたり、二十分くらい色々とアリシアにはよく分からない作業をしていた。
やがて、見終わったのか、査定官のシュミートさんは石から離れると、今度は石板のようなものを取り出して、蝋石か何かで数字を書きつけて、それをお嬢様に見せて
「これくらいでいかがでしょう?」と聞く。
お嬢様は、うーん……と愛らしい声で唸って考え込んで、それから
「てきとうにいいようにしといて」とおっしゃった。
「左様でございますか?」
シュミートさんはそう言って、さらに石板の数字をいったん消して、数字を書き換えると、お嬢様にまた見せて
「これでいかがでしょうか?」と聞く。
トラーチェさんが傍に寄っていって、石板を覗きこみ
「これは……ちょっとあんまり安いのでは?」と自信なさげな顔で言った。
アリシアの実家では獲物から採った術石を売るのは、アリシアの父親がやっていたから、アリシアもあんまり術石の相場とかはよく分からない。
するとそこへ屋台へ買い出しに行ってくれていた、コロネさんと、黒森族のコージャさんと、馬人族のウィッカさん、それにお爺さんのクリーガさんが、食べ物か何かの入ったらしき包みをいっぱいに抱えて戻ってくる。
クリーガさんは、食べ物らしき包みを持ったまま、お嬢様のそばに寄ってきて石板をひょいと覗きこみ
「アリスタ様、これでは安すぎますぞ」と渋い顔をして言った。
「そうかしら」
「アリスタ様はお優しく、寛大で気前がよく、黄金の心をお持ちであられますが、かといって甘く見られたり、侮りを受けるようなことになってはよろしくありません」
「わたしや、わたしのおかあさまのするようなしょうばいは、あんまりもうけるものじゃないわ。
それよりは、みんながこまらないようにしなければいけないの」
クリーガさんは目元を手で覆って、深く息をつく。
「この爺は感服いたしました。まだお小さい御身になんと多くのものを背負っておられることか!
……しかしながら、天竜の術石は三つありますが、どれも同じようなものですから、もしアリスタ様の石が安く査定されるということであれば、他のものも、つまりゴルサリーズ様のお狩りになられた天竜の術石のほうも査定が安くなってしまいますぞ」
「それはだめ!」
「左様でございましょう? ここはひとつ私どもにお任せあれ」
「わかったわ、じゃあおねがい」
「承知いたしましたぞ」
クリーガさんはお嬢様に頭を下げて、そう言うと、エルゴルさんに向かって目配せをした。
するとエルゴルさんが自分の後ろにいた人たちのほうに向かってさらに目配せをする。
そうしたら、黒髪でお腹のでっぱった肌の色が浅黒い中年のおじさんがひとり、するすると出てきて
「では不肖ながらこのホルハン・ヘンドラがアリスタ様ならびに御一家様になりかわりまして交渉を担当させていただきます」
と口上を述べる。
それを聞いたお嬢様が、小さなおててでパチパチと拍手をしたので、アリシアも同じように拍手をしておいた。
ホルハンさんはシュミートさんが石板に書いた数字を消しては、新しい数字を書き、シュミートさんはホルハンさんの書いた数字を消しては、新しい数字を書き、何か色々と激しく言い合って、かなり時間がかかったけれど、そうして話をまとめてくれた。
◆
お嬢様の術石の査定が終わると、その後はアリシアの順番になったから、演習で採った術石を見せて記録してもらう。
ホルハンさんは、お嬢様の術石だけじゃなくて、アリシアやコロネさんや他のみんなの採った術石も全部交渉してくれたので、それで査定まで済んでしまった。
「ありがとう!」と言ってお嬢様がホルハンさんに金貨をジャラジャラと渡している。
「やあ、どうもどうも、こりゃすみません」
とか言いながら受け取っているホルハンさんを見ながら、アリシアは、お嬢様って赤ちゃんなのにそつがないよねと感心したのだった。お金をうまく使うのに慣れているような感じがする。
お嬢様がそうするのを見ていると、そんなふうにするのが良かったんだとアリシアにも分かった。
やがて、シュミートさんが、査定した結果を全部書きとめてサインをした紙をくれる。
「パレードの後に、学院の財務部購買局のほうに、この書類と晶術石をあわせてご提出いただきますと支払いが受けられます」
そうして査定官さんたちは一礼すると、別の中隊のところに行ってしまった。
後はパレードの時間まで、昼ご飯を食べるくらいしかすることがないらしくて、こんなに早く終わるなら、急いで朝早くから来ることもなかったような気もしたけどトラーチェさんによれば
「こんなすぐ一番で査定してくれるなんておもわなかったんですよぅ」
ということだそうで……。
◆
それでやっとこ査定が終わったから、隊長さんの中隊やエルゴルさんの中隊の皆さんと一緒に、馬車を寄せてタープをかけて、風が当たらないようにしてから、屋台で買ってきてもらった食事をいただく。
それで食べ終わってしまうと、先に査定が終わっちゃっているので、暇になってしまった。
屋敷に居るときは暇になったら庭の手入れとか、屋敷の掃除とかして時間を潰せるけれど、ここには本当に何もない。
まわりに人や馬や竜がいっぱいいるので、危なくて武器の練習もできない。
それで「ヒマです」とお嬢様に訴えたら、お嬢様は少し考えてから、地面の土をボコボコとあっちこっち隆起させ始めた。
そして隆起させたところの根元に荷物袋からとりだしただろう術石をポイポイと放る。
それから出し抜けに、人が座れそうなくらい大きくて、でも浅い鍋を地面の隆起させたところに置いた。
どうやらあの地面の隆起は焜炉みたいな意味らしい。
お嬢様は鍋の下に置いた術石を点けて熱を出し始める。
そして鍋が暖まったところで、何か乾いていて白っぽい豆のようなものを、荷物袋の異能から取り出して鍋にざあっとあけた。
アリシアは「これなんです?」とお嬢様に聞いてみる。
「コーヒーのまめよ」
「珈琲豆って黒いんじゃ……」
「もとはこんないろで、これをやいてくろくするの。ばいせんっていうのよ」
と教えてくださった。
お嬢様は小さいのに物知りだ。
それからお嬢様は、どこからともなく大きな、両手で使うような木べらを取り出して、アリシアに渡してこられる。
「わたしがいいっていうまでまぜるのよ」
とのことで、アリシアは鍋の上の珈琲豆を一心不乱に混ぜ始める。
するとすごく香ばしい、いつも飲んでいる珈琲の匂いが立ち上がってきた。
アリシアは嬉しくなって一生懸命に豆を混ぜる。
焦げのようでいてそうではなく、どこか果物の香りのような感じすらする匂いに陶然となる。
それを見ていた黒森族のコージャさんや、コロネさんが自分たちも何かしたいとのことだったので、お嬢様は荷物袋の異能から大量のジャガイモと、ナイフを数本出してきて、皮剥きをするようにと言っておられた。
お嬢様の荷物袋ってなんでも入ってるなとアリシアは思う。
ジャガイモの皮を剥きながら、トラーチェさんが
「なぜ珈琲豆の焙煎とジャガイモの皮剥きなんです?」とお嬢様に聞くと
「だってこないだのえんしゅうでコロッケとコーヒーまめをだいぶんつかっちゃったもの。
たしとかないとなくなるじゃない」
とのことだった。
お嬢様の荷物袋の異能からは、なんでも無限に出てくるような気がするけれど、ちゃんとお嬢様は物の出入りを管理しておられるらしい。
そんなことをしていると、珈琲のいい匂いがするもんだから、物欲しそうにこちらを見ている人達が出てくる。
それで、お嬢様がまた鍋を出して、そこでジャガイモを蒸しはじめる。
そのほかにミルを出してくださったから、アリシアがそれで煎りたての豆を挽くと、アイシャさんが珈琲を淹れてくれた。
そうやって希望者に、塩とバターをたっぷりつけたジャガイモと、砂糖をたっぷり入れた熱い珈琲を振る舞っていると、それを貰う列に輸送連隊の、あの黒髪に黒縁眼鏡の猫背の隊長さんのテニオさんが並んでいたのだった。
「ファルブロールは平台の馬車は持っているのか?」
テニオさんは、はふはふ、とか言って蒸したジャガイモを食べながら聞いてくる。
「なあにそれ?」
「言葉通りだ。天竜の術石があるだろう。
パレードでは、あんなワゴンで運んだらだめだぞ。箱馬車では外から見えないからな」
テニオさんはそう言って、アリシアが寝床にしている大型のワゴンに顎をしゃくる。
「そうなの? じゃあもってないわ」と、お嬢様がそう答えた。
アリシアは、なんでも入ってそうなお嬢様の荷物袋にも、入ってないものもあるんだなあと、ぼんやり考える。
「わかった。じゃあ手配してくる」
テニオさんはジャガイモを食べた後の、バターのついた指を舐めながらそう言った。
「ありがとう!」
「パレードの管理は輸送連隊の管轄だから仕事のうちだ」
テニオさんはそう言い捨てて行ってしまう。
◆
茹でたジャガイモを潰したり、ジャガイモが終わったら玉葱の皮を剥いて刻んだりしていると、輸送連隊の隊長さんのテニオさんが、荷台に壁が付いてない平べったい二頭引きの荷馬車を三台引き連れてやってきてくれた。
「馬車を持ってきたぞ。天竜の術石をちょっと置いてみろ」
とテニオさんが言ったので、お嬢様が術石を荷物袋の異能から取り出して、ゴトン、ゴトン、ゴトン、と三台の馬車にそれぞれひとつずつ置く。
すると馬車に一緒についてきていたおじさんが、大きな木を斧で切り倒すときに使うような、大きなくさびを馬車の荷台に釘で打ち付けて、術石が転がらないようにしてくれた。
くさびの先を内側にして円形に並べて打ち付けて、円形にへこんだ場所を作って、そこにだいたい丸い形をしている術石をはめ込むような状態になっている。
「うむ、よしよし。いったん術石を持ち上げてくれ」
とテニオさんが言って、お嬢様が術石を令術で持ち上げると、そこにテニオさんは金糸の飾りの入った大きな濃い青色の布を広げてくれた。そしてクッションのようなものも幾つも置いてくれる。
そこへお嬢様がまた天竜の術石を、ゴトン、ゴトン、ゴトン、と三台の馬車にそれぞれ置く。
テニオさんは術石を色々な方向から少し押してみたりして、ちゃんと動かないことを確かめると
「まあこんなものだろう。馬と馬車は後で返せよ。ではな」
と言って、そう言うなりくるりと踵を返して、馬車を運転してきた御者の人や、大工さんらしき人と一緒に行ってしまった。
お嬢様が「ありがとお!」と後ろ姿に向かって叫んでも、後ろ手にひらひらと手を振るだけで、返事もしないし愛想のかけらもない。
でもまあ色々とやってくれたんだから、愛想がないだけで、案外と親切な人なのかもしれない。
◆
それからまた茹でた芋を潰したり、玉葱を刻む作業を再開して、それらがだいたい一区切りしたところで昼になった。
また屋台で食べ物を買って、美味しく食べて、競技場の端っこに設けられてあるトイレで用を済ませたくらいのところで
「旅団分列行進準備! 旅団分列行進準備!」
という掛け声が聞こえはじめる。
お嬢様が、潰し終わった芋とか、刻んだ玉葱とかを荷物袋の異能にしまい込んで、アリシアは馬車に張っていたタープを外し、畳んで馬車に載せ、馬を馬車につなぐ。
そこで、ふと見ると、天竜の術石を乗せるようにテニオさんが持ってきてくれた馬車が三台ある。
そしてアリシアたちの乗ってきている馬車が三台ある。
アリシアたちは全員で七人いて、馬人族のウィッカさんは自分の馬車を曳くとして、だからあと六人で馬車も六台なわけだ。
お嬢様は体重がほとんどない赤ちゃんだから馬の手綱をとるとか無理だろうし、トラーチェさんは馬を扱いかたを知らない。
アリシアも馬車には体重が重すぎるので乗れないし、それに今は全身武器だらけで、エルゴルさんから貰った大剣を鎖で肩にかけているので、それが馬に当たるから馬の横で轡をとることもできない。
どう考えても人が足りなそうなのに気が付いて、トラーチェさんに相談したら、トラーチェさんは馬車の御者席に座って、ちょっとだけ馬の手綱を持ってみたりしたけれど、やっぱり無理だと思ったのか、近くにいるエルゴルさんのほうに助けを呼びに行ってくれた。
するとすぐに、お爺さんのクリーガさんと、術石の査定のときに交渉をしてくれたホルハンさん、それとあと知らない男の人がひとりやってきて、天竜の術石が載っている馬車の御者台に座ってくれた。
お嬢様がふわふわと漂って、御者になってくれた人にお礼を言いに回っているので、アリシアもそれについていく。
最初の二人は「ありがとう!」「いえいえ」くらいの会話で済んで、最後にお爺さんのクリーガさんのところに行ってお嬢様が「ありがとう!」と声をかける。
するとクリーガさんは
「おお、爺が参りましたぞ」と嬉しそうに言った。
けれど
「……しかしながら貴き御身をお守りし、お世話をするために、もう少し人がいてもいいかもしれませんな」
と言葉を続ける。
「そうなの?」
「左様ですぞ。私が世話になっておりますエルゴル殿のところでは三百人以上も配下がおります。
アリスタ様もそれくらいの人が周りにいてもよいですし、せめて何十人かでも人をお集めになられませ。
貴きその御身なれば、もう少し十重二十重に囲ってしかるべきでありますぞ」
「そんなにいっぱいいたらなまえをおぼえるのがたいへんね」
お嬢様はそう言ってきゃらきゃらと笑ったけれど、確かに大隊の隊長さんのローテリゼさんのところでも中隊は百五十人かそれ以上いるし、エルゴルさんのところの中隊は二百人以上いる。
うちは七人だからやっぱりちょっと少ないのかもしれない。
ともかく馬車を並べて列を作り、演習に出発した出陣式のときと同じように、エルゴルさんの中隊の後ろに付ける。
けれどもエルゴルさんの中隊の後ろのほうに並んでいる人たちが
「もっと前に行ってください」「そうですよ!」「ささ、あちらへ」と皆で口々に言ってくる。
それで言われたとおり、皆で列の前のほうに行くと中隊長のエルゴルさんがいる。
馬車の音で気がついて振り向いたエルゴルさんに、お爺さんのクリーガさんが、天竜の術石を乗せた平台の馬車のうちの一台の御者席から
「団長ォ、天竜の石がメインの見せ物じゃから、大隊の前にしましょう」
と大きな声で言った。
エルゴルさんは少し考えて
「まあ、そりゃ言われてみれば、天竜の術石が列の中段にあるのも変だよな。
よし、前に行きましょう」
と言って、アリシアたちの馬車に一緒について前に行ってくれる。
そうして大隊の先頭まで行って、大隊長さんのローテリゼさんと、エルゴルさんでどうやって並んだらいいか話をしていた。
それで、まず大隊長だからローテリゼさんが先頭を行く。
その後ろに馬人族のウィッカさんの曳く馬車に、豚鬼族のアイシャさんがお嬢様を抱っこして乗る。
その後ろに天竜の術石の載った平台の馬車を三台、楔形に並べる。
それからうちの中隊の他の馬車が続いて、その後に隊長さんの中隊、エルゴルさんの中隊と続くことになった。
それで、話が決まって「じゃあそういうことで!」と言いながらエルゴルさんが自分の中隊のところに帰ろうとしたら、隊長さんが
「お兄ぃの戦果も混じってる天竜の石もあるんだから、お兄ぃも前に居るの!」
と言ってエルゴルさんの服の裾を捕まえてしまう。
そしてアリシアにも「あなたもよ」とのことで、アリシアも捕まってしまった。
楔形に三台並んだ平台の馬車のうち、いちばん前の馬車に載っているのが、アリシアとエルゴルさんと隊長さんで狩った天竜の術石らしいので、その左右をアリシアとエルゴルさんで挟んで並ぶようにと隊長さんに言われる。
なんだか目立つような位置に来てしまって、アリシアはちょっとイヤな気がしたけれど、馬車を挟んで隣に立つエルゴルさんを眺めながら、デカい自分よりもっとデカいエルゴルさんがいるので、これなら案外と目立たずに済むのでは? などと考えて自分の心を落ち着かせる。
するとエルゴルさんもアリシアのほうを向いたから、目が合ったので、お互い曖昧に微笑んだ。
そこへ
「旅団全隊前へー、進め!」「旅団全隊前へー、進め!」
という掛け声が聞こえてきたので、アリシアは前を向いて歩きはじめた。




