ハーフオーガのアリシア62 ― 勲章と納税Ⅲ ―
一夜明けて、皆で朝早くから身支度をする。
十二月の頭ともなると、日の出も遅くて、朝になっても周りは薄暗いし、かなり寒い。
でも雪が降ってはいないし、風も大してないのが救いではある。
まあアリシアの場合は土鬼族のヴルカーンさんが作ってくれたいつもの鎧を着れば、そこに温度調節の晶術石が入っているから暖かい。
鎧を全身は付けて行かないけれど、胸甲と帽子は付けていくので、それに仕込まれている術石だけでもだいぶ暖かい。
それにアリシアのような大鬼族は体が大きいのでそもそも寒さに強くもある。
いつもより早く起こされたお嬢様が、豚鬼族のアイシャさんに抱っこされながら
「まだねむいの」とかなんとかふにゃふにゃと言っているけれど、お嬢様の獲物の解体を皆が手伝ってくれているわけだから、お嬢様が遅刻はできないので、あまりのんびりはしていられない。
というか獲物が、お嬢様の荷物袋の異能の中に入っているわけだから、お嬢様が行かないとそもそも作業が始まらない。
馬人族のウィッカさんの曳く馬車に皆が乗って、昨日に解体作業をした広場に着く。
すると、もうちらほら来てくれている人がいた。
トラーチェさんがその人たちに寄っていっては
「おはようございます。朝早くからありがとうございます」とか挨拶をしてまわっている。
抱っこされたまま寝ているお嬢様に
「ほらほら、起きてテーブルと椅子の用意をしてくださいな」
とアイシャさんが言うと、お嬢様は半分寝ているような顔で、アイシャさんの胸から浮かび上がる。
それでも地面の土からすごい勢いでテーブルとベンチをたくさん作るんだからたいしたものだ。
そうして「やあ、どうもどうも、おはようございます」とか言いながらエルゴルさんが、隊長さんのローテリゼさんとか仲間の人たちを百人くらいも連れて一緒にやってくる。
そこへテーブルやベンチを作り終わったお嬢様が、びゅーんと飛んで戻ってきて、エルゴルさんの腕の中に着地した。
「あさごはん! はやくごはんにしましょう!」
もう目が覚めたのか、お嬢様はエルゴルさんに元気よく言う。
エルゴルさんはお嬢様が飛び込んできたので、少しびっくりしたようだったけれど、お嬢様をあわてて抱っこする。
アリシアとしてはお嬢様が抱っこされる先がまた増えると、自分の割り当てが減る気がしてちょっと面白くない。
「おはようございます。いやどうもすみません。ご馳走になります」
エルゴルさんはそう言ってお嬢様を捧げ持つようにして、テーブルのほうに皆で歩いていく。
それからお嬢様がテーブルの上を飛び回って、食事や飲み物の入ったトレーをすごい勢いで出してくださるものだから、お嬢様が出したそのトレーが机の天板に連続的にぶつかるガタガタという音がする。
演習に出ていた間は、食事ごとにこの音を聞いていたから、アリシアは段々と、この音を聞くとお腹がすくようになってしまった。
皆が席について食べ始めたあたりで、なんだか見たような馬車が広場に入ってくるのが見える。
御者台には、みごとな長い黒髪の眼鏡の女の人が座っていて、よく見ると診療部の部長さんのランナさんだった。
ということはあの馬車には診療部の三人組の皆さんが乗っているのか。
馬車はアリシアたちのテーブルのそばに停まると、部長さんのランナさんがひらりと御者台から飛び降りて、馬車の扉を開け、馬車の中に向かって手を差し出す。
すると予想通り、くるくるに巻いた金髪の診療部の副部長のローラさんが、ランナさんに手を取られて降りてきた。
「ローラ!」とお嬢様が嬉しそうに言って、ローラさんのほうに飛んでいく。
ということは、と思ってアリシアが馬車の反対側に回って、馬車の扉を開けると、そこにはやっぱり同じく診療部の、金髪でおかっぱ頭でかわいい服を着たウビカちゃんがいたのだった。
ウビカちゃんが手を広げて差し出してくるので、アリシアはウビカちゃんを抱っこして馬車から引っぱり出す。
「きょうはどうしたの?」
とお嬢様がローラさんに抱っこされながら聞くと
「街の外で面白そうなことをやってるって聞いたから見物に来たのよ」
とのことだった。
「あのね、えんしゅうでとってきたえもののかいたいをしているのよ。
エルゴルさんのところのひとたちとかがてつだってくれるの」
お嬢様がにこにこしながらローラさんに言っている。
「そう、それは良かったわねえ」
とローラさんは優しい顔で答えながら、ふと考え込むような素振りを見せる。
そうして腕の中のお嬢様に
「あの、輸送連隊のテニオにも手伝わせてやってくれないかしら?」と聞いた。
「……テニオってだれだっけ?」
「ほら、痩せた黒髪の眼鏡の、あの失礼なやつよ」
そう言われたお嬢様は、一瞬ちょっとだけ嫌そうな顔をしたけれど、すぐ無表情に戻った。
ああ、あのお嬢様に、診療部に入るのが愚かとか、演習には危ないから出るなとか色々言っていた人か、とアリシアも思い出す。
演習の目的地まで行く道で、お嬢様のいる大隊が天竜に襲われたから、なんかお嬢様が演習なんかに出て危ないことをしたとか言って周りじゅうに当たり散らしたりもしていたと思う。
ローラさんは、お嬢様の顔を少し伺うように見てから
「あの、テニオもね、悪いやつじゃないのよ。
失礼だし、物の言い方は悪いし、配慮も足りないし、独善的だし、傲慢だし……やっぱりちょっと悪いやつな気もしてきたけど、でも、でもね。根は悪いやつじゃないというか、動機はいいやつなのよ。
アリスタちゃんと、テニオはあんまり仲が良くないわけだけど、それがあんまりおおっぴらだとテニオの立場があんまり良くないことになるっていうか、政治的にまずいっていうか……ほら、演習のときにテニオのやつが皆の前でおもいっきりアリスタちゃんとか他の皆に当たり散らしたでしょう。
それはテニオの自業自得で、テニオがまったく悪いんだけど、そこを曲げてほしいのよ。
ねえ、なんとかお願いできない?」
とわりと熱心に言い募った。
お嬢様はローラさんの顔をみると、わかった、と返事をする。
「ありがとう! 恩に着るわ、すぐに連れてくるからね」
ローラさんはそう言うと、近くにいた黒森族のコージャさんにお嬢様を渡す。
それからランナさんに「馬車を出して!」と頼み、ウビカちゃんには「すぐ戻るからそこで待ってて」と言い置いて、馬車に乗って行ってしまった。
お嬢様を渡されたので抱っこしていたコージャさんが
「お嬢様ってテニオさん嫌いなんでしょう? じゃあべつに無理に呼ばなくても……」
とつぶやいたけれど、お嬢様は
「わたしみたいなひとは、かんたんにだれかをきらいとかいっちゃだめなの。
おかあさまがそういってたわ」
とおっしゃった。
そう言われてみると確かに、お嬢様から嫌われるのと、そのへんの普通の人から嫌われるのでは、全然違う話だろうから、それはそうかもしれないけれど、でもだからってお嬢様が我慢しなきゃいけないのもちょっと理不尽じゃないかなとアリシアは思ったのだった。
◆
置いていかれたウビカちゃんにも、お嬢様が朝ご飯をだして、食事を再開して、食べ終わって、それから皆で獲物の解体作業に入る。
ウビカちゃんは袖口とかに真っ白なレースがいっぱい入ったブラウスに、胸元はレースの襞飾りを青いブローチで留めて、茶色の秋らしいスカートとベスト、それと同じ色のちょっとだけヒールの付いたショートブーツ、とかいう、とてもじゃないけど獲物の解体なんかできなさそうな、とてもかわいい格好をしていたから、ちょっとそのへんのテーブルと椅子に座っててもらうことにした。
お嬢様が退屈しのぎにとケーキと珈琲を出してくださって、それをニコニコしながらいただいているウビカちゃんは今日もかわいいのだった。
お嬢様がまた天竜の死骸を荷物袋の異能から出して地面に設置する。
今日は天竜を、全周からの本格的な解体はせず、頚を根元の太いところで落として、左右の肋骨を少し切り、そうやって開けた穴から体の内部に切り込んでいき、術石だけ取ったら、それでいいことにして、もう終わりにする予定だ。
それで人が余ったから、天竜以外の獲物もどんどん出して、手が空いた人に術石を取り出してもらう。
天竜以外の獲物も、完全に解体せずに、術石だけ取り出して終わりにする。
そうやって二時間かそこら作業をしたところで、ガラガラという車輪の音が聞こえて、見ると診療部のローラさんとランナさんの馬車が戻ってきているのだった。御者席には部長さんのランナさんもいる。
でもそれだけではなくて、後ろに十何台か馬車がくっついていた。
馬車からどんどんと人が降りはじめ、その人たちの中から、診療部のローラさんと連れだって、テニオさんとかいう失礼な人も歩いてアリシアたちのほうにやってきた。
ローラさんとテニオさんは、まずは背の高いアリシアを目印にしたのか、アリシアのほうに向かって歩いてくる。
二人がアリシアの近くまで来ると、ローラさんはアリシアに手を振ってくれたけれど、テニオさんはそこで宙に浮いているお嬢様を見つけるなり、アリシアに手を振るでも声をかけるでもなく、お嬢様のほうに方向転換してそちらに寄っていく。相変わらず愛想も何もない。
「手伝いにきた」
挨拶をするでもなく、ただぼそりと事実だけを伝えるみたいにテニオさんが言うと、お嬢様も
「そう、ありがとう」と短く答えた。
なんか雰囲気悪いなとアリシアは気を揉むけれど、アリシアが口を挟むのも何か変な気がして困ってしまう。
すると、ローラさんが空気を変えようとするかのように明るい声で
「輸送連隊のほうから人手も引っ張ってきたし、屋台も何台か連れて来たわ!
人も屋台もただで使っていいからね。テニオのところの購買局のほうで予算は手当するって言ってるし」
と言った。
「それはちょっとよくないわ」
とお嬢様が言うけれど、ローラさんは、いいのいいの、と言ってとりあわない。
馬車のほうを見ていると、人が降りてきた馬車以外は、なんだか馬車の側面の壁が外れて、確かに中が屋台になっているみたいで、なんだか露店みたいなものが組みあがっていっている。
作業をしていて、ちょっと喉が渇いたとか、少し何かつまみたいときに、そりゃお嬢様に頼めばなんでも出してくださるだろうけれど、作業中にいちいち頼むのも気が引けるので、そこに屋台を用意してくれれば正直助かる。
とりあえずアリシアは作業を再開して、しばらくしてから、休憩がてら屋台のほうに寄ってみると、お腹に溜まりそうな豆のいっぱい入ったスープとか、くず肉が入った饅頭、手でつまめる小さな菓子パンとか、コーヒーやお茶のスタンド、果物のジュースのスタンド、酢と砂糖を入れたワインを飲ませてくれるところとかいろいろある。
ケーキを食べてのんびりしていたはずのウビカちゃんは、ローラさんに捕まったらしくて、屋台の売り子をさせられていた。
それで、屋台で食べたり飲んだりしてから、また作業をして、昼にはお嬢様が食事を出してくださって、食べ終わったら片づけをして、また作業をしていくと、やがて作業が全部終わった。
あんなに地面を埋め尽くすくらい獲物がいっぱいあったのに、大人数でこつこつやれば終わるもので、すべて術石が取り出せたらしい。
まあ、きちんと解体せずに術石を取るだけだから早く終わったのだろうけど。
陽は傾いているけれど、まだ夕方で、そんなに遅くならずに作業を終えられたのだった。
術石を抜かれた後の獲物は、全部お嬢様が荷物袋の異能にしまいこみ、それからお嬢様が令術で穴を掘って、地面の血で汚れた土を剥ぎ取り、その穴に入れて、穴を掘ったときに掘り取った土をかわりに地面に広げて均す。
◆
そうやって後始末を終えると、お嬢様は土で造ったテーブルの上に、皆のぶんの夕食とかお酒を出して並べ始める。
皆が寄ってきて席に着くと、お嬢様は袋をひとつ、荷物袋の異能から取り出した。
そしてエルゴルさんのところに漂っていく。
手を出してくれたエルゴルさんに抱きとめられると
「てつだってくれたぶんのおかねよ。みんなでわけてね」と言ってその袋を渡した。
「や、これはどうもすみません。
なかなか袋が重いですな、いっぱい入ってそうだ。
演習のときから色々と頂いてばかりで申し訳ない」
「いいのよ。てつだってくれなかったらこまったことになるところだったわ。ありがとう」
お嬢様はエルゴルさんに手を振って、次に隊長さんのローテリゼさんのところに袋を持って漂っていくと、同じようにローテリゼさんに飛び込んでいって抱き留められる。
またお嬢様を抱っこする人が増えてしまったことに、アリシアはちょっと悲しみを感じた。
隊長さんは
「うちの中隊からは人はあまり出してないんだがな……すまないな。
演習のときも、私は大隊長をやるのは今回が初めてだったんだがアリスタ君のおかげで、無事に楽に済んだ。
ありがとう、このお金は借りにしておくよ」
と言っていたけれど、お金は受け取ってくれたみたいだった。
さらにローラさんのところにも、同じように袋を持って飛んでいき、抱っこされては
「あらー、ちょっとしか手伝いしてないのにこんなにいいの?
ランナとウビカと分けるわね」とか言われている。
あとはテニオさんのところに漂っていったけれど、お嬢様が飛び込んでいって抱きとめられるでもなく、テニオさんの目の前に静止したことが、アリシアはちょっと嬉しい。
「これ、てつだってくれたぶんのおかねよ。てつだってくれたみんなでわけてね」
と言ってお嬢様は袋を渡そうとするのだけれど
「いらん。今回は無償でという話がローラとできている。
それに演習中はさんざん世話になった。購買局としてかなり楽をさせてもらった。
そのときも君に金は払ってないから、今回も金はいらん」
と言われて断られてしまう。
けれどもお嬢様はめげずに
「そんなこといわなくていいの。
わたしはてんりゅうをにとうもかったからぼろもうけよ。
あまってるものをひきとって、たりないものをだすのがにもつぶくろもちのしめいだって、おかあさまもいってたわ。
あなたはおかねがあまってるの?」
「……いや、常に予算は不足している」
「じゃあうけとっておけばいいじゃない。
わたしはあまってる。あなたはたりない。
いっぱいあるひとが、ないひとにおかねをはらうっていってるんだから、うけとるのがごうりてきというものだわ」
「そうか、合理的か……そうか?」
「そうよ!」
「そうか……わかった、何か違う気がするが受け取っておく。すまないな」
「いいのよ」
お嬢様はそう言ってにっこりと微笑んだ。
それで皆で食事をして、食事が済むと、皆で食器を片付けて、それからお嬢様が、テーブルと椅子を土くれに戻して、広場に何もない元あったようにする。
最後に皆で別れの挨拶をしあってから、アリシアたちは屋敷に帰ったのだった




