ハーフオーガのアリシア61 ― 勲章と納税Ⅱ ―
エルゴルさんが、こちらでお待ちください、と言い置いて出ていったから、アリシアたちは、獲物の解体をするということなので、皆で汚れてもいい服に着替えたりとか、外出の仕度をして待っていた。
すると、しばらくしてエルゴルさんが迎えにきてくれる。
それで今日は、馬人族のウィッカさんに馬車を曳いてもらって出かけることになった。
その馬車を、エルゴルさんとアリシアが左右から挟むようにして歩き、その他の皆は馬車に乗って、皆で街の外へ向かう。
アリシアは体が大きすぎて馬車には乗れないので、いつものように歩きになるけれど、今回はアリシアだけじゃなくてエルゴルさんも、同じく体が大きすぎて馬車に乗れないから、アリシアは歩くのが自分だけじゃなくて、なんだかちょっとだけ嬉しい気がしたのだった。
それに馬車の、アリシアがいるのとは逆の側にも、護衛になる人がいてくれると思うと、アリシアは少し安心感がある気がする。別に誰かに狙われているとかそういうこともないのだけれど、アリシアはいちおうお嬢様の護衛なので、他にも護衛してくれそうな人がいるのはありがたい。
そうして街の外に行くと、だだっ広い場所があって、見た感じ、そこに百人ばかりも人が集まっていた。
演習のときに見たような顔ばかりで、エルゴルさんのところの人たちがいっぱいいる。
では始めましょうか、とエルゴルさんはアリシアたちに声をかけてから、お嬢様に
「どれくらいの量があるのか把握したいので、術石をまだ取り出していない獲物を、全部このあたりに並べていただけますか」
と頼んだ。
お嬢様は、わかった、と返事をして、まずは黒っぽい天竜を一頭、荷物袋の異能から取り出して地面に置く。
三十メェトルかそこらもあって、さすがに大きくて、まわりで見ていた人たちからどよめきが上がる。
その天竜の死骸は、頚が切れていて、とれた頭が天竜の死骸のそばに置かれてある。
それに体の表面が幾らか切られてちょっとだけ解体されているし、色からしてもアリシアが頚を切って狩ったやつだろう。
それから少し離れたところに、ちょっと体表がボロボロになっていて、頭が完全にぺっちゃんこになっている天竜を、お嬢様はさらに二頭出す。
色は薄青いやつと濃い緑色で、これはお嬢様が狩ったやつだ。
それから天竜と天竜の隙間を埋めるようにして、魔獣化した野牛やら、飛竜やら、一ツ目鬼やらなにやらをまるで広場を埋め尽くすようにして、おびただしい数を出して並べていく。
お嬢様は、魔獣討伐演習の目的地にある砦に着いてからは、護衛の飛竜たちを引き連れて、毎日毎日、魔獣の湧出地の空を飛んでいた。
それで次から次へと湧いて出てくる魔獣の群れに、空から光球やら岩やらを投げつけまくり、狩りまくっては、片っ端から荷物袋に詰めていたけれど、話を聞くかぎりでは、そんなことを一日中しておられたらしい。
そうしてそれを二十日間繰り返すと、こんなことになるわけだ。
アリシアは、獲物の数があまりに多いので、それを呆然と眺める。
ふと見ると、エルゴルさんも、エルゴルさんの兵団の皆さんも、獲物のほうを呆然と眺めていた。
こんなの絶対終わるわけないじゃん、とアリシアが思ったところで
「これは……徹夜ですかね」とエルゴルさんがつぶやくのが聞こえた。
とりあえず大物からやっていこうということになって、一番最初に狩った、アリシアが頚を落とした黒っぽい天竜から解体をはじめることになった。
野牛やら一ツ目鬼やら飛竜やら他の天竜やらは、置いたままだと徐々に腐っちゃうので、いったんお嬢様の荷物袋の異能のなかにしまう。
「これどうぞ」
とエルゴルさんがアリシアに渡してくれたのは、長い木の棒の先に分厚い刀身が付いた、解体刀だった。
獲物の解体というのは、だいたい血を抜きがてらに、木の枝とか小屋の梁とか、高い場所に吊るしてやるのが普通だけれど、獲物が大きすぎて吊るせないときは、仕方がないから地面に置いて解体する。
解体刀はそういう地面に置いた獲物を解体するときになんかに使うことが多い。
刃に棒がついてるから、地面に置いた獲物に向けて使いやすく、これがあれば這いつくばらなくてもいいから楽になる。
本当に大きな獲物を解体するときに使う道具だから、アリシアもたまに使う程度で、そうしょっちゅうは使うものでもないけれど、そりゃ天竜を解体するんだったら使うよね、とアリシアは思いながら、ありがたく解体刀を貸してもらうのだった。
あと使うのはひっかけるための鉤だろうか。
例えば鹿とかの解体なら、高いところから吊るして、決まった場所に刃を入れて、決まった方法できっちり解体するのだけれど、あまりにも大きな獲物だと、そもそも体の幅や厚みが大きすぎて、刃の差し渡しが足りず、所定の場所にきちんと刃を入れられないこともある。
そんなときは、もう仕方がないから、獲物を地面に置いて、解体刀で獲物の表面を適当な大きさに、本みたいに四角く切れ目を入れていく。
そして切ったところを鉤でひっかけて、切れ目のところで剥がすようにして、皮や肉を切り出して、つまり少しずつ切り進んでいくわけだった。
「じゃあやりますか」
という、となりに陣取ったエルゴルさんの声に「はい」と答えて、アリシアが天竜の死骸の体表に解体刀で縦横に四角く切れ込みを入れる。
するとエルゴルさんが、切れたところに掛け鉤を打ち込んで皮と肉を肉を引き剥がす。
エルゴルさんは余った腕でも、解体刀と掛け鉤をひとつずつ振るっていて、何とも器用だ。
アリシアが切れ込みを入れて、エルゴルさんが引き剥がす。なかなかいい調子だった。
噎せかえるような血と脂のにおい。
生き物の体から立ちのぼる湯気ほどにもならない湿気。
そういうのが快いということはないけれど、でも慣れた仕事だからアリシアは気楽に楽しく作業ができた。
何をどうすればいいかよく分かっていて、実際分かっているとおりにできるというのはちょっと得意なような気もして嬉しい。
うつ伏せに横たえた天竜の死骸から、皮と肉を徐々に切り取って、肋骨を露出させて、それを切って外してから大きな胴体の内部にまで進む。
腹圧でひとりでにこぼれ落ちてくる内臓を、ひっぱったり切り取ったりして、切れる端からお嬢様が荷物袋の異能へとしまい込んでいく。
お嬢様の荷物袋の異能の中は、食事やお菓子やお酒も入っているけれど、同時に石や岩なんかも入っている。
そして今はこうして生き物の内臓までしまい込んでいるわけで、血や脂にまみれた天竜の腸かなにかを令術でひっぱってしまいこんでいるお嬢様を見ながら、ひょっとしてお嬢様の荷物袋の中って、あんまりきれいじゃないものなんかもしまってあるんだろうか、とアリシアはぼんやりと考えた。
そうやって天竜の内臓を、ひっぱっては切り、ひっぱっては切りして、ようやっと天竜の術石が見つかる。
すると天竜の頚が付け根のあたりで落とされて、その頚の断面の穴から術石が転がし出された。
ひと抱えもあるような、見たこともないほど大きな術石で、お嬢様が荷物袋の異能から水をだしてこられて、それで洗うと、少し薄い緑色がかかったクリーム色に輝いている。皆から歓声が上がった。
あんまりにも大きい術石のようにアリシアには見えて、こんなものをいったいどこで使うんだろうと考えてみたけれど、あんまりいい考えは思いつかなかった。
◆
そして最初の天竜から術石が取り出されたところで、いったん休憩になる。
するとローテリゼさんがやってきて
「今から評価書というものを書くからちょっとこっちに来てくれ」と言った。
ローテリゼさんについていくと、大きめの木のそばに馬車を停めて、すこし物陰にしてあるところに連れていかれて、そこには土で造ったらしき椅子とテーブルが置いてある。
「今から書く評価書というのはだな、演習に参加した人がどんなふうに演習でがんばったか、ということを書いて学院のほうに報告する、そういう書類だな。
本当はな、アリスタ君が君のところの中隊長だから、アリスタ君が書くのが普通ではあるんだが、ほらアリスタ君はおにぃ……兄のエルゴルのところの人を治療してくれていたり、空を飛んで魔獣を狩っていたりで、アリシア君の活躍は見てないだろう?
アリシア君が大活躍した場面と言えば、天竜の頚を落としたあの一戦だからな。
それでアリスタ君から頼まれて、それなら私がそばで見ていたから、私がアリスタ君のかわりに書こうということになったんだ」
それでその評価書とかいうのを、隊長さんのローテリゼさんは、アリシアに見せてくれた。
本人には書いてある内容がそれでいいか確認で見せてくれることになっているらしい。
なんだか難しく色々書いてあって、あんまりよく分からなかったけれど、見てみると、天竜に踏まれたお爺さんを助けたのは偉かったとか、天竜を仕留めたのも偉かったみたいに書いてあるところがあった。
よくがんばりましたと褒めてくれているということらしい。
「内容はこれでいいか?」と聞いてくれたので
「よくわからないからお任せします」と答えると、じゃあ評価書の最後のほうにそのように書けと言われたので、そのとおり書いた。
評価書とかいうので褒めてくれたのは嬉しいけど、どうせならお嬢様に褒めてほしかったなと、アリシアは何となくつまらない気がする。
そうしてそのうちに休憩の時間が終わったので、アリシアは獲物の解体作業に戻った。
◆
解体の作業を始めたのが、昼過ぎからさらにちょっと時間がたって、おやつ時くらいだったから仕方がないんだけれど、天竜を一頭解体が終わったところでもう夜がきてしまった。
お嬢様が、演習のときみたいに土でテーブルと椅子を造ってくださって、荷物袋の異能の中から晩ご飯も出してくださったので、それを皆で食べる。
食べながら隊長さんのローテリゼさんとエルゴルさん、それにトラーチェさんが、どうにも明日中に解体を終わらすのは無理かもしれなくて、間に合わないからどうしようかというような話をしていた。
徹夜でなんとかしようかという話も出ていたけれど、お嬢様が
「わたしはもうねむいわ」と言ったので、それは無しになる。
お嬢様がいれば獲物から出た血を洗うとかで必要なときに水も出してくれるし、解体し終わったものはすぐにしまってくれるし、重いものも令術で動かしてくれるし、効率が全然違う。逆に言えばお嬢様が寝ちゃってていないのに徹夜でがんばるのも効率が悪い。
それに、お嬢様は体が赤ちゃんだから、徹夜をさせるのも良くないようにも思う。
お嬢様以外の皆も、演習から帰ってから間がないので、疲れも溜まっているから無理もできないかもしれない。
じゃあどうするか、ということでさらに皆で話し合った結果、解体はほとんどせずに、とりあえず術石だけ取ってそれで本格的な解体はまた今度ということになった。
「そもそも獲物の肉や皮は演習した現地に捨てて帰るのが普通なのであって……」
と隊長さんのローテリゼさんは言っていたけれど、雑に術石だけ取ると、肉が血とか内臓の中身とかで汚れちゃって価値が落ちるので、元が狩人のアリシアとしては少し釈然としない。
でもまあ、そうしないと時間がなくて間に合わないということなので、仕方がないから、結局そういう方針になる。
式典は明後日なので、作業に使えるのは明日までだから、明日は朝から一日がんばりましょう! と皆で気合いを入れて、それから解散してお屋敷に帰った。




