ハーフオーガのアリシア60 ― 勲章と納税Ⅰ ―
魔獣討伐の演習が終わり、目的地の砦から出発した討伐演習旅団は、分かれ道があるごとに部隊を半分ずつくらいに分けて、それぞれ違う方向に進み、そうして大隊ごとにバラバラになって帰路についた。
◆
そうして二十日ほども帰り道をたどって、パリシオルムの街の近くにまで達すると、今度はそれぞれ別の道をたどってきた大隊どうしが、また合流して、元の旅団に戻っていく。
脱落した大隊もなく、すべての大隊が集合していくにつれて、アリシアはなんだか変な臭いを感じた。
つまり、演習旅団が砦を出発してから、大隊ごとに、それぞれ別々に進路が分かれたので、お嬢様の用意してくださるお風呂に、アリシアたちのいる大隊以外は入れなくなったわけで、そこから二十日ばかりもたって、その間ずっとお風呂に入っていない他の大隊が集まってくると、それが臭いのだった。
そういえば、演習の目的地にあった砦にたどり着いたときもこんな臭いがしてたな、などと考えながら、さらに行軍して、それで、予定通りの時間に街のすぐそばまで帰り着く。
すると深緑色の制服を着て、馬に乗った軍人さんたちが何人も迎えに来てくれていた。
旅団は街の中に入るのではなくて、街の外にある競技場のほうに軍人さんたちの先導で連れていかれる。
そうして競技場のほうに着くと
『市民の皆様、討伐演習旅団がただいま帰還いたしました。盛大な拍手でお迎えください!』
と言う女の人のきれいな声がした。
大声というわけでもないのに、競技場全体に響き渡ったから、何か令術具でも使っているのかもしれない。
競技場は周囲を囲むように、屋台がいっぱい出ていて、人もいっぱいいた。
楽隊が景気のいい音楽を演奏してくれている中を、旅団がそこに入っていくと、軍人さんたちが左右に立って作ってくれている道沿いに、人がどんどん集まってきて、皆して指笛を吹いたり、歓声をあげたりしながら花びらをいっぱい投げてくれる。
競技場の中に旅団の皆が列を作って並ぶと、深緑の制服を着た、お腹が出た偉そうな軍人さんが出てきて、列に向かい合うように前に立った。
すると銀縁眼鏡のなんとかいう旅団の隊長さんがするすると前に出てきて敬礼し
「討伐演習旅団、帰還いたしました!」と大声で言う。
すると軍人さんのほうも敬礼を返してから
「貴旅団の帰還を喜びとする。
そして我らはただいまをもってこの街を守護する任から解かれる。その責任と権限をお返しする」
と答えた。
「いただきました!」
と銀縁眼鏡さんが言うと、偉そうな軍人さんはもう一度敬礼してからそでのほうに下がっていく。
すると銀縁眼鏡の隊長さんが、さっきまで軍人さんがいたところに立って、向き直り、皆に向かいあって話し始めた。
「さて、諸君がひとりの死者も脱落者も出さずに、今ここに帰還していることを嬉しく思う。
行軍は予定どおりであり、何らの遅延もない。
魔獣を例年よりだいぶん多く討伐もできた。諸君らの中には非常な能力に恵まれているものがあることも確認できた。実りの多い演習であったと思う。
皆も疲れているだろうから、長々と話すのはやめてこのあたりで終わりとしよう。
軍のほうからの振る舞いということで、例年どおりこの競技場の周囲に屋台を呼んでくれている。
腹が減ったものがあれば適当に食べて帰るように。では解散」
それだけ言うと、銀縁眼鏡の隊長さんは端っこのほうに引っ込んでしまった。
そうすると列がばらけて、同じ大隊の皆を中心に色々な人がお嬢様に声をかけにきてくれる。
金髪の大柄な輸送中隊の隊長さんのウルスさんは
「食事とか補給の心配を一切せずに済んだ演習は初めてでした。ありがとうございました」
とか言っていた。
エルゴルさんは大怪我をした自分のところのお爺さんを助けてくれてありがとうとまた言いに来てくれたし、大隊の隊長さんのローテリゼさんも、お風呂とかご飯とか、魔獣を倒してもらったりとか色々世話になったと言いに来てくれた。
同じ大隊以外の人も、砦ではお風呂とか食事とか色々とお世話になったとお礼を言いに来てくれて、そうやってお嬢様にお礼を言うついでに、たまにアリシアにも声をかけてくれたりするものだから、なんだか知り合いが一気に増えたというのが感じられて、アリシアは嬉しくなったのだった。
それから診療部の皆さんと行きあって一緒になって、皆でおしゃべりしながら、屋台でなにか適当に食べて、それから屋敷に帰った。
◆
皆で屋敷に帰ってきてから、お嬢様が
「えんしゅうがたいへんだったからしばらくみんなでなまけるのよ!」
と力強くおっしゃった。
「ごはんだってがいしょくよ!」
とのことなので、皆で夜は食事をしにレストランへ出かけた。
お嬢様がまだ持ってるご飯を出してくれたら簡単じゃないかと思ったのだけれど
「にもつぶくろから、だしてたべちゃうばかりだと、そのうちなくなるから、だしてたべるときは、たべるよりおおくさきにつくっていれるか、たべてからつくってたべたいじょうにたすことにしてるの。
だからにもつぶくろのなかのごはんをたべたら、べつにごはんをつくらないといけなくなるわ」
とのことだった。
いろいろと考えて管理しておられるらしい。
そんなわけでお嬢様は、怠けるんだとがんばっておられたけれど、アリシアとしては、まあ家事くらいしかやることがなくて暇なので、演習に出ていた間に荒れてしまった庭の雑草を引いたり、お屋敷のなかの片付けや掃除をしたりして時間を潰した。
それで演習から帰ってきた日の翌々日の朝に、アリシアが庭の落ち葉を竹箒で掃いていると、屋敷の門扉のところに、なんか見たことがあるような男の人が現れる。
確か六本腕のエルゴルさんのところの誰かだったような気がするけど、名前は憶えてない。
お嬢様に言伝があって、昼過ぎに訪問していいか、とのことだった。
「きょうもなまけるよていなのに……」
と、お嬢様はぶうぶう言っておられたけど、まあ来てもらって構わないとのことだったので、そのように返事を男の人に伝えると、その人は帰っていった。
◆
そうして昼過ぎにエルゴルさんと、大隊の隊長さんだったローテリゼさんと、あと天竜に下半身を踏みつぶされて、お嬢様に治してもらっていた、お爺さんのクリーガさんが三人で連れだって屋敷にやってきた。
ローテリゼさんは今日も赤銅色の豊かな髪が美しい。
「やあどうも、突然すみません」
とか言いながら、前庭を回って屋敷の玄関先まで歩いてきたエルゴルさんが左の手を三本上げる。
それで、庭仕事をしていたアリシアが、応接室にお客さんたちを案内すると、そこには豚鬼族のアイシャさんに抱っこされたお嬢様と、あとコロネさんとトラーチェさんがいた。
「お疲れのところ申し訳ない」
とエルゴルさんが言って頭を少し下げて、お爺さんのクリーガさんは
「ファルブロール様と御一党の皆様におかれましてはご機嫌麗しゅう」
となんだか仰々しく口上を言って跪いた。
全員が席に座ると、メイドのミーナちゃんが皆のぶんのケーキと珈琲を持ってきてくれる。
トラーチェさんがどうぞと言ったので、まずはケーキと珈琲を皆でいただく流れになった。
ケーキの種類はメロンのショートケーキで、相変わらず美味しいですな、とかエルゴルさんが言うのを、アリシアは聞きながらケーキを食べて、ケーキを運んできてくれたミーナちゃんのぶんはちゃんとあるんだろうか、とかぼんやりと考えていると
「今日はですな。明後日にあります納税のご準備はどうなのかなと、ひょっとすると、もしまだでありましたら何かお手伝いなどさせていただけることもあろうかと思いまして参りました」
とエルゴルさんが口を切って隊長さんのローテリゼさんに目配せをする。
するとローテリゼさんが
「演習が終わって四日後だから明後日だな。
競技場のほうで術石を買い取る会というか、式典かな。魔獣から採った術石をこの街の担当者に査定してもらって、そのときに納税の申告も済ますようなことがあるはずだが」
とそう言って、トラーチェさんのほうを見た。
「はい、承知しておりますわ。
確か……魔獣から採った術石を持って競技場のほうに行けばよいということですわよね?」
とトラーチェさんがいつもより高い、よそ行きの声で答える。
「そうだ。そのとおりだが、ファルブロール君はちゃんと獲物の解体が済んでいるのか?」
「とおっしゃいますと……?」
「獲物の肉には税金がかからんが、術石にはかかる。
演習で獲った獲物を全部持って帰ろうとしても、重いしすぐ腐るから普通はそんなことはできない。
だから獲物から術石を取って、肉はその場で食べる分だけ取って、あとの残りは棄てて帰るものだと思うが、ファルブロール君は荷物袋の異能の中にいくらでも入るし、時間停止状態で保存もできるからって、獲物ごと全部異能の中に片っ端から入れていただろう。
ちゃんと獲物から術石を取り出したりなどの解体はできているのか?」
隊長さんのローテリゼさんはそう言って、今度はお嬢様のほうを見た。
するとお嬢様は、ふるふると首を振って
「ぜんぶそのままでにもつぶくろにいれてあるわ。
アリシアがすこしかいたいしてくれたけど、それいがいはなにもしてない」
とおっしゃった。
するとトラーチェさんの顔色がさっと悪くなって、まあどうしましょう! とか言って慌てだす。
そんな慌てなくてもいいのになとアリシアは思ったけれど、なんか大事なことなのかもしれない。
お嬢様のほうを見ると、お嬢様は慌てるでもなく、悠然とケーキを食べている。
するとエルゴルさんが腰を浮かして
「うちの団員たちで手すきのものを集めます。うちは本職が魔獣狩りなので解体も慣れてますよ」
と言ってくれた。
「では、私とロッテお嬢様で街の外の適当な場所の使用許可を取ってきましょう」
お爺さんのクリーガさんが、そう言って席を立つと、分かった、と言って隊長さんのローテリゼさんも後に続いて席を立つ。
「ではしばらくこちらでお待ちください、準備できましたらお迎えに参ります」
エルゴルさんが最後にそう言うと、隊長さんのローテリゼさんやクリーガさんと一緒に慌てたように出て行ってしまった。
ケーキを食べ終わったお嬢様が、にっこり笑って「よかったね」と言うと、トラーチェさんは
「ご自分のことなんだからもう少し慌ててください……」
と疲れたようにつぶやいていた。




