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ハーフオーガのアリシア54 ― 天竜殺しⅠ ― 



 演習に出てから初めての夜を過ごし、翌朝早くに、皆で朝食をとってから大隊は出発した。

 皆が出発して空になった砦を、出がけにお嬢様が土くれに戻していく。

 ちょっともったいないような気がするから、残しておいたらいいのにとアリシアは思うのだけれど

「さんぞくとかがかってにすみついてねじろ(根城)にされたらせきにんもてないわ」

とのことで、全部壊して元に戻していくらしい。


 そうしてまた一日歩き、夕方に、大隊が野営地となる予定の場所にたどり着くと、お嬢様がまた砦を造る。


 コロネさんが教えてくれたところでは、馬がいっぱいいるから、小川とか運河とか池とか、何かしら水がある場所に野営地を作らなきゃいけないとのこと。

 だから大隊が通れる道筋というのはわりと限定されていて、どこにでも行けるというわけではないらしい。


 そしてその日の夜。

 つまり出発して二日目の夜から、お嬢様が大隊の皆に食事を出すようになった。

 

 お嬢様は、隊長さんのローテリゼさんと少し相談してから、昨日と同じように、砦の堀の底を漁って土を取ると、まず、砦の中に長い机と長いベンチのセットを何十と造り、全員が座れるくらいの場所を確保する。

 それからお嬢様は、机の上をふわふわと飛び回り、机の上に食事の載ったトレーを二百人分、大隊の全員の三分の一ばかり、どんどん出していく。

 それで、まず最初に食べる人たちが席に着いた。


 それを確認すると、またお嬢様はすっ飛んでいって、砦のあっちこっちに風呂場を造る。

 昨日やったからなのか、今度は作るのが早い。

 あっという間に風呂場を立ち上げて水を入れて、光球を放り込んでお湯にする。

 今度は薬液の入った箱も最初から据えている。

 そうして、食べる順番が後の人たちに交代で先に風呂に入ってもらう。

 残りの人たちは、寝床の天幕を張ったり、馬に水を飲ませに連れ出したり、砦の壁の上に登って見張りをしていたりする。


 それで終わりかと思ったら、お嬢様は、今度はテーブルのそばに流し台を幾つも用意して、そこに水の入った桶やら薬液やら洗い布やらを据え付けていた。

 お嬢様が、出した食事を食べている人に向かって言うには

「たべおわったらよごれだけおとしておいてね。あとでねっとうでしょうどくするから」

とのことらしい。


「じゃあわたしたちもたべるわよ」

とお嬢様がおっしゃって、アリシアたちもベンチに座り、お嬢様が出してくれた食事をいただいた。

 今日は鶏肉にパン粉を付けてあげたものに、生野菜のサラダに、根菜のスープ、茹でた南瓜と玉葱の和えものに、それに葡萄のジュースとパンだった。


 いつもなら皆でとる食事は、おしゃべりしながらゆっくり食べるのに、今日は、お嬢様も皆も一心不乱に食べている。

 お嬢様は、食事やお風呂のお礼を言いに来てくれる人たちの相手をしながら、食事を急いで食べ終わると、今度は洗い場のあたりに飛んでいって、風呂桶みたいな大きな桶を造る。

 それから先に食べ終わった人たちが洗って積んである食器を、そこに移すと、桶に水を張り、光球を数発撃ち込んでボコボコと水を沸騰させる。食器を煮て消毒しているらしい。

 食器を煮終わると、令術で引き揚げて(荷物袋の異能で)自分の体のほうに吸い取っている。

 なんだかお嬢様は、とても手際が良くて、慣れているような印象を受ける。


 そうしているうちに第一陣で風呂に入った人たちがテーブルの方にやってきたので、お嬢様はその人たちにまた食事を出す。

 食事が終わると、今度はアイスクリームとやお菓子、ジュースとかお酒やお茶や珈琲を出してあげている。

 最初に食事をした人たちにそういうのは無かったのになと思って、アリシアが様子を見ていると、どうもお嬢様は、風呂から出た人に順番でデザートやお酒やジュースを出してあげているらしい。


 お嬢様は、たまに飛んでいって風呂場の汚れたお湯の交換をしたり、交代でご飯を食べに来る人にまた食事を出したり、時間を盗むようにして風呂に入ったり、風呂から上がってきた人にデザートやお酒を出してあげたりしていた。

 お嬢様は、びゅんびゅんとあっちこっちを飛び回って、バタバタとかなり忙しそうにしているので、ちょっとサービスしすぎなんじゃないかとアリシアは思ったけれど、アリシアも、お嬢様の出してくださったアイスクリームを食べながらそんなことを考えているのでしまらない。



 最後に風呂から出た人たちに、お嬢様が、お酒やジュースやお茶やお菓子を出し終わる。

 そこでアイシャさんが、ちょっと疲れた顔をしてテーブルの近くを漂っていたお嬢様を捕まえた。

「今日はもう寝ますよ」とアイシャさんが言うと、お嬢様はまだ人が食べたり飲んだりしているテーブルの方をちらりと見たけれど

「はあい」と良いお返事をして、アリシアたちが張って寝床の用意もしておいた天幕の中へと、おとなしく連れ去られていった。


「……これはお嬢様も大変だなあ」

 アリシアがそうつぶやくと、そばにいたコロネさんが

「本当ですね。前に炊き出しをしていただいたときもこんな感じでした」と言った。


「だからお嬢様の手際が良くて慣れてるような感じなのか」


「ええ、ご領主様方は奥方様をはじめ、お嬢様にも、私ども領民の面倒をとてもよく見ていただいて、ありがたいことです。それが少し心苦しくもあるのですが……」


「ご飯の用意してお風呂の用意もして、っていうとなんだかお母さんみたいだね」

とアリシアが言うと、コロネさんも「本当にそうですね」と言って深く頷いた。

 見た目はまだ赤ちゃんみたいなのにお嬢様も苦労するものだ。



 ◆



 まあそれでも、なんでも回数をこなすと慣れてくるもので、食事や風呂を用意してもらう側の、大隊の皆さんも、だんだん手際が良くなってくる。

 食事の組とお風呂の組とそれ以外というような感じで、きっちり班分けして、手際よく素早く済むようになってきた。


 そのうちに、お嬢様が食事を出した分だけ余った保存食とかを、大隊の代表の人たちが取りまとめて持ってきてくれるようになって、そこにお礼の手紙とか、その辺で摘んできた花の束がくっついていたりして、お嬢様も嬉しそうだった。

 それに、どこか途中で道沿いの村とかに立ち寄って、村の人たちが食事を売りに来るとかのときは、お嬢様が食事を出すのもお休みになる。

 まあアイス食べたい、と言って寄ってくる人たちがいなくはないのだけれど。



 順調に旅程は進み、目的地まであと七日ほどの距離まで来た。

 六百人近い人たちが固まって移動しているせいか、それまでの道のりで魔獣なんかはほとんど出なかったし、出たとしても飛竜中隊の人たちが飛んでいって弓を射かけて狩ってしまう。

 だから行軍中にはほとんど何もすることがなくて、そのせいでアリシアも含めて大隊全体に少し油断していたところがあった。


 演習の目的地である場所は、魔獣の湧出地なので、大隊に向けて、そろそろ警戒をするようにと隊長さんのローテリゼさんからお達しが出る。


 けれども、その日は天気が悪くて曇っていて、小雨も降っていたし、空が暗かったので、視界が悪くて危ないから、飛竜の皆さんは空の警戒はやめていた。

 馬人族(ケンタウロス)の人たちは大隊の周囲に散って警戒してくれていたけれど、馬人族(ケンタウロス)の皆さんはどっちかというと前や後ろや左右を警戒するのが主な仕事で、上空の警戒については只人と能力的に変わらない。


 それで対策として、空のほうは、たまに投射令術の光球が上がっていて、あたりを照らしてはいたけれど、やっぱり常時照らすようなわけでもないし、厚く雲が垂れこめていたから、空は特に見通しが悪かった。


 やがて夕方になって、そろそろ野営かな、などとアリシアが考えていると、なんだか明らかに肌がざわつくような、絶対何か強いのがいるという感覚が、空のほうからあった。

 アリシアがきょろきょろと空を見はじめると、他の人もそれを感じたのか、空に向かって光球がどんどんうち上げられ始める。

 そうしてアリシアが斧槍を腕輪から取り出して構えたところで、雲の底を割るようにして、大きな、頭から尾まで三十メェトルほどもあろうかというような天竜が現れた。

 色は黒っぽくて、ごつごつした鱗が生えている。


 ああ、こりゃあ大変だなあとアリシアが見ていると、なんとその天竜の後ろから、薄青いのと濃い緑色のが一頭ずつ、追加で二頭も天竜が現れる。

 まずいじゃん!? と思いつつ、でもどうやって狩れるかなとアリシアが考えていると

「左右に散れ、散れ!!」と指示が誰かから飛んだ。


 わりと隙間を詰めて、固まって行軍していたので、集まって密集しているところを上から天竜に踏まれでもしたらえらいことになるからだろう。

 馬や馬車や人が、一斉に街道から左右に外れようとして大騒ぎになる。


「手砲だせ!」

とかいう声がしたかと思うと、筒みたいなものを持ちだす人がいたり、大きな弓を持ち出す人がいたり、色々だった。

 とりあえず、コロネさんが自分のところの馬車を、そして黒森族(エルフ)のコージャさんが、アリシア用の馬車を、馬の手綱をとって退避させてくれた。

 馬人族(ケンタウロス)のウィッカさんも自分の曳いている馬車と一緒に街道から外れていく。

 お嬢様とアイシャさんとトラーチェさんは、ウィッカさんの馬車に乗っているから、ちゃんと逃げられたということで、とりあえずそれで良いことにして、アリシアは今度は天竜を観察することにした。


 アリシアは天竜をジロジロと眺めて狩り方を検討した結果、どうにかして頚を落とそう、無理でもなんとか翼くらい大きく傷を入れたいものだと結論して、腕輪の中に斧槍をしまいこみ、かわりに背中に背負った大剣を抜いて構える。


 とは言っても相手が空の上だから、このままでは手が出せない。

 石を投げたり、矢を射かけたりして、それがまた落ちて戻ってきて誰かに当たったりしたら危ないからそういうわけにもいかない。


 そうして天竜のうちの一頭、最初にでてきた黒っぽいのが、馬か人を食べようとしたのか、急降下してきたところで、横合いから黄色い一抱えもあるような光球が飛んできて、天竜の顔にぶつかって、ものすごい音がして爆発した。

 お腹の皮が揺れるような、鼓膜が破れるような衝撃があって、天竜の頭が殴りつけられたようにぶっ飛ぶ。

 するとその天竜は痛かったのか、轟々と金属を軋ませたようなすごい鳴き声を出して身を翻す。


 光球の飛んできた方向を見ると、隊長さんのローテリゼさんが天竜に向かって手を翳すようにして立っていた。

 さすが隊長さんになっているだけあって、ローテリゼさんは強いらしい。


 アリシアが感心していると、また別の薄青い天竜が降下してきて、これにも横合いから大きな光球がぶち当たって邪魔をする。

 光球が飛んできた方を見ると、こっちには、お嬢様が浮いていた。

 お嬢様のまわりに白く輝く大きな光球が瞬く間に一つ二つ三つ四つ五つ六つと出現して、三頭の天竜のほうへそれぞれ二つずつ飛んでいく。


 ローテリゼさんの方からもさらに光球が飛んでいく。

 見ているとあっちこっちから、もっと小さくて暗い光球があっちこっちから空の天竜に向かって上がり始めた。

 あんまり効いてはいないようだけれども、どうやら天竜を空に追い返そうとしているみたいに見える。

 

 やがて、その作戦がうまくいったのか、天竜たちが高度を上げ始める。

 これで助かったのかなと思って見ていると、天竜のうち二頭はどこかに飛び去っていったけれど、最後の一頭の黒っぽいやつが、向こうの空に飛んでいくと見せかけて、そこから背面飛行で逆落としに急降下する。

「あっ」というお嬢様の声が聞こえて、そうして天竜は体を無理やり引き起こすようにして、地面すれすれを這うように飛んで、散っている大隊の端っこに食いつこうとするような態勢になった。


 光球がまたお嬢様とローテリゼさんから飛ぶけれど、天竜はしゃにむに突進してくる。

 そこでアリシアの視界の端に、エルゴルさんが四つ這い、というか手が六本あるから八つ這い?でサカサカと、どこか昆虫っぽい動きで、天竜のいる方向へ駆けて行くのが見えた。ちょっと動きが気持ち悪い。


 たぶん同士討ちになるのが怖いのか、光球が天竜のほうに飛ばなくなる。

 すると、お嬢様がふわっと浮き上がって、それから天竜のほうに飛んでいき、ローテリゼさんと、あと他の人たちも天竜の方に向かって走りはじめる。

 アリシアも慌てて後を追いかけた。

 なにせ自分が護衛なんだから、お嬢様を前に出させるわけにはいかないので、アリシアはこっちに逃げてくる人をかわしながら必死に走って、けっこうな速度で飛んでいるお嬢様をなんとか抜き去る。


 天竜のいるところに着いてみると、天竜は地面に降りて、大隊の端っこの方を襲い始めたところらしく、壊れた馬車が転がっていたり、横転した馬車に引っ張られて倒れたらしき馬が鳴いていたりする。

 横倒しになって悲しげに鳴く馬のそばで、馬を馬車から外そう必死になっている人がいたり、逃げ遅れている人もけっこういたりして、危ない状況かもしれない。


 それでそんな騒音の中でエルゴルさんが何事かを大声で叫んでいて、何だろうと思って見ていると、何か白いものが天竜の後ろ脚のあたりに見えて、よく見るとそれは人の頭だった。

 たぶんお爺さんみたいに見える人が、地面に降りた天竜の後ろ脚の下敷きになっているのが見える。

 白髪頭の白が見えたわけだった。

 アリシアが少し近づいてよく見ると、その人は下半身が完全に潰れていて、あれはもう死んでるんじゃないかというような感じに見える。


 助けようにも、下手に天竜が動いて上半身まで潰れてしまっては困るし、どうしたものかとアリシアがきょろきょろと周りを見回すと、エルゴルさんと目が合った。

 それで何となく通じ合って、位置関係的にアリシアは天竜の横に回ることにする。


 アリシアが動くのと同じタイミングで、エルゴルさんが天竜の注意を引くようにものすごい咆哮を上げ、大剣を三本ほど抜きながら、稲妻みたいに天竜に襲い掛かった。


 エルゴルさんが天竜の前脚に打ちかかると、天竜が吼えて少し身じろぎをして、その瞬間、天竜の脚が少し浮く。

 時間が引き延ばされたような感覚の中、何かを考える前に、反射でアリシアは飛び出して、滑り込むようにして下敷きになっているお爺さんを掴んで、天竜の後脚を蹴りつけるようにして離脱する。

 お爺さんを抱え直したところで、天竜の尻尾がこっちに飛んでくるのが見えたので、アリシアはとっさに跳んで、尻尾を避けたけれど、そのときに背中から抱くように抱えたお爺さんの、下半身の残骸なのか腸か何かがヒラヒラとするのが見えて、これはもう駄目だろうなとアリシアはがっかりした。お爺さんのお腹から下の形がない。

 

 とりあえず他の皆が戦ってくれて天竜の注意をひいてくれている間に、天竜の視界を避けるようにして大回りに遠ざかる。

 

 少し離れた場所まで来て、アリシアは抱えているお爺さんの上半身を見つめる。

 これ、どうしよう……遺体だからそのへんに放り出すわけにもいかないし、でも早く天竜と戦わなきゃいけないから、こんなものをずっと抱えているわけにもいかない。

 いったん後ろに下がって誰かに預けるか、でも誰に預けたらいいんだろう?

 とかそんなふうにアリシアが考えていると、お嬢様がアリシアの後を追って、すごい勢いですっ飛んでくるのが見えた。


 お嬢様はアリシアのそばで急停止すると、ものも言わずにどこからともなく、たぶん荷物袋の異能から、大きな板のようなものを取り出して地面に置くと、次に真っ白なシーツを取り出して板の上にかける。たぶん寝台にするんだろう。

「そこにおいて」

とお嬢様がおっしゃるので、アリシアは、お爺さんの上半身をシーツの上に置いた。


 それからお嬢様は、どこからともなく大きな鋏を取り出し、アリシアに渡すと「ふくをきって」と仰った。

 そうしてアリシアが、お爺さんの服を切りはじめると、お嬢様はご自分のお腹に手を突っ込んで(アリシアはびっくりして二度見した)白い色をした、何か細い管のようなものを十本以上も、ずるり、と引っぱり出す。

 その細い管の先からは、何やら牛乳のような白い液体がぽたぽたと滴になって垂れている。


 そのお腹から引っぱり出した管を、お嬢様はお爺さんの首の下あたりに何本も刺し、胸にも何本も刺した。

 お嬢様のお腹から何本も生えている管で、お嬢様のお腹とお爺さんの上半身が繋がっているような状態になる。

 なんだか見た目がけっこう気持ち悪い。


 お嬢様は荷物袋の異能から、今度は銀色の筒に鋭い針が付いたようなものを何本も取り出しては、お爺さんの上半身に刺して、たぶん何か薬を打ち込みながら

「かはんしんがぺちゃんこになったから、けっかんがあっぱくされて、おもったより()がでてない。

 これは、ひょっとしたらたすかるわよ」とおっしゃった。


 服を切り開き終わったお爺さんの体は、お腹から下が本当にぐしゃくしゃというか形がなくて、こんなので生きてるのかと思ったけれど、お嬢様がそう言うならそうなんだろう。


 すると「うぅ」とか「ぁ……」とか言うような呻き声が聞こえてきて、驚くことにはお爺さんが微かに目を開けた。

 お嬢様は手を伸ばして、お爺さんの額に手を当てると

「いまなおしてるからね。ゆっくりねむってね」とおっしゃった。

 するとお爺さんは吐息を微かに漏らして、また目を閉じる。

 お嬢様は針の付いた銀色の筒をもう一本取り出して、お爺さんの首筋に打ち込んだ。


 それからお嬢様が顔を上げて腕を広げると、唐突にアリシアの視界が薄青い光で満たされる。

 同時にアリシアは頭の上から微かな風を感じた。

 風は、頭の上から吹いてきて、足元に向かって吹き抜けていて、これは何だろうとアリシアが困惑していると、今度はお嬢様が燐光を発して、お嬢様のお腹から、銀色の刃物やらなにやらの器具類が噴水みたいにたくさん飛び出して、お嬢様のまわりの宙に浮く。

 

 お嬢様は管を引いたまま、お爺さんのお腹の潰れた断面のあたりに回り込み、手を突っ込んでごそごそと探りながら

「ちょうこつどうみゃく、じょうみゃく、あつざ。せいしょくき、だんれつ。ちょくちょう、ぼうこう、さゆうにょうかん、ちょうようきん、すべてだんれつ。こつばんふんさい、だいごようついまでざめつ」

と、なにやら難しくてよく分からないことをぶつぶつと呟いている。


 それからパカパカいう馬蹄の音と、ガラガラという車輪の音がしたから、そっちに目をやると馬人族(ケンタウロス)のウィッカさんが、馬車を曳いてこちらに走ってくるところだった。

 馬車の座席には豚鬼族(オーク)のアイシャさんとトラーチェさんが乗っているのが見える。

 馬車の両脇には、それぞれ馬に乗った黒森族(エルフ)のコージャさんと、コロネさんが、馬車の護衛をするように付いていた。

 

 アリシアはお嬢様が色々と作業しているのを、手の出しようも分からなかったから、もう手をつかねて見守るだけだったので、アイシャさんが来てくれてひと安心する。


 アイシャさんとコロネさんが馬や馬車から降りて、さっと寄ってきて手伝いに入ってくれる。

 トラーチェさんは半分になってしまったお爺さんを見てショックを受けたのか失神しそうになって、コージャさんに支えられていた。


 アイシャさんとコロネさんは、お嬢様からでっかいナイフを手渡されて、お爺さんの下半身の残骸を切り取って傷口をきれいにしている。

 お嬢様が手から水をだしてザバザバと洗ったりしていると、お爺さんの上半身の断面から白い液体が染み出してきた。

「代用血液が端まで出てきましたね」とアイシャさんが言って

「これでひとあんしんね」とお嬢様はうなずき、またご自分のお腹に手を突っ込むと、今度は人の体というか人形のようなものを取り出す。


 人形のようなもの、というのは形は裸の人間の男の形をしていて、大きさは普通の人と同じくらいあった。形は本当によくできていて、本物の人間そっくりだった。

 けれども色は真っ白で、石灰の粉でも固めて作ったような見た目をしていて、それで明らかに人間じゃないとわかる。

 そして、さらに人間じゃないと分かる部分としては、その人形には頭がなかった。

 足の先から首まではあるのだけれど、そこから先を切り取られたかのようになっていて、顔や頭がない。

 だからとても不気味な見た目で、アリシアはこれを何に使うんだろうと恐々と見つめる。


 するとアイシャさんやコロネさんやお嬢様は、お爺さんの腕をピンと伸ばして真横に開かせる。

 何をしているんだろうとアリシアが見ていると、その腕を開いたお爺さんの上半身の切り口の側に、お爺さんの伸ばした腕に対して平行になるように、その真っ白な人形を置く。


 アイシャさんとコロネさんは、自分たちも腕を広げて、どうやらお爺さんの腕を広げた長さと、その白い人形の身長とを比べているようだった。


「これ身長が足りなくないですか?」とコロネさんが聞くと

「この充填人形は頭が無いから、そのぶん手を広げた長さよりは身長が短くなるのでいいのよ」

とアイシャさんが答える。

「あ、そっかあ……」とコロネさんがつぶやいた。


「じゃあおおきさはこれでいいわね?」とお嬢様が言うと

「良いと思います」とアイシャさんが答える。


「じゃあせなかがわ(背中側)だいよんようつい(第四腰椎)だいごようつい(第五腰椎)のさかいめからきって。

 そこからつなぐから。

 ちょう()と、おおきなけっかん(血管)と、にょうかん(尿管)と、あとちょうようきん(腸腰筋)をつなぐからひっぱっておいて」

 お嬢様はそう言うと、大きなのこぎりをアイシャさんに手渡した。


 白い人形が裏返しにされて、それをコロネさんとコージャさんが押さえつける。

 それからアイシャさんがその人形の背中をのこぎりでギコギコやって、上半身と下半身に? 切り分け始めた。

 切っているのは人形ではあるけれど、ちょっと猟奇的な雰囲気になる。

 あの人形を切って、人形の下半身を、潰された下半身の代わりにするつもりだろうか。

 そんなことができるのか。


 アリシアは、その作業をしている光景が、恐ろしくなったので、視線を外して周りを見回した。

 するとアリシアたちがいるあたりを中心に、囲むようにして、少しずつ人や馬車が集まってきているのが見えた。

 彼らは遠巻きにしてこちらを見ている。

 天竜の咆哮や、令術の光球らしき爆発音や、エルゴルさんらしき雄叫びの声が聞こえてくるので、そちらではまだ戦っているみたいだった。

 そうなるとここにいる人はあまり強くないので、天竜の相手をするのは無理な人たちだろうか。


 それでは、この人たちは、治癒術に手を取られているお嬢様を守ってくれるのか、とアリシアは不安になる。

 けれども、それでも人が増えてきたのだから多少は安心だろうし、天竜を放っておくこともできないので、アリシアはここを離れて天竜を狩りに行くことにした。


「天竜を殺してきます」とアリシアが言うと、お爺さんの体の断面を覗き込んで何やら作業をしていたお嬢様が顔をあげて、心配そうな顔で

「だいじょうぶ?」と聞いてこられる。心配されてアリシアは嬉しくなった。

 お嬢様は今日もかわいい。


「空に飛ばれると手を出しにくいですけど、そうでなければなんとかなる気がします」

 そう答えると、お嬢様を含めた皆は、アリシアを不安そうに見たけれど、最後には

「きをつけてね」とお嬢様が言って、お爺さんの血で血まみれの手を振ってくださった。



 アリシアはそうして戦いの音がする方へ走り始めたけれど、天竜を狩るときに、ひょっとするとヘマをして死ぬかもしれないと思ったので、あるいは最後の見納めに、お嬢様やアイシャさんや、他の皆の姿を見ておこうと振り向く。

 するとそこには天を衝くように青白く輝く光の柱が立っていて、皆がその中で作業をしているのが見えた。

 そう言えば、なんか視界が青白い光で明るかったなと、アリシアは思い出し、どうやら自分もその光の柱の中からでてきたらしいと気づく。


 夕暮れ時に、太い光の柱が空に向かって立っている様子は、何だか荘厳な光景で、アリシアは良いもの見たなあと満足して、また前を向き、走り始めたのだった。



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― 新着の感想 ―
先端医療の分野は少なくとも2024年時点の地球よりも、数百年は医療技術が発達してるみたいですね。
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