ハーフオーガのアリシア52 ― 出陣式 ―
そろそろと、気温が下がってきて、ちょうど過ごしやすい風を感じるけれど、これからの冬を思って、少しだけ憂鬱にもなる。そんな日の朝。
今日から月が替わって十月に入る。
討伐演習は今日出発らしいので、アリシアは早く起きて、部屋で顔を洗ったり、荷物の確認をしたりと、出かける準備をしていると、部屋がノックされて、どうぞと言うとトラーチェさんがドアの隙間から顔を出した。
もっとも最初からトラーチェさんなのは分かっていたけれど。
アリシアは耳が良いので、だいたい足音で誰か分かる。
「おはようございます。今日の恰好なんですが、出陣式というのがあるので完全武装でお願いします」
「はあい、わかりました」
そういうわけで、アリシアは腕輪の中から色々と取り出して身支度を始める。
まず服の上から綿入れを着て頭巾をかぶり、頭巾の上から兜をかぶり、手足の指先まで全身を覆う分厚い板鎧を着付ける。
それに背丈ほどもある大剣を左肩から右腰へと背中に背負って、左腰に片手剣を下げて、腰の後ろには、太い大ぶりのナイフを二本つける。右腰横には柄頭の裏側がハンマーにもなっている戦斧を吊るす。
さらに大剣と交差するように、革帯をたすき掛けにして、そこに矢をいっぱいにした矢筒を二つと、鉄の板ばねで弓幹を補強した弓を取り付けて背負う。
そうして左手には全身を覆うような塔盾と言われる類の巨大な盾を持つ。
盾の裏には小さな鎧通し二つと手槍が一本、あと小さな円匙スコップがひとつ、それに投石用の帯紐が組み付けてある。
それから今回は狩りをするということで、血抜きのときに獲物を吊るす用の丈夫なロープも手に入れたからそれも盾の裏に巻いて取り付けておく。
残った右手には長柄での斧槍を持つ。
実家で狩りをしていたときは、もう少し身軽な格好をしていたので、これで魔獣狩りに行くとか言われても違和感がある。
鎧も盾も無しで、服の上からマントだけ付けて、槍と大ぶりのナイフが二つ、それに大弓と矢くらいが普通だった。あとパンの入った袋と鍋くらいだろうか。
だから今の格好はちょっと仰々しすぎる感じがする。まあ見栄えは今の方がいいのだけれど。
装備を付け終わって、玄関から屋敷を出ると、前庭に皆がすでに揃っていたから、アリシアはあわてて小走りで皆の方に駆け寄る。
馬車は三台とも全部引っぱり出されていて、馬も全部くっついていた。今日は総ざらえらしい。
「じゃあアリシアさんで最後ですね」
トラーチェさんはそう言うと、懐からでっかい鍵を取り出して、玄関の鍵穴に差し込んでガチャリと鍵をかけた。
「屋敷に鍵をかけるのを見たのは初めてかもです」とアリシアが言うと
「これから屋敷の中が完全に空になりますからね。私も毎晩、屋敷の戸締りはしてましたけど、外から鍵をかけるのは久しぶりです。入学式以来ですかね」
とトラーチェさんが答えてくれる。
そう言われてアリシアは、そんなことを何も知らずに、お風呂の片付けが済む(お風呂は体が大きい大鬼族のアリシアと馬人族のウィッカさんが最後と決まっているからだった)と、毎晩さっさと寝てしまっていたから、何だか申し訳ない気がした。
もう少し周りに気を配らなきゃいけないなと、アリシアが気を引き締めたところで、メイドのミーナちゃんと従僕のトニオくんも、どこか旅行でも行くような、大きな荷物を持っているのに気が付く。
「あれ、ミーナちゃんとトニオくんも演習に行くの?」
とアリシアは疑問に思ってそう声をかける。
ミーナちゃんとトニオくんは普通の子たちだから戦えないので、演習には出ないはずだったからだ。
「トニオとミーナの二人だけで、お屋敷に残しておくとちょっと不安でしたから、ローテリゼ様に、私たちが出てる間はローテリゼ様のお屋敷のほうで寝起きさせていただけるようにお願いしました」
そうコロネさんが教えてくれたので
「ああ、そうなんだ」とアリシアが納得すると
「うちはまだ人数が少ないですからねえ」とトラーチェさんが言った。
「でも人数が少ない方が気楽ではありますわね」
と豚鬼族のアイシャさんが口を挟んで、それは確かにそうだとアリシアも思う。
ここのお屋敷でいちばん年かさなのはトラーチェさんで、それでも確か二十六かそこらだったはずで、その次がアイシャさんで、確か二十三歳と聞いたと思う。
あとはもう一番年下のお嬢様の十三歳から一番年上のコロネさんの十六歳の間に全員が固まっていて、トニオくん以外は女の子ばかりだし、友達同士で暮らしている感じがあってとても楽しい。
◆
屋敷を出て、トラーチェさんの先導で進んで行くけれど、道がものすごく混んでいて大変だった。
入学式の日も混んでいたけれど、それよりもひどいくらいで、田舎育ちのアリシアは驚く。
道が混むなんてことは街中じゃないと無いよな、などとぼんやり考えながら、馬の手綱をとって歩いていくと、やがて分厚い市壁を抜けて、入学式をやった競技場にでた。
競技場の中は、いっぱいになっていて、もうごちゃごちゃだった。
入学式のときも、人がいっぱいだとびっくりしたけれど、今日はそのうえに、馬やら馬車やら竜やらが、どこにこんなに隠れていたんだろうと思うくらい、めちゃくちゃにたくさんいる。
馬車は何百台あるんだろうかというくらいたくさんあったし、それを曳いたり、人が乗ったりしている馬は、なんか人と同じくらいの数がいそうだった。
さらにそんなに多くはないけれど、飛竜やら走竜やらもちらほらいて、空を見上げれば巨大な天竜が何頭か、ゆっくりと飛んでいる。
馬の嘶く声がやかましくて、人だらけでどうしたらいいんだろうと思って、周りを見回していると、エルゴルさんが手を振っているのが見えたので、アリシアも手を振り返してから
「あっちにエルゴルさんがいますよ!」
とトラーチェさんに知らせると「ああ、じゃあそっちですね」とのことなので、皆でエルゴルさんを目印にして、そちらに寄っていった。
エルゴルさんの体が大きいから、目について、居場所が分かったのだし、アリシアの背が高いからエルゴルさんもアリシアを見つけられたんだろう。
人がいっぱいいるところでは、背が高いと思いもよらず便利なことがあるものだ。
それで、エルゴルさんが案内してくれる列に並んで、まわりをきょろきょろ見ながら待っていると、アリシアたちの列の左右でも徐々に列ができていく。
人がいっぱい座っている競技場の観客席を正面にして、大隊ごと?に固まって並んでいるみたいだった。
あれほど人や馬や馬車でごった返していたのに、それらがいつのまにか整然と配置されていく。
「あの、私たちはこれで失礼します」
というミーナちゃんの声が聞こえたのでそちらを向くと、トニオくんとミーナちゃんが、コロネさんとお嬢様に挨拶をしていた。
「あぶないめにあわないようにきをつけるのよ」とかお嬢様に声をかけられていたり
「あちらのお屋敷でも失礼のないようにな」とコロネさんに注意を受けたりしている。
アリシアも二人に手を振って声をかけて送り出すと、彼らは観客席のほうに歩いていく。
そうしているうちに、競技場の中の人や馬や馬車や竜がだいたい並び終わる。
すると、軽快な音楽が聞こえてきて、見ると深緑色の揃いの制服を着た軍人さんみたいに見える人たちが、手銃や槍や剣など、それぞれ武器を持って、馬や徒歩で何百人か競技場のほうに向かって行進してきているのだった。
やがて軍人さんたちは観客席を背に、アリシアたちに正対するように縦横に列を作って並ぶ。
するとアリシアたちの列の一番右の前から、立派な服を着た銀縁眼鏡の若い男の人が前方中央に出てきて、軍人さんたちに向かい合うように立った。
この銀縁眼鏡の人は、入学式のときにも挨拶をしていたし、前のときの会議にも話をしていたから、たぶん偉い人なんだろう。アリシアは名前を知らないけれども。
それから他の軍人さんより少し立派な格好をした軍人さんが出てきて、銀縁眼鏡の人に向かい合うように立つ
銀縁眼鏡の男の人が、立派な格好をした軍人さんに敬礼をすると、軍人さんも敬礼を返す。
「討伐演習旅団、ただ今より出陣いたします!」
と銀縁眼鏡の人が大声で言うと、立派な格好をした軍人さんが
「承知した。留守については私達に任せられたい」と返事をする。
「よろしくお願いいたします」
銀縁眼鏡の人はそう言うと、アリシアたちのほうに向きなおり
「討伐演習旅団、進発せよ!」と大声で言った。
するとまた軽快な音楽が聞こえてきて、人を乗せた大きな天竜たちが、何頭も左旋回しながら舞い降りてきたかと思うと、観客席の前あたりで地面すれすれに低空飛行をしてから、また急上昇して飛び去って行く。
そうすると観客席の人たちが喜んで、歓声をあげて拍手をする。
そんなふうにして天竜と騎士たちが全部飛び去ると。その次には、アリシアたちが並んでいるところの、一番右の大隊が、列の先頭の人が旗を高く掲げて、それから大隊全員で動き出す。
大隊は、いったん右に向かって離れてから大回りして、観客席の前を通るように行進する。
そうして観客席の前まで来たときに、その大隊は、わーっと大声をあげた。
すると観客の人たちが喜んで、また歓声をあげて拍手をする。
何だろうと思ってアリシアが見ていると、右から二番目の大隊も同じような動きで行進をして、やっぱり観客席の前まで来たところで、わーっ、というような大声を上げる。
そのさらに左隣の、アリシアたちの真横にいた大隊も同じようにして、そうしてアリシアたちの大隊が動き出す。
ローテリゼさんが高々と旗を掲げて先頭を行進し、観客席の前まで来たところで、やっぱり大声をあげる。
アリシアは、あれ叫ばなきゃいけないのかな、とか、あんな大声出したらまるでいかにも大鬼族みたいでイヤだから、こっそり黙っておこう、とか考えていた。
けれども、いざ観客席の前あたりまで来て、先を行っているエルゴルさんが、地面が震えるような大声を出して、飛竜や走竜たちがそれに反応して雄叫びを上げ始めるのを聞いていると、なぜだかどうしようもない興奮が身の内に湧き上がってきて、何も叫ぶまいと思っていたのに、体が勝手に動いて脚を地面に踏ん張ってしまう。
そうして、いっぱいに息を吸い込んだ肺腑から、轟々と――狩りで獲物の脚を止めるときに叩きつけるような咆哮に似ているけれど、それほどには指向性も殺意もなくて、ただ興奮を爆発させたように、あるいは勝手に爆発したように、地から天そのものを震わせるようにして――アリシアは大きく長く咆哮した。
咆哮し終わって、アリシアはふと我に返ると、自分はいったい何をしたんだろうと、まわりをきょろきょろと見回した。
するとお嬢様がご自分の長い耳を塞ぐように握っていて、それでアリシアと眼が合うと
「わーー!」とかわいらしい声を上げてくれた。
アイシャさんもそんなお嬢様を抱っこしながら「おーー!」と言ってくれる。
それで少し安心して前を向くと、エルゴルさんがこちらを振り向いていて、アリシアと眼が合うと、にやりと笑って手を振ってきた。
◆
討伐演習旅団とやらは、全体で列になってそのまま行進して、競技場を抜けると、道が分かれるたびに集団を半分ずつくらいに分けて、進む道を少しずつ変えてそれぞれの進路を取る。
そうして分かれ道を二回過ぎると、アリシア達のローテリゼ大隊だけになったから、大隊ごとに別れて進むとか言っていた通りだった。
そのまま一時間かそこら歩いたところで、いい感じのちょっとした森があったので、飛竜が三騎ばかり先行して、空から偵察して、それから人馬族の人達が何人か森の中に入ってくれたみたいだった。
それで、特に危険な魔獣とかもいなさそうということなので、その森の傍で休憩して昼食ということになる。
昼食と言っても、六百人弱もいて、馬が人と同じくらい数がいて、馬車も百台以上ある。
それに走竜や飛竜もいるもんだからもう大変だ。
森の中にちょっと入ったところに小川があるそうで、皆が順番でそっちに馬を連れて行ったり、焚き火用の枯れ枝を集めてくる人がいたり、皆が色々作業をしている。
でもアリシアたちは、馬たちを馬車から外して、木立に繋いで並べると、お嬢様がどこからともなく(たぶん荷物袋の異能から)桶を幾つか取り出して、馬たちの前に並べて、そこにどこからともなく取り出した水をざあっとあける。
アイシャさんが馬車のトランクから、タープを出してきてくれたから、馬車を押して動かして、ちょうどいい感じに馬車を配置してから、アリシアが長身を生かして、近くの木と馬車を支柱がわりにうまく使って、ロープを渡してタープで屋根を張った。
そんなふうにして居心地の良さそうな場所ができると、お嬢様が令術で地面の土を操ってテーブルと椅子を作ってくださる。
そこにアイシャさんが馬車の中から布を取り出してきて、テーブルと椅子にかけてくれた。
そうやって整ったテーブルの上に、お嬢様がふわりと飛び乗ると、ガシャンガシャンガシャンという音が連続で響いて、するとテーブルの上には、トレーに載った食事が魔法のように出現する。
見ると鮭みたいに見える魚のソテーがメインの料理らしく、大きなお皿に盛られてトレーに載っている。
茸と長ねぎか何かをソースに絡めてかけてあって、アリシアの好きな魚料理だし、すっごくおいしそうだった。
あとは南瓜で作ったみたいに見えるスープと、ベリーと葉物野菜とたぶんチーズのサラダ。
それにパンと、飲み物は水とビールがそれぞれコップに入って付いていて、ナイフやフォークやスプーンもちゃんとある。
「たべましょう」
とお嬢様は言ったけれど、何の前振りもなく急に目の前に食事が出てくると、唐突な感じがあって戸惑う。
それに、いちおう馬車やタープや木を使って、視線はある程度さえぎられてはいるけれど、まわりの人たちがまだ色々作業をしているらしい物音が聞こえてくるので、何だか落ち着かない。
でも食事を食べ始めるとやっぱり美味しくて、けっこうあっという間に食べてしまう。
◆
皆が食事を食べ終わると、お嬢様が洋梨のコンポートにミルクアイスを添えたもの、それに冷たくした珈琲を出してくださった。
ゆっくりそれを皆でいただいていると、黒森族のコージャさんが
「せっかくいっぱい作った食事を大隊の皆さんにお出ししないんですか?」と聞いた。
「出発したばかりですからね。今日のぶんくらいは皆も美味しいお弁当を持ってきてますよ。
それが無くなったら食事が保存の効くものに替わりますからね。
こちらから食事を出すのはそれからでいいでしょう」
と、トラーチェさんが代わりに答えてくれる。
討伐演習とかいうものに来たというのに、お屋敷でいるのと同じくらい美味しいものをしっかりたっぷり食べてしまった。
食べ終わってしばらくすると、お嬢様が大きな洗い桶と布と薬液とを出してくださったから、皆で皿を薬液でこすって洗う。
それからお嬢様が別の洗い桶を出してくださって、お嬢様はその傍らに浮かんで、小さな両手から何かの冗談みたいに水を吹き出させはじめた。
アリシアはなんか前に村に来たことがある大道芸の人みたいだなと思った。
水芸とかいって、どこからか水を出して噴水にしてそれで芸をする人を見たことがある。
それを眺めながら、皆で水に皿をかざして濯いだ。
洗った皿と、桶とその中に入っていた水までをお嬢様が荷物袋の異能にしまいこむと、それで昼食を食べて片付けまで終わってしまった。
タープの下から出て、周りを見回すと、他の中隊の人たちは、やっと食べ始めたくらいのところで、まだしばらく時間がかかりそうだった。
うちはお嬢様の異能でズルをしたので早いらしい。
それで暇なのできょろきょろと周りを見回していると、出陣式のときにいた軍人さんたちと同じ格好をした深緑色の立派な服を着た人が歩いているのが見える。
それで近くにいた黒森族のコージャさんと
「なんか軍人さんみたいな恰好をした人がいるね」
とか話をしていると、トラーチェさんが
「あっ、そうか! そりゃお嬢様のとこなら来ますよね」とか言って、それからお嬢様に
「何かお菓子出してください! なんかほんの少しつまむようなもの」
と慌てたように注文をして、それから豚鬼族のアイシャさんに
「お茶の用意をしてください! なるべく急いで」とか言って指示をだして、それから自分は、お嬢様の出してくださった椅子を動かして席を整えようとしていたけど、椅子は土でできていて重いものだから転んでしまっていた。
それでアリシアが助けに入って、トラーチェさんの言うとおりに椅子とかを動かして、お茶やらお菓子やらの用意が大体できたところで、深緑色の上着を着て、同じ色のズボンを穿いて、制帽をかぶった軍人さんが三人ほど、アリシア達のいるタープの方にやってきた。
「やあやあ、アリスタ・ゲルヴニー・ファルブロール学生とその中隊の諸君はおられるかな」
いちばん先頭にいた五十がらみのおじさんがそう声をかけてくる。
すると、お腹の前で手を組んで気取った立ち方をしていたトラーチェさんが
「まあ、評価官殿、ようこそいらっしゃました」
とか言って、誰かと思うような、すごいよそ行きの声を出した。
こちらへどうぞ、と言って評価官さんとかいう人たちを椅子に座らせると、トラーチェさんも椅子に座って、お膝の上にお嬢様を座らせる。
するとアイシャさんがコロネさんと一緒に馬車のほうから出てきて、少し氷を浮かべた緑色のお茶と、それから白くて丸い何かを小皿に入れたものを、皆のところに配り始める。
トラーチェさんが「どうぞ」と言ったから、アリシアもお菓子に手を付けて齧ってみた。
ふわふわした白い外皮の中に、黒くて、でもわずかに赤みがかったような色がついている、すごく甘い、何か豆のペーストのようなものが入っている。
とても変わったお菓子だけれど、甘くておいしい。
食べてから緑の無発酵のお茶を飲むと、すっきりとした香りが鼻へ抜けて、とても爽やかな味がする。
「やあ、これはありがたい。疲れた体に甘いものが染みますな。
餡子の菓子もたまにはいいものだ」
「そうですね」
「年を取ると行軍が年々辛くなりますから、こうした慰めも必要ですな」
軍人さんたちは、帽子を取って、そうやって雑談しながらお茶を飲んでいる。
この人たち何をしに来たんだろう、とアリシアが思っていると、最初に声をかけてきた五十がらみの軍人さんが
「さて、名乗りさえしていなかったが私はボヤック・ヴァレサ。
帝国軍南東方面軍教育支援連隊の評価分析官をしている。
こっちは同僚のマルド・モーシュ」
そう言って今度はいくらか若い痩せ型で背の高い男の人を手で示した。
「それからこっちはボースト・パネンコ」
と言いながら、今度は口髭と顎髭がつながっていて、眼鏡をかけたお爺さんを手で示す。
それから言葉を継いで
「私たちが何をしに来たかというと、つまりこの度の演習での諸君の活躍を見にきたわけだな。
そして今日は、私たちが諸君の活躍を見て評価するんだぞということを事前に知らせにきたということだ。君たちは新入生なのでね。
とは言ってもそちらのお嬢さんは私たちのことを知っていて、素早くもてなしにかかってくれたようではあるが。目端の利いていることだ」
あら、うふふ、などとトラーチェさんが上品に笑っていると
「いや、これは単なる接待というより能力のアピールでしょう」
と若い痩せ型のマルドさんが口を挟んだ。
「この山芋やらをつないで作っただろう傷みやすそうな皮と、餡子の饅頭だが、全然古い味ではない。
むしろ作ってすぐのように旨い。だからこういうことが自分にはできるぞと強調しておられるんでしょうな。
評価分析官に正しい能力評価を求める。まったく適切なことです。
そして私たちもこの饅頭の新鮮さの評価、ひいては能力評価のためにこの饅頭をいただいたわけで、これもまた適切なことです」
お嬢様はトラーチェさんのほうを振り向いて「そうだったの?」と聞いた。
「適当なことを言いおる。貴官が食べたかっただけではないか。まあワシも食べたが」
眼鏡をかけた髭のお爺さんのボーストさんがぼやく。
するとまたアイシャさんとコロネさんが馬車のほうからやってきて、今度は暖かい珈琲を皆に配ってくれた。
それからトラーチェさんが膝の上に乗っているお嬢様になにか耳打ちすると、お嬢様は荷物袋の異能から出したプリンを皆に一皿ずつ配ってくださった。
銀色の少し深くなっているお皿に入っていて、たっぷりカラメルがかかっている。
すごくおいしそうだった。
「おお、これも『評価』しなければなりませんな」
とマルドさんが嬉しそうに言って、それから皆でプリンを食べ、珈琲を飲んで、さらに雑談をしてから軍人さんたちはやっと帰っていったのだった。




