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ハーフオーガのアリシア51 ― お嬢様のゴリ押し兵站術Ⅱ ―



 ウルスさんと他の皆で相談したあげく、大隊の600人分の、行き20日、帰り20日分の食事、それに討伐軍全体2300人分の、目的地での食事に追加するちょっとしたものを20日分用意するということになった。

 そのうえ「おなじメニューはにしゅうかんにいちどまでよ」とかお嬢様がおっしゃったものだからたまらない。


「アドバイスをしてくれるひとがひつようね」

とお嬢様が言ったので、それで次の日にウルスさんがどこからか、ドゥビアーさんとかいうでっぷり太ったコックさんを連れてきてくれた。


 そうしてそのドゥビアーさんが色々と指導をしてくれて、彼の言うとおりに、お屋敷の前庭に大きな天幕をいくつも建てたり、煉瓦を積んで焜炉を作ったり、その焜炉に、お嬢様が荷物袋の異能から出した、炊き出し用だとかいう、人がすっぽり入れそうな、鍋のお化けみたいな大きな鍋を幾つも幾つも並べたりする。


 それで屋敷の前庭は日を追うごとに、パン焼き釜ができたり、大工さんがやってきて作業台ができたり、天幕がどんどん増えたり、食器屋さんがやってきて皿やコップを文字通り山ほど置いていったり、手伝いに雇われた近所のおばちゃんたちが何十人もやってきたり、どんどんとごちゃごちゃになっていく。


 手伝いのおばちゃんたちが来てくれたら、その人たちにもご飯を出さないといけないので、おばちゃんたちがやってきた最初の日の昼に、ドゥビアーさんが、大きな鍋を三つ使って肉と野菜の炒め物、それとご飯とスープを作って出してくれた。

「この大きな鍋、寸胴鍋というのですが、これでいっぱいにスープを作ると、だいたい200人分くらいできます。

 大隊全部で約600人ですから、この寸胴鍋三つで1回分の食事の、そのスープだけができるような計算ですな。

 ちなみに食事は1日3回の40日ですから120回あります」


 あんな大きな鍋を三つも使っても、120回ある食事のうちの1回分の、さらにそのスープだけしかできない、とか言われるとアリシアには、もう果てが無いように思えて、そんなの絶対無理じゃんと目の前が真っ暗になったけれど

「なに、大丈夫ですよ。

 討伐演習というのは十月の一日に出陣式があってそのまま出陣するそうですが、今は九月の七日です。

 予備日を三日間として、残りの二十日間で四十日分の食事を作ればいいんですからな。

 楽勝と言ってもいいでしょう。

 あと二時間で百人くらいお客さんが来るのでディナーを用意しなきゃいけない、とかそんなのに比べればどうということはありません」

とか言って、ドゥビアーさんは力強く請け負ってくれた。

 さすが本職のコックさんなだけあって頼もしい。


 そうして次の日から、ものすごい量の食事作りが始まった。




 ドゥビアーさんの指示で、下準備室とか名づけられた大きな天幕がいくつかあって、下準備室の天幕は術石で冷やしてあるらしく、寒いくらいになっている。

 そこに、お嬢様が荷物袋の異能から食材の肉や野菜や魚なんかを、何百個何千個と大量に積み上げていく。

 すると手伝いのおばちゃんたちが持参してきてもらった包丁を振るって食材を加工するので、包丁の音が一斉に響いて重なって、天幕の中はすごい音がしているのだった。


 下準備室の天幕では、たくさんの手伝いをしてくれるおばちゃんたちに混ざって、黒森族(エルフ)のコージャさんも、涙を流しながら玉葱を刻んでいて、アリシアは、その大量の刻まれた玉葱をなるべく息を吸わないようにしながら、コージャさんから受け取る。


 なんでも玉葱を刻んでいて涙が出そうになったときに目を瞑っても意味はなく、鼻や口から玉葱の刺激物が入るから涙が出るんだと、昨日ドゥビアーさんにそう教えてもらったからだった。

 そうして山のように渡してもらった、玉葱のみじん切りを持って、アリシアは下準備室を出て、今度は揚げ物や炒め物をするための天幕に入っていく。


 するとその天幕の中にはお嬢様が浮かんでいて、いくつもの鍋の面倒をみているのだった。

 お嬢様が手を鍋に翳して油を温めているらしき横では、コロネさんがコロッケのタネらしきものにパン粉をはたいて準備をしている。

 この天幕は揚げ物や炒め物をしているためか、やたらと暑い。

 よく冷やされている下準備の天幕との温度差で体が混乱する。


 ともかく、アリシアが空いている大鍋に、もらってきた刻んだ玉葱とオリーブ油を入れて、焜炉にかけて炒めながら、お嬢様たちのほうを横目で見ていると

「いいおんどだわ」と油の入った鍋に手をかざして何やらしていたお嬢様が言った。

「じゃあ入れますね~」とコロネさんが言って、ぽちゃぽちゃとパン粉がまぶされたコロッケのタネを油に入れていく。

「タネがあぶらのひょうめんで、かさなるといけないから、いちどにいれるのはろくじゅっこまでよ」

とお嬢様が厳かに申し渡す。

「はい!」

とコロネさんは元気よく答えて、タネをどんどん油に入れていく。

 やがて香ばしいなんともいえない美味しそうな匂いがしてきて、コロッケのタネが濃いきつね色になっていく。

 そろそろいいんじゃないかなあと、玉葱を炒めつつ横目で観察しているアリシアが思っていると、コロッケがひとりでに油から出て、空中に浮かび上がって、それからお嬢様のほうに飛んだかと思うと、虚空へ消えていった。

 熱い油の入った鍋から飛び出したものがお嬢様のほうに跳んだと思って、アリシアは身を動かしかけたけれども、どうやら単にお嬢様が荷物袋の異能に、揚がったコロッケをしまいこんだというだけのことらしかった。


 お嬢様が手ずから揚げ物とかするとは思ってもみなかったし、けっこう手際が良いように見えたので

「手慣れてますね」

とアリシアがお嬢様に聞いてみると


「たまにさいがい(災害)がおこったりしたら、ひつようなときにはたきだし(炊き出し)をするもの。

 だからこういうさぎょうははじめてじゃないわ」

とおっしゃった。


「私もお嬢様の炊き出しをいただいたことがあります!」

とコロネさんが得意そうに言う。


 そんなことを言っているうちに、もう一度鍋いっぱいのコロッケが濃いきつね色に揚がって、そのうちのひとつがアリシアの前にふわりと飛んできて、同時にお嬢様の体から(実際にそう見えた!)白い小皿が飛び出して、コロッケの下に滑り込む。

 それで「あじみしていいわよ」とお嬢様が言ってくださった。


 ありがとうございます! と大喜びで皿を捕まえて、揚げたてコロッケをつまんで齧ってみると、すごく熱々で、挽肉がいっぱい入っていて、じゃが芋もホクホクしていて、最高においしい。

「おいしいです!」と感想を申し上げると、お嬢様は満足そうにうなずく。

 うちのお嬢様はとても偉大だと、アリシアはそう感じた。


 そうしているうちに、アリシアの炒めていた玉葱が、飴色に仕上がったので、玉葱スープにするために、別のところからスープストックをもらいに行くべく、天幕を出る。


 天幕の外には、また別の大きな天幕がいっぱい並んでいて、それらの天幕から炊事の煙があっちこっちから上がっているのだった。

 もう肉や魚やパンやケーキが常に焼かれたり煮られたり蒸されたり炒められたり揚げられたりし続けているから、ひとつひとつは美味しそうな匂いなんだけれども、それらの匂いがごちゃごちゃに混ざって、気分が悪いようなわけが分からない匂いになって、まったく混沌の状態になっている。



 それからエルゴルさんも、トラーチェさんから応援に来てくれと呼ばれたらしくて、仲間の人たちと一緒に、顔を出してくれた。

 義理堅いことに、一回だけじゃなくて、ご飯作りをしている期間中、ちょいちょい顔を出してくれる。


 エルゴルさんは体が大きいから力があるし、六つもある手を器用に動かすので、なかなか捗る印象で、例えば、体の前に焜炉を置いて、そこに据えた鍋を一本の手で抑えて、もう一本の手でかき混ぜるみたいなことを、三つの鍋で同時にやるのだから、頭の中がどうなっているんだろうと思う。


「普段から武器は六つ同時に動かしますからな、慣れたもんです」

とのことだけど、そういう問題なんだろうか。



 ともかく、お嬢様が荷物袋の異能から、山ほど食材を出して積み上げると、それを皆で調理する。

 そのうちの幾らかは手伝いに来てくれた人も含めて賄いとして食べる。

 そして食べる以上に調理して、できあがった料理は皿に盛って、一食分の食事を揃えてトレーに載せてから、お嬢様がそれを荷物袋の異能にしまい込む。

 皆でひたすらその工程を繰り返した。



「冷めてもいい順番で作るとか、傷みにくい順番に作るとか、提供までの時間がどうとか、そういうことを考えた作業手順とか、そういう面倒なことをお嬢様の異能のおかげで、一切気にしなくていいんですからな。楽なもんですよ。お嬢様は実に偉大だ」

とドゥビアーさんは言っていたが確かにそうだろうと思う。



 ある時など、お嬢様が荷物袋から卵と牛乳を砂糖をいっぱい出して、鍋に入れ、令術を使って一気に混ぜて、混ぜながらまた令術で冷やし固めて、わずかな時間で、たちどころにアイスクリームをものすごく大量に作ったのを見たときには、アリシアもお嬢様を本当に尊敬した。

 しかも一種類だけではなくて、苺とか蜜柑とか林檎とか桃とか無花果とか枇杷とかお茶とかチョコレートとか、何種類ものアイスクリームをまたたくまに作ったときにはもはや、お嬢様に尊敬を超えて、深い敬意を抱いた。


 お嬢様が、寒くて震えるくらいにした天幕の中で、できあがったアイスクリームを皆で匙に掬って、小さめの小鉢型の皿に詰めていく。

 そして詰め終わった端からお嬢様が荷物袋にしまっていく。


 そしてドゥビアーさんは、そんなお嬢様のことを、

「うちのレストランに連れて帰りたいですねえ!」とか言って、今にも誘拐しそうな目で見ていた。



 アイスクリーム作りが終わると、お嬢様が皆に一皿ずつアイスクリームをふるまってくださる。

 作業をしていた天幕の中は寒いので、外に出て夏の日差しの中でいただく。

 おいしいね、とか言いながらコロネさんと一緒に食べていると


「私ね、何年か前に、住んでた村に大きな魔獣が襲ってきて、村の皆で逃げたことがあるんです。

 それで奥様とお嬢様がやってきて魔獣をすぐ倒してくださったのも嬉しかったんですが、そのときに、お嬢様が炊き出しをしてくださったんですよ。

 炊き出しもおいしかったんですが、炊き出しのあとにアイスクリームを皆に食べさせてくださったのが、もう美味しくて嬉しくてですね。ずっと忘れられません」

と教えてくれた。

 やっぱりお嬢様は偉大だ。



 ◆



 そうして朝から晩まで毎日毎日、食事を作って、盛り付けて、お嬢様()しまい込むのを繰り返す。

 もはや自分は狩人じゃなくて料理人だ、くらいの気分になったころに、予備日を二日だけ使って二十二日が過ぎて、予定の72000食に、予備の8000食を作り終わった。

 そのほかに大量のパンとスープとサラダ、アイスクリーム、ケーキ、パイ、その他のデザート類、お酒、ジュース、ミルクを用意して、ようやく準備が整う。


 最後の賄いを、手伝ってくれたおばちゃんたちに出して、アリシアたちも食べて、食器や天幕やら大鍋やらの片づけをして、最後のお給金もトラーチェさんが支払って、それからコックのドゥビアーさんにもお礼のお金を包んで、それで食事作りがやっとこ終わった。



 ◆



 食事作りが終わって、次の日にアリシアは肝心の狩りの準備をまったくしていないことに気が付いた。

 まあ食事作りも準備の一種ではあったけれども。



 それでアリシアは、手持ちの剣やナイフや斧槍の刃を確かめて、弓の弓柄に罅とかないかを見て、矢を数えて、でも六十日もの長期戦になるのなら、矢がもっと欲しいような気はした。

 でも大鬼族(オーガ)が使うような弓の矢はだいぶんシャフトが長いから、只人用のものをそのままは使えない。

 そうするとお店に行ってもアリシアの使うような矢は置いていないかもしれなかった。


 どうするかなとアリシアが思案していると、この街に来るまでの間に立ち寄った鉱山の街で、お嬢様が鉱山から出た要らない石をいっぱい引き取っていたのを思い出す。

 それでお嬢様に聞いてみると、要らない石をいっぱい、アリシアの腕輪の中にある空間の一画が埋まるくらいにたくさんくださった。

 矢が尽きたらこれを投げることにしようと決めて、アリシアはもらった石の山から、投げやすそうな、形の整ったものを選んで選りすぐっていく。


 それからお嬢様が石をたくさんくださったときに

「しょくりょうもいれておいて」とおっしゃって、腕輪の中に入れるための保存食やらも一緒に渡された。

 お嬢様が作った食事を持っておられるんじゃないんですか、とアリシアが聞くと

「えんしゅうのとちゅうでわたしがとつぜんしんだりしたらたべるものがなくなるじゃない」

とお嬢様に言われてしまった。なるほど用心深い。

 他にも輸送連隊とやらのウルスさんが持ってきてくれた食料を、馬車の中にいくらか詰め込む。


 そこまで終わると、残りの時間は、皆で裁縫をして、替えの下着を増やしたりだとか、そうやって皆で狩りの準備を整えていく。


 そうして日は流れて、日付は十月になり、魔獣討伐演習の出陣式の日がやってきたのだった。



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