ハーフオーガのアリシア50 ― お嬢様のゴリ押し兵站術Ⅰ ―
戦力調整会議とやらがあった翌日。
昼ご飯を食べ終えて、片付けも済んで、今から珈琲でも淹れて皆で飲もうかというようなあたりで、玄関のほうからドアノッカーの音がした。
対応に出ようとするコージャさんを抑えてアリシアがキッチンから出て、玄関のドアを開けると、そこには金髪で大柄な、確か何やらの副局長さんとかいう人がいた。
「お世話になっております。食料購買局副局長のウルス・アウレでございます」
そう挨拶されて、ああ確かそんな名前だったなと思い出す。
「本日はですね、討伐演習の物資調達の件で、また近いうちにご面談の機会をいただきたく、ご都合がよろしいお時間や曜日などを伺いに参りました」
家に来るまえに、予定を聞きに家に来る、というのは何だか冗談みたいだなと思ったけれど、都会というのはこんなものかもしれない、とアリシアは思い直した。
アリシアの実家がある山の麓の村だと、近所の家というのは『おーい、いるか~?』とか言いながらノックすらせずにいきなり入っていくものだったけれども。
それはともかく、ウルスさんから何か手紙を渡されたので、知らない顔でもないし、いったん玄関ホールまで入ってもらったところで、コージャさんが椅子を持ってきてくれたから、アリシアは椅子を引き取って、かわりにコージャさんに手紙を託す。
とりあえずウルスさんには椅子に座ってもらって待っていると、すぐにトラーチェさんが出てきて
「アリスタ様がお会いになります」と言った。
◆
トラーチェさんはウルスさんを先導して居間に通す。
居間のいつものテーブルの前でウルスさんは
「本日は急な訪問にもかかわらずご面会下さりありがとうございます。
またこの度、旗を同じくして討伐行へとご一緒できますこと、嬉しく存じます。
どうぞよろしくお願いいたします」
一度跪いてそう言ってから立ち上がり、それからどこからともなく、きれいなリボンがかかった箱を取り出した。
「これはお菓子です。よろしければお納めください」
そう言って箱をトラーチェさんに手渡した。なんかしっかりしたきれいな箱ですごく高級そうだ。
「まあまあ、お気遣いいただいてありがとうございます」
そう言ってトラーチェさんが受け取り、それをアイシャさんに渡すと、アイシャさんはお嬢様をコロネさんに渡して、かわりにお菓子の箱を受け取る。それからコージャさんを伴ってキッチンのほうに行ってしまった。
それで残った皆がソファーや椅子に腰を落ち着けたところで
「さて、この度の演習についてなのですが、ファルブロール様の中隊においてはどのような補給の計画でおられるでしょうか」
とウルスさんが口を開いた。
「私どもは中隊と申しましてもたった七人でございますので、補給というほどのことはありませんわ。
お嬢様の【荷物袋の異能】もございますし……」
と、妙に高いよそ行きの別人みたいな声でトラーチェさんが言ったので、アリシアはびっくりして見てしまう。
「……とは申しましても、診療部の部長様からは、購買局の皆様に便宜を図るようにと依頼を受けてはおります」
トラーチェさんがそう普通の声に戻して続けると、笑顔のまま固まっていたウルスさんの顔が少し穏やかになる。
「ほきゅうってごはんをもっていけばいいのよね?」とお嬢様が聞く。
「他にも色々ありますが、九割がたは食事でございますね」と笑顔になったウルスさんが答えた。
「どんなたべものをもっていくの?」
「そうですね、例えば……主食は麦粥でしょうかね」
「それってぎゅうにゅうはいれるの?」
「いえ、牛乳は腐りやすいので無理でしょう。たぶん川とかから水を現地で調達してそれで煮るとかいうようになると思います」
そうウルスさんに言われるとお嬢様は渋い顔をした。
「……ほかには?」
「肉類は現地まで行けば狩りたての魔獣肉が食べられますが、行軍の間は干した塩漬け肉がメインのおかずでしょうか。スープに入れるとちょうどいい塩加減になって美味しいですよ。
野菜はまあ、大蒜と平豆や大豆とかですね。あとは乾燥野菜と現地調達の食べられる野草になります」
話を聞けば聞くほど冴えない表情になっていくお嬢様を見て、ウルスさんが
「ま、まあ食事を全部が全部野外で食べるというわけでもないですし、どこか村などに立ち寄れば多少は良いものが食べられることもあります」
とフォローしたけれど、やっぱりお嬢様の表情は渋いままだった。
「そんなのぜんぶまとめていえでつくってもっていけばいいじゃない!」
「お嬢様みたいに大容量で時間停止になっている荷物袋の異能持ちの方はほとんどいないと思いますよ。
私たちだけ美味しいものを食べていたら皆様に恨まれちゃいます」
そう言ってトラーチェさんがお嬢様を窘めるけれども
「ぜんいんぶんもっていったらいいんでしょ!」とお嬢様は譲らなかった。
そこでアイシャさんとコージャさんが、全員分のアイスクリームや冷たくした珈琲を載せた銀盆を持ってきてくれる。
今日のおやつはその他に
「お持たせですみませんけれども」
とアイシャさんが言って、何かクリームをクッキーで挟んだお菓子の載った小皿をひとつづつ皆に配ってくれた。
「いえいえ、ありがとうございます」
とウルスさんが言ったから、たぶんこれがさっき持ってきてくれたお菓子だろうと思う。
お嬢様がアイスクリームに手を付けたので、アリシアも食べ始める。
最初にアイスクリームをいただいて、それから珈琲で口の中をすっきりさせて、その後、いただいたお菓子を食べてみると、さっくりしたクッキーにバタークリームの濃厚な味がして、それから口いっぱいにメロンの風味がひろがる。たぶんクリームの中に、細かく刻んだドライフルーツにしたメロンが混ぜ込んであるみたいで、これはおいしい。
「おいしい!」とお嬢様も喜んでいる。
「気に入っていただけたようで良かったです」ウルスさんが安心したようにそう言うと
「やっぱりね、たべるものはおいしくないとだめよ! アイシャだってそうおもうでしょ?」
とお嬢様が傍らのアイシャさんに聞く。
「それはそうですけれど、私のような豚鬼族とか、いっぱい食べる種族もいるでしょうし、討伐演習の食事のことなら、なかなか大変ですよね」
とアイシャさんは少し困ったような顔で言う。
「だいじょうぶ! アイシャにひもじいおもいはさせないわ!」
「まあうれしい」
その力強い言葉を聞いて、同じく大食いのアリシアも嬉しく感じる。
「それで、ぜんぶでなんにんいるの」とお嬢様がウルスさんに聞いた。
「そうですね……まだ完全には決まっていないのですが、アリスタ様のような貴族の皆様が200人、これが基幹戦力となります。それから留守居の方もおられますから、こっちも数が確定しないのですが、貴族の皆様のお付きの方々が2000人ほど。
併せて、少し多めに見積もって2300人、これが演習に出られる方の数と考えていれば問題ないでしょう」
「2300人もいると1食分だけでも大変ですよね……」
アリシアがこれは大変だなと思わずそう呟く。
「にもつぶくろのなかにじゅうまんしょくいじょうストックはあるのよ。でもぜんぜんたりないし、きんきゅうじでもないのにつかったらおかあさまにおこられちゃう」
「……そうなんですか?」
ウルスさんが目を見開いて言う。
「こうずいがおこってむらがいくつもすいぼつしたりとか、まじゅうがでてむらごとひなんしなきゃいけないとか、そういうこともまれにはあるわ。
そんなときにはみんなにごはんたべさせないといけないじゃない」
お嬢様は、当たり前じゃないかというような顔で言う。
「私も故郷の村に魔獣がでて逃げたときに、お嬢様にご飯をいただきました!」
とコロネさんがすごく得意そうに言った。
「討伐演習って何日あるんですか?」アリシアがウルスさんにそう聞くと
「60日ですね、行き20日、現地で20日、帰り20日の予定です」と教えてくれる。
1日3食が60日で2300人て掛け算はいくらになるんだっけとアリシアが考えていると、コロネさんが腕組みをして考え込みながら
「全部で414000食……これは無理では?」と言った。
「2300人というと部隊規模で言えば大したことはないんですが、それでもこの通りですからね。
戦争というのはやるのが大変だとよく分かります」
ウルスさんは大きく頷いてそう言ったあと、でも2300人がずっと一緒にいるわけじゃないんですよ、と言葉をつないだ。
「部隊の移動というのは、一般にもっと細かい部隊に分散して移動し、目的地で合流するというかたちをとります。
なぜそうするのかというと、部隊が移動している途中で、どこか村とかに寄ったりして食べ物などを買ったり、あるいは野原や森で狩りをして肉を調達したり、燃料にするための枯れ枝を集めたりとかをするわけですが、すべての部隊が一緒にいると、必要な物資が多くなりすぎて周囲のものを集め尽くしても、部隊を賄えません。
それでもっと細かい部隊単位で分散して、目的地に向かってそれぞれ違うルートで移動して、目的地で集まるんですね。
これを分進合撃といいます。
つまりですね、2300人はずっと一緒にいるわけではなくて、行きと帰りの、あわせて40日は、大隊単位に分かれて行動します。
まあ2300人くらいだと、そんなに大きい部隊とは言えないですから、別に分進する必要も無いと言えば無いのですが、いちおう訓練のために、分進して時間どおりに目的地で集まる演習をするということになっています。
それでもっと言えば、目的地は魔獣の湧出地ですから、目的地に着いてさえしまえば狩りでの魔獣肉の供給が期待できますからね。おかずがだいぶ助かります」
「私たちの大隊って何人いるんですか?」とコロネさんが聞くと
「今のところ557人です」と教えてくれた。
「全部で2300人なのに私たちの大隊だけで557人って多くないですか?」
トラーチェさんが口を挟む。
「多いですね。討伐演習の大隊は、普通はもっと少ないです。
大隊を構成する中隊では、ファルブロール様のアリスタ中隊は7名と数が少ないですが、ドライランター様のローテリゼ中隊は150名程度とすごく多めですし、セックヘンデ様のエルゴル中隊も200名以上とさらに多いですからね。
そのうえうちの局長が、ファルブロール様の護衛が要ると言って飛竜中隊を足して、さらに私の中隊も参加させていただきましたので、私たちのローテリゼ大隊はだいぶ増強されておりますよ」
「つまりいきとかえりのよんじゅうにちはだいたいのろっぴゃくにんでいっしょにこうどうして、ぜんいんでいっしょにいるのはにじゅうにちだけね」
「そういうことになります。
それに、目的地ではしっかりと宿営地を作って、そこから狩りに出かけますから、調理場もしっかり整備されます。
それで食事が温食になりますし、目的地は魔獣の湧出地ですからね。
魔獣肉が手に入りますので、毎日、魔獣肉の焼肉だけはありつけますよ。
ですからファルブロール様が面倒をみて差し上げなくても、何とでもなると思います」
「……でもしんせんなやさいとかくだものとか、アイスクリームとかケーキとか、ひえたビールとかがあったらほしいのよね?」
「それはまあ……はい、あったら最高ですね」
「そうでしょう?」
そう言ってお嬢様は満面の笑みを浮かべた。
■tips
この学園における中隊は、
貴族の子弟一人に付き人が十人前後付き、
そんな貴族の子弟が、寄親、寄子の関係で三から四人集まって中隊を構成するというのが一般的である。
大隊は、それら中隊が三つから四つ集まって構成されることが多い。
つまり中隊は三十人から四十人が標準的であり、大隊は九十人から百二十人程度が標準的である。
しかし、もっと大きな中隊もあれば小さな中隊もある。
理論上はたった一人の中隊も存在し得るし、アリスタお嬢様の中隊は、貴族の子弟たるお嬢様と、付き人六人の、合計七人で構成される。
またローテリゼお嬢様の中隊は、公爵家の子弟たるにふさわしく、ただでさえ百五十人以上いたのに、さらに二百人以上いるエルゴル中隊が寄子として加わったので、もはや中隊ではなく大隊として扱われている。
■




