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ハーフオーガのアリシア49 ― 戦力調整会議Ⅱ ―



 ローテリゼさんが呼びに来てくれたので、慌てて立ち上がって、皆でぞろぞろと部屋の前(奥)の方へ行く。

 部屋の奥にある横長の机の前まで行くと、そこに座っていた診療部のローラさんが小さく手を振ってくれたので、お嬢様とアリシアとで手を振り返して、トラーチェさんはお辞儀をした。


 ローテリゼさんのところと、エルゴルさんのところと、アリシアたちのところで、あわせて二十人と少しが机の前に揃ったところで

「次はドライランター君のところだな」

と机の中央の席にいる銀縁眼鏡の人が言った。


 書類をめくりながら

「申請によれば、ローテリゼ中隊とエルゴル中隊からなるローテリゼ大隊に、アリスタ中隊を加え入れたいと……問題はないんじゃないか?」と続ける。


 すると横長の机の向かって右のほうに座っていた、購買局の局長さんとかいう、前にお屋敷に来たことがある失礼な黒髪眼鏡のイヤな人が

「駄目だ、アリスタ中隊はそもそも前に出すべきじゃない。

 ローテリゼ大隊って普通に前に出て戦う部隊だろう。

 ファルブロール君は司令部付とかで後方に置いて、物資の集積所をやってもらうのがいい。

 手が空けばちょっとくらい治癒をしてもいいが」

と言った。


 すると銀縁眼鏡の人が

「ああ言ってるがどうだ?」とお嬢様に聞いてくる。


「……いや!」

 お嬢様は局長さんの方を見てから、つーんと横を向いてにべもなく切り捨てた。


 銀縁眼鏡の人はちょっと困った顔をして、局長さんとは逆の方向を向き

「診療部の意見はどうだ」と聞く。


 そうねえ、とローラさんは呟いて両腕を広げる。

 すると、お嬢様がトラーチェさんの腕の中から抜け出して、ローラさんの方へ、ふわーっと漂っていって抱き留められる。

「アリスタちゃんは危険に晒せるような存在じゃないというのは分からなくもないけれど、アリスタちゃんは貴重な戦える治癒士だからね。それに空も飛べる。

 前に出て治癒をしてもらうのも価値のあることだと思うわ」


「ダメだ、危険すぎる! そもそも演習なんかに出てほしくないくらいだ。

 ファルブロールみたいなのはだな、どこか水運のしっかりした大きな街にでも据えておいて、穀物とかその他の物資をいっぱい溜め込んでもらう、というのが一番良い運用だろ。

 ファルブロールの母親が現にそうしている通りだ。

 それでその地域一帯が潤って安心して暮らせるんだぞ? その価値の前では演習なんてどうでもいい。

 演習で戦闘させるとか馬鹿なのか?」


「でも演習に出ないと戦力評価も投票権も稼げないじゃない」

 ローラさんがためらいがちな声で反論する。


「それもどうだっていいだろ! 学園にいる間はそうかもしれないが、卒業して社会に出たら、いずれファルブロールの重要性には皆が気付く。何なら俺が推薦してもいい」


「でも本人がやる気なのよ。そしたらそれが優先よ」


 すると局長さんは「なあ、考え直してくれ」とか言って机から腰を浮かせてお嬢様のほうを見たけれど、お嬢様はローラさんに抱っこされたまま「いや!」と元気よく言った。

 局長さんはがっくりと椅子に座り込んで

「誰も公共の利益というものを理解しない。この利己主義者どもめ」

とかなんかよく分からない難しそうなことを小声でぶつぶつと言っていて、ちょっとかわいそうな雰囲気だった。


「そこまで言うと君のほうは全体主義的に聞こえるがね。じゃあこの申請は通すということで……」

 銀髪眼鏡さんがそう言いかけると局長さんが

「いや、まだだ! それなら護衛をもっと付けるべきだ。天竜を二頭くらいつけて……」

と大きな声を出す。


「そんなことできるわけないだろう。天竜は学院に全部で六頭しかいないんだぞ。

 今回は大隊を十三ほど編成する。一個の大隊に二頭も貼り付けられるものか」


「じゃあ一頭だけでも」


「天竜は皆が前に出て戦う。ファルブロール君をそんなに前には出したくないんだろう?

 それに足の遅い地上部隊のお守りを天竜にさせて拘束するわけにはいかん。

 だいたい基幹戦力としてはドライランター君がいるじゃないか。セックヘンデ殿もいる」


「ドライランター君は確かに強いが……圧倒的に強いわけじゃない。

 戦力評価だって確か八千やそこらだろう? セックヘンデ殿はたぶん三千か四千か、それくらいか?

 弱くはないが不安だ」


「帝国議会より戦力評価のみで投票権三千五百を頂いておりますな。

 ドライランター公のお供で議会に出席したこともありますれば」

とエルゴルさんが口を挟む。


「なるほど、経験豊富なセックヘンデ殿ともあればそうでしょうな。

 では、合計で一万一千五百もあれば十分だろう。

 それにそこの何といったか……ゴルサリーズ君も暫定で千あるし、実際は二千かもっとあるだろう。

 ファルブロール君本人も投射令術で暫定で五千の戦力評価はある。実際は五千どころではないだろうし自衛くらいできるさ」

 銀縁眼鏡の人は書類に目を落としつつ言った。


 急に自分の名前が出てきたので、アリシアは驚いたけれど、千とか二千とか、何のことを言っているのかさっぱり分からない。


 しかし! と局長さんがさらに言い募ったところで、そばで立って話を聞いていたらしき、きれいな口髭を生やして、少し髪が長めな男の人が

「では私の飛竜中隊がお供しましょう。天竜のようにはいきませんが、飛竜でも空は飛べますからな。

 いざというときに、そちらの小さなお嬢様だけでも抱えて逃げだすには都合のいい中隊ですぞ。

 うちは定員充足しておりますので十六頭もいます」

と自分の髭をひねりながら言った。


「そうか、ありがたい。それならいいか?」

 そう言って銀髪眼鏡さんが局長さんの方を振り向く。


「うーむ……いざとなったら絶対に逃がしてくれよ。頼むよ」

 局長さんはそう言って渋々といったふうに頷いた。


「局長、私の中隊もお供しますよ」

 また別の人がそう言って、見ると熊みたいに大柄な(といっても只人らしいからアリシアにくらべると全然小さいけれど)金髪の男の人がいた。

 確かこの人は局長さんと一緒に来ていた副局長さんとかいうのじゃなかっただろうか。

 物言いが失礼な局長さんを一生懸命フォローしていたような印象がアリシアにはあった。


「お前が行ってどうするんだ。お前の中隊は補給や輸送の中隊だろう。護衛にはならん。

 それにファルブロールは死ぬほど大容量の荷物袋の異能持ちだぞ」


「だからこそですよ。ファルブロール様が前線にまで出張られるのでしたら、それは前線にある意味で大補給所が出現するのと同じです。

 そうしたらそこからあちこちに分配するための輸送中隊が随伴するのは意味があります。

 それに物資の買い出しなどについてはご助言を差し上げたりお願いをする必要もあるでしょう。

 局長は失礼で物言いが悪くて嫌われていますから、私がファルブロール様のお傍におりたくあります」


「それもそうか……」と局長さんが考え込む


「ファルブロール君もそれでいいか?」

と銀縁眼鏡さんが聞くと、お嬢様はこっくりと頷いた。


「ではローテリゼ大隊は、ローテリゼ中隊、エルゴル中隊、アリスタ中隊、エルネスト中隊、ウルス中隊をもって編成するということで決裁する」

 そう銀縁眼鏡さんが宣言した。



「おいウルス、死んでもファルブロールは守れよ」

「分かっております。いざとなれば私が先に魔獣の餌になります」

「その意気や良し。頼んだぞ」


 局長さんと副局長のウルスさんがそんなような会話をしていて、うちのお嬢様を守ってくれるのは嬉しいんだけれども、討伐演習ってそんなに危ないのかと、アリシアはちょっと不安になるのだった。



 それから解散の時間になるまで、同じ大隊になる中隊の皆さんのテーブルを行き来して、挨拶したりお話をしたりして、目いっぱい食べて、それからお屋敷に帰った。



 ◆



 お屋敷に帰ると、トラーチェさんが居間のソファーのところまで行って

「つ、疲れた……」

とか言って、そのままうつ伏せにソファーにへたり込んだ。


「ふふ、お疲れ様」

 アイシャさんがそう言ってキッチンに引っ込んで、それからミーナちゃんと一緒に、皆のぶんのアイスクリームと冷たくした珈琲を銀盆に載せて持ってきてくれる。


「強そうな人ばかりで疲れましたよ」

 トラーチェさんがそう言いながら起き上がってソファーに座り直し、背もたれに体を預ける。


「たぶん中隊の幹部クラスの人ばかりいましたもんね」とコロネさんが口を挟む。


「そうですよ! もう緊張した!」


 料理を食べることに夢中でなーんにも感じてなかったアリシアは

「そうだったんですか?」と特に考えずに言った。


「そりゃアリシア様は自分が強いから特に緊張しないかもしれないですけど」

とトラーチェさんが不満そうな顔で答えて、


「戦力評価で二千かそれ以上あるって言われてましたよね……」

 コロネさんがそう口を挟む。


「その千とか二千とか私が言われてたの何なんですか?」

 話の途中でなぜか自分の名前が出てきたのを覚えていたのでアリシアは聞いてみた。


「それは戦力評価っていうもので、それが帝国議会や、この学院の議会の投票権としてそのまま手持ちの票数になるんですよ、って言っても分かりづらいですよね……」

 トラーチェさんはそう言って、少し腕組みして考えた後、ちょっとやってみましょうか、とつぶやいてから

「お嬢様、紙を一枚くださいますか? そんなにきれいなものでなくていいです」と頼んだ。


 アイスクリームを一生懸命食べていたお嬢様は「ん」と言って、どこからともなくけっこう大きめの紙を一枚取り出して、トラーチェさんに渡す。


 トラーチェさんは「ありがとうございます」と言ってから、その紙を折って折り目を付けてから、きれいに破りはじめて、同じくらいの大きさのカードを何枚か作った。それから

「じゃあこれで夕食のメニューを決めましょう。肉にするか魚にするか決めるんです。

 ミーナちゃんとトニオくん、これに自分の名前を書いて、それから肉か魚どっちか好きなほうを書いて」

 そう言ってカードを一枚ずつとペンをミーナちゃんとトニオくんに渡す。


「私たちが決めてもいいんですか?」とミーナちゃんが聞く。

「決められるわけじゃないわ、どっちになるかは今からする投票、つまり入れ札の結果次第よ」


「私はお肉がいいです!」

「じゃあ俺も肉でお願いします」


 そうして居間のテーブルの上には【ミーナ 肉】【トニオ 肉】と書かれた紙が並ぶ。

「じゃあここで私は今夜は魚が食べたいので魚と書いてテーブルに置きます」

 テーブルには【トラーチェ 魚】と書かれた紙が追加される。


「これで肉が二枚、魚が一枚ですね。じゃあアリシア様、今日の夕食は何になると思われます?」

「……まだ肉の意見の方が多いから肉かな?」


「それが違うんですね。実は私のこの入れ札はトニオくんやミーナちゃんの入れ札の三十六枚分の価値があるんですよね」

 そう言って、トラーチェさんはテーブルの上にあるカードにペンで数字を書き加えて

【ミーナ 肉1】【トニオ 肉1】【トラーチェ 魚36】とする。


「これで結果は 肉2票 対 魚36票で今夜のおかずは魚になりました」


「えっ、そんなのずるい」とアリシアは声が出てしまう。


「ここでですね、自分のところの人間を大事にするコロネさんとしては、ミーナちゃんとトニオくんにお肉を食べさせてあげたいわけですね。だからお肉で投票するんです。コロネさんどうぞ」


「じゃ、失礼して……」

 トラーチェさんから促されたコロネさんはそう言いながらカードを手に取り

【コロネ 肉120】と書く。


「なんと結果が 肉122票 対 魚36票でおかずがやっぱり肉になりました。でもですね、アリシア様って魚がとてもお好きですよね?」


「それはまあ、はい」

 アリシアは山育ちで狩人の家の子なので、肉は食べ慣れていて、逆に魚や貝や海老が好きで、特に海老は大好物だ。


「だからアリシア様は魚に投票するのですよね。とりあえず暫定の千ということで……」

 そう言ってトラーチェさんは【アリシア 魚1000】とカードに書いてテーブルの上に置く。


「これで 肉122票 対 魚1036票で魚になってしまうようですが、お嬢様はどうされるでしょうか」


「わたしおにくがいい!」

お嬢様は元気よくそう言って、ふわりと浮かび上がると、テーブルの上まで行って、小さなおててにペンを握ると【アリスタ 肉15000】と書いて、そのカードを机の上に置いた。


「肉15122票、魚1036票になりましたから、今日はお肉で決定です。

 まだアイシャさんと、コージャさん、ウィッカさんが投票しておられませんが、アイシャさんは60票、コージャさんは20票、ウィッカさんは40票ですから、もはや肉の優位は動きません」

 お嬢様はミーナちゃんとトニオくんのところに漂って行って、やったあ! などと言いながらハイタッチをしている。


「これがこの学院や、ひいては帝国での物事の決め方です。

 もちろん皇帝陛下は非常に多くの票数を持っておられますから、皇帝陛下がこうだとおっしゃるのであればそれはほぼ動きません。

 けれども皇帝陛下がご自分の投票権を行使されることはそんなにないですし、原理的には陛下がお決めになったことでも、臣民がほぼ全員で反対の投票をするなどすれば覆ることはあり得ます」



 つまり、他の人が何を言っても、アリシアがこうだと言えば通るし、でもお嬢様が別のことを言ったらまた全部ひっくり返るということか。

「……なんか変な話に聞こえますね」


 するとコロネさんが

「でもアリシアさんがいてくれると心強いから、アリシアさんがそれだけ票数を持ってるのは納得できますよ。私たちだけじゃちょっと不安ですし。

 それにお嬢様がすごいのは言わずもがなですしね」と言った。


 お嬢様がすごいのは確かにそうだ。

 病気とかも直しちゃうし、天変地異みたいな令術を使うし、だいいち荷物袋のなかに食材とかいっぱい持っていて、そこから皆がご飯を食べさせてもらっている。お嬢様は確かに偉大だ。

「そりゃ、お嬢様がこうだと言えばだれも文句は言わないでしょうけれど、でも私は自分であれこれ人に言うよりは、屋敷の中ではアイシャさんの言うことを聞きますし、外ではトラーチェさんの言うことを聞きますよ。

 よくわかんないけどそういう方がしっくりきます」


「まあそれはそんな感じですよねえ」とコロネさんも同意してくれる。


 するとトラーチェさんが

「持ってる票数ってのは、戦力以外のものもそれなりには評価されるんですよ」

と補足してくれる。


「例えば私はですね、治癒術が申し訳程度に、それから投射術が申し訳程度に使えるくらいなので、私の投票権36のうち、戦力評価の部分は10しかありません。

 コージャさんと比較してみると、コージャさんは戦力評価のみで20なので、私は強さで言うとコージャさんより弱いんですよね。

 じゃあ残りは何かというと、学園の学生として13年間も勉強したという学識を評価してくれて、それで投票権を26与えられて、合計で36になってるんですよ。

 投票権は学識以外にも、功績をもって与えられたり、平民をどれだけ多く雇っているかとか、色々な理由で与えられることがあります。

 もちろんアリシア様とかお嬢様くらい強い人だと、それはもちろん全体の投票権に占める割合は戦力評価がほとんどになるんですけど、そこまで強くない私たちくらいのレベルだと、戦力評価以外の評価がけっこう大きいんですよ。

 私なんか勉強したから投票権が三倍に増えたわけでして……」


 それをソファーに座って聞いていたコージャさんが

「私も勉強をがんばります……」と言っていた。


「勉強だけじゃなく討伐演習でも無理しない範囲でがんばれば投票権を積み増しできますよ。

 アリシア様が1000で、お嬢様が15000ってのは暫定で、明らかに少ないですからね。

 執行部の部長さんもアリシア様は本当は2000かもっとあるって言っていたでしょう。

 お嬢様も15000どころじゃなくてもっとその何倍もあるはずです。

 討伐演習後に、その成績にしたがっての、評価替え会議というのがあって、軍の評価意見も聞きつつ投票権が変動するはずです」


「でも私が1000でミーナちゃんやトニオくんが1しかないってのは、理由を聞いても、やっぱり何かおかしい気がしますね」


「1しかないというか……ミーナやトニオが少ないというわけではないんです。

 普通の人はだいたい一票です。それが普通ですよ。この街は人口が三十万人以上いますけど、そのほとんどの人が投票権は1だと思います。

 だから普通じゃない、というか特別なのはアリシアさんとかお嬢様なんですよ」


 それでその話は終わりになって、残りの珈琲を飲みつつ皆で談笑した。


 コロネさんは『普通じゃない』という言葉を『特別』と言い直してくれたけれども、アリシアの脳裏には『普通じゃない』という言葉が刺さっていて、夜に寝床の中で思い出して、少し悲しい気分になってしまったのだった。



■tips


 この世界における議会は、ひとり一票ではないという点で、現実世界における株主総会に少し似ている。


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