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ハーフオーガのアリシア48 ― 戦力調整会議Ⅰ ―



 エルゴルさんのところのお屋敷で食事に呼ばれてから数日経ったある日。


 アリシアは、メイドのミーナちゃんと従僕のトニオくんを、朝一番の授業がある場所まで送っていってから屋敷に戻り、屋敷の前庭の草むしりをしていた。


 あのカレーは美味しかったなあ。また食べられないかな。でも香辛料が高いんだろうなあ。

 いや、よく考えたら自分だって月給でけっこう金貨とか貰ってるんだから、買えば買えなくはないんだろうか?

 などと、ぼんやり考えながら、花と花の隙間に生えた雑草を丹念に引っこ抜いていると、トラーチェさんが玄関から顔を出してアリシアに

「少し出かけますから用意してくださいますか?」と言った。


 アリシアは「はあい」と返事をして屋敷に戻り、身支度にかかる。

 手を洗って、服の上から胸甲と剣帯を付けて、左腰に剣、右腰に斧、腰の後ろに大ぶりのナイフを二本と順番に差していく。

 上からマントを着けて武器類を隠して、最後に帽子をかぶって屋敷の前に出ると、今日は馬人族(ケンタウロス)のウィッカさんではなくて、コロネさんが自分の馬車に馬をくっつけて廻してきてくれていた。

 馬車には手綱を取っているコロネさんと、あとお嬢様を抱っこしたトラーチェさんしか乗っていない。


「あれ、今日はこれで全員ですか?」とアリシアが聞くと


「今日は会議ですからね。あんまり皆で押しかけると迷惑になりますから、私達だけで行くんですよ」

とトラーチェさんが教えてくれた。

 そうなのか、と納得はしたけれど、アリシアとしては豚鬼族(オーク)のアイシャさんが一緒にいてくれないとなんか落ち着かないような気がする。


 ふと見ると、トラーチェさんは刺繡がいっぱい入った薄水色のきれいなドレスを着ていて、白っぽい涼しげな帽子をかぶっている。

 そうしてコロネさんのほうも、前に見た乗馬用みたいなちょっと長めの茶色いブーツにズボン、真っ白なシャツにベージュのような明るい色の袖なしベスト、首元は襟に少しのレースと、今日は濃い青の細いリボンで飾っている。羽根飾りのついた鍔広の帽子からのぞく豪華な金髪もキマっていて、なんだかおめかししているように見えた。

 そう思って見るとお嬢様も、レースのいっぱい入ったきれいな()()()()みたいなのに包まれて、ふわふわした帽子もかぶっている。


「なんか皆おめかししてますね?」

と聞いてみると、今日は色々な人と会うから気合いを入れているとのこと。


 そう言われるとアリシアは、なんだか急にいつもと同じ身なりの我が身が心許なくなってきた気がして、腕を広げて、自分の格好を眺めまわしてしまう。

 するとそれを見ていたコロネさんが

「アリシアさんは鎧も立派だし剣もいいの佩いてるから、全然問題ないですよ。

 貴族の戦士みたいでかっこいいですよ」

と言ってくれる。

 なんか求めていた言葉と違うような気がしたけれど、それで納得することにしていると、トラーチェさんが

「アリシア様は帽子をもうひとつ持ってたじゃないですか。

 大きいほうの派手なやつ、あれかぶりましょう」 

と言った。


 アリシアが、土鬼族(ドワーフ)のヴルカーンさんから餞別で貰った帽子は、トラーチェさんの言うとおり、確かにふたつある。

 片方が小さめ(とは言ってもアリシアが大鬼族(オーガ)なのですごく大きいけれど)の地味な茶色い帽子で、帽子の腰のところに焦げ茶色の細い革帯が巻き付けてあって、小さな鷲の羽根みたいのが飾りで着けてある。

 使い勝手がいいから、ほとんどそっちを普段はかぶっているけれど、それの他にもうひとつ、大きな羽根飾りのついた派手なやつがあった。

 鍔広で黒っぽい大きな帽子で、白い大きな羽根飾りが付いていて、あんまり派手なので、ちょっとかぶるのが恥ずかしいから大体は部屋に置きっぱなしになっている。


 でもトラーチェさんがかぶれと言うなら仕方がないから、部屋に戻って、地味なほうの帽子を腕輪の中にしまい込んで、かわりに派手なほうの帽子をかぶって、もう一度、屋敷の前に戻った。


「かっこいいですよ。今日は気合いを入れないといけませんからね」

 トラーチェさんはそう言ってくれたけれど、アリシアとしては、トラーチェさんといいコロネさんといい、あんなふうにきれいになってみたいものだと、少し僻むような心持ちがしたのだった。


「じゃあ行きましょうか」

とトラーチェさんが号令をかけて、それで馬車が屋敷の門から出たところで、道の向こうから、六本腕の大きな、どうやらエルゴルさんらしき人がやってくるのが見えた。

 エルゴルさんは、後ろに六人ばかり人を連れている。


 なんでこんなとこにいるんだろう、とアリシアがぼんやりと思っていると

「やあ、どうもどうも」とか言いながら、エルゴルさんは手を挙げた

「あら、お迎えに来てくださったんですか?」

トラーチェさんが、にっこりとしながらも、ちょっと怪訝そうという、器用な表情のつくり方をして言う。


「いやいや、行く道のついでですからちょっと寄ってみました。こっちは部下たちです」

エルゴルさんはそう言って、後ろに続いていた人たちを紹介してくれた。

 こないだの食事に呼ばれたときに、見たような顔の人も何人かいる気がする。



 ◆



 エルゴルさんが行く道で説明してくれたところでは、エルゴルさんが連れていた人たちは、エルゴルさんの中隊の、小隊長とかいう人たちらしい。

「うちだと小隊長はアリシアさんですかね」

と馬車の御者席に座って馬の手綱を操っているコロネさんが言った。


「えっ、そうなの?」とアリシアが聞き返すと

「お嬢様以外ではアリシア様が一番強いですからね」

そうトラーチェさんが馬車の客席から口を挟む。お嬢様もうんうんと頷いている。


 誰が強いとかアリシアは、あんまり考えたこともなかったけれど、そりゃ自分は大鬼族(オーガ)だから強いのかもしれない。

 でも強いからといって隊長とかそういうのは向いてなさそう、とも思う。


「小隊長ってなにするんですか?」

 トラーチェさんに抱っこされているお嬢様に、そう聞いてみると、お嬢様は首をうーん、とひねって

「……わかんない!」とおっしゃった。


 なんじゃそれ、とアリシアが思っていると、馬車の近くを歩いていた、その小隊長さんたちのうちの一人でお爺さんぽい人が、ふぉふぉふぉ! というような笑い声をあげて言う。

「なあに、むつかしいことはありません。

 要するにですな、二手に分かれて、そちらの小さなお嬢様と別行動をするときには、皆がどうするかをゴルサリーズ殿が決めるということです。

 最終的に貴女が決めさえすればいいのであって、周りの皆に相談するのはかまいませんからな。

 気楽に考えればよろしいですぞ」


 すると前の方を歩いていたエルゴルさんが振り向いて

「アリスタ殿は極めて強力な術師だ。そのうえ空を飛べる。

 そうであれば、アリスタ殿と他の皆が別行動をしたほうが効率がいいということもあるでしょう。

 近々ある魔獣討伐演習では、そういう場面もあるかもしれません。

 そうなるとアリスタ殿にかわって、アリシアさんが色々と物事を決めなければならなくなる。

 ですからそのような心づもりはしておいたほうがいいでしょう」

と言う。

 確かに、お嬢様の令術は天変地異みたいにすごいから、そうかもしれない。


「でも私そういうの向いてなさそうです。アイシャさんかトラーチェさんのほうが……」


 実際に、今日のご飯の仕度は何をどうしようとか、そういうのはアイシャさんがだいたい指示を出してくれて、皆はそれに従って動くし、外向けの難しそうなことはトラーチェさんが色々やってくれて、そういうことは皆もトラーチェさんの指示で動く。

 だからアリシアが何か指示をだしたりとかそういうことは全然ない。


 けれどもエルゴルさんはアリシアの顔をじっと見て

「あなたは普通の人よりずっと強いんですよ。

 だから他の普通の人が何を言っても、あなたが嫌だと言えばそれを覆すことはできない。

 あなたが実際にそうするかどうかは別にして、それは事実としてそうです。

 だからあなたの意見はとても重視されるし、そのせいで、あなたは人の上に立つように求められることもあるでしょう。

 他の人があなたの上に立っても、あなたが嫌だと言えば通らないのなら、最初からあなたを指揮者にした方が合理的ですからそうなります。

 ですから、人の上に立ったり、誰かに指示を出したりとか、そういうことには少し慣れておいたほうがいいかもしれませんね」 

と言った。


 まあ控えめで穏やかなのもあなたの魅力ですが、とか言ってくれてニッカリ笑うエルゴルさんの顔を見ながら、アリシアは、そう言われたら自分はあんまり人の言うことに反対したり我を通したりとかそういうのは小さいころからなかったかもしれないなと思う。

 実家のあった山の麓の村の子たちと遊ぶときにも、自分が皆をひっぱっていくというよりは、皆に一緒についていく感じだった。


 でもよく考えてみれば、料理とか家事は豚鬼族(オーク)のアイシャさんがいちばん得意だから、アイシャさんが指示を出すし、外向きのことはトラーチェさんしかできないから、トラーチェさんの言うように皆でやる。

 そう考えると自分は狩人だったわけだし、魔獣を狩るとかそういうことは得意だから、魔獣討伐演習とかいうのがあるのなら、小隊長だか何だか知らないが、そういうところで指示を出すのは自分の担当なのかな、ともアリシアは思い直したのだった。



 ◆



 そうやって話をしながら歩いて行くと、やがて道沿いに長い塀があって、その内側にいっぱい樹々が茂っているようなところに出る。

 道なりに行くと、入り口の門扉のところに守衛さんらしき人がいて、エルゴルさんが名前を名乗ると守衛さんが中に入れてくれた。

 門の内側で、係の人に馬と馬車を預けてから、庭園の中に進んでいくと、アリシアは景色に見覚えがあって、ここは来たことある場所だぞと思った。

 やがて石造りの大きな建物の前に出て、それでアリシアは最初にこのパリシオルムの街に来た日に、ご領主様が昼ご飯を食べに連れてきてくださったところだと気が付いた。

 つまり目の前の石造りの大きな建物は、たしか中がレストランになっているはずだった。


 レストランの前庭には、人が何人かずつのかたまりになってたむろしていて、皆でレストランのほうに歩いて行くと、人のかたまりのうちのひとつに、ぶんぶんとこちらに向かって手を振る人がいるのに気づく。

 エルゴルさんは右の腕を三本上げると、そっちに向かって手を振り返した。

 

 手をこちらに向かって振っている人は、仕立ての良さそうな上等そうな服を着ていて、剣帯から細めの片手剣を吊り下げて、真っ白な羽根飾りがついた鍔広の帽子をかぶっている。

 帽子からふわふわとした豊かな赤銅色の髪が覗いていて、アリシアは、見たことがある人だなと思った。

 確か治安連隊とかいうところの何かの大隊長さんとやらだったはずだ。

 そしてその人の周りを十人ちょっとくらいの人が取り巻いている。


 皆でそっちのほうに寄っていくと、その赤銅色の髪の隊長さんは、エルゴルさんに向かって

「大事な妹を放っておいて、そこの彼女を迎えに行っていたのね」

と少し睨むような眼をして言った。


 エルゴルさんは少し困ったような顔をして、まあそう言わないでよ、とか言いながら

「こちらは私の寄親のローテリゼ・トリッテン・ドライランター様です」

と皆に紹介してくれる。


 そしてエルゴルさんが次に、アリシアたちのほうを寄親のローテリゼさんに紹介してくれる。

「こちらはアリスタ・ゲルヴニー・ファルブロール殿」

と、まずお嬢様の紹介があって、お互いによろしくなどと言って頭を下げると、次に

「こちらは……」

と言って、アリシアを皆に紹介してくれて、次にコロネさんを紹介してくれようとしたところで

「そちらはコロネ・アウスガルダさんだね」

とローテリゼさんが言った。


「え、知ってるの?」とエルゴルさんが少し驚く。


「治安連隊の本部で調書を取っていただいた方ですよね」

 コロネさんが苦笑いをしながらそう言った。

 

 確か、メイドのミーナちゃんと従僕のトニオくんが、受ける予定の授業の先生方に挨拶回りをしていて、その途中で、酔っ払って殴られていたお年寄りを拾うことがあって、それで治安連隊の本部とかいうところに連れていかれたのだった。

 そのときにコロネさんは、ローテリゼさんと顔見知りになっている。



 ◆



 それでひとしきり挨拶が済んで、ローテリゼさんはなぜかアリシアのほうを、あんまり面白くなさそうな顔でじろじろと眺めまわしている。

 それでアリシアが、なんだろう? と疑問に思っていると、ローテリゼさんは唐突に

「まあいいわ」と言って、表情をゆるめて優しい顔をした。

 それから、なぜかアリシアの手を取って

「行こう。タダ飯だよ、タダ飯」

 そう言って建物のほうに歩きだしたので、皆でついて一緒になって建物の中に入る。

 タダ飯ということはレストランだし中で何かご馳走してくれるんだろうか。

 アリシアは嬉しくなって、手を引かれるままに中に入った。


 建物の中は、大きな板ガラスをいっぱい使った大きな窓から光が入ってきて、とても明るい。

 でもひんやり涼しくて、たぶん術石か何かを使っていて、室内を冷やしてあるんだと思う。


 すぐにお店の人がやってきて部屋に案内してくれる。

 前にご領主様に連れてきていただいたときとは違う、別の部屋に案内されて、そこはすごく広い部屋だった。


 部屋の中には、奥の正面に十人くらい座れそうな横長の長細いテーブルがあって、その他の部分には、こっちも十人くらいで囲めるような、丸い大きなテーブルが三十ほども、規則的に並んでいる。

 奥の細長いテーブルには誰もいないけれど、丸いテーブルのほうは、人がテーブルまわりに立って、陣取っているのものが四つくらいあって、全部で人が四十人ほどもいるだろうか。

 


 奥の細長いテーブルの上には何もないけれど、丸いテーブルの上には全部に、目にも鮮やかな色とりどりの料理、それにフルーツや、ケーキやタルトやムースを小さく切ったようなお菓子とか、色々な食べ物がいっぱいに置かれていて、何か飲み物の瓶も並んでいる。


 そのうえ、部屋の奥から手前に、少しずつ間隔をあけながら、部屋を縦に割るような配置で縦長のテーブルが置かれていて、その上にも料理やデザートや飲み物が山のようになって置いてある。


 どの料理もフルーツもお菓子もきれいで、彩り良く美しく配置してあるので、テーブルの上がちょっと花畑のようにも見えた。

 こんなものがこの世にあるのかと、アリシアは感動してテーブルを眺める。


 すると、丸いテーブルのまわりに椅子が置いていないのに気が付く。

 人がいるテーブルを見てみても、皆が立ったままで椅子には座ってない。

 椅子が無いってことは、立ったまま食べるんだろうかと思いながら、部屋を見回すと、部屋の壁際に背を付けるようにして椅子がいっぱい並べてあるのが見えた。

 なんでそうしているのかは分からないけれど、どうやらわざと椅子を取っぱらってあるらしい。


 とりあえず、部屋の真ん中より少し後ろで少し端に寄った、ちょうどいい感じ場所のテーブルを三つ、アリシアたちとエルゴルさんたちと、ローテリゼさんたちとで固まって占領する。


そうやって場所を確保したところで、先に部屋の中にいた人たちが、ちょこちょこ自分のテーブルを離れては挨拶にやってくる。

 だいたいはローテリゼさんとか、()()のお嬢様にご挨拶をしているけれど、たまについでみたいにアリシアにも挨拶をしてくれることもあって、そのたびに会釈をしたり『どうも』とか言ったり握手をしたり名乗ったりする。


 そんなことをしているうちに、部屋にどんどんと人が入ってきて、後ろの方の丸テーブル以外は人で埋まった。

 そうやって部屋に人が増えてきて、やがて人の入りが途切れてから少しして、最後に十人ばかりさらに人が入ってくる。

 そちらを見ると、その中に診療部の副部長のローラさんや、食料購買局とかいうところの猫背の眼鏡の、あの失礼な局長さんもいた。

 彼らは部屋の奥の(前の)誰も使ってなかった横長のテーブルのほうに行ってその後ろに並ぶ。



 そうすると、ローテリゼさんや、エルゴルさんや、うちのお嬢様とおしゃべりをしていた人たちが、おしまいの挨拶をして話を切り上げて、ささっと自分のテーブルのほうに戻っていった。

 それから部屋の中が静まり返ったかと思うと、部屋の奥の横長のテーブルのいちばん端っこに立っていた男の人が、大きな声で

「傾注!」と叫んだ。


 そうすると今度は、テーブルの真ん中あたりにいる銀縁眼鏡をかけた若い男の人が話し始める。

 どこかで見たような顔だとアリシアは思ったけれど思い出せなかった。


「では、ただ今より本年度の魔獣討伐演習に先立つ戦力調整会議を行なう。

 この会議が何なのかを新入学生の諸君は知らないだろうから、まずは軽く説明をしておこう。


 当学院では今よりひと月足らずの後に、魔獣討伐演習というものを行なう。

 これは、学生と学生が持つ配下のうち、戦闘力に優れたもので部隊を編成し、魔獣の湧出地に向けて行軍し、そこで魔獣狩りを行なうものである。


 この演習の目的は魔獣を討伐する訓練を行うこと、その過程を通して、諸君らの戦力評価を行うこと、など色々とある。

 諸君らがこの演習で力を示し、より多くの魔獣を討伐するなら、諸君らには魔獣から採れる晶術石の売却代金の一部から報奨金が支払われ、また諸君らの戦力評価は高く見積もられるだろう。


 戦力評価が高く見積もられることが何を意味するか。

 それは、学院の最高機関である学院議会において、戦力評価に応じた投票権が与えられることを意味する。

 そして投票権が多く与えられることは、学院における政治力を直接的に強化することになる。


 ここで重要なことは、学院が諸君らの評価機関でもあるということだ。

 そうであれば、この学園で得た評価は、帝国議会における評価においても相当程度に参考にされる。

 つまりは将来において帝国における政治的権力を得たいのであれば、一生懸命やる価値はあるということだな。


 もちろん投票権をより多く得る方法は、戦力評価以外にもたくさんある。

 何らかの学問的業績をあげて評価されるとか、多額の資産を築いてそれによって影響力を持つとか、色々ある。

 しかし新入学生の諸君らは若いから、そういう時間が必要なやり方はなかなか難しい。

 やはり魔獣を狩るのが手っ取り早いとは言える」



 さて、ここまでで何か質問はあるか、と銀縁眼鏡の人は言いつつ、机の上にあった水差しからコップに水を注いで一息に飲んだ。

 アリシアはその仕草を見ていて、この人って入学式のときに壇の上で挨拶とかしてた人じゃん、と思い出した。

 たしかあの時も演説中に水とか飲んでいたような気がする。



「質問が無いようなので続ける。

 諸君らは、学院における各部局付きの連隊などに所属しているものも多いと思う。

 たとえば私のところの執行部であれば、執行部連隊だし、そこのローラ君のところであれば診療部連隊だ。

 あるいはソーモ君のところの購買局輸送連隊に所属しているものもいるかもしれない。


 しかしながらそれはあくまでも平時の編成に過ぎない。

 作戦行動を行うときは、それらの連隊から部隊を抽出して、任務部隊を別に編成する。

 なぜならば平時編成の連隊は、連隊ごとに能力の偏りがあるからだ。

 例えば治癒術師は診療部連隊に偏って所属しているし、荷物袋の異能持ちは購買局連隊に偏って所属している。

 それに諸君らの中隊は弱いものや強いものが混在していて一様に扱えないので、戦力の均質化を図る必要もある。

 だから中隊を各部局の連隊から抽出して任務部隊を編成するわけだ。

 もっとも、ごく例外的な場合を除き、抽出の最小単位は中隊であり、諸君らの中隊が分解されることは普通は無いから安心してほしい。


 それで、この会議は、どの中隊と、どの中隊をくっつけて、任務部隊としてどんな大隊を作るかというのを、本人たちの希望を聞きながら調整する会議だ。

 順にこちらの机に呼んで本人たちの希望と擦り合わせたり、諸君らの中隊どうしでも相談しながら決めていくので時間がかかる。

 そういうわけで長く待たされる諸君らのために、時間つぶしの酒食をこのとおり用意してある。

 では、こちらに呼ばれるのを待つ間に、皆で歓談しつつ親交を深めてくれたまえ」


 そう言って銀縁眼鏡の人が座って席に着くと、横長のテーブルの端っこで立っていた人が

「では皆様、暫しの間ご歓談ください」

と言った。



 なんだか難しい話でよく分からなかったな、とアリシアがぼんやりしていると、徐々に会場にざわめきが戻ってくる。

 ふと他のテーブルを見ると、食事に手を付け始めていたから、自分も食べたいなと思って様子を窺っていると、エルゴルさんが「じゃあ食べましょうか」と言って、テーブルの上にあった、お酒か何かの瓶を取って、コルクにかぶせてある針金を、太い指で器用に引っぺがしていた。

 三対ある手にそれぞれ一本ずつ瓶を持って同時にそうしていたから、手が六つもあるって、どういう感覚なんだろうと不思議に思う。

 

 そうやってエルゴルさんが長い長い腕を縦横に動かしながら、皆のグラスに飲み物を注ぎ始めたので、アリシアも目の前に積んである皿やフォークを皆に廻して配ったりした。


 そうしてからアリシアは自分の皿とカトラリーを確保すると、目の前にあった、大好物の海老をまず確保する。大蒜の香りがして、ソテーしてあっておいしそうだった。

 それから、葉野菜のサラダに半生の魚を併せて酢と油と塩で味付けしたもの。

 梨と鶏肉を一緒に甘く煮たもの。何かの貝のテリーヌ。じゃが芋のグラタン。

 何かの魔獣の肉がごろごろ入っていて、上から少しクリームを垂らしたシチュー。

 どれもこれも美味しい。


 それで今度は、少しパンが欲しくなったから、皮がパリパリと硬いパンを、備え付けのナイフで、分厚く切ったところで、お嬢様がふわふわと漂ってきて「あたためるわ」と言ってくださった。

 お嬢様が小さなおててをパンに翳して、いい感じで焦げ目を作ってくださる。

 そこでレバーペーストをたっぷりと塗り付け、パンを温めてくださったお嬢様にも少しちぎって渡してから、ひと齧りすると、レバーのコクに玉葱の旨味、香草の風味と塩胡椒があわさって腰が抜けるほど旨い。


 あまりに美味すぎるので、ほとんど涙目になったところで、瓶がぬっと目の前に差し出されたから反射でコップを出すと、瓶を持っていたエルゴルさんが、どぼどぼとビールを注いでくれた。

 続いて、お嬢様も自然な感じでさっとコップをエルゴルさんに差し出したけれど、エルゴルさんは引っかからずに、ビールの瓶を引っ込めて、別の腕に持っていたジュースの瓶を前に出して、お嬢様のコップに注いだ。

 お嬢様は面白くなさそうな顔をする。

 見ると、エルゴルさんは六本ある手のすべてに、料理やお菓子を盛った皿や、お酒やジュースの瓶や、グラスやらを持っていて、手がいっぱいあるのもこういう時には便利だなと、アリシアはエルゴルさんをぼんやり眺めたのだった。

 すると「ん? たべる?」と言ってエルゴルさんは左のいちばん上の腕で持っている皿を、下まで降ろしてくる。

 そこには小さく切られたケーキや他のデザートが色とりどりにいっぱい載っていて、別にそれを物欲しげに眺めてたんじゃないやい、とアリシアは言いたかったけれど、デザートはきれいで美味しそうだったので、自分のぶんとお嬢様のぶんをいくらか分けてもらう。

 苺に桃にメロンの各種のショートケーキ、チョコレートケーキ、リンゴのパイ、スイカのシャーベット、なんだかよく分からない南国っぽい果物。色々ある。

 ひとつずつ味見していると、エルゴルさんがふいっと周りを見回してから

「そろそろ椅子を取ってきますね」

と言って、椅子を並べてある壁のほうに向かった。


 見ると、最初はみんな立って食べてたのに、今は壁に並べてある椅子を取ってきて周りに並べて座っているテーブルもちょこちょこある。

 それでアリシアもエルゴルさんの後を追いかけて、両手に椅子を持って、トラーチェさんと、エルゴルさんの寄親のローテリゼさんの後ろに椅子を置いて、どうぞと声をかけていく。

「やあ、すまないね」とか言ってローテリゼさんが座ってくれて

「あら、ありがとうございます」と言って座ってくれたトラーチェさんの、そのお膝の上にお嬢様が座る。


 もう一往復してから、アリシアが自分の元いた場所に戻ると、大鬼族(オーガ)用らしき、大きな椅子が置かれていて、どうやらエルゴルさんが取ってきてくれたらしい。

「すみません、ありがとうございます」

と、アリシアに椅子を持ってきてくれたついでなのか、アリシアの隣に座りこんだエルゴルさんに声をかける。


「いやいや」とか言っているエルゴルさんは、椅子ではなくて、布をかけた大きな箱の上に座っていた。

 見ると尻尾があるから、それが邪魔で、背もたれのある椅子は座れないんだなとアリシアには分かった。



「ここは良い店ですね。天井が高いから頭がつかえないし、こうしてアリシアさんの椅子も、私の椅子にする箱も用意してくれている」


「そうですね」

とアリシアは答えながら、エルゴルさんは私よりまだ背が高いから大変だろうなと考える。

 アリシアも背丈が二メェトル半くらいあるから、日常生活で、外出をしたら行った先の建物で、頭が天井につっかえるとか、そういうことはしょっちゅうある。

 それでもまだ、無理をすれば普通の人用の建物とかにも入れなくはない。

 けれども、エルゴルさんだと、見た感じ、背丈がたぶん三メェトルは超えてくるから、より入れる場所が少なくなるだろうと思う。尻尾も室内じゃ邪魔だろうし。

 どっちにしても広々として天井も高い建物が貴重なのはよくわかる。



 そうやってアリシアがエルゴルさんに親近感を覚えていると、肩を叩かれるような感覚があって、振り向くと、ローテリゼさんが、アリシアの肩とエルゴルさんの腕に手を掛けるようにして、二人の間から覗き込んでいて

「呼ばれてるから行こう」と言った。




■tips


 この世界の1メェトルは現実世界における1.043mに相当するので、アリシアさんの身長はおおむね2.6mであり、エルゴルさんの身長は3.3mくらいである。

 なお、エルゴルさんは長い尻尾がある関係上、通常状態でかなり前傾というか背が屈曲しているので、意識的に伸び上がればもっと身長は高くなる。


中途半端なとこですが、どんどん伸びるのでここでいったん切ります。

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