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ハーフオーガのアリシア6 ― アリシアの失恋と旅立ちと就職Ⅵ ―


 アリシアはいったん部屋に戻る。

 スクッグさんとヴルカーンさんは、アリシアのために大きな部屋を取ってくれたようだけれど、それでも只人の宿だから、当たり前だけどやっぱり少し狭い。


 背負ってきた巨大な荷物袋から、替えの下着と、服は家を出て以来初めて取り出す。

 長旅になると思ったから着替えも多めに持ってきたのに、結局ヴルカーンさんに言われて下履きを、普通のやつから、鎧を着たままでも用を足せる、穴あき釦留めのものに一度替えただけなので、つまりは下履きを一枚だけしか使わなかった。

 そのあとは、下着を替えるどころか鎧すら着たままだった。

 そんな状態だったから、やっと不潔から解放されると思ってうきうきとアリシアは風呂場に向かう。


 服を脱いで、中に入ってみると、妙に広い風呂場で、天井が高くて、きらきらと光る晶術石の明かりが天井のあちこちに据え付けられていて明るかった。

 そして風呂場の中央にはきれいなタイルが貼っている、石造りの大きな円形の台がある。

 あれはなんだろう?と横目で見ながら、アリシアが体をひと流ししたところで、宿のおねえさんが裸で入ってきた。

 おねえさんは片手に壺を、もう片方の手に小さな刃物と拭き布らしき布を何枚か持っていた。


 お風呂が沸いたのに、私だけ入るのももったいないから、おねえさんも一緒に入るのかなとアリシアが思っていると、おねえさんはアリシアに円形の台の上に横になるように言ってきた。


 何をされるのかと思って、アリシアが聞くと、

「身だしなみを整えてやってくれってスクッグさんに頼まれたのよ」

とのことだったので、観念してアリシアは台の上で仰向けになる。

 台もかなり大きいけれど、それよりもアリシアが大きいので、頭と足の先が台から少しはみ出した。


「本当に背が高いのねえ」

とおねえさんは言いながら、壺に手を突っ込んで、何かしらのどろりとした透明な液体を手に取ると、それをアリシアの体全体にまんべんなくたっぷりと塗りつけていく。

 塗り終わると、おねえさんはアリシアの腕をとって、拭き布でゴシゴシと擦った。


 そうすると皮膚の表面が縒れて、ものすごく大量の垢が取れた。

 いくら何日も水を浴びてないからといって、これはあり得ない、なんだこれは!? とアリシアが愕然としているそばから、おねえさんは腕の他にも、アリシアの体のあっちこっちをこすって冗談みたいな量の垢をとっていく。


 おねえさんは、アリシアが呆然としているのに気づくと、クスリと笑って、これは特別な粉が入っている特殊な液体だから、これを付けて体を擦ると、ある程度は誰でもこんなふうになるんだと、アリシアを慰めてくれた。


 全身を擦り終わると、アリシアを立たせて、大量の垢はお湯で流してしまって、お姉さんは次に、風呂場にあった桶にお湯を汲んで、その中に洗い場から取った石鹸を溶かし始めた。

 石鹸水ができあがると、おねえさんは別の拭き布らしきものを取って、そこにつけ込む。

 つけ込んだ布を広げると、それは袋状になっていて、おねえさんがその石鹸水の染み込んだ袋に息を吹き込むと、モワモワと大量の石鹸の泡が袋の表面にできる。


 おねえさんはアリシアをもう一度横にならせて、ぷうぷうと袋に息を吹き込んで泡を作り、アリシアの全身を泡で覆ってくれた。

 それからおねえさんはアリシアの体を押したり揉んだりして、マッサージをしてくれようとしているようだったけれど、力が全然足りてない感じで、アリシアには何かスッキリしない感じがした。

 おねえさんはアリシアの上に乗ったりしてしばらく奮闘していたけれど、アリシアの背中の筋肉を全体重をかけて渾身の力で押しても、アリシアの背中の筋肉が岩のように硬くて全然歯がたたなかったらしく、そこでマッサージをあきらめてしまった。


 そのせいでアリシアが少しばかりのオーガとしての哀しみを感じている間に、おねえさんは今度は刃物を手に取り、アリシアの全身のむだ毛を剃りにかかった。

 刃物は非常に鋭くて、それでアリシアの全身はツルツルにされ、腋などもツルツルにされ、あまつさえ脚を少し開かされて、下の毛まで少し整えられてしまった。


 衝撃の体験にアリシアの頭が真っ白になっているうちに、今度は体を起こされて、髪を洗ってくれた。

 洗い場にあったまた別の薬液を髪につけてくれて、頭をやさしくマッサージされているうちに、だんだん衝撃も薄れてきて気分が良くなってきた。

 髪を洗い終わると、髪と体を毛足の長い布で拭いてくれて、最後にいい匂いのする香油を、耳の後ろとか手首の内側とか、体のあちこちに少しずつ付けてくれた。


 おねえさんは別れ際に、

「今度からこれを使って自分でするのよ」

と言って、アリシアのムダ毛を剃って下の毛を整えるのに使った小さな刃物をくれた。


 都会の女というものは、しょっちゅうこんなことをしているのかとアリシアは慄いたが、確かにおねえさんに色々してもらって、それから何日も穿いていたのではない清潔な下着と服を久々に身に着けるとアリシアは極めて爽快な気分になった。


 文字通り一皮どころか二皮くらい剥けた気がして、おねえさんを手配してくれたスクッグさんに成果をみせなければと部屋に戻ったら、部屋のドアの隙間にメモが挿してあって、二人は先に下の食堂に降りているとのことだった。



 ◆



 ご飯を食いはぐれてはいけないと、あわててアリシアが階段を下りて食堂に入ると、食堂じゅうの視線が自分に向いたのが分かった。

 でもずっとじろじろ見られるのではなくて、すぐに視線が離れていくあたりが都会だとアリシアは思う。

 アリシアが父親の手伝いで一緒にふもとの村に降りたときなんかは、回数が浅いうちは、村の子供たちが遠巻きにしてじろじろと見物しにきたものだった。


 スクッグさんたちのテーブルを探すとすぐに見つかった。

 椅子が小さくて座れなかったらどうしようとアリシアは心配していたけれど、テーブルのところには椅子のかわりに木箱をいくつか積んだらしきものに布をかけて作った、背もたれがない、アリシアでも座りやすそうな椅子を用意してくれていた。

 只人のひとの家に行ったりなどして、椅子が出てきても、小さな椅子に背もたれがついていると、背もたれが邪魔でお尻が全部載らなくて、結局座れないことがたまにある。まあ大体は椅子を壊してしまうと悪いので、椅子は遠慮して、敷物などをしいてもらって床に落ち着くことが多い。


 そこらへんを何も言わないうちから、ちゃんと配慮して用意してくれているあたりがスクッグさんもヴルカーンさんも良い人たちだなあとアリシアは思う。

 一緒にいて過ごしやすいということは、気を使ってもらっているということだろうと思う。



「さあ嬢ちゃん、じゃんじゃん頼め!」

 テーブルにつくとヴルカーンさんがそう言って品書きを寄越してきた。


 村にも酒場はあったし、肉を収めに行ったときにそこで昼ごはんを食べることもあったから、要領はわかるけれども、ヴルカーンさんには、エルフ美男のスクッグさんの前でじゃんじゃん注文をするということがどういうことなのか分かってない。

 山ほど料理を積み上げて、それをあっという間に全部食いつくすなんていう姿をスクッグさんに見られるのは恥ずかしいからそんなわけにはいかないのだ。


 そういう微妙な乙女心の結果、品書きを持ったままアリシアが固まっていると、スクッグさんが美しい眉を片方だけ上げて、

「お金の心配ならしなくていいんだぞ? ここに来るまでの道中もあんまり食べていなかっただろう。

 食べないと体が弱る。食べられるときにたくさん食べておくのも戦士の心得だぞ」

と言ってくれた。


 あなたが目の前にいたからあんまり食べられなかったんです、と正直に言うわけにもいかず、答えあぐねていると、ヴルカーンさんが

「お前な、図々しくいっていいときには図々しくいかんと生きていかれんぞ」といって、

品書きの端からじゃんじゃん数人前ずつ注文し始めた。


 正直おなかが空いていたので、嬉しいけれども料理が出てきたら食べなきゃいけないわけで、そこらへんをアリシアが煩悶しながら、何の気なしにコップに手を伸ばすと、コップはよく冷えていて驚く。

ガラスの色が透明でキラキラしている。柑橘の欠片まで浮いている。


 コップが(オーガ基準では)小さいので一口で飲んでしまうと、すぐにスクッグさんがテーブルの上にあった瓶から注いでくれた。

 あっ、ありがとうございます。と返事をしながらも、自分もこういうことが反射的にできるようにならないといけないんだという気がして、大人になるのは大変だなとアリシアは思った。


「先にこれを食べててね」と言って、給仕のおねえさんが料理を一品とお酒の入ったらしきゴブレットを持ってきてくれた。よく見たら風呂場でアリシアの世話をしてくれたおねえさんだった。

 料理は薄くて丸いパンに、何か赤いソースとチーズと香草のようなものが乗っているものだった。


 アリシアが、さっきはありがとうございましたとお礼を言うと、ひらひらと手を振りながら去っていくおねえさんを微妙に赤面しながら見送る。

 テーブルを見ると、料理をスクッグさんが切り分けていた。

 見ると、ナイフを使って、丸いパン生地の四分の三をアリシアのところに分けてくれていて、残りをスクッグさんとヴルカーンさんで等分にしている。

 自分にいっぱい分けてくれるのだから嬉しくはあるけれども、やはりスクッグさんは自分をオーガの大食らいとかそういう風に見てるんだと思うとアリシアの心はざわつくのだった。

 もちろんアリシアが、只人からすれば大量の食物を消費するのは当然で、つまりそれは全く事実であるのだがそれはそれとしてやはりアリシアの心がざわつくのも事実なのであった。


 もちろん心がざわついたところで、目の前のお皿に食べ物をいっぱい盛ってくれると食べないわけにもいかない。

 それで食べると、地元の村の食堂で食べていた料理よりも味が複雑で、おいしいので、あっというまに食べてしまう。

 そうするとスクッグさんとヴルカーンさんは、次から次に、どんどんと食べ物を注文してくれるのだった。

 アリシアはもう仕方がないのでバクバクと好きなだけ食べて、お酒もたくさん飲むと、心が恥ずかしさに苛まれるのと反比例して、ふわふわと良い気持ちになってくるのだった。


 また料理の皿が運ばれてきたので見ると、お姉さんが、新鮮そうな葉物野菜の土台の上に、すごく大ぶりの貝がいっぱい盛られていて、その中央に赤く茹で上げられた、人の腕ほどもあるような、見たこともないほど太い立派な大海老が三匹きれいに盛られたいかにも立派な銀色の大皿を持ってやってくるのが見えた。

 アリシアは山育ちだから、そのぶん海産物が珍しくて、これはすごいと内心で大喜びしたけれど、皿のほうをちらりと見たヴルカーンさんが「そんなものは頼んでないぞ」と言ったのでたいそうがっかりした。


 そうするとお姉さんの後ろから只人のおじさんがするするっと出てきた。

 なんだか黄土色の地味な、でもよく見ると仕立てがきれいな高級そうな服を着ている。

 顔は目が細くて、なんだか印象の残らない特徴のない顔をしているのに、体だけはでっぷり太っているので何だかその人のお腹ばかり見てしまう。


「なんだ、お前か」とヴルカーンさんが言うと、


 そのでっぷり太ったおじさんが、揉み手をしながら、

「はい! ゴーサでございます、ゴーサ・カフマンでございます!」と2回繰り返して言った。

「店の若いものからスクッグ様とヴルカーン様が【大鬼(オーガ)】のお嬢様と共に街においでなさったと聞きましてご挨拶に伺いましてございます」


 ゴーサさんとかいう人が続けて言うと、スクッグさんは鼻白んだように、

「それはまた目敏いことだな」と言った。

 ちょっと面白くなさそうなので、スクッグさんはこのゴーサさんという人が好きじゃないのかなとも思う。


「それはもう、目敏くない商人などというものは、もはや商人ではございませんのでな」

 ゴーサさんはそう言って大きなおなかを揺らしながらわははと笑った。 


 オーガのお嬢様っていうのは私のことだろうからやっぱりこんな都会でも私は目立つんだろうなとアリシアは思う。

「そういうわけでお召し上がりいただければ」と言いながらゴーサさんは給仕のおねえさんから大きな海老の料理が入った大皿を受け取ってテーブルの上に置いた。

 手が空いた入れ違いにゴーサさんは給仕のおねえさんからワインをひと瓶受け取って、こちらもどうぞと言いながらヴルカーンさんやスクッグさんにワインを注いでまわる。

 アリシアの横にもきて、ニコニコしながら

「お初に御目にかかります、ゴーサ、ゴーサ・カフマンと申します。どうぞよしなに」

と言いながらワインを注いでくれた。


 どうも、と言いながらスクッグさんとヴルカーンさんの様子を横目で見ると、ワインを飲んで料理にも手をつけていたので、いただいちゃっていいのかなと思ってワインに口をつけたら一瞬びっくりするほど美味しかった。

 アリシアの横が空いていたので?ゴーサさんはアリシアの横に「失礼いたします」とか言いながらぴょんと飛び乗って座ると、手を伸ばして器用に大海老の殻を剥いてアリシアのお皿に取り分けてくれた。

 取ってくれた海老を食べると、これもびっくりするほど美味しかった。


 それからゴーサさんがスクッグさんとヴルカーンさんと話を始めたのを聞くともなしに聞いていると、近況報告みたいな挨拶みたいなものですぐに終わった。

 それから、では私はこれで、とゴーサさんが席を立つときに、アリシアに、

「お嬢様がわたくしのことをお忘れになって、誰だったっけとなってしまうと悲しいことですからな」

 そう言って、細長い箱を一つくれた。

「中身はお菓子でございますので、今度私の顔を見た時には、確かお菓子くれたおじさんだとでも思いだしていただければ」


 するとそれを見ていたスクッグさんが、

「君は気のいい男だが、すぐそうやってモノを前に出してくるそういうところは好きになれん。

 この子はこれから領主のところに奉公に出る身だから、あんまりそうやって唾をつけるみたいなマネはしないで欲しいんだがな」

と言ったのでアリシアは固まってしまった。


 ゴーサさんは、ニコニコしたまま、

「スクッグ様がそういう清廉な方であればこそお付き合いをさせていただけるのを嬉しいことでございます。

 そのスクッグ様とご一緒におられるお嬢様にもよしなに」

 そう言ってゴーサさんはアリシアにひとつ頭を下げると

「今のところはご挨拶をさせていただくだけでございます。

 別に何かをしていただこうとかそういうことではございません。

 ただ、できますればゴーサ・カフマン、ゴーサ・カフマンと顔を憶えていただければ嬉しく存じますぞ」と言った。


 このお菓子の箱を返せばいいのか、どうすればいいのか困ってスクッグさんとヴルカーンさんの顔を見ると、ヴルカーンさんがアリシアに、

「まあもらっておけ。それも嬢ちゃんの稼ぎだからな」と言った。

それからコーザさんにも「本当に顔を覚えるだけだからな」と念を押す。


「ええ、それはもうそれだけで大変嬉しゅう存じます。ではこれにて失礼いたします。いずれまたお会いできますれば幸いに存じます」


 そう言ってコーザさんは去っていった。



 ゴーサさんが行ってしまうと、スクッグさんが、

「ちょっと開けてみなさい」と言ったので、もらった箱を開けてみる。


 箱の中は三つに区切られていて、片方が栗を砂糖で煮たようなお菓子が入っていて、もう片方にはナッツを乗せたクッキーが入っていて、その真ん中には金色の紙で包んだものが入っていた。

 スクッグさんが紙を剥いてみなさいというので剥いてみたら、チョコレートだった。甘くておいしい。


「……お金とか術石とか宝石とかそういう高価なものは入ってないようだな」

 スクッグさんが息をつきながらそう言った。


「さすがに初手でそんなものは渡すまいよ」

 ヴルカーンさんがおいしそうにワインを呷りながら言う。

 そして瓶を取ってアリシアの杯にも注いでくれた。ひと口飲むと美味しい。

「うまいな。この葡萄酒はうまい」

 ヴルカーンさんがしみじみと言う。


「なあ嬢ちゃんよ。この酒は素晴らしく旨いが、あのゴーサのやつがこれをただ好意でくれたってわけじゃない。分かるか?」


 確かに初対面の人にいきなりお菓子を貰えるのは変だとはアリシアも思う。

 たぶんスクッグさんやヴルカーンさんと一緒にいたから貰えたんだろうか。


「ゴーサが今日ここに顔を出したのは、第一にはスクッグに顔をつなぐためだな。つまり挨拶だ。

 スクッグのやつは強い。凄い令術使いだからな。まあ剣もかなりやるが。

 それに性格もいい。やたらめったら贈り物をせびったりもしない。むしろそういうことを嫌う。

 取り澄ましたふうを装っているが、面倒見もいいし、基本的に優しいし善良だ。

 そういう人物とは仲良くなっておきたいもんだろう?」


「おやおや、君から私についてのそんな肯定的評価はここ100年以上聞いたことがなかったんだがね」

 スクッグさんがニヤニヤしながら混ぜっ返す。


「抜かせ。

 それにな。儂だってそれなりに腕のある職人だし弟子もたくさんいるし工房も抱えている。

 そしてコーザに作ったものを卸したこともある。

 コーザはそれをさらに誰かに売って利益を取るわけだな。

 そうするとコーザはそういうことを今後も続けたいと思えば儂とも仲良くしておきたいわけだ。

 それから嬢ちゃんだな。

 嬢ちゃんはオーガだから見たまんま強い。

 強力な令術使いでも相手にせんかぎりは、そのへんの奴にはまず負けんだろうよ。重量武器でも持てば儂などあっという間にぺちゃんこにして地面の染みにしてしまうこともその気になればできる」


 恐ろしいことを考えるものだなあとアリシアはヴルカーンさんのほうをぽかんとして見てしまう。


「それに嬢ちゃんはスクッグや儂と一緒にいる。

 嬢ちゃんが儂らの身内だから、嬢ちゃんに親切にしておけば儂らの歓心を買えるわけだな。

 スクッグは直接モノをもらったりするのは嫌がるからこれは貴重な機会だとも言える。

 まあ実際にゴーサならそんな変なことはするまいと思うから、奴が嬢ちゃんのことを多少なりとも見てくれると思えば助かるのも事実だ」

 そうだな? とヴルカーンさんがスクッグさんに問いかけると、スクッグさんは難しい顔で腕組みをしたまま、不承不承というふうにうなずいて口を開いた。


「世の中には強いものと弱いものがいる。

 弱いものは誰かに理不尽な目に合わされないように、あるいは単に味方してほしくて、強いものにすり寄ってくることがある。アリシア嬢にも村でそういうことはなかったか?」


 そう言われてみれば、アリシアは、家のふもとの村に遊びにいったときなどに、女の子達がアリシアのところにやってきて、今から男の子達のところに話をつけに行くから着いてきてくれと言われたことが何度かあったのを思い出す。

 その時は特に何も考えず、言われるままについて行ったけれども、あれはつまりその談判のときに、アリシアがその場にいることによって男の子たちに圧力をかける意味があったのかなと今になって思う。

 男の子よりは女の子のほうが力がないから、アリシアの出番だったわけだ。


 そういうことがありましたとアリシアが返事をすると、スクッグさんはひとつ頷いて続ける。

「問題は、そうやって近づいてくる者がいつでも良い人間ばかりとは限らないことだ。

 うっかりしていると悪事の片棒を担がされてしまうこともあり得る」


 そう言われれば、村で女の子達の直談判についていって、そこで話を聞いていると、微妙にむしろ女の子たちのほうが悪くて居心地の悪い思いをしたこともあったなあとアリシアは思い出す。


 まあ要するにだな、とヴルカーンさんが後を引き取って続ける。

「コーザのようなやつに物をもらったり便宜を図ってもらったりするのはいいが、いつの間にかならず者どもの用心棒になってしまっていたりだな。あるいは自分の雇い主と利害が対立する破目になったりしないように気を付けろということだ」


「ここのような大きな街は、アリシア嬢の村よりも人間の数がずっと多いから、色々な利害関係があるし、誰かを保護したり保護されたりという関係が複雑に絡み合っている。

 だんだんと分かってくるようになるまでは、あまり軽々に動かずよーく観察するようにしなさい」

 スクッグさんが最後にそう締めくくって話は終わりになった。



 ◆



 部屋に戻って灯りを落として、アリシアは、宿の人が長持を組み合わせて作ってくれた巨大ベッドに横たわる。

 街は村と違って、夜になってもかすかに人の声や足音がする。

 酒場や食堂や街灯の灯りがカーテンをわずかに貫通するのを、アリシアは横向きに寝ながら、暗いところでもよく見えるオーガの目で捉える。


 寝床の横に置かれた小さなテーブルには、先ほどもらったお菓子の箱が置いてある。

 それをぼんやりと見ながら、アリシアは今日あったことについて考えた。


 アリシアは父親と狩りに行って魔獣や動物を狩って、肉や皮や角や牙や術石を手に入れて、それらを売ってお金を手に入れていた。

 けっこうお金になって、それでアリシアの家はそれなりの生活ができたし、父親はアリシアにも分け前はちゃんとくれたので、アリシアは自分というものにある程度の自信は持っていた。

 けれども、ただ座っているだけで見知らぬ他人から物をもらったのは初めてだった。


 アリシアはわりと自分が人からどう見られるかが気になるほうだったけれども、でもそれは男の子たちからどう見られるか、そして友達の女の子たちの機嫌を損ねたりしていないかということに注意が集中していて、自分の強さがどのように評価されるかということについては、ほとんど考えが及んでいなかった。


 大きく強い体は、良い点というよりはむしろ、自分を周囲の普通の人と異ならせるもので、場合によっては威圧感を与えて他人を遠ざけることにもなる。女の子たちは頼りにしてくれるし、男の子たちは強そうだと言って褒めてくれるけれども、男の子たちがアリシアを異性としては見てくれない原因でもある。

 だからアリシアは自分の体をあまり気に入っていなかった。


 けれども今日、アリシアは自分の大きくて強そうで威圧感のある体が、別の評価をされ得ることを知ったのだった。ただ座っているだけで贈り物をくれるほどに評価してくれる場合があるとはっきり知ったのだった。

 けれどもアリシアはそのことにあんまり喜びを覚えなかった。


 アリシアはきれいな顔の男や、かわいい女の子が大好きで、自分がそうではないことを悲しんでいて、強そうであることを評価されてもあんまり嬉しくないからだ。


 世の中には変わったものの見方をする人もいるものだ、とアリシアは思いながら、やがて目をつぶり、部屋に低く響くヴルカーンさんのいびきを聞くともなしに聞きながら、穏やかな眠りに落ちていった。



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