表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

56/100

ハーフオーガのアリシア46 ― 入学式と観閲式 ―


 ウビカちゃんと観劇に行った日から数日たって、暦は八月の最後の日になった。


 その日の夜に、トラーチェさんから、明日は入学式というのがあるので朝から出かけると言われて、そういうのがあるんだと感心しながら、ついに奥様に作っていただいた、きれいな服が着れるのかと、楽しみにして早めに寝床に入る。



 翌朝は早く起きて朝ご飯を急いで食べてから、いちおうトラーチェさんにどんな服を着ていけばいいのかと聞いてみたら、トラーチェさんは、なぜか「完全武装でお願いします」と言った。

 式典があるんだったらきれいな服を着ていくんじゃないのかとアリシアはがっかりしたけれど仕方がない。

 

 全身を覆う綿入れを着て、胸甲を付けて、腕にも足にも腰にも鎧を付けて、ガントレットを付ける。

 それから左腰に片手剣、腰の後ろに段平がふた振り、右腰に柄頭の裏側がハンマーになっている戦斧を吊るし、それから太い革帯を左右にたすき掛けにして、片方に大剣を取り付けて、もう片方に大弓を取り付けて背負い、セットで矢がたくさん入った矢筒をぶら下げて、左手に、鎧通しが二つと円匙(スコップ)と手槍を一本ずつと投石紐を取り付けた大盾を持って、最後に右手に長柄の斧槍を持つ。兜は邪魔なので盾の裏に引っ掛ける。


 これでやっと完全武装だけれど、街中を歩くだろうからということで、斧槍に鞘と覆いをして、やっと用意が整う。


 それからヴルカーンさんが作ってくれた、鎧の上から羽織る袖なしの白いコートを羽織って、その上からお嬢様にもらった、いつものマントを着ける。

 そうやって鏡で見てみると、貴族の戦士みたいな、なかなか立派なそれらしい高級な見た目になっていて、アリシアはひそかな満足を覚えた。



 武装を済ませて、屋敷の表にでると、鎧兜に盾に剣に弓矢に槍と、アリシアと同じくらい重武装のウィッカさんが、自分の馬車を曳いて屋敷の表に廻してきてくれていた。

 けれども、いつもと違うことには、今日はウィッカさんの馬車だけじゃなくて、アリシアがご領主様のお屋敷から、この屋敷まで旅をしたときに寝床として、ご領主様が用意してくださった大きな幌馬車や、コロネさんたちが乗ってきていた馬車、それぞれの馬車にくっついていた馬の二頭ずつまで、つまり馬と馬車を総ざらえで引っ張り出してきてあった。


 コロネさんは銀色に輝く全身甲冑のうえに、盾を持ち、腰には長剣。

 上からマントを着こんで、メイドのミーナちゃんと一緒に自分の馬車の座席に座っていて、御者台には従僕のトニオくんが座っていた。

 トニオくんとミーナちゃんも、入学式だからかちょっと良い服を着ている。


 アリシアが寝床にしていた幌馬車の方は黒森族(エルフ)のコージャさんが御者台で手綱を取ってくれていて、コージャさんは革の胸当てに腰の剣がひと振りに、弓がひと張り、それに帽子くらいであんまり普段とかわらない。


 馬人族(ケンタウロス)のウィッカさんが曳く、いつもの馬車には、キルトをところどころ革で補強したドレスを着てマントを着けて、長柄のメイスとクロスボウを持った豚鬼族(オーク)のアイシャさん、それにアイシャさんに抱っこされたちょっとだけおめかししたお嬢様と、あと普段着に革の胸当てとマントを着けて杖を一本だけ持ったトラーチェさんがちょこんと座っているばかりだった。


 アリシアの寝床になっていた幌馬車は、中に荷物とかは特に何も入ってなくて、寝床にするようのマットが敷いてあるだけだったはずだ。

 アリシアは完全武装だし、そうすると重すぎて馬車には乗れないから、つまり三台もある馬車は、御者台と座席がいくらか埋まっているほかは、ほとんど空荷になる。

 だからなんでこんないっぱい馬車を出すんだろうとアリシアは不思議に思って、トラーチェさんに聞いてみると

「この後の式典で使うんですよ」とのことだった。

 馬車を使う式典ってなんだろうか?



 ◆



 屋敷を出てしばらく行くと、馬車の進路は街の外の方向になった。


 アリシアが寝床にしていた幌馬車は大きくて取り回しが悪いし、馬車が大きい分だけ、馬も大きい種類のを使っていて、それが横並びに二頭引きだから場所を取る。

 馬の脚や馬車が誰かに当たって怪我などさせたら困るから、アリシアは人通りの多い場所では馬車の前にまわったり横にまわったりして通行人との間で壁になって気を遣う。

 コロネさんも馬車から降りて手伝ってくれて助かったけれど、それでもけっこう大変だった。

 そこへいくと、何の補助もなく、ひとりで馬車を器用に操って悠然と通りを抜けていくウィッカさんを見て、馬人族(ケンタウロス)ってやっぱりいいなとアリシアは思ったのだった。


 というか普段より明らかに人通りが多い気がする。

 なんだか皆が街の外へ向かって、つまりアリシアたちと同じ方向に歩いているみたいで、だから道がやたらと混んでて、そのせいでアリシアは馬や馬車で誰かをケガさせないかと気を遣わなければならないのだった。


 

 アリシアたちは、同じ方向に行くらしき大勢の人たちと一緒に、分厚い市壁を抜けて街の外へ向かう。

 そうして少しだけ歩くと、人がいっぱい斜面に座っているのが見えてきた。

 そしてその近くには色とりどりのテントとかが並んでいて、人もいっぱいいる。


 歩いてだんだんと近寄っていくにつれ、斜面に見えていたものは、なんか四角い岩を段々に積んで、それで階段状の座席みたいにしてあるのだと分かった。

 そこに人が鈴なりに座っていて、ところどころ設けてある通路みたいになっている場所からは、物売りらしき人が行きかっていたりしている。


 着いてみるとその場所は、だだっ広い原っぱみたいな場所で、ただその原っぱにものすごく大きな長方形の形にとても太い線をひき、その端っこの線を無くして、無くしたところに半円の線を付け足したような、そんな形のやたらと太い道がひかれているのだった。


「これなんだろう?」

とアリシアがつぶやくと、すぐ横で馬車の御者台に座っていた黒森族(エルフ)のコージャさんが

「競技場か競馬場かそのあたりじゃないですか」と答えてくれた。


「それって何するところなの?」


「競技場とか競馬場っていうのは、その、そこを人や馬が走って競争したり、馬車とかでも競争したりするんですよ」


「なにそれ、面白そう!」


 そしてその競技場だか競馬場だかの、向こう側の長い直線の真ん中あたりのすぐ外側に、なんか人が座る座席みたいなものが幾つも並んだ立派な台みたいなのがあって、そのさらに外側に階段状に長く高く石を並べて、観客席にしてあるみたいだった。

 観客席には人がいっぱいだし、座り切れなかったらしき人が観客席の左右の地べたに長々とはみ出して、たくさん座り込んでいる。

 その観客たちが座っているさらに横手には、太鼓やら金銀に輝くラッパやら、なにやら見たこともないような楽器やらを持った人がいっぱいいて、音合わせでもしているのか、ぷーぷーぴーぴートントンと騒々しく音を出していた。

 もうアリシアの故郷の村の何十倍どころじゃないくらいの人が集まっていて、アリシアはこんなに多くの人がひとつの場所に集まって賑やかにしているのを見たのははじめてだった。


 でもそれも凄いけれどさらに目を引くのは、少し離れた場所に全身甲冑のお化けみたいな、すごく大きな巨人が着こんででもいるような、大きな甲冑が九つも並んでいることだった。

 巨大な甲冑は片膝と手を付くようなポーズで跪いているけれど、とにかく大きくて、もし立ち上がったら高さは三階建ての建物くらいあるだろうか。

 あんな甲冑を着ている中の人はどれほど大きいんだろう。

 あの大きさは大鬼族(オーガ)どころじゃないなと、アリシアが目を凝らしてよく見ると、なんだかその甲冑は胸のところが花弁が開くように大きく前に開いていて、その甲冑の開いたところの奥には、よく見えないけれど空間があって穴があいているみたいで、その奥に人が座れるような場所がついているのが見えた。

 アリシアは遠目に見ているから、あんまり細かくは見えないけれど、少なくとも甲冑の中に大きな人が入っているようには見えない。だって見た感じだと、甲冑の胸のところに穴があいて空間があるから、甲冑の中に大きな人が入っているなら胸に大穴が空いていることになってしまう。

 でも中身がない鎧兜だけが動くなんていうことがあるだろうか。あったらそんなのはお化けじゃないか。


 そんなふうにアリシアが首をかしげていると

「アリシアさんこっちこっち!」という声が聞こえてきて、見るとウビカちゃんが手をぶんぶんと大きくこちらに振っているのが見えた。


 ウビカちゃんのいる場所は、競技場だか競馬場のその道の内側で、そのそばに診療部の、髪がくるくるなローラさんとか、長い黒髪眼鏡で部長さんのランナさんも一緒にいた。あとは知らない人や馬車がいっぱいいる。

 アリシアたちも手を振り返しながら、あの知らない人たちも診療部の方たちなんだろうか、とかアリシアが考えていると、お嬢様がアイシャさんの腕から抜け出して、診療部の皆さんのほうにふわふわと漂っていってしまったので、皆で後を追いかけて道を横切って競技場の中に入る。

 アリシアは大盾やら斧槍やら大剣やら大弓やらを持っているから、手がふさがっていて、走るのもちょっとだけ煩わしい。


 お嬢様に追いついてみると、お嬢様はくるくる髪のローラさんに抱っこされていた。

 あんなに()()の人に懐いちゃって、とアリシアはそれがちょっと気に入らない。

 けれどもアリシアの腕にもウビカちゃんがぶら下がってきたので、似たようなものだった。


「さあさあ、皆そろそろ並んでくれたまえよ」

 そういうランナさんの声が聞こえて、見るとランナさんが何か棒状のものを持って、それをくるくると解いている。

 解かれてみるとそれは旗だった。

 ランナさんがばさりばさりと振って拡げるときに見えたところでは、旗には翼のある女神か何かの図が描いてあった。



 ローラさんがランナさんの左斜め後ろに並び、知らない人が右斜め後ろに並んだ。

 そうやって、先頭で旗を持っているランナさんたちを頂点に三角形の隊形がひとつできる。


 そしてその真後ろ後方に並んだコロネさんがアリシアに向かって

「アリシアさんは私の後ろですよ」と言ってくれた。

 アリシアの左斜め前には豚鬼族(オーク)のアイシャさんが並んで、右斜め前にはトラーチェさんが並ぶ。

 つまりアリシアたちはコロネさんが先頭で、お尻がアリシアの菱形に並べばいいらしい。


 アリシアのさらに真後ろには、アリシアが旅行中に寝床にしていた大型の幌馬車があってコージャさんが引馬の手綱をとっている。その右斜め後ろにはウィッカさんの曳く馬車、左斜め後ろにはトニオくんが手綱をとるコロネさんのところの馬車があって座席にはミーナちゃんが座っている。


 そうしてアリシアが列に並ぶのを確認すると、コロネさんは

「今から行進をしなきゃいけないんですが、アリシアさんには私のあとに付いて歩いていただいて、それからしばらく歩いたら――」


 そう言って腰の剣を抜き、顔の前でいったん立てて、それからさっと斜め下に振り下ろした。


「――私が剣をこんなふうに動かして号令をかけますから、そうしたらアリシアさんは右側に頭だけ向けて、あの客席のほうを見てください。

 終わったらまた号令をかけますから、今度は頭を前に向け直してくださいね」


 アリシアは行進ってそもそも何なのかとか、何をしようとしているのかとか、そういうことがよく分からなかったけれど

「……とにかくコロネさんのあとに付いて歩いて、コロネさんが剣を動かしたら顔を右に向けて、合図があったらまた戻したらいいんですよね?」

というのは分かったので、そう聞いたら

「それで大丈夫です」とコロネさんが言ってくれたので安心した。


 じゃあお願いしますねと言って、コロネさんが前を向いてしまったので、アリシアはきょろきょろとあたりを見回してみると、アリシアたちの馬車の後ろにどんどんと列が伸びていくのが見えた。

 アリシアたちの列の左には、旗を持った人を先頭にした、アリシアたちと同じような列が幾つもある。

 観客席を向こう正面にして、競技場内に旗を先頭にした列が幾つも並んでいるというような状態になっていた。


 他とだいたい同じような感じで並んでいるから、これでいいんだろうとアリシアが安心したところで

「じゃあちょっといってくるね」

というお嬢様の声が聞こえて、そっちを向くとお嬢様がふわーっと高く浮かんでどこかに行ってしまうところだった。

 アリシアが驚いて慌てて身じろぎしようとすると、アリシアの左斜め前にいたアイシャさんが

「あとですぐ合流するから大丈夫よ」と言ってくれる。



 それで安心してアリシアが力を抜いたところで


『ご来場の皆様におかれましては、ご静粛に願います』


と言う女の人のきれいな声がした。

 大声というわけでもないのに、広場全体に響き渡ったから、何か令術具でも使っているのかもしれない。


『パリシオルム高等学院執行部首席ならびに来賓の皆様が入場いたします』


 すると少し離れた場所から金色の装飾がついた黒くてガラスみたいに艶々した、きれいな屋根のない馬車が三台ほど車列をつくってやってくる。

 そうして階段状になっている観客席の前の、座席みたいなものが幾つも並んだ立派な台のところまでやってきて、そこで馬車から中の人たちが何人も降りて、その台の上の座席に座った。


『ただいまより、帝国パリシオルム高等学院の入学式を開催いたします』


 それからそのうちの一人で、銀縁の眼鏡をかけた若い男の人が立ち上がる。


『入学許可ならびに執行部首席式辞』




 立ち上がった若い男の人はひとつ頷くと話し始める。


「帝国パリシオルム高等学院執行部首席の権限において、新入学生の諸君らに入学を許可する。


 ただ今この瞬間を以って諸君らはこの学院の学生となった。

 これはどういうことか。

 それは諸君らが学院というこの疑似的な国の一員となったということだ。


 この学院が疑似的な国であるというのは、真実そうである。


 何故ならばこの学院はこのパリシオルムの街の中に、街の一部としてあるのではなく、パリシオルムの街そのものと、それに付属する村々と農地や川も含めた周囲の領域すべてが学院であるからだ。 

 すなわち学院とは、偉大なる西方帝国内に、その帝国の構成国のひとつとして存する、パリシオルムの街を中心とし、その周辺を領する都市国家なのだ。


 国家であるならば人民がいる。

 先ほど入学を許可された新入生の諸君らもそうであるし、在学生の諸君らもそうである。

 またこの都市とその周辺に住まう住民の方々もそうである。私もまたそうである。


 これらの人民は学院に存する統治機構によって統治される。

 すなわち学院には議会がある。この議会によって立法された法は学院の領域内で効力を持ち、学院の官吏によって現実化される。

 また学院内の部局の多くは連隊を持ち、それが治安機関と軍を構成する。


 事程左様に学院は疑似的な国家である。

 ではなぜそのようになっているのか。

 これは諸君らの教育のためである。


 この学園に数多く在籍する貴族の子弟やその臣下たちは、令術をよく使うので、将来は大きな権力を持つ可能性が高い。

 また令術の扱いに長けていないとしても、この学園において高い教育を受けた者は、社会において指導的な立場に就く可能性が高いだろう。


 そのような諸君らに、国家というものはこのようにできているのだと、統治というものはこのように行われるのだということを、教育するためにもこの学園はあるのである」



 そこで、話している眼鏡の男の人は少し間を取ると、どこからともなく硝子のコップを取り出して、水をひと口飲んだ。

 それからガラスのコップを虚空にしまい込むと、また口を開いて話し始める。



「さて……ここまで少しむつかしい話し方をしたことを許してほしい。

 世の中にはむつかしい話し方でしか話せないこともあるからだ。

 でもここからは分かりやすくいこう。

 新入生たちのなかには、たった十三歳でしかない子供たちが多くいるし、勉強がよくできるからと、もっと小さいのに、この学院にやってきたというような者もいるだろうからだ」



 確かにアリシアは、この眼鏡の男の人が話していることがまったく分からなかった。

 難しい言葉が多すぎてちんぷんかんぷんで、意味が分からない。

 学園で勉強したら、こういうことも分かるようになるんだろうかとアリシアは心細く考える。

 でもここからは簡単に話してくれるならありがたい。



「この学院でたくさん勉強して、友達をいっぱい作って、色々な活動に積極的に取り組めば、世の中がどうなっているのかある程度わかるし、将来はきっといいことがあるということだ。

 それにこの学院は楽しいところだ。とてもたくさんの人がいるし、面白いものもいっぱいある。

 どうか君たちの学生生活が豊かで楽しく実り多いものとなるようにと願っている。

 これで私の言葉を終わりとする」



 眼鏡の男の人は、そこで言葉を切ると、話していた台を降りる。

 それからその人が会場に乗ってきた馬車に乗りこむ。


 少し離れたところに待機していたらしき騎馬が五頭、馬車を囲むようにお供についてから、馬車が走りはじめる。

 観客席に先頭を向けて列が何本も並んでいるその端っこのところに馬車が回り込んだところで


『執行部首席による巡閲が行われます。巡閲を受ける部隊を順次ご紹介します』と声がかかる。


 そうして馬車が列の先頭の前を横切るたびに


『執行部連隊』


『総務部連隊』


『法務部治安連隊』


『判事局警衛連隊』


『検察局警衛連隊』


『弁護部警衛連隊』


『購買局輸送連隊』


『診療部連隊』


などのように声がかかる。


 そうして声がかかるたびに列の先頭で旗を持っている人が、旗をいったん倒してからまた立てる。


 すべて終わったのか、また馬車が台のところに戻って、眼鏡の男の人もまた台の上に登る。


 すると「分列行進準備!」という大声がどこからか聞こえてきて、席に座れずに、観客席の横手の原っぱに座った人たちの、さらに横手にいる、楽器を持った人たちの集団から規則的な太鼓の音がし始めた。

 やがて太鼓の拍子に合わせるようにして、並んだ列が一本ずつ位置を移動し始める。


 アリシアたちは一番端っこの列だったから、一番最後だったけれど

「はーい、皆ついてきてねー!」

と言って列の先頭の部長さんのランナさんが旗を振ってくれるので、それについていく。

 どうも見ていると、列ごとに平行に並んでいたものを、列をすべてつなげて一直線にしたいみたいだった。


 そうやってそろそろと歩いていると、ズシンズシンというような振動と音が聞こえてきて、なにごとかと見ると、あの超巨大甲冑がなんと歩いてこっちにやってくるのだった。

 あれやっぱり動くのかとあっけにとられて見ていると、列の前よりのところが大きく隙間が空いて、そこに三体だけ巨大甲冑が収まった。

 残りの六体はさらにズシンズシンと音をさせながら歩いて、アリシアたちの診療部連隊のさらに後ろに回る。

 なんだかあんな大きなものに後ろにつかれると、アリシアは身の危険を感じてよろしくない。


 世の中にはこんなものがあるんだなと、物珍しく眺めていたかったけれど、ランナさんが旗を持って歩いて行ってしまうので、仕方がないから超巨大甲冑を眺めるのはやめて、あわててランナさんについていく。


 それでアリシアたちの診療部連隊の列が、列全体の最後尾にくっつくと


『分列行進が開始されます。新入生による新編成の中隊のみ詳しくご紹介いたします』という声がかかる。


 すると太鼓の音だけがずっと響いていたのが、今度はラッパとか他の楽器も使って、なんだか勇壮な軽快な音楽が演奏され始める。すると少しずつ列が前に進んでいく。


『最初は執行部連隊であります!』


という声がかかって、旗を持った人と、その左右斜め後ろに一人ずつ人が歩いていて、三角形の形を作るようにして行進していく。


『皆様、会場左手上空をご覧ください』


という案内があったので、アリシアがそちらを向くと、ものすごくでっかい天竜が四頭も空を飛んでいるのが見えた。

 とはいっても、アリシアも天竜をよく知っているというわけではなくて、実家のある山で狩りをしているときに、遠くの空を何か大きな生き物が飛んでいくのが、樹々の梢の隙間からわずかばかり見えたことがあるというだけだった。

 隣にいた父親にあれは何かと聞いてみたら、あれは天竜というのだと教えてくれたのだった。


 

 うち一頭の天竜はぐっと高度を下げて、競技場のすぐ上まで下りてくる。

 頭から尾までの差し渡しは四十メェトルにもなろうか。


 大きな翼、太い鉤爪、硬そうな鱗、蜥蜴のような瞳、遠目に見ただけでは分からなかったことが、近くで見るとよく分かる。

 どうやって狩ろうかとアリシアは考えて、もちろんこんなふうに下りてきたところを狙うしかないのだけれど、それにしたって翼か頚を一撃で落とさないと厳しい。

 もう少し大きくて長い剣が欲しいとアリシアはそう思ったのだった。


『執行部連隊、新編サルファ中隊であります! 指揮官はサルファ・レーテ・クライコモス新入学生!

 中隊隷下第一天竜一人小隊を兼ねます。

 続きますのは、同中隊隷下本部小隊兼第二支援小隊! 指揮官はセーネクス・アルババルバ殿!

 構成は突撃術兵十二、治癒術師五、投射術兵六、騎兵六、弓兵十二、歩兵十二

 装備は走竜三、飛竜三、馬匹三十、大型馬車四台であります』


 ぐっと高度を下げてきた天竜は、着地はせずにそのまま高度を上げて飛び去る。

 その後を竜や馬に乗ったり、歩きの人が行進してくる。その中に超巨大甲冑も三体だけいた。


 そして行列の先頭が、さっき演説していた眼鏡の人が立っている台の前にさしかかったところで、何と言ったのかよく分からないけど、先頭の人が大声を出して、抜身の剣を自分の口もとに当てるようにして立てる。

 その後、その剣を斜め下に振り下ろす。

 すると、後に続く人たちが、一斉に右を向いて演説台のほうに顔を向けた。

 先頭の人がまた何事か大声で言うと、列の人が顔の向きを戻す。


 コロネさんがさっき言っていたのはこれのことか、ああいうふうにやればいいのか、と分かってアリシアは安心した。



 その後も、なんとか連隊、なんとか大隊、なんとか中隊と、たくさん術具の声で紹介があっては、すごい数の色々な兵隊さんが続々と行進していく。

 見ていると、ウィッカさんのような馬人族(ケンタウロス)や、全身毛むくじゃらの獣人らしき人とか、色々な種類の人がいて、見ていて楽しい。

 でも大鬼族は見かけないなと思っていると、どこかで見たような大きな六本腕の人が歩いているのが見えて


『法務部治安連隊、第六ローテリゼ大隊隷下、新編第二エルゴル中隊であります!

 指揮官はエルゴル・セックヘンデ新入学生!

 あとに続きますのは、同中隊隷下本部小隊ならびに第一から第四小隊であります。

 構成は……』


と声がかかって、そういやエルゴルさんは見た目は蜥蜴っぽいけどいちおう大鬼族(オーガ)らしいんだったなと思い出す。

 ていうかあの人はおじさんなのに学生さんだったのか、とアリシアはおどろく。

 エルゴルさんのところは何だかやたら人数が多くて、飛竜やら走竜やら馬やら馬車やらもたくさんいて、すごい列が長かった。


 そのあとにしばらくまた色々と、なんとか連隊とかそういう紹介と兵隊さんの列が続いて、それから

『購買局連隊であります!』


と声がかかって、見ると眼鏡をかけた黒髪で痩せぎすの若い男の人が先頭で旗を持って歩いていて、その人は背が曲がっていてすごく姿勢が悪かった。

 なんか購買局という言葉にも聞き覚えがあるし、あの姿勢の悪い男の人にも見覚えがあるなと考えてみると、前に屋敷にやってきた、なんとかいう失礼な人だと思い出した。

 こっちの購買局連隊とかいうのはなんか馬と馬車ばかりいっぱいいて人は少なかった。


 その購買局連隊というのが順に進み始めると、ランナさんが後ろを振り返って

「次だからねー」と言ってくれた。


 それであわててアリシアは姿勢を正す。


『診療部連隊であります!』


と声がかかって、旗を持ったランナさんが先頭で歩いていく。

 旗と一緒にランナさんの長い黒髪が風に靡いてなかなか格好いい。

 左斜め後ろにくるくる髪のローラさんがいて、右斜め後ろは知らない人だった。その三人で三角形を作って歩いていく。


 アリシアの前にいるコロネさんが、なかなか後について歩き始めないので、アリシアは、ついていかなくていいのかなと思って見ていると


『皆様、会場左手上空をご覧ください』


という声がかかって、アリシアがそちらを向くと、なんか白く輝く光の玉というか、小さな太陽みたいなものがふわーっとけっこうな速さで飛んでくるのが見えた。

 なんだあれは? と思ってアリシアが見ていると、その光の玉はランナさんたちと、コロネさんの間に降りて、光が消えたと思ったらそれはお嬢様だった。

 お嬢様ってあんなにピカピカ光るんだ、とアリシアは新たな発見をした。


『診療部連隊、新編アリスタ中隊であります! 指揮官はアリスタ・ゲルヴニー・ファルブロール新入学生!

 中隊隷下第一飛行・特等治癒・特別特等輸送・一等投射術一人小隊を兼ねます。

 続きますのは、同中隊隷下本部小隊兼第二治癒・後送小隊! 指揮官はコロネ・アウスガルダ新入学生!

 構成は突撃術兵三、治癒術師二、投射術兵一、雑役人二。

 装備は馬匹四、中型馬車一台、小型馬車二台であります』


 そんなふうに声がかかってアリスタたちは紹介される。

 アリシアはなんだかちょっと得意なような気分になって、胸を反らして歩いていると、前を行くコロネさんが突然、怪鳥のような「きえーっ!!」とでもいうような、とんでもない大声をあげる。

 アリシアはびっくりしてしまって、思わず持っていた斧槍やら盾やらを取り落とすところだった。


 見ると、コロネさんが剣を振り下ろして、さっき演説していた眼鏡の人が立っている台のほうに顔を向けている。

 あれはどうやら合図だったらしい。

 それで慌ててアリシアも右を向いて演説台のほうに顔を向けた。


 少し歩くとまたコロネさんが「きえーっ!!」と怪鳥のような声をあげたので、アリシアは顔の向きを戻した。

 あのふわふわの金髪と、夢見るような水色の瞳を持つかわいいコロネさんが、あんな怪鳥みたいな声を上げたとも思えなかったが、二回も聞いてしまうと否定しがたくはある。


 とまれ、競技場の端まで行進すると、ランナさんの先導にしたがって進路を変えて、連隊の列ごとに平行に、元のように並び直す。


 アリシアたちが最後だったので、これで終わりかなと思いきや


『帝国軍第36飛竜大隊による祝賀飛行が行われます。皆様、会場左手をご覧ください。

 指揮官はレクス・デラコヌム大隊長であります!』


という声がかかって、アリシアが空を見上げると、やたらといっぱい飛竜が何十頭も飛んでくるのが見えた。

 飛竜だから、天竜と違ってそんな馬鹿でっかくはない。体長で言うと馬の三倍くらいだろうか。

 でも何十頭も飛んでいるとさすがの迫力だ。

 それらが四頭ごとにきれいに菱形の体型を組み、その菱形が四つでまた隊形を組み、というようにきれいに呼吸をあわせたように並んで会場を飛び去る。

 そこらあたりがたまに見かける、適当に飛んでるように見える野生の飛竜とは違う。


『帝国軍南東方面軍第八師団後方支援連隊機工甲冑乙中隊によります祝賀行進を行います。

 指揮官はマシニカ・アルミス中隊長であります!』


 そうして超巨大甲冑がズシンズシンと轟音と振動をたてながら、三つずつ組になって、それぞれ傘のような隊形をとって、競技場をゆっくりと歩いていく。

 超巨大甲冑は行進が終わると、そのまま歩いて競技場の敷地を抜けて、元いた少し離れたところまで行って整列してから止まった。


『以上をもちまして、祝賀飛行ならびに祝賀行進を終わります。

 続きまして、帝国軍南東第八方面軍参謀副長マグノ・カピーテ閣下よりご講評を頂きます』


 そう声がかかると、台の上で立っていた銀縁の眼鏡をかけた若い男の人は座席に座り、かわりに立派な口髭を蓄えた、でっぷり太ったおじさんが立ち上がって話し始めた。



「今日、このようにして伝統ある帝国パリシオルム学院の入学式に列席できたことをまことに喜ばしく思う。

 また、自分が学生としてこの競技場に並んでいたころを思い出して懐かしくもある。


 先ほどは、学生の皆さんによる行進を見せていただいた。

 在学生のものは容儀、眼光、所作ともに良いものであるし、新入学生のものも目は輝いていて、さらにその顔ぶれも期待感を感じさせるものだった。

 我らは皇帝陛下の臣民たる民を、魔獣の脅威、また列国との諍いから守護せねばならない。

 先ほどの行進は、その使命がこれからも果たされていくだろうと安堵できるものだった。


 また、本日の行進に参加していない、観客席に座っている一般学生の皆さんについても一言申し上げたい。

 この帝国における権力構造は、令術をよく使う者たち、すなわち今日の行進に参加したような者たちが最上位となるように作られている。すなわち彼らは支配者となるのだ。

 なぜなら彼らは令術による圧倒的な戦闘力によって、魔獣を討ち、他国の干渉を撥ね退け、病気や怪我を直し、財貨の輸送を助け、土木工事を助け、もって帝国の存続を担保するからだ。


 けれどもここで覚えておくべきことは、支配する者よりも支配される者、すなわち一般の臣民のほうが、数の上では圧倒的に多く、かつ数が多いために、社会における生産活動のほとんどは彼らが担っているということだ。

 すなわち一般の臣民は目立たずとも、彼らこそが社会における主役なのである。


 ではその前提にたって、一般学生の諸君が果たす役割とは何か。

 諸君らはこの学園において高い教育を受けており、あるいはこれから高い教育を受ける故に、諸君らは帝国社会の様々な場所、分野、場面において指導的立場に就くことが予想される。

 それはすなわち支配者たちと、一般の臣民たちの間に立つということに他ならない。


 貴族の領地であれば役人としてであろうか。あるいは農村の顔役としてであろうか。

 私のような軍人であれば、下士官や指揮者や参謀、また軍政や後方支援の組織者としてであろうか。

 あるいは起業家としてであろうか。芸術家としてであろうか。学者としてであろうか。


 諸君らは、この世に数多いる普通の人々を、教え、支え、指導し、支配者たちに向かって彼らの言い分を代弁せねばならぬ。

 諸君らの働くべき場所は多く、その仕事は多い。

 ゆめゆめ自分を支配者たちと比較して卑下することなかれ。

 そうではなく、普通の人々を自分の背中に回して、支配者たちの前に立つのだ。

 これを諸君らは銘記せよ。


 以上をもって私の(はなむけ)の言葉とする」

 

 そう言ってから立派な髭のおじさんは台を降りていった。


『お言葉をいただき、ありがとうございました。

 続きまして、執行部首席による閉会の言葉がございます』


 今度はまた前にも話をしていた、銀縁の眼鏡をかけた若い男の人が台の上で立って

「以上をもって帝国パリシオルム高等学院の入学式を終了する。

 諸君らの学生生活が豊かで幸多いものとならんことを」

と言い、それから台の上から降りていった。


 そうして台から降りた人たちは馬車に乗りこむ。


『執行部首席ならびに来賓の皆様が退場されます』


 その声に合わせて楽隊が演奏をはじめ、馬車が見えなくなると演奏が終わる。

 それからざわめきが戻ってきて、こうしてアリシアは人生で初めて入学式というものを体験したのだった。


■tips


 西方帝国パリシオルム学園においては(あるいは学園に限らず西方帝国内においては一般に)貴族の子弟とその臣下などの、戦闘可能な集団は中隊を構成する。

 すなわち部隊の基本的な単位は中隊であり、たとえ構成人数が少なくとも中隊を構成する。

 あるいは、西方帝国内の私兵集団は一般に○○中隊を名乗ると言ってもよいかもしれない。


 小隊は、運用・作戦上の必要から中隊を任意に分割するときに用いられる編成単位である。


 大隊は、作戦上の必要から中隊を他の中隊と共同して運用する必要が生じた際や、あるいは人員が中隊とするには多すぎるため(一般には二百名を大幅に超えてくる等)ある集団が二つ以上の中隊を持つ際に、上位の編成単位として設けられる。


 連隊は、一般には常設かつ恒久的に用いられる部隊の編成単位である。

 特に大隊や中隊や小隊は、編成の都合や、作戦の都合、あるいは貴族の家族関係の変更や、出生、死亡などによって、任意に生じたり、消滅したりするが、連隊はそうではない。

 連隊の隷下の大隊や中隊が、離脱したり消滅したりしても連隊は変わらず存続する傾向がある。

 たとえ、離脱や消滅で連隊内に大隊や中隊がひとつも存在しなくなっても、自ら解散しない限り連隊は存続し続ける。

 そしてまた新たに連隊隷下に大隊や中隊を加入させ、運用や作戦を始めるのである。

 そのため連隊は長い歴史を持つ場合も少なくなく、場合によっては数百年にも及ぶ。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ