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ハーフオーガのアリシア45 ― はじめてのキャバレー体験 ―


 ウビカさんと遊びに出かけるということなので、じゃあ馬車を……と屋敷の裏に行きかけたら

「馬車だと駐車場だとかいろいろ面倒だから歩いて行きましょう」とウビカさんが言った。


 馬車といってもアリシアは体が大きすぎて乗れないわけだから、唯一の乗客のウビカさんが要らないなら、ということで歩きで行くことになる。


 ウビカさんはご機嫌でアリシアの手を引いて歩き始めて、屋敷の敷地を抜けて、しばらく歩いたところで渋い顔をした。

 なんだかしきりに足を気にしているようで、見ると足先が細くなっていて、踵が上がっているような、華奢できれいな靴を履いている。

 表面は白っぽいサテンみたいな光沢があって、同じ色のベルトが足首をくるりと巻いていて、足の甲にはレースの入ったリボンが、真珠みたいなのがついた金色の金具で留まっていて、すごく可愛いけれど歩きづらそうな靴だった。


 アリシアが目線を合わせるようにしゃがんで

「やっぱり馬車をもってこようか」

というと、ウビカさんは上目遣いになって両手をパッと伸ばすと「抱っこ!」と言った。


 仕方がないから抱っこして、腕に座らせるようにするとウビカさんは、アリシアの首に手を回すような感じでしがみついてくる。顔を見るとご満悦だった。

 これはウビカさんじゃなくて、ウビカ()()()だなとアリシアは思う。

 でもまあ歩幅が長いアリシアが抱っこした方が移動は速くなる。


 ウビカちゃんがあっちとかこっちとか言うのにあわせて歩いて、段々と街の中心部のほうに出ていくと、人通りが多くなってきた。

 ふと空を振り仰ぐと、強い日差しが目に入る。

 高くて青い空に、しっかりとした雲がにょきにょき立ち上がっていて、額が少し汗ばむほどだというのに、街角のあっちこっちに人がいて、木陰に据えられたテーブルなんかで何か食べたり、おしゃべりをしたりしている。


 ふと何か飲み物を売っているらしき屋台が目に入って、冷たいものが欲しくなったので寄ってみる。


 素焼きのコップに入れて売っていて、ウビカちゃんが回し飲みは嫌がるだろうからと、コップごと買い取れるか聞いてみると、けっこう高いことを言われたけれど、氷をコップのフチまで贅沢に入れてくれたので悪くはなかった。

 ふたつ頼んで、ひとつをウビカちゃんに渡して、自分のを飲んでみると葡萄のジュースで冷たくておいしい。

 街中をぶらぶら歩いて、大道芸を見たり、楽器の演奏をみたりしては小銭を投げる。

 そうやっていると、たまにウビカちゃんの知り合いがいたりして、声をかけられたり、ウビカちゃんが声をかけたりしている。


 あんまり賑やかなので

「なんかお祭りみたいだね」とアリシアが言うと、ウビカちゃんが

「九月になるまでは学園もお休みだもん、みんな遊んでるのよ」と教えてくれた。


 そのあとすぐそこに水場が見えたので、アリシアはいったん抱っこしていたウビカちゃんを降ろして、ウビカちゃんから飲み終わったコップを引き取って水場に寄って自分のと二人分のコップを軽く洗って、こっそりと腕輪の中にしまい込んだ。


 それからウビカちゃんのところに戻って、ウビカちゃんを抱っこしなおすと

「行きたいところがあるの」

とウビカちゃんが言ったので、またウビカちゃんの案内で、あっちこっちと歩いていく。


 段々と周りが盛り場みたいになってきて、アリシアにとっては慣れたような雰囲気になってくると、そのうちに大きな石造りの三階建てくらいある建物が見えてきた。

 変わったことには、建物の壁が術石でも据え付けてあるのか、あっちこっちキラキラしていて、なんだか凄い派手だった。


 ウビカちゃんが指さす方に向かって歩いていくと、大きな扉があって、扉はなんと金属の枠に大きな板ガラスが入っていて驚く。

 アリシアはこれまで板ガラスの扉なんて見たことがなかった。

 扉の左右には、金の(ボタン)が二列にずらりと付いた綺麗な赤い上着と、焦茶色で鍔広の帽子をつけた守衛さんがひとりずつ、ふたりで立っている。

 


 守衛さんが扉を開けてくれると、中はロビーになっていた。

 ロビーの床には目が痛くなるような真っ赤な絨毯が敷き詰めてある。

 天井はたぶん二階まで吹き抜けのアーチ状になっていて、そこから細かい細工のガラスでできたシャンデリアが下がっていて、術石の灯りで煌めいていた。

 ピカピカしている建物の外壁といい、板ガラスの扉といい、真っ赤な上着を着た守衛さんといい、天井のシャンデリアといい、真っ赤な絨毯といい、何もかもが悪趣味なくらい派手だった。

 なんでそう感じるのかよく分かんないけど、どことないいやらしさがある、とアリシアは思った。


 扉から建物に入ると、通路の左手側にチケットを売るカウンターがあって、中には男の人が立っている。

「ちょっとしゃがんで」

とウビカちゃんが言うのでアリシアがしゃがみ込むと、ウビカちゃんが手を伸ばして金貨を一枚カウンターの上に置いた。

 するとカウンターの中の人が、引き換えにチケットを二枚くれる。

 金貨なんてめちゃくちゃ高いじゃないかと思ったけれど、どうしていいやら分からなくて、ウビカちゃんを抱っこして立っていると、守衛さんと同じような上着を着た別の男の人が寄ってきて案内してくれる。

 その人について廊下を進むと、大きくて重厚な木の扉があって、その中に入れてもらうと、そこはやたらと薄暗くて、そして大きな部屋だった。


 大きな部屋の前のほうには部屋の端から端まであるようなステージがある。

 ステージの上にステージの後ろ奥から降りてくるような下り階段がついていて、ステージの左右にも階段があって部屋に降りてこれるようになっている。

 ステージの前には弧を描くような形をした高級そうなソファーと机のセットが幾つも並んでいて、どうやらそこが客席になっているようだった。


 アリシアの実家の山小屋があった麓の村で、皆で演劇とかをすることがあったのだけれど、だいたいは村の役場の大きな広間で上演する。

 アリシアが今いる部屋はそれにちょっと雰囲気が似ている気もした。

 もちろん村の役場の広間は、こんなに薄暗くないし、大きくてきれいなソファーも置いてないしで、豪華さは全然ちがうけれども、なんだか部屋の配置が少し似ている気がしたので、これは演劇とか歌とか何かをやる部屋なんだなとアリシアにも分かったのだった。


 部屋に入ると黒い上着を着た男の人が近寄ってきて、席に案内してくれる。

 テーブルを少しだけずらして場所を空けて、そこにソファーと同じような造りのスツールだか足置きだかをさっと持ってきてくれて、ソファーの座面を足すようにしてアリシアが座れるようにしてくれる。


 そうしてアリシアがソファーに座ると、部屋を薄暗くしてあるからか、テーブルには白い小さな傘がついた金色の小さなスタンドがあって、灯りの術石で手元を照らすようになっているのに気づいた。


 また黒い上着を着た男の人がさっとやってきて、何か冊子みたいなものを渡してくれたので、灯りにかざして見てみたら、お品書きらしかった。

 よく分かんなかったので、ウビカちゃんにそのまま渡すと、ウビカちゃんはそれをパラパラと眺めて

「お昼はもう食べたし、お酒と何かつまむものでいいよね?」

とか言いながら、あれこれと注文していく。

 こんな時間からお酒飲むのか、とアリシアはちょっとびっくりした。


 すぐに店員さんがお酒とおつまみを持ってきてくれて、泡の出る冷たいワインを飲みながら、ホタテと海老とブロッコリーの炒め物、それと炒めたナッツに葉物野菜を和えて香辛料とオリーブオイルをかけたものをいただく。

  

 料理を食べてお酒を飲みながら、ウビカちゃんと小声で雑談していると、やがてステージに楽器らしきものを構えた人たちがいっぱい出てきて、賑やかな曲を演奏し始めた。

 それから長くてヒラヒラした青いきれいなドレスを着た女の人がでてきて、歌をうたいはじめる、

 金貨を払わないと入れないようなお店だけあって、衣装もきれいだし、楽器も歌もとても上手で、酔っ払ったそのへんのおっさんとかが歌っているのなんかとは全然違う。

 

 歌が終わると、ウビカちゃんと小声で、歌も演奏も上手だったねとか、衣装がきれいだったねとか話をする。


 次に始まったのは歌劇で、どうやら滑稽劇のようだった。

 

 舞台はこの学園らしくて、赤っぽい髪をした学生の女の子が主役らしい。


 劇は、主人公の女の子が学生生活を送っているところに、彼女の父親が、彼女を心配して、付き人のおじさんとその家臣たちを大勢送り込んでくる、というような話の筋だった。

 それでまあ色々と面白い出来事とか騒動とかがあって、登場人物が豪華な衣装で歌いながら、舞台を所狭しと跳ね回る。


 大いに笑えたし、けっこう感動して、最後に役者さんが全員出てきてコーラスをする場面ではちょっと涙ぐんでしまった。


 そのあとはアイスクリームとかケーキとか食べたり珈琲を飲んだりしながらゆっくりして、ちょっとした軽業とか手品とか歌とかを眺めて、それで全部終わって閉幕になった。



 建物を出て、またウビカちゃんを抱っこして、屋敷に帰りながら、面白かったねえ、感動したね、などと感想を言いあいながら、夕方の日差しにが照りつける街を歩いていく。


 するとそこへ、何かの大きな影が差したかと思うと、それは六本腕に長い尻尾、鉤爪のついた太い脚の大鬼族(オーガ)で、つまりはエルゴルさんなのだった。

 やあどうも、と手を挙げるエルゴルさんの足元で、赤銅色の髪をした女の人も手を挙げて

「昨日ぶりだな」といった。


 この女の人は誰だっけと思ったけれど、よく見たら、昨日に従僕のトニオくんとメイドのミーナちゃんの授業をしてくれる先生のところへあいさつ回りをしている途中で、アリシアたちは酔っ払ったおじいさんを助けたのだけれど、その事件の始末をつけてくれた、治安連隊とやらの隊長さんだった。

 青っぽい制服と、白い羽飾りのついた鍔広の帽子が今日も格好いい


 どうも、と挨拶を返したときにアリシアは、帽子からのぞく隊長さんの髪の色が、さっきの劇の主役の女の子と似たような色だなと思った。


「お出かけでしたか」

とエルゴルさんが聞いてきて、ウビカちゃんが「ちょっと観劇に行っておりました」と答える。


「そうでしたか、それはよろしゅうございました」

 エルゴルさんがそう言ってから、もうお帰りなのでしたらお送りしますよ、と申し出てくれる。


「手間をかけたら悪いし大丈夫ですよ」とアリシアが遠慮してみたけれど


「これも治安連隊の仕事のうちみたいなもんですよ」

とエルゴルさんはそう言って、隊長さんと一緒に、アリシアたちと歩き始めた。


 えらく親切にしてくれるもんだなとアリシアは感心しながら、屋敷への帰り道を歩いて、屋敷の敷地の入り口に着いたところで挨拶をして隊長さんやエルゴルさんと別れる。


 屋敷の庭を玄関に向かって歩きながら

「劇の主人公の女の子も、さっきの隊長さんもそうだけど、赤い髪ってのもきれいだよね」

と何ということもなくアリシアが言うと


「ああそっか。さっきの劇のモデルってあの人だよ」とウビカちゃんが教えてくれた。


「そうなの?」


「だってあの隊長さんってドライランター公のところのお嬢様でしょ? それで隣にいたのがセックヘンデ様だから絶対そうだって。

 セックヘンデ様ってドライランター公の寄子だったのに、急にお嬢様のほうの寄子になって学園にきたんだよ。劇の話と似てるじゃん」


 さっきの劇で六本腕の人とかはいなかったけど、まああんな変わった体型の人はそうそういないだろうからそれは仕方ないだろう。


「文句言われないようにある程度は話とか登場人物を変えてあるけど、ああいう劇ってだいたいモデルがあるんだよ」

 ウビカちゃんはそう教えてくれた。

 なんとも都会には変わった娯楽があるものだ。



 ◆



 屋敷に帰ると、話はもう終わったらしくて、皆でお茶を飲んでおしゃべりしている。

 ウビカちゃんは帰るなり、皆に劇がどれほど面白かったかを喋りまくり、その話が尽きたところで、診療部の部長さんの黒髪眼鏡のランナさんが「そろそろお暇しようか」と言ったので、そこでお開きになった。


 お客さんたちは屋敷の前で順番に馬車に乗りこんで、最後のウビカさんが、アリシアに向かって両手を挙げて抱っこして欲しそうにしたから、アリシアが抱き上げて馬車の座席に座らせる。

 そのときにウビカさんは「今日は楽しかったわ」と言って、ちょいと伸びあがり、アリシアのこめかみのあたりにひとつキスをくれた。


 それから御者台のランナさんが手綱をひと振りすると、馬車は夕陽が差すなかを帰っていったのだった。



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