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ハーフオーガのアリシア43 ― ローテリゼお嬢様との出会い ―


 それからさらに次の日の昼過ぎに、食堂のテーブルにコロネさんと、従僕のトニオくんとメイドのミーナちゃんがいて、何か大きな紙を広げていた。


 何かと思ってアリシアが覗き込むと、何かの地図、見た感じの複雑さからすると街の地図らしい。


 その地図を見ていると、街の周囲が市壁らしきもので囲まれていることとか、その市壁の切れ目から、太い川が街の真ん中を通るように流れ込んでいることとか、その川には中州があって、岸に向かってかけてある橋から街に入れるとか、そういうことが描いてあるので、たぶん、これはこの街の地図なのかなとアリシアにも見当がついたのだった。


 興味深く地図を眺めながら、コロネさんとトニオくんとミーナちゃんが話していることを聞くともなしに聞いていると、どうやら今からお出かけをして、街のあちこちをまわるということらしい。


 アリシアは道に迷うのが怖くて、屋敷からほとんど出ていなかったから、そんな話を聞いて、誰かと一緒に行けるなら、地図もあるし安心だから、すごく付いていきたくなったけれど、誘われるでもないのに、一緒に行きたいとか言っていいものだろうかと煩悶する。


 すると書き物でもしていたのか、隣の小さなほうの食堂室で座っていたトラーチェさんがキッチンのほうにやってきて、話が聞こえていたらしく

「街を色々まわるのだったら、アリシア様、もし良ければ付いていってあげてくださいませんか?」

と言ってきた。


 アリシアにとっては渡りに船だったから

「そ、それは全然構わないけれども……」と慌てて答えはしたものの、ひょっとして物欲しそうな、付いていきたそうな顔になってたかなと、少し恥ずかしく思う。


「え、悪いですよ。私たちの個人的なことなんですから」

 コロネさんがそう言って、断るっぽいかんじだったので

「いやあ、ヒマだし別にいいよ」と言葉を重ねておく。

 でも本当はついてこられるのがイヤだから、そういう言い方をしているだけだったらどうしよう、とアリシアの胸のうちに不安がひろがる。


「ダメですよ。討伐演習が始まるまでは街の中には強くて気の荒い人もいるから、三人だけじゃ不安です。

 この街のどこが安全でどこが危険で、どこがどういう雰囲気とかもまだ分かってないでしょう。

 アリシア様についてきていただくか、さもないとお嬢様に付いてきていただくことになりますよ。

 皆さんが安全に過ごせるように助言するのも私の役目ですからね」

 トラーチェさんはキッパリとしてそう言った。


「うーん……それじゃ申し訳ないですが、アリシアさん、お願いしてもいいですか?」

 そうコロネさんが聞いてきたので、アリシアはちょっと笑み崩れながら

「もちろん!」と返事をした。



 ◆



 街はちょっと危ないかもみたいなことをトラーチェさんが言っていたので、胴だけ綿入れを着こんで胸甲を付けて、剣帯を締めて、左腰に片手剣、右腰に戦斧、腰の後ろに大ぶりのナイフを二振りつけて、マントを武器類を隠すように身に着ける。

 あと、少し考えて左手だけガントレットも付けておく。

 最後に、ヴルカーンさんからもらった、金属製の兜に布を貼って羽根飾りを付けてある、帽子に見える兜をかぶって屋敷の前に出ると、コロネさんと従僕のトニオくんとメイドのミーナちゃんが馬車の前に立って待っていてくれた。


 ミーナちゃんの格好は、いつも午前中に着ている青いドレスからエプロンを外して、リネンのキャップのかわりに帽子を付けただけだし、トニオくんは単にシャツを真っ白のきれいなものに着替えただけで、いつもの格好とかわらなかったけれど、コロネさんはなんかちょっと良い服に着替えていた。


 乗馬用みたいなちょっと長めのブーツにズボン、真っ白なシャツにベージュのような明るい色の袖なしベスト、首元は襟に少しのレースと、貴石をあしらったリボンで飾っている。

 羽根飾りのついた鍔広の帽子からのぞく金髪と、コロネさんの夢見るような水色の瞳と合わさると、なんだか立派に見える。


 それでどこに行くのかというと

「今日はですね、トニオとミーナが講義を受ける場所を下見しにいこうと思っていたんです」

 コロネさんは、今日は一頭引きにした馬車の座席に座りながらそう言った。

 御者席にはトニオくんが座っている。


 意味が分からなかったので、よく聞いてみると、なんでも授業というのは、どこでするのかというのは、授業をする先生が好きに決めるらしいから、授業をする場所が街のあっちこっちに散らばっているらしい。


「受講者の多い大きな授業だと、どこか講堂を借りてやるらしいんですが、受講者が少ないと先生の家でやったりするそうです。

 あるいはどこか宴会場とか酒場とかが、夜しか店はやらないので、空いている昼間の時間を何かの授業に賃貸しするとかいうこともあるようですよ」


と、コロネさんは教えてくれたけれど、そういうわけで、街全体が学園になっているので、この街は学園都市と言われるらしい。


「前期の授業はトニオとミーナの二人で十ずつ取ったんですけど、そのうち被ってるのが四つだけですからね。

 つまりは今日は十六か所も回らないといけません。テンポよく行きましょう」



 ◆



 皆で地図を見ながら、あっちこっちと馬車はガラガラと車輪を回して街中を走る。


 いちばん初めに着いた先は、庭付きの少し大きめだけど普通の家だった。

 日よけの大きな麦わら帽子をかぶって布で留めた女の人が庭仕事をしていて、馬車が家の前に止まったので、立ち上がってこちらを見ていた。


 皆が馬車から降りて、コロネさんが代表して、ミーナちゃんとトニオくんを手で示しながら、その女の人に、こちらの二人がこのたび授業をお願いする予定なのですが、こちらは何々先生のご自宅でよろしいでしょうか? と聞くと

「まあまあ、これはどうも。夫はいま外出しておりますの、そのうち戻ると思いますから、中でお待ちになられます?」

と女の人は答えてくれる。


「いえいえ、ご迷惑になってもいけません。ではこちらを先生にお渡し願えますでしょうか」

 そう言ってコロネさんは懐から封筒を取り出して女の人に渡しながら

「お願いいたします。先生にもよろしくお伝えいただければと存じます」とかなんとか言っている。


 アリシアはそれを見ながら、なんかコロネさん大人の人みたいなだなあ、とあっけにとられる気がしたのだった。


「まあこれはどうもご丁寧に」

という奥さんにご挨拶をして、また馬車を走らせる。


「なに渡してたんですか?」とアリシアが聞くと

「手紙と心付け、まあお金ですね」とコロネさんが教えてくれる。


「ああ、お金を別に払わないといけないんですか」

 アリシアは、そんな話は聞いていなかったので、自分も心づもりをしておこうと

「いくら要るんですか?」と聞くと、コロネさんは面白そうな顔をして

「アリシアさんは強いから要らないと思いますよ?」という。


 どういうことだろうとアリシアが思っていると、

「つまり、学費とか授業料というわけじゃなくて、ミーナとトニオをよろしく頼みますっていう……まあ先生に渡す賄賂ですね。

 ミーナもトニオも普通の人で強くないですから。

 あと手紙には、この二人は私のところの人間だからよろしく頼むと書いてあるんですよ。

 それと私がお嬢様の臣下であることも書いてありますね」

と教えてくれた。


「……なるほど?」

 どういうことなのか、あんまり分からなかったアリシアが、よく分かってないような口ぶりで返事をする。


「つまり『強いアリスタお嬢様の臣下である私の、そのメイドと従僕だから粗略には扱ってくれるな。お金もあげるから』というふうに釘を刺したということですよ。

 アリシアさんは自分が単独で強いから、そういうことは必要がない可能性が高いです」


 アリシアは感心して、へぇー! とでも声が出そうになった。

 コロネさんって私のひとつかそれくらい上なだけなのに、毎日そんな複雑なことを考えて生きているのかとびっくりしてしまう。



 ◆



 次の場所は、行ってみると、どこかの酒場らしき場所に着いて、そこで皿を洗っていた店主らしきおばさんにコロネさんが挨拶をして、ついでに一杯何か飲ませてもらったかと思うと、支払いにジャラジャラと代金には明らかに多すぎるような枚数の銀貨をいっぱい渡して

「これおつり取っといてよ。かわりにこの手紙を先生に渡してくれる? あとこの二人はミーナとトニオっていうんだけど、これからここに週イチで通うことになると思うから、よろしく頼むね」

とか言って、そんな感じで調子よく済ませていく。


 物腰も、なんだか慣れているような風情さえあって、なんとも器用なものだった。

 なんで歳がひとつしか違わないのに、こんなに差がついたのか。

 やっぱり自分は山に籠って狩りばかりしていたのが良くなかったのか、でも他にどうしようもなかったし……などとアリシアが考え込んでいると、店の外から悲鳴が聞こえてきた。


 ひょいと店の入り口から外を覗くと、なにやら倒れている人がいて、そのそばに男の人が立っていて、その周りで遠巻きに人が集まっている。

 そうして立っている男が、倒れている人を蹴りつけるのが見えた。


 あっ、蹴った!

 ……揉め事とかこういう暴力沙汰だけは得意なんだ。

 アリシアは少しばかり自嘲するような気分になりながら、騒ぎのほうへ近づいていく。


 きれいなブーツに、少し膨らんだ白っぽいズボンの先を入れていて、立派なマントを付けている男の人が、すごい怒っているような表情で、顔を真っ赤にして立っている。

 その足元には、薄汚れた格好をした、痩せたお爺さんが身を丸めて転がっている。


 アリシアはなるべく平坦でゆっくりした声を出すようにしながら

「どうしたんです?」と聞く。


 するとマントの男はアリシアのほうを見て、束の間驚いたような顔をしたけれども、すぐに気を取り直して

「この爺が、私にゲロを吐きかけやがったんだ!」と憤懣やるかたない様子で言った。

 アリシアがよく見てみると、その男の人が着けている上着とマントに、べったりと確かに汚れているところがある。


 少し離れたところで見ていたらしきお腹のでっぱったおじさんに

「何か見てましたか?」とアリシアは聞いてみる。


「へ、へえっ、そちらの貴族様があの爺を、あ、あれはベトランていう爺さんですが酒浸りでして、今日も飲んだくれてへたり込んでいたら、貴族様が通りがかって介抱しようとされてました。

 そしたら爺が吐きやがったので、へへ……」

 おじさんは上目遣いでアリシアに説明してくれる。


 アリシアが、しゃがんで、お爺さんのほうを見てみると、息はしているようだから、すぐにどうということはなさそうだけど、なんだか微かに呻いているから、どこか痛いのかもしれない。蹴られてたし。


「いったいどうしてくれようか!」

 そうマントの男の人は吹き上がっているけれど、お爺さんもお金を持ってそうなふうでもなくて貧乏そうだし、弁償とか無理ならどうもこうも仕様がないような気もする。

 というか蹴らんでもよかろう。

 とりあえずアリシアがずいと立ち上がると、気圧されたのか、そのマントの男の人が少したじろぐ。


 さて、そこまではいいけれど、このあとどうしようか。

 ご領主様のところで見回りをしていたときは、こういうのの後処理はドーラさんが指示をしてくれて、アリシアはそれを手伝ってただけだったけれど、ドーラさんがどうしていたか思い出してみる。

 ……確か、診療所と酔っ払いを雑魚寝させておく場所を一緒にしたみたいなところがあって、酔っ払いはそこに連れて行っては放り込んでいた気がする。

 けれども、この街でそういうのがどこにあるのか分からないし、よく考えたらアリシアも別にお役目で見回りをしているわけでもないただの通行人だった。

 

 どうしたもんかな、とアリシアが思ったところで

「おかみさん、こちらの方に何か拭くものを!」というコロネさんの声が聞こえて、見るとコロネさんが何か拭き布らしきものを手に小走りでこちらにやってくるのが見えた。


「これをどうぞ」と言って、コロネさんが服を汚された男の人に布を差し出すと

「あ、ああ……」と男の人はコロネさんの顔を見つめながら、どこかぼんやりとした様子で受け取って、汚れたところを拭き始める。

 その間にコロネさんは、出てきた店のほうにまた駆け戻って、今度は、何か飲み物の入ったグラスを片手にやってきた。グラスが金色に見えるし、たぶん麦酒(ビール)が入っているんだろう


 コロネさんは拭き終わった布を受け取りながら、グラスを差し出して

「冷たいものでも飲んで落ち着かれてください」と言った。


 するとその男は

「君のような美しい女性が飲ませてくれるなら、この興奮の炎も治まるだろう」

などと訳のわからないことを言いだす。


 コロネさんは表情が固まっていて、つまり嫌だということだろうし、そういうのは何か違うなと思ったので、アリシアはコロネさんからグラスを奪い取り、その男の肩に腕をまわして捕まえながら

「そうですか。じゃあ私が飲ませてあげようじゃないですか」と言った。


 男は「い、いや違……」とか言いだしたので、アリシアが回した手で男の肩を強めにぎゅっと握ってあげたら黙った。


「分かったよ……すまん、ぶしつけだったな」

 男は、そうブツブツ言いながら、アリシアからグラスを受け取り、ひといきに麦酒(ビール)を飲み干すと、グラスをアリシアに返して、それから歩いてどこかへ行ってしまった。



 それで目の前には倒れているお爺さんが残ったわけで、どうしようと考えていると、馬蹄の音が聞こえてきて、見ると馬に乗った人が三騎ほどこちらに走ってくるのが見える。

 先頭の馬がアリシアたちのすぐそばで停まると、乗っていた人がひらりと飛び降りる。


 その人は、青っぽい生地の白いレースと何だかワシかタカを図案化したような白い紋章で飾られた立派な上着を着て、大きな折り返しのついた派手なブーツを履いていた。

 剣帯から細めの片手剣を吊り下げて、真っ白な羽根飾りがついた鍔広の帽子から豊かな赤銅色の髪がのぞいている。

 馬でやってきた三人とも同じような格好をしているから、この街の自警団か何かだろうか。


「こちらで騒ぎがあったと聞いたのだが?」

 声からするに赤銅色の髪の人は、女の人らしい。

 わりに若そうな声だった。


 するとアリシアが最初に話を聞いた、お腹のでっぱったおじさんが寄ってきて、かくかくしかじかと説明をしてくれたので助かった。


 話を聞き終わった赤銅色の髪の女の人は

「すまないが、この男を運びたいので馬車を使わせてくれないか?」と頼んでくる。


 でもこのお爺さんはたぶん怪我をしてるので、あんまり馬車でガタガタ揺らすのもどうかと思ったから、

「私が抱き上げて運びますよ」とアリシアが申し出ると「すまない、頼む」と言ってくれた。


「その前に怪我をちょっとだけでも治します」

 そう言って、コロネさんがお爺さんの脇にしゃがみ込むと、体をあっちこっちぺたぺた触って調べて?から、おもむろに手をピカピカと光らせながら、たぶん治癒術を使い始めた。

 たぶんというのは、コロネさんの使う治癒術は、なんか光も弱くて、ときどき光が消えたりするし、光の色も、薄赤いような薄黄色いような色をしていて、お嬢様やアイシャさんの使う白い光の治癒術とは全然違うように見えたからだった。


 それで、コロネさんのはちょっと違うんだなと思って見ていると

「治癒術も得意じゃないんですけどね、ちょっとだけなら使えるんですよ。令体術も投射術も剣も弓もなんでもちょっとだけできるのが取り柄です」

そう言ってコロネさんは得意そうにも恥ずかしそうにも見えるような顔で笑う。


 あんまり得意じゃないとコロネさんは言ったけれど、お爺さんのちょっと荒かった呼吸は穏やかになったし、微かに呻き声を出していたのも静かになったから治癒の効果はあったんだろう。


「よく分からないですけど、だいたいこんなものじゃないですかね。

 怪我が治ってても治ってなくても、これ以上は私には無理です」


 コロネさんがそう言ったので治療は終了で、お爺さんをアリシアが抱き上げる。

 お爺さんからはゲロの匂いがしたし、酒臭いし、少しおしっこの臭いもしたから、あんまり抱き上げたくはなかったけど仕方がない。


 赤銅色の髪の女の人の先導で歩きはじめると

「すまない、助かったよ。

 ベトランの爺さんには酒を売るなとこのあたりの店には言ってあるんだがな。

 どこから手に入れたものか」


「そのへんの子どもにお金渡して買ってきてもらう、とかですかね」


 そんなふうにコロネさんが答えるのを聞くともなしに聞きながら、アリシアは後をついていく。

 アリシアはベトランとかいうお爺さんを子供のように抱え上げているけれども、お爺さんは皺くちゃだし、なんだか顔の色も悪くて、服も汚くて臭いから、子供のようにはかわいくはなかった。



 ◆



 それからご領主様のところにもあったような、ムシロとかが敷いてある酔っ払いを放り込むための場所に着いて、そこにいる治癒士(せんせい)にお爺さんを引き渡す。


 これで終わりかと思いきや、赤銅色の髪の彼女が言うには

「君たちが何かしたというわけではないみたいだが、騒ぎがあったら調査書類を作らないといけないので、もう少し付き合ってくれるか」

とのことだった。


 連れていかれた建物は、お爺さんを先生に渡した、酔っ払い用の建物のすぐ隣で

「ここは治安連隊の本部だよ」とのことだった。


 その建物は石造りでとても大きくて、外から窓の数を下から上まで数えてみると、見た感じ四階建てにもなっている。

 変わったことには、窓には全部太い鉄格子が入っていて、壁を造ってある石もなんだか大きくて分厚いような気もする。

 敷地は、石を積んで何かで固めた、背が高くはないけれど分厚い塀で囲んであって、建物が全体に妙な威圧感があった。


 建物の裏にまわって、馬と馬車をつないでから中に入る。

 中に入るとカウンターがあって、その奥には机が並んでいて、人がいっぱいいて何か書き物をしていたり、通路には人が賑やかに行き交ってはいるけれど、なんの飾りも調度品もないような、簡素な実用的な作りで、やっぱりどこか牢獄とかあるいは役場に似ていた。


 赤銅色の髪の彼女は、廊下を通ってどこかの部屋にアリシアたちを案内すると、皆のぶんの椅子を持ってきてくれて、皆を座らせる。(アリシアには背のないベンチみたいなのを持ってきてくれた)


「まあどうでもいいような気もするんだけどね、決まりだからな。

 学園で官吏としての適正手続きの順守を学べと連隊長殿に言われてしまうと仕方がない」

 彼女は、そうブツブツ言いながら、部屋の壁に備え付けてある棚の引き出しを探して「ああ、あったあった」とか言いながら紙を出してくる。


「じゃあ調書を書くんだが、私は学園治安連隊第六大隊長をしているローテリゼ・トリッテン・ドライランターという。

 よろしく頼むよ。じゃあ書こうか」


 ローテリゼさんはそう言って、机の上に備え付けてあったペンで、さらさらと調書とやらを書き始める。

 名前とか、どこに住んでいるかとかを順に聞かれるのだけれど、コロネさんの次に、アリシアが名前を言ったときに、ローテリゼさんはピクリと反応して顔を上げ、アリシアの顔をまじまじと見て

「すると寄親はアリスタ・ファルブロール殿か」と言った。


「ご存じなんですか?」とアリシアが聞くと


「一昨日に、おにぃ……エルゴルが君たちと会ったと言ってたぞ。ほら、六本腕の。

 彼の寄親は私だ」

とローテリゼさんはそう言った。


 ローテリゼさんはアリシアやコロネさんやらと、そんなに歳は変わらなそうに見える。

 それでも、おじさんみたいに見えるエルゴルさんの寄()なのか、とアリシアは面白く思ったけれど、よく考えたらアリシアも寄親は赤ちゃんみたいに見えるお嬢様だった。 

 

「君たちのところの寄親のアリスタ殿は注目株だからな。

 我が治安連隊のほうからも、勧誘のための面会願いの手紙は送ってあったとは思うが、診療部に出し抜かれたとか連隊長が言っていたよ。

 アリスタ殿は治癒士か運送屋が本業だろうから、それでいいんだろうとは思うけどね。

 ()()が取ったら診療部か購買局あたりに殺されかねん」


「まあ、これから何年かよろしく頼むよ」

と言って、ローテリゼさんはアリシアに机越しに握手をしてくれる。

 それから調書とやらが完成すると皆を解放してくれた。



 そういうわけで、すっかり時間が遅くなってしまったから、予定していたところを全部はまわれなかったけれども、それでもまわれるだけまわって、それからアリシアたちは皆で屋敷に帰ったのだった。

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