ハーフオーガのアリシア39 ― 美容整形おねえさんとの出会いⅠ ―
学生の登録とかいうものをした、その翌々日。
その日も相変わらず、屋敷の掃除とか整備とかそういうのを皆でしていて、アリシアは、屋敷の裏の畑とか果樹の手入れをしていた。
畑を囲むようにして、果樹がいっぱい植わっていたから、食べられる実があれば取って、よく分からないなりに、少し剪定もする。
それから、屋敷中の便器から便所スライムを集めてきて、火挟みで核だけ抜いたものを、果樹から少し離した場所に埋めて、抜いた核はまた便器に戻して少し水を入れてやる。
畑のほうは、たぶんずっと前に植えたらしき葉物野菜が、雑草に混じって勝手に育っていたから、雑草は引き抜いて畝間に置いて、食べられるものだけ残す。
こうやって野菜を育てるのも、アリシアの実家があった山と違って、ここは街中だから動物よけをしなくていいのがだいぶん楽ではある。モグラもいないし。
そうして作業がひと段落したから、何か食べ物でもないかと思ってキッチンに戻ると、アイシャさんがいて、桃を剥いてくれると言ったから、大喜びで皆を呼び集めに行く。
あちこち回って皆に桃があるよと声をかけて、最後に応接室で掃除をしていた、お嬢様とトラーチェさんを見つける。
お嬢様は宙に浮いて、シャンデリアの上の埃をハタキで払っていて、トラーチェさんは床を掃いて、その落ちてきた埃を掃除していた。
お嬢様は空を飛べるから、こういうときに便利なんだなと、アリシアは新しい発見をする。
桃を切るそうですから一休みしてください、と声をかけると、お嬢様がすーっと高度を下げて降りてきたので、うまいこと捕まえて抱っこしてしまう。
それでトラーチェさんと連れだってキッチンに戻って、皆で桃を食べていると、カランカランという大きな音がした。
アリシアが、これは何の音だろうと考えていると、メイドのミーナちゃんが、食べかけの桃のかけらが刺さったフォークをお皿に放り出して
「はーい、ただいま!」
と言いながら小走りに玄関のほうへ走っていった。
それで、ああ、ドアベルの音かと分かったけれど、こちらに来たばかりで、知り合いもいないだろうし、いったい誰だろうとアリシアは不審に思った。
それで変な人だったら危ないから、アリシアも食べかけの桃を放り出して、ミーナちゃんの後を追う。
アリシアが玄関のところまで行くと、ミーナちゃんは、上着を着ている、わりときちんとした格好をした若い男の人と何か話していて、それから手紙らしきものをもらっていた。
男の人が帰ったらしくて玄関が閉まると、ミーナちゃんはあっちこっちの戸棚を開けてバタバタと何か探し物を始める。
どうしたの? とアリシアが聞くと「トレーがないんですよ。銀色のやつ」と言う。
アリシアも、じゃあ一緒に探そうかなとなったところで、玄関ホールの隅に置いてある台の上に、そのトレーが置いてあったのをミーナちゃんが見つけて「あったあった」とか言いながら、さっきの男の人からもらったらしき手紙をそのトレーに載せる。
それからミーナちゃんは、つんとおすまし顔を作ってキッチンに戻り、トレーをアイシャさんの膝の上に座っているお嬢様に差し出しながら「お手紙です」と言った。
ミーナちゃんが急に気取るものだから、アリシアはちょっと笑いそうになったけれど、真面目に仕事をしてるんだから笑っちゃ悪いと我慢する。
お嬢様はぷにぷにのおててで手紙を受け取ると【荷物袋の異能】から瞬時に入れて出したのか、金色のペーパーナイフらしきものを一瞬だけ閃かせて封を切り、手紙を開封なさった。
それから、さっと目を通すと「どうおもう?」とおっしゃって、斜め前に座っていたトラーチェさんのほうに向かって手紙を押し出す。
すると手紙は蝶々のようにヒラヒラと意思でもあるかのように飛んで、トラーチェさんの手の中に収まった。
「……訪問伺いのお手紙ですね。学園の中の自治組織のひとつである総務部の方からです。
おとといに学生の登録をなさいましたから、登録業務は総務部でやってますからね。お嬢様が学園に入学されたと知って声をかけてきたということだと思います。
要するに一度会ってお話がしたいので訪問したいというだけのことですから、まあ受けても問題はないんじゃないでしょうか。
受けたくなければ気分が優れないとか適当に返事をしておいたらよいと思います。
どちらにせよわたくしの方で代筆などいたしますよ」
「どっちにすべき?」
「そうですねえ、お嬢様がこの学園でどう過ごしたいか、ひいては将来にどういう人生を送りたいか、ということになるかと思います。
つまり、この学園で政治活動なども含めて目立つところで色々と活動したいか、そこまでのことはしたくなくて、静かに過ごしたいかということです。
色々したいなら、この訪問を受けるだけでなく、こちらからも伝手を求めて交友関係を広げるように動くべきですし、そうでないならそこまでのことはしなくても良いでしょう。
もっと言えばお嬢様が将来的に、帝国議会での政治活動を熱心にやりたいとか、大きな商売をしたいとかであれば、今は人脈作りに熱心に動くべきですし、そうではなくて、将来は領地で治癒のお仕事などなさって、平穏にお暮しになるというのであれば、そこまですることはないかもしれません」
「……そんなのわかんないよ」
「うーん、そんなに難しく考えることもないんですよ。
そんなに急いで返事をする必要もないですし、まあ、また考えましょうかね。
気が乗らないなら断っちゃえばいいですし」
そう言われて、お嬢様はこっくりと頷いた。
「個人的な意見を申し上げればですね、総務部なんか入っても雑用で追い使われるばっかりで、評価も稼げないし、あんまりおすすめはしませんね。
お嬢様なら治癒が本職でいらっしゃるでしょうし、診療部っていう治癒士の部があるんですよ。
そちらに行ってもいいし、お嬢様は【荷物袋の異能】がかなり大きいとお聞きしましたから、生産連絡会っていうのがあるんですよ。そこに食料購買局というところがありますから、そこならお嬢様の大きな【荷物袋の異能】が生かせます。
でもそれほど忙しくはない部門なので、のんびりやりたいならそこがいいかもですね。
なんにもやらないとちょっと聞こえが悪いですし、簡単なのを少しだけやりたいなら、そこかなあと思います」
「うーん、よくわかんないけどわかった」
お嬢様はそうお答えになったけど、アリシアはトラーチェさんが何を言っているのか、まったく分からなかった。
世の中にはむつかしいことがおおい。
お嬢様は考えることが多そうで、なかなか大変そうだったけれども、その日は同じような手紙が何度も来て、そのたびごとにミーナちゃんが飛び出していって手紙を受け取り、お嬢様に渡したそうで、後からミーナちゃんに聞いたところによれば、全部で六回にもなったとのこと。
いったいなんだってそんな手紙ばっかりくるのだろうか。
そういえば、アリシアも住むところが変わったわけだし、一度くらい実家に手紙でも書いた方がいいんだろうかと思ったりもした。
◆
その翌日、今日は洗濯をしようという話になって、皆で屋敷の裏に集まる。
浴槽のように大きな桶を二つ用意して、そのうちのひとつにお嬢様が、令術で井戸水を引っ張り上げて入れてから、さらに令術で沸かしてお湯にしてくださった。
そこにアイシャさんが石鹸をひと掬い入れて、次はアリシアが木の棒でかき混ぜる。
よく石鹸が混ざったら、皆の下着やら何やらを入れて、またアリシアが木の棒でひたすらかき混ぜた。
力が強くていいわねとアイシャさんに褒められて、アリシアは嬉しかった。
ちなみに従僕のトニオ君も洗濯に来ていたのだけれど、皆が下着を洗濯桶に入れ始めたあたりで、ぎょっとした顔をして、どこかに行ってしまった。
この屋敷に男の子は彼だけだから、ちょっとかわいそうかもしれないとアリシアは思う。
そうしてアリシアが洗濯桶を木の棒でしばらく混ぜ続けて、お湯が冷めたころに、めいめい自分の衣類を引っ張り上げて、取れてない汚れがあれば、その部分だけ手洗いをしたりする。
それが終わると、またお嬢様がお湯を作ってくださって、そこに洗濯したものを入れて、またアリシアが木の棒でかき混ぜてすすぐ。
ふたつの桶を交互に使って、お嬢様が何度もお湯を入れ替えて、石鹸の泡が完全になくなるまで洗濯物をすすいだのだった。
他の皆がかき混ぜるのを替わろうかと言ってくれたけれど、ひさびさに活躍できそうな仕事だったので、申し出を断って、アリシアは最初から最後までやり通した。
それにアリシアが混ぜたほうが力があるから、実際に早いというのもある。
やがて、洗濯が終わったので木々の間に紐を張って、洗濯ものを干すと、夏の日差しに洗濯ものが翻って、暑いけれど爽やかな気持ちになった。
けれどもアリシアは、皆の洗濯物を見回して、コージャさんやミーナちゃんの小さくて可愛らしい下着と、自分の馬鹿でっかい下着のあまりの差に愕然としてショックを受けてしまい、わりと落ち込んでしまったのだった。
ちなみにお嬢様の下着は本当に小さくて、ものすごく可愛らしい。
◆
そうして洗濯が終わったけれど、朝ご飯を食べてからすぐ始めたのに、もう昼をけっこう過ぎてしまっていた。
「けっこう時間がかかりましたね」とか
「お湯を作るのはお嬢様が一瞬でやってくれたし、混ぜるのはアリシアさんがやってくれたから、すごく早く済んだほうよ」
とか話していると、アリシアはガラガラという馬車の車輪の転がるような音が、屋敷の表のあたりからしてくるのが聞こえた。
森族のお嬢様と黒森族のコージャさんは、気づいているみたいで、音の方を向いているけれど、その他の皆は気づいていない。
やっぱり森族は耳が尖がっていて少し大きいぶんだけよく聞こえるのだろうか。
ひと足先にアリシアが屋敷の中を通って、屋敷の表に出る。
後から皆が追い付いてきたところで、二頭立ての黒っぽい、けっこう大きめの馬車が、屋敷の前庭の植え込みを迂回して、屋敷の前に止まった。
馬車の御者台の上にエプロンをしたメイドさんらしき人がふたり座っていて、アリシアたちのほうを認めると、ぺこりと会釈をして、それぞれ馬車から飛び降りる。
それから馬車の扉を左右両方から開けると、中から女性が三人出てきた。
一人目に、背が高くて細身のズボンを穿いた長い黒髪の眼鏡の女の人が、身軽にぴょんと馬車から飛び降りてきて、その人の手を取って、二人目の、ふわふわしたピンク色のドレスを着て金色の髪をくるくるに巻いた女の人が降りてくる。
逆側の扉からは、三人目の、涼しそうな薄水色のドレスを着た金髪のおかっぱの女の人が、メイドさんに手を取られて降りてきた。
「突然の訪問を失礼いたしますわ。
わたくしはローラ・ヴァティカール・ダームと申します。この学園で診療部の副部長をやっております」
金髪の髪をくるくるに巻いた人はそう言うと
「こちらは同じく診療部の部長のランナ」と言って長い黒髪の眼鏡の女の人を手で示し
「そちらは同じく診療部のウビカですわ」と言っては金髪のおかっぱの女の人を示す。
それから
「今日は失礼ながら、お茶会をしにまいりましたわ。お茶も軽食もデザートもすべて用意してありますわよ! ご都合がもしよろしければいかがかしら?」
と言った。
すると長い黒髪の眼鏡の女の人が手を挙げて、それだけじゃ分からないよと言って話し始める。
「つまり、訪問するときには事前に手紙など出して都合とかをお聞きするものだけど、こっちのローラがね、どうしても他の人より先にファルブロールさんとお話したいって言うんだよ。
それで失礼は承知で突然やってきてしまったというわけさ。
こっちが急に来たのだから、お茶会といってもお茶もお菓子も必要なものはすべて用意して積み込んできてある。
もちろん今日は都合がつかないとか、急に来られても困るというのであれば断ってもらっても何らかまわない。
そのときはまた改めるよ。
あくまで今なら暇があるので、お茶会してもいいというなら、お願いしたいということなんだが、いかがかな?」
どうするんだろうと思って、アリシアがお嬢様のほうを見ると、アイシャさんに抱っこされたお嬢様は、ちらりとトラーチェさんの顔を見た。
するとトラーチェさんはほんのわずかに、うなずく。
それを見てお嬢様は「わかりました。ではなかへどうぞ」とおっしゃったのだった。
■tips
アリシアたちがいるこの国においては、令術という性差によって優劣が出ない要素があるために、女性が活動的な傾向もあり、故に女性の体の動きを制限しがちなコルセットは、存在するが、あまり一般的には用いられない。
そしてコルセットが一般的でないために、女性の乳房を支える下着としては、ブラジャーの同等物が広く用いられている。
その発展・洗練の度合いは、現代地球のものとあまり遜色がない。
これは、豚鬼族の女性というものがこの世界には存在し、彼女らは乳房が三段重ねになっているので、コルセットで単に下から乳房を押し上げて支えるだけでは不足であり、他の方式での乳房の保持が必要だったためにブラジャーが発展したという経緯もある。
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