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ハーフオーガのアリシア37 ― 学園生活のはじまりⅠ ―


 学園とやらに徐々に近づくにつれて、街道や運河沿いに宿が頻繁に現れるようになってきた。

 人や馬車と行き交うことも増えて、街に近づいているのが明らかに分かる。


 しっかりとお嬢様が野営地を作ってくれるとはいえ、野営よりは宿に泊まる方が楽だからありがたい。

 家にいたときは、狩りに出れば野宿なんか当たり前だったから、自分もお屋敷に奉公に上がってからの、たった数カ月ばかりで贅沢になったものだとアリシアは思った。

 なんだか贅沢に慣れて弱くなったような気がする。



 そうして「そろそろ馬車をしまおう、渡し賃がもったいないからね」

とご領主さまがおっしゃったので、馬車に乗っている人は、手回り品だけ持って馬車から降りると、お嬢様が【荷物袋の異能】に馬車をしまいこんだ。


 馬車につないでいた馬には、かわりに鞍を着けて、それぞれ一人ずつ乗り、アイシャさんはウィッカさんの背に横乗りで乗せてもらっている。

 後の人は歩きだ。


 そこからゆっくり半時間ほど行くと、大きな川沿いの舟着き場が見えたので、お金を払って舟に乗り込む。


 船に乗り込むなり「やあ、お疲れさんだったねえ」とか言いながら、ご領主様が臣下の人たちと話しているので、アリシアは、もう目的地に着いたのかと思って、あたりをきょろきょろと見回していると、やがて川の両岸に建物がぽつぽつと並びはじめ、川を下るにしたがって建物がどんどん密集しはじめて、やがて街のようになる。

 それからまだ川を下って、背が低くて分厚い市壁を、その断面を左右に見ながら通り過ぎるころには、川面は大きいのやら小さいのやら、たくさんの舟でごったがえしていた。

 それらを器用にかわしながら、舟は川の中州が島のようになっているところにある船着き場へと着く。


 船着き場で、入市税なのか船の使用賃なのか分からないけれど、皆のぶんをご領主さまの臣下のセフィロさんがまとめて払って、それから皆で中洲の島に上がる。


 中州から橋を渡って、市内に入ると、ご領主様が両腕をひろげてくるくる回り、

「おお、我が青春の街パリシオルムよ、時を経てもお前の美しさはちっとも変わらない!」

と、歌うようにおっしゃった。


 確かにここはアリシアから見ても、とてもきれいな街に見えた。

 道の両側に、大きな石造りで背の高い建物が並んでいるけれども、道幅も広いし、建物の石の色が白っぽくて明るい雰囲気だからあまり圧迫感はない。

 そうして建物の一階部分は喫茶店やらのお店になっていて、赤や緑の色鮮やかな布でできた庇が道に向かって大きく突き出してあって、その下がテラスのようになっていて、そこにテーブルと椅子があって、人々が思い思いに何か食べたり珈琲を飲んだりしている。

 道沿いには、街路樹が等間隔でずらりとならんで、お店の庇とは逆側から木陰を人々の上に差しかけていて、そのおかげで、もう八月だというのになんだか涼しそうだった。


 テーブルに座っているおじさんが、パリパリに焼けたクロワッサンらしきものにナイフを縦に入れて、そこにベリーとクリームを載せて、むしゃりとやって、泡立てたミルクを載せたらしき珈琲で流し込んでいるのが見えた。

 すっごく幸せそうだった。

 アリシアはそれを見ると急にお腹がすいてきてたまらなくなる。


 そこでちょうど、ご領主様が「じゃあ昼を食べに行くか」と言ってくだすったので、アリシアは大喜びで皆についてご領主様の後を追った。



 ◆



 馬たちを引きつつ、けっこう長いこと歩いて着いたのは、大きな庭園のようなところだった。

 入り口の門のところに守衛さんらしき人がいて、ご領主様がその人に

大鬼族(オーガ)ひとりと人馬族(ケンタウロス)ひとりを含めた十四人だがいけるかね」

というと守衛さんが「はい旦那様、大丈夫です」と言う。

 それでご領主様が、守衛さんにお金を払うと、皆を中に入れてくれる。


 門の内側で、係の人に馬たちを預けてから、庭園の中に進んでいくと、石造りの大きな建物があって、ご領主様たちについてそこに入ると、中がレストランになっていた。


 建物の中は、大きな板ガラスをいっぱい使った大きな窓から光が入ってきて、とても明るい。

 でも何かひんやり涼しくて、たぶん術石か何かを使っていて、室内を冷やしてあるんだと思う。


 テーブルに案内されて、アリシアは自分が座れるような椅子があるかと心配していたけれど、お店の人が、ちゃんと大鬼族(オーガ)用らしき大きくて背が低い椅子を持ってきてくれた。

 箱か何かを集めてきて布をかけるとかじゃなくて、ちゃんと大鬼族(オーガ)用の椅子を持ってきてくれたことにアリシアは感動した。



 やがてメニューが書いてある冊子を幾つかお店の人が持ってきてくれる。

「好きなのを食べたいだけ頼みたまえよ」

とご領主様が言ってくれたので、アリシアもアイシャさんが開いているメニューを斜め後ろから覗き込む。

 色々とお屋敷で美味しいものを食べ慣れたから、メニューを読んだらだいたいどんなものがでてくるのか分かって、アリシアは自分も成長したものだと実感する。

 けれどもメニューの紙には、料理の名前が書いてあるだけで、値段が書いてない。


「これ値段が書いてないですね?」とアイシャさんに小声で聞いてみると


「高級なお店だとメニューに値段が書いてないことがあるらしいわ」

とアイシャさんが教えてくれたので、すごく高かったらどうしようとアリシアはちょっと尻込みしてしまった。


 やがて注文を取りに店員さんの男の人がやってきて、あまり高くないのはどれかと考えて困ってしまったアリシアが、メニューを隅から隅まで見て、苦し紛れに

「クロワッサンと珈琲を……」などと言いかけると、ご領主様がそれを聞きとがめて

「そんなもので足りるわけなかろう」とおっしゃって、肉がいいか? 魚か? とアリシアに聞いてこられた。

 アリシアは山育ちのせいで、あまり魚を食べる機会がなくて、そのぶん魚が貴重なものと思っていて魚が好きなので「魚がいいです……」と答えると

「じゃあ魚で何かあるか?」とご領主様が店員さんのほうを振り返って聞く。


「魚であれば今ごろが時期のもので、今日はスズキに鯖に手長海老をご用意しております」


「……鯖よりはスズキだな。手長海老を前菜に仕立てて、メインはスズキにしようか。この子は体が大きいからたっぷり頼むよ」

「承知しました」

 というふうに、ご領主さまが代わりに注文してくださった。


「屋敷でも食事はそれなりのものを出してるはずだぞ。今さら遠慮したって仕方あるまい」

 ご領主様はそう言ってくださったけれども、アリシアは普通の人よりは、かなりいっぱい食べるから、人にご飯を食べさせてもらうとなると、どうも肩身がせまくて、遠慮してしまうのが習い性になってしまっている。


 出てきた料理は、まず手長海老に大蒜(にんにく)とかサフランとかセロリとか色々使って蒸し焼きにしたものが前菜で出てくる。

 その後は新鮮なサラダで、それからものすごく海老の味がするクリームスープがおいしかった。


 そのあとパンがでてきて、メインの料理が出てくるのを待っている間に、ご領主様は懐から何か銀色の小さな棒のようなものを取り出した。

 ご領主様はその銀色の棒をくるりと捻ると、棒の先っぽから灰色の突起が飛び出す。


 あれは何だろうと思ってアリシアが興味深く見ていると、ご領主様は懐から今度は何かのカードのような紙片を取り出して、そこにさっきの銀色の棒で何かを書付けはじめた。

 ということはたぶんあれはペンのようなものなんだと分かったのだった。


 ご領主様は紙片に何事かを書き終わると、店員さんを呼んで

「これをカフマン商会のゴーサに届けてくれるか」と言って渡す。


 カフマンとかゴーサとかいう名前にはアリシアもなぜか聞き覚えがあったので、思い出そうとしてみたけれど、思い出せなかった。


「カフマン商会のゴーサ様ですね、かしこまりました」

 店員さんがそうやって受け取ると、ご領主様は「すまないね、頼むよ」と言いながら、銀貨を五、六枚かそこら店員さんに渡す。

 ああいうお金の使い方もあるんだなと、アリシアはその様子を見て思ったのだった。



それからメインの大きなスズキのソテーが三匹分も出てきて、これもすごくおいしかった。

 デザートにはケーキとシャーベットに冷たくした珈琲だったけれど

「アリシア君はクロワッサンが食べたかったんだったな」とご領主さまが言って、アリシアのために、チョコレートソースとホイップクリームを載せて、ベリーで味付けしたクロワッサンを追加で注文してくださった。

 それを今度は泡立てた牛乳を乗せた熱い珈琲でいただきながら、アリシアはご領主様の寛大さにはじめて尊敬の念を覚えたのだった。



 デザートを食べながら雑談をして、皆でまったりしていると、バタバタという足音が聞こえてきて、見るとでっぷり太ったおじさんが店員さんに伴われてやってくるのが見えた。


 アリシアは、その太ったおじさんには何か見覚えがあったけれど、思い出せない。

 黄土色の地味な、でもよく見ると仕立てがきれいな高級そうな服を着ていて、顔はと見ると、目が細くて、なんだか印象の残らない特徴のない顔をしている。


 誰だったかなとアリシアが考えていると


「どうもお世話になっております! ゴーサ・カフマン、ゴーサ・カフマンでございます!」


 そのおじさんはそんなふうに、自分の名前を二回繰り返して挨拶をした。

 アリシアは、それを聞いたところで記憶の糸がつながって、あのおじさんは、アリシアがお嬢様のところに奉公にあがる前の日の晩に泊まった宿で、アリシアたちが食事をしているとやってきて、アリシアにお菓子の入った箱をくれた人だと思い出した。(#)


「おお、暑いところを来てもらってすまんね」

 ご領主様はそうゴーサさんに声をかけ、さらに店員さんのほうを向いては

「彼に何か冷たいものでも出してやってくれ」とおっしゃった。


 ゴーサさんがハンカチで汗を拭いたり、椅子を持ってきてもらって席についたところで、アイスクリームと冷たくした珈琲が運ばれてくる。


 いやどうも申し訳ありませんな、などと言いながらゴーサさんがアイスクリームを食べて、珈琲を飲んでいるところで、ご領主様が

「それで屋敷の手配はどうなってる?」とゴーサさんに聞いた。


「はい! それはもう良い物件がありましたから、買い上げて中の手直しまで済ませております」

「買ったのか。借り上げではなくて?」


「かの巨人族の賢者ヴェルフェルト卿がお使いになられていたという出物がありましてな。

 お嬢様と御郎党の皆様にも快適にお過ごしいただけることは必定でありまして、これは逃したくない、というところだったんですが、修繕や改装や家具の入れ替えが必要でありまして、そうなると借り上げでは厳しいですから」

 ゴーサさんはそう言うと、アリシアのほうにちらりと視線を走らせた。

 同じように、ご領主様もアリシアのほうをちらりと見てから、なるほど、とおっしゃった。

 

 なんだろう、とアリシアが怪訝に思っていると、ゴーサさんがアイスクリームを食べ終わり、珈琲も飲み終わったので

「じゃあ、さっそく見に行こうじゃないか」とご領主様がおっしゃって、皆でぞろぞろと席を立った。



(#)ゴーサ・カフマン氏の初登場は、ハーフオーガのアリシア6 ― アリシアの失恋と旅立ちと就職Ⅵ ― です。

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