ハーフオーガのアリシア35 ― 学園への旅行Ⅷ ―
そうして書類とお金のやり取りが全部済んで、皆が立ち上がったところで
「夜に【大もぐら亭】で宴席を設ける予定にしておりますので、もしよろしければ皆様でおいでください」
と会頭さんが言った。
「おお、そりゃ悪いね。お邪魔させてもらうよ。アリスタは行けそうかい?」
「きのう、ちりょうをしたかんじゃさんのようすをいまからみにいかないといけないの。それで、かんじゃさんのたいちょうにとくにもんだいがなければいけるとおもうわ」
「ゴドウィンのやつを治療してくださったのでしたな。私からもお礼を申し上げますぞ」
「じゃあ、さしいれをおいていくわね」
お嬢様はそう言って、また手をふりふりして大きな木箱を五つくらいも出した。
ドサドサと地面に置かれたそれを見てみると、氷がいっぱい入っていて、その中に大きな魚とか海老とか貝とかがたくさん入っている。
「おおっ、これはキラキラしていて新鮮そうですなあ!」
会頭さんがそう言って、おじさん達が箱のまわりに集まってくる。
「ぜんぶうみのおさかなだから、おさしみもいけるわよ」
そう言うお嬢様の顔はちょっと得意そうだ。
「あとおさけね」
と言ってお嬢様がまたおててをふりふりすると、今度は色々な形をしたお酒の瓶とか樽がいっぱい出てくる。
「それとくだものね」
お嬢様がおててを振ると、今度は葡萄とか林檎とかメロンとか、あと何か見たことない果物が、籠やらなにやらに入って色々出てくる。
「これはウイスキーとビールにこっちは米酒ですね、こりゃ刺身と一杯やると堪えられませんな」とか「こりゃライチじゃないですか、こんな貴重なものがいっぱい……」とか、おじさん達の喜びの声が聞こえてくる。
「おとうさま、そろそろいかないと」
「ああ、そうだね。じゃあそろそろお暇するよ。今日はいい商売ができた、ありがとう」
ご領主さまがそう言うと、おじさん達が
「こちらこそ本当に助かりました!」とか「差し入れもいただきましてありがとうございます」
とか口々に言いながら、皆で建物の前まで出て見送ってくれる。
そうしてアリシアたちは、また馬車を連ねて、いったん宿に戻った。
◆
宿に着いたので、ご領主様やセフィロさんと別れて、また出発しようかというところで、馬車の上からお嬢様が、ご領主さまに
「……ねえ、あれでよかったのよね」とおっしゃった。
「何がだい?」
「てつをたかくかったことよ」
「うーん……そうだねえ。まあ今回の商売としてだけ見たらもちろん良くないんだけど、アリスタが今後、あの会頭とか、この街とどう付き合っていくか、みたいなこととも関係してくるからね。
アリスタに考えがあって、ああいうふうにしたんだったら、それはそれでひとつの判断だと思うよ。
それに厳しいことはセフィロが言ってくれたしね」
ご領主さまはそう言って、隣にいたセフィロさんの背中をドンと叩いた。
「私が言ったってお嬢様は甘いから結果は変わりませんよ」
とセフィロさんはちょっと拗ねたように言う。
「そんなことないさ、こっちはちゃんと分かってるんだぞ。騙されてるんじゃないんだぞ、って相手側に示すのは重要なことだよ」
頼りにしてるぞ、とご領主さまはセフィロさんに言う。
「……わかったわ、セフィロさんもありがとうね」
お嬢様がそう声をかけると、セフィロさんは「いえいえ」と言って照れたように手を振った。
それから、じゃあいってくるわね、というお嬢様の声にしたがって、アリシアたちは、昨日におじさんのお腹を切った建物へと馬車を走らせたのだった。
◆
目的地まで行く道々に、あの昨日おじさんのお腹を切ったあの建物は【病院】というのだと、アイシャさんとお嬢様に教えてもらう。
病気の人が居る建物だから、確かに【病院】で、うまいこと言うものだと思うけれど、病気の建物というのはちょっと不吉な気もするとアリシアは思ったのだった。
病院の人に案内されて、昨日お腹を切って腎臓を取り換えたおじさんが寝ているという部屋に向かう。
着いてみると、広々とした部屋の床は板張りで、とても大きな窓にはガラスが入っていて、白いカーテンがかかった、とても明るい部屋だった。少し切られた窓からは涼しい風が入ってくる。
部屋にの中には、明るい色の木でできたベッドが四つ置かれてあって、ベッドとベッドの間は、大きなカーテンが下がっていて区切れるようになっている。
おじさんのお腹を切ったときの部屋は、床も石張りで窓もないような、牢屋みたいでちょっと怖いような部屋だったけれど、この部屋は明るいし、ベッドのシーツも真っ白だし、ちょっとした鉢植えの緑もあるし、ここなら居心地が良さそうだなとアリシアは思った。
手前のベッドに知らないおじさんがひとり寝ていて、昨日お腹を切ったおじさんは、奥側のベッドで、クッションを背中に入れて体を起こして書類か何かを読んでいた。
人馬族のウィッカさんの蹄の音に気付いたのか、おじさんは顔を上げて、アイシャさんに抱っこされている、お嬢様の姿を認めると、手に持っていた書類を放り出す。
それで慌てて起き上がろうとして「おきなくていいわよ」とお嬢様に止められていた。
「からだのちょうしはどう?」とお嬢様が聞くと、おじさんは
「いやいやいやいや、聞いてくださいよ! もう良いなんてもんじゃないですよ!
昨日寝て、今朝起きたらもう、すっきりさわやかですよ。
顔やら体がむくんでかゆいし堪らなかったのが、起きたらもうむくみが全部なくなってたんです。
体が疲れて仕様がなかったのに、起きたらなんか調子がいいですし、食欲も急に出てきて朝食をいっぱい食べてしまいました!」
そんなふうに興奮して話し始める。
本当に元気そうで、なんだか踊り出しそうな感じさえする。
「そう、よさそうね。おしっこはでた?」
「はい! 昨日の夜と今日の朝に便所にいきましてな。ちゃんと出ました。
それで便所に行くのに寝床から起きても動悸もないし息切れもないんですよ!
本当に調子がよくなりました!」
確かにアリシアから見てもおじさんは、顔色もいいし、なんだかシュッとして見える。
それからお嬢様は、おじさんの上半身だけ服を脱がせると、どこからともなく、只人の手首くらいの太さの筒のようなものを取り出して、それでおじさんの胸を音を聞いたり、あるいは足のほうにまわって、色々触って点検していた。
点検が終わると「いまのところはもんだいなさそうね。またくるからようじょうしててね」と言って、それでおしまいになった。
何度もお礼を言ってくれるおじさんに、小さなおててをふりふりしながら、アイシャさんに抱っこされて部屋を出てくるお嬢様を見て、赤ちゃんみたいなのにすごい! とアリシアは尊敬の念を新たにしたのだった。
◆
病院を出ると、昼は過ぎたけど夕方でもないような中途半端な時間で、しかも朝が遅かったから、昼ご飯も食べていなかったので、いったん宿に戻って、そこで何かお茶でも飲みましょうということになった。
宿の厨房で軽食を頼むと、厚焼き玉子のサンドイッチ、胡瓜のサンドイッチ、それに杏のタルトにお茶を用意して、部屋に持ってきてくれる。
軽食とは言っても、大鬼族のアリシア、豚鬼族のアイシャさん、人馬族のウィッカさんと、大食い三人衆が居るから、トレイに載っているのを見る限りでは全然軽食という量ではないけれども。
鉄を買ったところの会頭さんが、夜に宴会をしてくれるとか言っていたので、お嬢様はそれまで、もう出かけずにいて、体力を残しておくとおっしゃって、夜まで宿に居ることになった。
軽食が済んだところで、ウィッカさんとコロネさんとコージャさんは少し散歩に出てくると言って、出て行ってしまう。
そうするとアイシャさんが
「じゃあお嬢様も少しお昼寝しましょうね。私も少し休みたいです」
と言ったけれど、お嬢様は
「やだ! まだねない。あとからねにいくからアイシャだけさきにねてて」と言い張った。
それでアイシャさんは怪訝な顔をしながらも
「じゃあアリシアさんお嬢様をお願いね」と言って先に部屋に寝にいってしまう。
それでお嬢様がアリシアのほうへ漂ってきたので、捕まえて抱っこしてから椅子に座る。
その時にアリシアは、そういえばお嬢様と二人っきりってなかったなと、これが初めてじゃないかと気が付いたのだった。
それから、部屋に備え付けの菓子鉢からお菓子を取って食べたり、どうでもいいような雑談をしたりして過ごしていたけれど、ふとお嬢様が
「そういえばアリシアは【にもつぶくろ】がつかえるのよね。それならここでなにかかいつけないの?」
と言った。
「買い付けるって……何をですか?」
アリシアはまったく考えたこともなかったようなことを言われて戸惑ってしまう。
「それはてつとかガラスのしょっきとかよ。わたしがかうのみてたでしょ」
「なるほど……買ってからどうするんです?」
「どこかべつのたかくうれるばしょでうるのよ。もうかるわよ」
「そうなんですか?」
「ふつうのひとはにばしゃとかをよういして、おかねとてまをかけてほかのまちまでにもつをはこんでうるのよ。
それなのに【にもつぶくろ】のいのうをつかえばかんたんにやすくにもつがはこべるわ。
だからもうかるのよ。
とくにてつはおもいし、ガラスはわれやすいから【にもつぶくろ】にいれてはこんで、どこかこのまちからはなれたばしょでうれば、たかくうれるから、かんたんにもうかるわ」
「そうなんですね。考えたこともなかったなあ」
アリシアがお金を稼ぐというのは、魔獣などを山で狩って、それを術石とか肉とか毛皮とかに加工して、売って稼ぐというやり方しかしたことがなかったから、どこかで買い付けたものを、別の場所で売って利鞘を取るという考え方自体を知らなかった。
「……いいたくなければ、いわなくていいけどアリシアの【にもつぶくろ】ってどれくらいはいるの?」
「うーん、そうですね。いっぱいになるまで物を入れたことはないですけど、広さとしては私がいまお屋敷でいただいてる部屋くらいでしょうか」
「なんだ。じゃあてつとかガラスでもじゅうぶんもうかるじゃない」
「そうなんですか。……その、買った方がいいんでしょうか」
儲かると言われても、アリシアは特にお金に困っているわけでもない。
というより、お屋敷には部屋もあったし、食事もお屋敷で出してくれていたし、服も奥様に仕立ててもらえたし、たまに何か買い食いするくらいしかお金は使わないのに、なんだか給料で金貨をいっぱいくださるので、お金は余っている。
それにお屋敷で奉公を始めるときに【荷物袋】の異能がついた腕輪をスクッグさんがくれて、そのときに、腕輪の中にお金もいっぱい入れてくれたから、余っているというより、使う当てもないお金がいっぱいあると言ってもいい。
するとお嬢様は、アリシアの答えがあまり気に入らなかったのか、アリシアの目をみて真剣な顔で
「いい? アリシア。
おかねがあればアイスクリームとかケーキがたべられるのよ。
でも、おかねがないとたべられないの」
と言い始めた。
そう言われると確かにアリシアの実家がある山のふもとの村でも、砂糖とかは高かったので、アリシアがお屋敷に奉公に来るまではアイスクリームというものは二回くらいしか食べたことがなかった。
でも、お金がいっぱいあるように見えるご領主さまのお屋敷では、しょっちゅうアイスクリームやケーキやタルトが食べさせてもらえる。
だから、お金があったほうが良いものが食べられるというのは確かにお嬢様の言うとおりそうなんだろう。
「分かりました、鉄とガラスですね。買ってきます」
アリシアがそう答えると、お嬢様は「じゃあてがみとしょるいをかいてあげる」と言って部屋にある机のほうに飛んでいって、どこからともなく紙とペンを取り出して、さらさらと何やら書き始めた。
できあがった書類をアリシアのほうにくれながら、お嬢様は
「おかねをもうけるのもたのしいわよ」
そう言って秘密めかして笑った。
やがて部屋の外から、ガツガツというウィッカさんの蹄の音が聞こえて、それから部屋の扉が開いて、ウィッカさんとコロネさんとコージャさんが帰ってくる。
アリシアの腕の中からふわふわと飛び出して、コージャさんのほうに漂っていって抱っこされたお嬢様が
「はやくいってきて、よるにえんかいがあるから、はやくかえってくるのよ」
と言ったので、その言葉に背を押されるようにして、アリシアは宿の部屋を出たのだった。




