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ハーフオーガのアリシア4 ― アリシアの失恋と旅立ちと就職Ⅳ ―



 次の日から、アリシアの武器と鎧兜作りが本格的に始まった。


 どうもドワーフのおじさんのほうは鍛冶屋さんで、エルフ美男様は令術を使うのが得意らしい。


 ドワーフのおじさんが、巻き尺でアリシアの背丈や腕やら脚やらを測りまくり、それからエルフ美男様に荷物を出してくれと言うと、エルフ美男様は、虚空から次々と布や鎧の部品や金属の塊らしきものや、レンガやら果ては大きな水槽みたいなものまで取り出していた。


 あれはたぶん荷物袋の異能というやつだろう。

 下の町の薬屋のお婆さんが使っているのを見たことはあるけど、あんなに大きな荷物が幾らでも入るのは見たことがない。

 父は友達みたいに話していたけど、このエルフ美男様はけっこう凄い人なのではないだろうか。



 そのあとは皆で手伝って、レンガを積んで鍛冶のための炉を作った。

 

 炉が完成したらドワーフのおじさんが、暗赤色の拳よりも大きいくらいの物凄い高価そうな晶術石を懐から取り出して炉の中にポイっと放り入れた。

 びっくりして二度見すると、ドワーフおじさんは親指で背中越しにエルフ美男様を指さして、

「スクッグの野郎が木炭は運ばねえとか抜かすからよ。高いがこれを使う。あとでお前の親父にカネは貰うからな」と言った。


 するとエルフ美男様は、澄ましたとても奇麗な顔で、

「そりゃあ【森族(エルフ)】に木炭を運べだなんて、【森族(エルフ)】に自分の種族と森を裏切れって言ってるようなものだよ」

 それから私のほうを見て

「木炭なんか大量に作ってると木がいくらあっても足りなくなるからね。あれは森を壊すんだよ」

と説明するように付け加える。


 思わず、後ろにいた父のほうを見ると、父は落ち着いた顔で

「金は用意できてるから大丈夫だ」と言った。


 ひょっとして私の装備とかって物凄いお金がかかっているのではないかと恐ろしくなる。

 剣とか鎧ってもしかするととんでもなく高いのではないか。

 とアリシアが呆然としていると、ドワーフおじさんがアリシアに

「まあ術石を使った方が細かい温度調節ができるからな。

品質は上がる。心配するな」

とガハハと笑いながら楽しそうに言った。



 違う、そういうことを気にしているんじゃない。



 ◆



 エルフ美男様やドワーフおじさんのために、お酒もあるいつもよりちょっと豪華な夕食があって、それから彼らがお客さん用の寝室に引き取ったあとで、アリシアは麦を煎って煮出して、お茶を作って、父と母が居間のテーブルに座って、くつろいで話しているところに持って行った。


 お茶を置いてテーブルについたものの、なんと言っていいのか分からず、

「あの、お金……」とアリシアがボソボソと言いかけると、


「そんなことはいいの」と母が断固とした口調で言った。


 妙に強い口調だったのでびっくりして顔を上げると、いつもは静かに穏やかに微笑んでいる母が、今は真顔でいて、重ねて「そんなことは当然のことよ」と言い切った。 


 びっくりして父の顔を見ると、父も苦笑いをしながら「まあそうだな」と言う。


 アリシアが戸惑っていると、アリシアの父は手を伸ばしてアリシアの頭をひとつ撫でた。

 母も椅子からぴょんと飛び降りて、椅子を引きずってアリシアの横まで回ってきてからまた椅子に飛び乗り、アリシアの頭を抱え込んで抱きしめて言った。


「私はこうやって家の中では少し不便なこともあるけれど、アリシアにも苦労をかけていたのよね」


 母の声に涙の色が混じっていたので、アリシアはびっくりして、そんなことないと反射的に言ったけれど、今度は父がテーブルの向かい側から

「それは確かにそうなんだぞ」と言う。


 アリシアの父は少し黙って、間をとるようにテーブルの上で手を組みなおすと、アリシアのほうを見て

「アリシアはこのままここにいると結婚できない」と言った。



 アリシアは両親に、自分が何を思っているかを、自分が想像しているよりずっと正確に言い当てられたような気がして、居たたまれないような恥ずかしさを感じた。


 アルバンとフローラの結婚式があったあの日の晩に、アリシアは両親の前で泣いてしまったけれども、それはアルバンに失恋したから泣いていたのだと両親には受け取ってもらえたのだとアリシアは思っていた。

 けれど実は、自分がアルバンとフローラの幸福に嫉妬していたことが、両親にもばれてしまったのではないかと思ったからだった。


 もちろん実際はそうとも限らないのだけれども、アリシアが慄然として下を向いていると、父は、

「アリシアもなあ、オーガの里にいたらなあ。かなりの美人だと思うがな……只人の村ではなかなかなぁ」としみじみと言う。


 人間基準では美人じゃないみたいに言われて、腹が立つような気もするけれど、まったくそれを自分でも痛感しているアリシアはなんとも言いようがなくて、ぼんやりと顔を上げると、傍らの母が、父をギッと睨みつけていた。


 父の無神経な言葉に怒ってくれているんだろうけれど、その母の怒った顔が何かおかしくて、そして非常に愛らしくて、アリシアは思わず笑ってしまい、母を抱き上げてしまう。

 きょとんとしてこちらを見る只人の母は、私よりだいぶ年上で、しかも母親なのにこれほどかわいいのだから、まったくそれは父の言うとおりだろうと素直に思える。

 まあもちろん母も、人間の中でもかなり可愛いほうではあるのだろうけれど。


 アリシアが母を膝の上に横向きで座らせるように抱きなおす。


「俺は好きで人間の村にやってきた。自分の好きに嫁さんも見つけた。でもアリシアはそうじゃない」

 父に今そう言われてみて初めて、そんなものかしらと思う。

 生まれた時からの自分の状況が普通だとか普通じゃないとかは、あんまり考えたこともなかった気がする。


「だからな、とにかくここじゃないどこか大きな街に出るんだ。そうしたら何かしら出会いがあるかもしれん。山小屋に引っ込んでいたって男は見つからん」


 そう言われればアリシアは何かそんな気がしてきた。



「それで、だな……家を出て街に行くとなれば、狩人以外で何か食っていかなきゃならんが、俺とアリシアは大鬼族だからな。事務員やら針子やらするよりは、体を使って稼ぐ方が暮らしやすい。そうでないと座り仕事じゃ食費も稼げんからな」


 それは確かにそう思う。

 うちの食費は異常に高い。

 肉や山菜や多少の野菜類は自給できるけれど、さすがに小麦までは育ててないので、村に降りた時に買うことになるが、これが高い高い。

 もちろん小麦粉は主食だから、量当たりではそんなに単価が高いわけじゃないけれども、なんといっても【大鬼族(オーガ)】が家に二人もいたら食べる量が尋常ではない。

 狩人をやって普通の人間じゃ狩れないような獲物を狩れるからこそ、小麦代やらに補いがついて、それなりには良い生活もできるけれど、そうでなくて只人の一人分の稼ぎだけだったら、もうとっくに飢えて死んでいたと思う。



「体を使うとなれば、冒険者か、港の人足か、どこかお貴族様に雇われるか、そのあたりだろう。

 冒険者は当たれば稼ぎはいいが、下手をうつと死ぬ。誰の子飼いでもないからな、何の保証もない。

 港の人足は多く荷物を運べば給金も多くもらえるだろうから暮らしていけなくはないだろうが、体を酷使するからな。それで体を壊したら困ったことになる。

 だからまあ貴族の家にでも奉公にでるのが一番だろう。

 多少の荒事があるのは冒険者と同じだが、奉公先の家の庇護が得られるからな。

 仕える家をきちんと選べば冒険者よりはマシなはずだ。生活の面倒も見てもらえるしな。

 それで、昔のツテを頼って知り合いの貴族の家に頼んだ。おそらく護衛やらが仕事になるだろうから、装備品は自前で用意しなきゃならん」


 そこまで言うとアリシアの父はアリシアのほうをじっと見て、急にその目が潤んできたのでアリシアはびっくりした。アリシアは父が泣いたのを見たことがなかったからだ。


「……いつかこうやって子供は旅立っていくんだな」


 アリシアの父は湿った声で言うと、涙をぐいと拭って、改まった調子で、


「アリシア、よく聞くんだ。

 我が子のことながらお前は強い。素質がある。オーガとしてもかなり強いほうだろう。

 ほんの小さな頃から魔獣と毎日組み合って引けを取ることはなかったし、

 動きも速い。素養がある。お前はその気になれば英雄になれる。

 でも英雄になるのが幸福そのものかと言えばそうとも限らん。

 むしろ自由が無くなったり、したくないことをしなきゃならなくなったりもする。

 何が幸せかをよく自分に問うて、賢く生きなさい」


とアリシアに言い聞かせた。



 そう言われて、アリシアは自分がオーガとしては強いのかどうなのか、考えてみたことがなかったことに気づく。


 そりゃ村の子供たちよりは明らかに強いのは分かっていたが、それはオーガと只人との種族的な差でしかない。

 それに戦闘訓練でも父親には手もなくひねられてばかりだった。

 だから自分が特別に強いとも思われないけれど、逆に言えば自分が弱いと言える理由もないわけで、つまりそれは世の中にいる他の人と比べて、自分がどんなものなのかさえも自分で分かっていないということなのだった。


 アリシアは、そこまで考えてようやく、自分がどこかに行く意味を見つけたと思った。


 自分の嫉妬心から逃げるためや、男を探しにいくためだけに家から出るのではないんだ、自分というものを知るために家から出るんだと、アリシアはそのときはじめて理解したのだった。


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