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ハーフオーガのアリシア34 ― 学園への旅行Ⅶ ―


 会頭さんは、お嬢様からもらった預かり証をふところにしまいこむと


「他にも買いに回られる予定であれば、ご一緒いたしましょう。銀行やら両替商やらの連中も集めます。

 債権債務が色々ありますから、相殺で決済すればその方が便利がよろしいですよ。

 ちょっと呼んで参りますので少々お待ちください」


と倉庫から出たところで、そう言ってどこかへ行ってしまう。



 ウィッカさんを馬車につなぐ手伝いをしたりとかして暇を潰しながら待っていると、やがて会頭さんに連れられて、どやどやとおじさんやお爺さん達が集まってきた。この人たちが銀行や両替商の人たちらしい。

 ひとしきりご領主様やお嬢様にご挨拶をしたりとかして、ひと段落つくと、皆で馬車を連ねて出発する。



 ◆



 会頭さんの案内で最初に着いたのは、ガラスの器を扱う工房みたいなところで、そこはたぶん店主らしき鱗人族(リザードマン)の人が対応してくれた。

 鱗人族(リザードマン)は、鱗の人と言うだけあって、全身が鱗に覆われていて色は薄緑色をしている。

 そういえば、あの腕が六本もある体の大きなエルゴルさんも、顔とかは大鬼族(オーガ)だけど、脚は鱗で覆われていて、そこは鱗人族リザードマンみたいだったなと、ふと思い出した。


 ガラス工房の中は、わりと殺風景なところで、変わったところは、部屋の奥の壁に、六角柱を縦に半分に割ったような出っ張りがあって、その三方向の面それぞれの中ほどに丸い穴があいていて、そこが炉のようになっているらしく、その中でほとんど白く見えるくらいに温度の高そうな火が燃えているのだった。

 そして、その穴の前に、工房の人たちが陣取って、鉄の棒みたいなものを丸い穴に入れて動かして何やら作業をしている。

 外がただでさえ暑いのに、炉の熱があわさって、建物の中はとても暑い。



 アリシアたちと、それから会頭さんとか両替商の人たちとか銀行の人たちとかの、何人もで押しかけたので、店主さんは驚いていて、人数が多いので、お茶を出すのが大変だったのか、よく冷やしたビールを一杯ずつ皆に持ってきてくれた。


 湖みたいに薄青い水色に透き通ったグラスに、金色で白く泡がたったビールが入っていて、びっくりするくらい綺麗だった。

 アリシアは、思わず飲むのを忘れて見入ってしまい、周りの皆が飲みはじめたから、アリシアも一息に飲むと、外が暑かったのでとてもおいしかった。


 お嬢様はビールのかわりに、輪切りの檸檬が入った氷水を出してもらっていたけれど、お嬢様は店主さんに

「わたしもびーるがいい!」と抗議していて、でも赤ちゃんだからダメということで、ビールは飲ませてもらえていなかった。 



 そうして飲み物を飲みながら、ひとしきり挨拶や、ちょっとした世間話がすむと、鱗人族リザードマンの店主さんと、従業員の人たちで、木箱をいっぱい出してきてくれる。

 中を見ると、藁がいっぱい詰まっていたので、これは何かとアリシアが思っていると、セフィロさんが藁を少し除けたら中に色々な色のきれいなガラスの器がいっぱい入っているのが見えた。


 割れないように藁の中に詰めているんだなとアリシアが納得して、セフィロさんが不規則に幾らか抜き出して検品するのを眺めていると、店主らしい鱗人族(リザードマン)の人が寄ってきて


「私は大鬼族(オーガ)の方に会うのは初めてなんですよ。大きいですねえ」

と話しかけてくれた。


 アリシアとしても鱗人族(リザードマン)の人を見るのは初めてではないけれど、数えるほどしかない。

 彼らは、全身に鱗が生えていて、直立した蜥蜴のように見える。


 だけど鱗人族(リザードマン)の人を蜥蜴と呼んじゃいけない、そう呼ぶと嫌な顔をするぞ、とアリシアの父はアリシアに教えてくれた。

 常には鱗人族(リザードマン)と呼べばよくて、ちょっと持ち上げた言い方をしたいときは、竜人族と呼ぶのが良いとのことだった。

 つまり蜥蜴と呼ぶと、竜ではなく蜥蜴、みたいな馬鹿にするような意味合いになるから、蜥蜴に似ていても蜥蜴と呼んではいけないということらしい。

 

 それで好奇心のままに会話をしていると、仕事の話になって、彼はガラスの工房と問屋を兼業しているんだと教えてくれる。

 そう言えばアリシアが、実家の山小屋がある山の麓の村で見た鱗人族(リザードマン)も、鍛冶屋兼ガラス工房をやっていて、品物が溜まると近隣の村を巡回して売りに来るみたいな人だったと思い出した。

 

 それで、そのことを店主の鱗人族(リザードマン)に言うと

鱗人族(リザードマン)は鍛冶屋とかガラス工房とかやってるのは多いですよ。

 両方とも火を使うので暖かいですからねえ。今みたいな夏だと関係ないですが、鱗人族(リザードマン)は寒さに弱いですからね。

 冬はガラス用の炉の暖かさが身にしみますわ。どうせ暖房で火を焚くなら、それを仕事にしてしまえばいいというのは理屈でしょう?」

とのことだった。



 やがて検品が終わったのか、セフィロさんが「結構です」と言うと、お嬢様がふわふわと飛んでいって、あたりに積み上げてある木箱を何十個も吸い取って【荷物袋】の異能にしまいこんでいく。


 それから「いたガラスもみせてちょうだい」とお嬢様が言って、そうすると店主さんが別棟の倉庫に案内してくれた。


 そこにはやたらと棚板の部分が広い棚がいっぱいあって、見るとその十段くらいある棚板ごとに、板ガラスが何枚かずつ詰められていて、そのガラスがいっぱい詰まった棚が幾つもある。

 ガラスは透明なのもあれば、白、赤、青、黄と色々な色があって、棚板が広いぶんだけガラスもとても大きい。これは高いだろうなとアリシアから見てもそう思える。


 これもセフィロさんが見て回って「結構です」と言うと、お嬢様が板ガラスを【荷物袋】の異能に棚ごと吸い込んでいく。


 それをアリシアが見ていると、その様子を同じくアリシアのそばに立って見ていた店主さんが

「板ガラスは馬車で運ぶには割れやすくて輸送の歩留まりが悪いですからね。

 異能をお持ちの公女様に高値で引き取っていただいて大助かりです」と言った。


 なるほど、そういうことなのかとアリシアは感心する。


「じゃあしはらいね」

 板ガラスの入った棚を、全部吸い取り終わったお嬢様が、店主さんのほうを向き直って言うと、一緒についてきていた銀行やら両替商やらセフィロさんやらが集まってきて店主さんと相談を始めた。


 

「ガラス屋の借金の証書は全部持ってきてあるぞ」

「じゃあそれの返済を公女様の支払いで清算してもらって、現金は金貨30枚かそこらくらいだけ欲しいから、残りは銀行さんで預かってもらって私には預かり証だけください」

「それなら借金の証書は朱抹して渡すから、公女様が現金でお支払いになるぶんだけ除いて、うちの銀行に預かり証を書いていただこう。そうしたらうちの銀行からガラス屋に借金を差っ引いたぶんだけ金貨の預かり証を書こう」

「しはらいにぎんかやどうかもまぜれるわよ」

「公女様、両替屋も居るんですから飯の種を取らないでください」

「……じゃあしはらいにちょっとたすわよ」

「え、いや、そんなのは申し訳ない」

「いいのよ、いたガラスはたかくうれるわ」

「すみません、それじゃありがたく」



 なんだかアリシアにはよく分からない面倒な相談が終わると、セフィロさんとか銀行やら両替商やらの人が書類を皆で書いて、それをあっちこっちやり取りしている。


 ひどく難しそうなことをやっているので、お嬢様も内容が分かっているのかなと、アイシャさんに抱っこされているお嬢様を横目で見てみたけれど、お嬢様の顔は、なんでも分かっているような顔のようにも、あんまり分かっていないようにも見える。


 まあ、私は護衛だから難しいことはいいや、とアリシアは頭を振って考えるのをやめた。



 ◆



 その後はお嬢様が、食器を扱う問屋さんに行ってナイフやフォークやお皿を荷物袋の異能にいっぱい吸い込んで買いこんだり、酒屋さんでウイスキーやブランデーやビールやワインの入った樽や瓶を荷物袋の異能からいっぱい吐き出したり、果物屋さんで干し果物の入った籠をいっぱい吐き出して売ったりした。

 小麦問屋さんのところでは、近くの倉庫に行って、お嬢様が手から噴水のように小麦を吐き出して、倉庫をひとつ満杯にしたのにはびっくりした。

 吸い込むだけじゃなくて吐き出すほうもお嬢様はすごい。

 それから砂糖を薬問屋さんに行って(この街では砂糖は薬問屋さんが扱うらしい)砂糖を樽で何十個も大量に吐き出した。

 そうしたら、薬問屋のおばさんが、手持ちのお金がそんなにないと言いだしたから、お嬢様は出した砂糖の樽をまた荷物袋の異能にしまい込んでから、少し考えて、それから街じゅうのお菓子屋さんを全部回って、手当たり次第にお菓子を買い漁って、荷物袋に吸い込んでは、そこでいっぱいお金を払った。


 それから、そのお菓子屋さんの店主さんや店員さんたちをいっぱい引き連れて、また薬問屋さんに舞い戻ると、薬問屋さんにお菓子屋さんたちから砂糖の注文とその代金がいっぱい入ってくる。

そうして、そのお金でお嬢様は樽を五つぶんだけ薬問屋さんに砂糖を買ってもらったのだった。


 薬問屋さんを出たお嬢様は、お菓子屋さんたちをまだ引き連れたまま、今度は牛乳屋さんに寄って、牛乳屋さんに牛乳を売りつけては、お菓子屋さんに買わせ、鳥問屋に寄って鳥問屋さんに卵を売りつけては、お菓子屋さんに買わせ、もう一度果物屋さんに寄って、果物屋さんに果物を売りつけてはお菓子屋さんにまた買わせた。


 なんだか自分で火をつけて、自分で水をかけてまわるような、こんな商売の仕方があるのかと、アリシアは驚嘆した。

 とは言うものの、これはお嬢様が売りつけた砂糖と牛乳と果物と、あと小麦がお菓子に化けただけで、あんなに山のようにいっぱい買ったお菓子をどうするんだろうとアリシアは思わなくもない。

 自分で食べるんだろうか、それともどこかに売りつける算段があるんだろうか。


 お嬢様が色々なものを吸いこんだり吐き出したりして買ったり売ったりするたびに、後ろから付いてきている銀行や両替商やセフィロさんの間で、色々な書類が作られてはやりとりされる。



 そうして最後に皆で銀行とかいうところに馬車を連ねて、連れだって行く。


 アリシアは銀行というものがあるんだということは、以前に貸本屋から借りて読んだ小説の中にでてきたことがあるので知っていたけれど、アリシアの実家がある山の麓にあった村には、銀行などという高度な施設はなかったので、実際に行ったことはない。

 だから、どんなものかと思っていたけれど、その銀行というものに着いてみると、建物はやたらと大きくて立派だった。

 何だか偉そうな建物だけれども、それなのに、窓が少なくてほとんど飾り気がないという、どこか牢獄を思わせるような、豪華なんだか質素なんだか、よくわからないような不思議な雰囲気がある。


 それで、その建物の奥のほうの、窓がひとつもないような奥の部屋に通される。

 そこは窓がひとつもないのに、それなのにやたらと広くて豪華というような変な部屋で、足元の赤い絨毯はやたら沈むし、天井には、部屋に窓が無いせいか、術石の灯りが幾つも点けてあって、とても明るかった。

 部屋の隅には窓もないのに観賞用の大きな鉢植えの木やらが置いてあったり、壁には何だかよく分からないレリーフがあったりする。

 それで、部屋の真ん中に彫刻がいっぱい入った、机の脚も凝って曲げてあるような、大きくて背の低い立派な木の机があって、ソファーやらが向かい合わせに幾つか備え付けてある。


 そこの部屋には立派な上着を着こんだ偉そうなおじさんが一人いて、その後ろにかっちりした格好をした男の人が何人も控えていた。


 その立派な上着を着こんだ偉そうなおじさんが

「ファルブロール伯ならびに御公女様におかれましてはご機嫌麗しゅう」というと

「頭取、世話になるね」とご領主さまが返していた。

 立派な上着を着た偉そうなおじさんは頭取さんというらしい。

 そんなような挨拶があって、ご領主さまとお嬢様がソファーに落ち着くと、冷たくしたお茶が皆に配られる。


 外が暑かったので美味しいなあと思いながらアリシアがそれを飲んでいると、けっこう大きくて頑丈そうなワインの瓶を入れる箱みたいな木箱が運び込まれてくる。

 するとお嬢様がふわりと浮かび上がって、小さなおててから金貨を、その箱めがけて噴水みたいに吐き出し始めた。


 お嬢様はさっきから、小麦やらを干し果物の籠やらを手から吐き出していたから、いいかげん慣れてきてはいたけれど、今度は金貨だったので、アリシアもさすがにお茶を吹きそうになる。

 なんとかこらえて様子を見ていると、木箱の中に金貨がけっこう溜まったところで、お嬢様からの金貨の放出が止まる。

 次に天秤ばかりが五つくらいも持ち込まれて、皆が見守るなかを、銀行の人たちが金貨を何十枚かずつまとめて次々と量っていく。

 

 やがて頭取さんが

「帝国金貨で2,345枚を確かに頂きました」と言うと、今度はまた銀行の人が何か書類を書いたり、会頭さんやお嬢様が、それぞれ作った預かり証に赤で大きくバツを付けて、支払い済みとか書いて署名をしたりしていた。


 アリシアは貸本で文字を読むことはよくあったけれど、家でしていた文字の練習以外で文字を書いたことはほとんどない。

 たまに手紙を出したり、結婚式や葬式があったら呼ばれていって参列者の名簿にサインするくらいだったから、ものを売ったり買ったりするたびに、いちいち紙に書いて日付を入れて署名したり、その紙が要らなくなったら、赤で消してまた日付を入れて署名したりしなきゃならないのは、なかなか大変なものだなとアリシアは思った。



■tips



 本日アリスタお嬢様は、鉄インゴットを中心に、銅インゴット、ガラス製品、陶器類、金属製カトラリー、お菓子などを、しめて金貨5,648枚分お買い上げになり、小麦、酒類、ドライフルーツ、青果、牛乳、卵、砂糖などを金貨3,305枚ぶん売却なさった。

 また諸々の手数料として金貨を2枚お支払いになった。


 ちなみに金貨1枚は現代日本の貨幣価値になおすと、おおむね10万円である。


 

また途中ですが、長くなってきたのでいったん切ります。

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