ハーフオーガのアリシア33 ― 学園への旅行Ⅵ ―
馬車はまた山の麓に沿って街に戻り、表の大通りから街に入っていく。
大通りを、街の奥のほうへ、山の方向に向かって少し走ると道が別れていて、分かれ道のほうへ入った。
すると道沿いに、倉庫とか、なにやら煙がでている工房らしき場所とか、大きなお店らしき建物なんかが所狭しと並びはじめ、分かれ道からも一定間隔で、さらに分かれ道がでていて、その両脇にも建物がびっちり並んでいて、どれだけ人がいるのかというくらいに賑やかに人や馬車が行きかっている。
馬車は大きな道を道なりに、奥までいくと、山の斜面に貼りつくようにして、石造りのひときわ立派な四階建てくらいある建物があった。
建物の正面には大きな扉があって、その両側に門番らしき人が二人で立っている。
馬車が建物の前まで寄っていくと、門番さんのうちのひとりが建物の中に引っ込んで、もうひとりがご領主さまの乗った馬車を曳いている馬の口を取ってくれた。
皆で馬車から降りて、ご領主さまたちの乗っていた馬車は門番さんに預けて、お嬢様たちの乗っていた馬車をウィッカさんが置いて戻るまで、皆で待っていると、建物の扉が開いて、立派な服を着た初老の男の人が出てくる。
「閣下ならびに御公女様、遠路遥々のお越しをいただき、まことにありがたく」
そう言って、その初老のおじさんは胸に手を当てて片膝をつく。
「やあ会頭、元気そうだね。いやなに、ついでだよ、ついで」
ご領主さまがそう言いながら、会頭と呼ばれたおじさんの手をとって立たせると、おじさんは
「ささ、ともかく中へどうぞ」と言ってくれて、それで皆で建物に入った。
そうして応接室みたいなところに通されると、皆のぶんの椅子が用意されていて、ちゃんとアリシア用のでっかい椅子もあったし、ウィッカさん用の厚手の絨毯もあった。
用意された椅子やらに皆が座ると、お茶とお菓子が運ばれてくる。
周りをみながらタイミングをはかってお菓子をかじってみると、小豆かなにかの豆を煮たらしきものを潰して砂糖で甘く味付けした餡が入った饅頭だった。
それからお茶を飲むと、無発酵の緑色のやつですごくいい香りがして、ひとくち飲むとまたふわりと甘い香りが鼻に抜けて最高においしかった。
思わず「おいしい……」とアリシアが呟くと、会頭さんが
「これは山の上のほうから水を取ってきて、それで淹れてますからな」と言った。
「そうなんですか」とアリシアが答えると、会頭さんは
「このあたりは鉱山がありますから、そのせいで水の味が硬いし、金気も多少感じることもあります。
おいしい水が必要な場合は坑道から離れた場所で、坑道より上にある沢やらで採水しないといけません」
と言葉を続ける。
「のみみずならいっぱいもってるからたしょうおいていくわ」
そうお嬢様が横から口を挟んだ。
「いやいや、そういう意味で申し上げたのでは……でもありがとうございます」
会頭さんは、そう言って揉み手をしてから、何気なく
「……それで、今日はどのようなご商売をお考えでおられますか?」と言った。
「なんでもよ。なにかやすいのがあればかうし、たりないものがあればだすわよ」
「わかりました。ありがとうございます。いただきたいものは、小麦とか穀物全般にあとは酒類に、干した果物などあればというところでしょうか。出したいものは鉄材に鉄製品にガラス製品、あとこちらからの支払いがてらに銅もいくらか持っていっていただければと思っております」
「わかったわ、ウイスキーとブランデーをいっぱいもってるから、それとこむぎとほしたくだものね。チーズなんかもあるわよ。あとはしおとかさとうもあるわね。ちなみにてつはどれくらいひきとればいいの?」
すると会頭さんは少し黙ってお嬢様の顔を見てから
「……どれくらいをお買いいただく予定にしておられましたか」と言った。
「とくにきめてないわ。だぶついてたらかうし、しなうすならむりにかったりはしないわよ」
「ありがとうございます。では鉄を……100トンほどお買い上げいただけませんか?」
「100トン!? お嬢様にそんなに買わせてどうするんです!」
と、一緒についてきていた、ご領主さまの臣下の、確かセフィロさんとかいう人が大きな声をあげる。
それで会頭さんはちょっと縮こまってしまったけれど、お嬢様は動じた様子もなくて
「かうとしたらねだんはいくらなの?」と聞いた。
会頭さんは席を立つと、後ろに置いてある事務机?から紙とペンとインク壺らしきものを持ってきて、席に着くと紙に何やら数字を書いてお嬢様のほうに差し出す。
それをセフィロさんが覗き込むと「高すぎる!」と喚いた。
会頭さんは苦しそうな顔をしている。
お嬢様はその数字が書かれた紙を両方の小さなおててで持ってとっくりと眺めながら
「かいとうさん、なにかこまってるの?」と言った。
「はい……困っております」
会頭さんは、そう言って胃のあたりをさすりながら答える。
「おかねないの?」
「……正直に申し上げれば左様です。最近は鉄の卸売価格が下がっておりまして、ここの鉱山は地形の問題で運河から少し離れておりますので、コークスの仕入れにしても、鉄の出荷にしても輸送費がかなりかかりますので元から利が薄いんです。ですからさらに値が下がると、かなり厳しい。値が上がるまで待とうと出荷を絞って在庫を積んでおりましたが、そろそろ資金繰りが厳しいです……」
会頭さんはそう言って顔を覆うように擦る。
「だからってうちのお嬢様に損をかぶらせようってのか!」
そうセフィロさんが怒鳴った。
会頭さんは、身の置きどころがないような仕草で下を向いてしまっている。
「これから、てつのねだんがあがるみこみはあるの?」
お嬢様が少し考えてからそう質問をした。
「はい、最近はすこし景気が悪くてだぶついているだけで、またそのうち回復すると思います」
それならどっかから借金して資金をつなげばいいじゃないか、とセフィロさんが小声で悪態をつく。
「わたしがそれだけてつをかってもほかのひとがかうぶんがなくなったりはしないわよね? ほかのしょうにんさんのじゃまはしたくないわ」
お嬢様のその言葉に希望を持ったのか、会頭さんは
「はい! それはもう。公女様には積みあがっている在庫の幾らかを引き取っていただければということですので」
と顔をあげて急いで答えた。
「わかった。じゃあそのねだんでかうわね」
「ありがとうございます!ありがとうございます!」
会頭さんは、机に手をついてペコペコと頭をさげていて
「お嬢様!」
とセフィロさんが咎めるように言ったけれど、お嬢様は、いいのよ、と言って取りあわなかった。
「ではさっそく参りましょう!」
と、急に元気になった会頭さんに案内されて、建物を出る。
◆
少しだけ馬車を走らせて、倉庫のようなところにつく。
皆が馬車から降りて、ウィッカさんが装具を外して馬車から離れると、会頭さんが倉庫の入り口に立っていた門番らしきひとに合図をして、それから皆で倉庫に入れてもらう。
中に入ると鈍色に光る金属の塊がいっぱい積んであって、そのひとつひとつの塊は台形の棒状をしている。
アリシアは、鉄のインゴットを見ても、なんだか鉄の塊にはあまり見えなくて、それよりも実は表面に紙かなにかが貼ってあって、その紙をピリピリと破くと、中からスポンジケーキかカステラでも出てきそうだなと思った。
そのスポンジケーキかカステラみたいに見えるインゴットが、たぶん何百個もまとめて、1メェトル四方くらいのサイコロ状になるように積んであって、それがさらに何十個も置いてあるのだった。
アリシアがそばに寄って、インゴットを興味深く眺めていると、後ろからセフィロさんがやってきて、アリシアの隣でインゴットをひとつ手に取って、矯めつ眇めつし始める。
セフィロさんは、両手で持って重そうにしているので、確かにこれはスポンジケーキでもカステラでもなくて鉄らしかった。
と、そこで手が滑ったのかセフィロさんがインゴットを取り落として足の上に落としそうになる。
アリシアが横からさっと片手を出して、受け止めたので落とさずに済んだけれど、アリシアが持った感じでは確かに鉄の塊らしい重みがあった。
ありがとうございます、いえいえ、などと会話をしながらインゴットをセフィロさんに返して、手がベタついた感触があったので見てみると、どうやらインゴットの表面に薄く油を塗っているようだった。錆びないようにするためだろうか。
会頭さんが布を持ってきてくれて、それで手を拭いていると、点検が終わったのか、セフィロさんがインゴットを元あった場所に戻して「結構です」と言った。
「じゃあもらうわね」
とお嬢様が言って、インゴットを重ねてあるほうに漂っていって、手をかざすなりインゴットが重ねてある山ごと消える。
お嬢様の【荷物袋】の異能に収納してあるんだと思うけれど、1メェトル四方ほどもあるサイコロ状の山が15個ほども消えてしまうので、さっき捨ててある石の山をしまいこんだときもそうだけど、つくづく凄いものだとアリシアは思った。
「しはらいはどうする? ていこくきんかでいい?」
「うーん、帝国金貨払いで期日無しの預かり証を出していただけます? そっちのほうが楽だ」
「しんようしてくれるのはうれしいけど、ぶしょうするのね」
「気を付けるべきときは気を付けるべきですが、信用すべきときには信用することです。
請負、売掛、買掛、為替、すべて信用ですからな。信用は商売の本質で、それ無しには商売なんぞというものはできませんぞ」
「そうなのね……じゃあセフィロおねがい」
「はい、と言いたいところですが、お嬢様書いてください。練習ですよ」
「えー……」とお嬢様が不満そうな顔をする。
「様式集を渡したでしょう。見ながら書いたらいいですから」
そう言われてお嬢様が片手をふりふりすると、お嬢様の目の前に何か紙を束ねて作ったような帳面のようなものが出現して、その場で浮かぶ。
それから、その帳面はひとりでにパラパラとめくれていって、あるページで止まる。
すると、またお嬢様が手をふりふりしたかと思うと、突然お嬢様の前に大きな机がドンと出現して、同時に、お嬢様の小さな右のおててには羽ペンが、左のおててには紙が握られていた。
お嬢様は出現した机の前に浮かびながら、目の前に浮かんでいる帳面をチラチラ見つつ、机の上に置いた紙にサラサラとペンを走らせる。
やがて「できた!」とお嬢様が声を上げると、セフィロさんが「じゃあちょっと見せてください」と言ったので、お嬢様がまたおててをふりふりすると、そよそよと風が吹き、机の上の紙がひらひら飛んでセフィロさんの手に滑り込んだ。
セフィロさんはお嬢様の書いた紙をじろじろ見て、それから「結構です」と言って、紙をセフィロさんから受け取った会頭さんも、さっと見て「問題ないですな」とにこにこしながら言った。
■tips
西方帝国領土の度量衡における“トン”は現実世界のトンとは重さが少し異なる。
というのは、帝国の皇帝たる者が、臣下より度量衡の制定を請願された際に、現代地球における1mを念頭におき「1メートルってたぶんこれくらいよね」などと宣いつつ、その両の掌をもって示したのであるが、そうして制定された西方帝国の長さの単位「メェトル」は現代地球における1.043mだからである。
皇帝は、1トンの重さが1m四方の箱に水を入れて、その重さが1トンであることは覚えていたので、重さの単位についてもそのように制定するように臣下に指示した。
よって西方帝国における“トン”は現代地球でいうと、1.043の3乗トンとなってしまい、すなわち1.135トンである。
また皇帝は1トンの1000分の1が1キログラム、その1000分の1が1グラムであることも覚えていたので、そのように度量衡は定まってしまった。
そのため西方帝国における「キログラム」は現代地球における1.135kgとなり「グラム」は1.135gとなっている。
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また中途半端なところですが、5000字近くになってきたのでいったん切ります。