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ハーフオーガのアリシア31 ― 学園への旅行Ⅳ ―



 食堂に入ってきた五人の男の人たちは、ご領主さまのテーブルの方までやってくると、跪いてしまう。

 それから先頭にいるおじさんが


「おはようございます。閣下、本日は畏れ多くも当地への御足労をいただき、まことにありがたく……」

と口上を述べ始めた。


 けれどもご領主さまは手を振って

「いやいや、こっちまで来たのは、娘を学園に送っていくついでだし、せっかく領地から離れて陳情のない朝を楽しんでいるんだから、そういうのはやめてくれたまえよ。それに今日の主役は娘の方だろう?」

とおっしゃった。


 すると先頭のおじさんは、ご領主さまと二言三言話してから立ち上がって、それからこっちのテーブルのほうにやってくる。

 そうしてテーブルの横のお嬢様から見える位置で、また跪く。

「おはようございます。公女さまにおかれましては、遠路はるばると当地へお越しいただき、まことにありがたく存じます。

 また学院へとご入学なさるとのこと、御祝いを申し上げます」


 おじさん達はもちろんお嬢様に跪いているわけだけれど、一緒のテーブルにいるアリシアも、ついでに跪かれているようなかたちになってしまって、居心地が悪かった。

 立ち上がったほうがいいのかな、とも思うけれど、どうしていいか分からなくて固まっていると、お嬢様が、お子様用の椅子からふわっと浮き上がって、同時に立ち上がったアイシャさんのところに飛んで抱っこされる。

 それから「ありがとう、きょうはよろしくね」とお嬢様がおっしゃった。


「私どもの方こそ、よろしくお願いいたします」

そう言うとおじさんたちは深々と頭を下げた。


 それからお嬢様が「きょうはこれからでかけるのよ」と言ったので、皆でいったん部屋に戻り用意をして、アリシアも軽く武装する。

 

 いってらっしゃいと手を振ってくださるご領主さまにご挨拶をして、それから宿を出たところで待っていたおじさん達の案内にしたがって歩いていく。



 ◆



 少し歩いたところに、石灰かなにかで白く塗ったやたらときれいな石造りの建物があって、そっちに案内されて入っていく。

 待合室みたいなところに通されると、そこにいた人が、薬液の入った盥を持っていて、それで手を洗うように言われるので、手を洗う。

 すると、また別の人が、青緑色をした外套のような、でもペラペラの大きな服を皆にくれて、その服を皆で、いま着ている服の上から着こむ。

 他の皆はその服が着れたけれども、アリシアは服が小さすぎて着れなかったし、ウィッカさんも人間部分の上半身は着込めたものの、馬部分の下半身が当たり前だけど覆えなかった。

 でもお嬢様はそんなことは最初から分かっていたみたいで

「アリシアとウィッカはすこしはなれたところからみていてね」とおっしゃる。

 ちなみにお嬢様用の小さな服は用意されてあった。


 それから皆に布が配られて、それで鼻と口を覆い、さらに布が配られて頭もしっかり覆う。

 最後にもう一度薬液が出てきて、手を洗った。


「どこにもてをつかないでね」とお嬢様が言って、お嬢様とアイシャさんが両手を軽く体の前に上げたので、皆で真似をする。


 それから案内の人がやってきて、皆で手を上げたまま、お嬢様が浮いて後に続き、それからアイシャさん、コージャさん、コロネさん、それからウィッカさん、最後にアリシアの順番でぞろぞろとついていく。

 

 やがて大きな両開きの扉がついた部屋の前までくると、そこにも人が立っていて、その扉を開けてくれて、アリシアたちは皆で中に入る。

 本当にどこにも触らないようにしてるんだなとアリシアは感心した。



 ◆



 部屋の中にはベッドがひとつあって、そこにおじさんがひとり寝ていたけれど、そのおじさんには皆で着ているのと同じような青緑色の大きな布が掛けられていて、体を覆われている。

 もちろん顔は布からでているんだけれど、奇妙なことには、その体を覆っている布には一箇所だけ丸く穴があいている部分があって、そこからおじさんのお腹らしき肌色が覗いていた。

 そしてそのベッドの横に、皆が着ているのと同じような青緑色の上っ張りを着て、鼻と口と頭を覆った男の人が立っているのだった。


 奇妙と言えばこの部屋も奇妙で、石のタイル張りの床に、何に使うんだかよく分からないような装置が幾つか置いてあって、さらに何の飾りもないような部屋なのに、ベッドの上の天井にだけ術石を入れた小さなランプを何個も束ねて、そのランプを束ねたものをさらに幾つも束ねたような、シャンデリアのおばけみたいなものが下がっていた。


 お嬢様は寝台の前までふわふわと漂うと、くるりと向き直ってアリシアたちの方を見て

「きょうはこのおじさんのおなかをきってじんぞうをひとつとりかえるわけだけど、アリシアとウィッカはからだにあううわっぱりがないからすこしはなれてみててね」

とおっしゃった。


 お腹を切る? 腎臓を取り換える?

 何のことなんだろうとアリシアはよく分からなかったけれど、とりあえず見ていればいいらしいので、そこは安心する。


 それからお嬢様は、コロネさんのほうを見て「コロネはけいけんがあるわよね?」と聞いた。


「はい、簡単な怪我や骨折の治療だけですが……」


「じゃあこっちにきててつだって」


 コロネさんは人のお腹を切ったことがある?

 それはどういうことだろうと考えていると、お嬢様は今度はコージャさんの方を向いて

「コージャはどう?」と聞いた。


「私はやったことないです」とコージャさんが答える。


「じゃあこんかいはけんがくね」


 はい、とコージャさんが答えると、

「あの……だ、大丈夫なんでしょうな?」と寝台に寝ているおじさんが言い出した。


 するとアイシャさんが寝台の反対側にまわって

「腎臓の取り換えなら大きな血管さえ気を付けていればいいですし、もし出血してもお嬢様なら簡単に塞げますから大丈夫ですよ」

と、そのおじさんに優しい声で言ったけれど、おじさんは

「あの、奥様がやってくださるんじゃないんですか?」と言い募る。


 するとお嬢様は、ふわりと飛んでその寝ているおじさんの胸の上のあたりに浮かんで

「はいのこうかんはむつかしいから、おかあさまがよこについていてくれないときは、あんまりやりたくないけど、じんぞうのこうかんならわたしひとりでもできるわ! かりにしっぱいしても、じんぞうはふたつあるし、すぐしんだりはしないわ!」

と自信満々におっしゃった。


 すると、おじさんは一度だけ目をつむって、それから

「……分かりました。お願いいたします」と観念したように言う。


 アリシアとしては、お嬢様がそんなところに浮いていたら、おじさんからパンツが見えちゃうじゃないかとそれが心配だった。



 ◆



「じゃあはじめるわね」

 そう言ってお嬢様は、どこからともなく銀色の筒のようなものを取り出した。

 その筒の先には、鋭い針のようなものがついている。


「かんじゃさんをよこにしてせなかをまるめて」

とお嬢様がいうと、アイシャさんとコロネさんでおじさんの体を転がす。


 ちょっといたいわよ、とお嬢様がそう言いながら銀の筒をおじさんの背中に押し付けて針を刺した。


 それから少し待って、お嬢様は金属の棒を取り出しておじさんの脚をちょんちょんつついて、つつかれているのが分かるか聞いたり、その棒をおじさんの肌にぺったりくっつけて、冷たいかどうか聞いたりしていた。

 すると不思議なことには、最初は「つつかれているのが分かります」とか「冷たいですな」とか言っていたおじさんは、数分もしないうちに、金属の棒で脚をつつかれても叩かれても何も感じなくなってしまった。


「じゃあますいがきいたからはじめるわね」

 お嬢様がそう言って、おじさんを仰向けに戻す。

 それから、ベッドの横に立っていた男の人が、ベッドの上のシャンデリアのおばけみたいなものに触れて灯りを付けた。

 そのシャンデリアのおばけは、見た目通りすごく強力で、とても明るく、仰向けになったおじさんを照らし出す。


 それから、ベッドの横でふわふわと浮かんでいるお嬢様が、どこからともなく食事のときに使うカトラリーのような、きれいな銀色をした刃の短いナイフのようなものを取り出すと、おじさんに掛けられている大きな布の穴の肌が出ているところに切りつけた。


 いっぱい血とかでるものかと思ったら、なんだか傷口からシュウシュウと煙がでてきて、あまり血はでない。

「いまおなかきってるけどいたくないわよね?」とお嬢様がおじさんに聞く。


「はあ、何も感じませんが……何やら旨そうな匂いがしますな、肉を焼いたときみたいな」


「きずぐちから“ち”がでないようにきったぶぶんをやいているのよ。だからそれはあなたのきずぐちのおにくがやけているにおいね」


 おじさんはひえっ!? と呻くと顔を青くして黙ってしまった。


 皮膚の下の膜、脂肪と、お嬢様は細かく刃を動かして、きれいに切っていく。

 アリシアも獲物の解体はするけれど、あれはもっと適当に切っていくから全然違う。


 切った部分は、なんだかよく分からないヘラのようなものや、刃のついていない鋏のようなものをどこからか取り出して、傷口の外側に向けて開くように、順序良く固定していく。


 やがて、ベッドの、お嬢様の浮いているのと逆の側で傷口を見ていたアイシャさんが

「これが腎臓の血管で、こっちが尿管ですね」と言った。


 するとお嬢様は、少し大きめの、発条のついた銀色の髪留めみたいなものを取り出して、その血管を挟み付ける。

「ちょっとみて」とお嬢様が言うと、アイシャさんが少し触ってみて

「ちゃんと止まってますね」と答えた。


「じゃあきるわね」とお嬢様が言って、その血を止めた血管を切って、それから周りの膜やら何やらをサクサクと切って、そうして腎臓をごろりと取り出した。

 ベッドの脇に立っていた男の人が、さっと銀色のトレイを差し出して、そこに腎臓が置かれる。


 なんだかソラマメみたいな形をしていて、けっこう大きい。

 かなり色が悪く黒ずんでいるし、ゴツゴツしていて、新鮮じゃなさそうに見えるのは、このおじさんの腎臓が悪いからだろうか。


 また金属のヘラみたいなものが何本もお嬢様のいるあたりから出てきて、アイシャさんが、それを受け取ると、器用に腎臓が取り出されたあとの隙間を固定していく。

 すると、お嬢様がそこに手をかざして「むむむっ!」とかわいい声でうなった。


 目を灼くような強くて白い光がお嬢様の手から出て、アリシアが思わず目をつぶり、目を開けると腎臓を取り出したあとの隙間に新しい腎臓ができていた。

 おどろいてアリシアは思わず目をぱちくりと見開いてしまう。

 ただし色は真っ白で、なんだか石膏像みたいな色をしているのだった。


「ちょっとみて」お嬢様が言って、アイシャさんがゴソゴソと触って点検して

「ちゃんと血管も尿管も付いてますね」と答える。


「じゃあしめていくわね」

 お嬢様がそう言うと、アイシャさんが腎臓の血管を止めていた銀色の髪留めみたいのを取り外す。


 切り開いた膜やら何やらを留めていた、金属の器具やらヘラやらを取り外すたびに、お嬢様の手に白い光がピカピカと光って、そうして瞬く間に傷口が修復されていく。

 これは魔法じゃなくて、ナノマシンとかいう目に見えないくらい小さな機械がやっていることだとスクッグさんは言っていたけれど、ただ見ている限りではまったく魔法のようにしか見えない。


 やがて、一番おもての皮膚が治されて切り口がすべて塞がって、そこをコロネさんが薬液につけた布で拭いてきれいにする。

「ぜんぶおわり……ものすごくつかれたわ」

 薬液の入った盥で手を洗い終わったお嬢様がそう言って、ふらふらと漂ってきたので、アリシアは、ウィッカさんに取られる前にと思って先に進み出て、お嬢様を抱き取った。



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