ハーフオーガのアリシア30 ― 学園への旅行Ⅲ ―
学園とやらまでの旅行は、馬車で(アリシアにとっては歩きで)行くものかと思っていたら、わりと川や運河を舟で揺られていくことが多かった。
川舟というものは流れている方向にしか移動できないものだとアリシアは思っていたけれど、実際は馬や人夫さんに引っ張ってもらって、下流から上流にだって遡れるのだとアリシアははじめて知った。
というより自分たちで引っ張れば馬や人夫の費用を節約できるということで、馬車の馬を使って舟を引いたし、アリシアや馬人族のウィッカさんもロープで舟を引っ張ったりした。
馬車で移動するのは川や運河を乗り換えるときや、あるいは宿にできそうな町や村がそばにあるときは、そこに立ち寄るときくらいで、それ以外はなるべく川や運河で舟に乗って楽をしようという経路をとるので案外と自力では走らない。
行く道の途中に宿がないときはお嬢様が壁と堀を造ってその中に馬車を入れて、そこで寝ることになる。
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そうやって旅をして一週間くらいたったある日。
運河から上がったところで、ご領主さまが「今日は近くの街に泊まるからね」とおっしゃった。
馬車の中で寝ても何か困ることがあるわけじゃないけれども、やっぱりきちんとした宿屋で寝る方がくつろげるので嬉しい。
車列は山の方へ向かって進路をとり、ひたすら走って夜に山の麓にある街についた。
山にへばりつくように作られてある街はかなり大きく見えて灯りがたくさん点いていた。
背が高い建物もいくつもあって、街の正面から大きな街道が出ている。
街に入っても、明るく照らされた街路には人がたくさんいて、道沿いにはお店がいっぱいあって、とても賑やかだった。
山のそばの少し外れた場所にある街なのに、なんだか妙に人も多いし建物も大きくて立派に見える。
◆
ご領主さまの馬車の後について、なんだか三階建てくらいあるような、立派な石造りのすごくでっかい宿の前に皆で乗りつける。
すぐそばにある厩舎に馬車と馬を預けてから、時間がもう遅いので、荷物を宿の人に預けてから、すぐに宿の食堂で夕食をいただく。
食堂は広々としていて、高い天井には術石が入った灯りがいっぱいあって明るかった。
食事をしっかり食べて、デザートと食後の珈琲まで堪能したところで、宿の人がやってきて、部屋に案内してくれる。
用意してくれた部屋はどうやら最上階らしくて、三階まで階段を昇る。
蹄をゴツゴツと鳴らしながら階段を昇るウィッカさんのお尻を眺めながら、馬のお尻が階段を昇っていくのは何度見ても違和感があるなとアリシアはぼんやりと思った。
最上階まで上がって部屋に入ってみると、なんだか部屋の中に部屋があるというような変わったところだった。
部屋の中がひとつの家みたいになっていて、部屋の中に居間らしき部分があってソファーや背の低いテーブルがあったりする。そのそばに皆の荷物を固めておいてくれている。
他にも、寝室らしき部屋があったり、お風呂がついていたり、食事をする部屋や書斎らしき場所があったりして、なんだか妙に豪華な部屋だった。
アリシアでも問題なく座れるような大きな椅子があったり、分厚いマットらしきものにきれいな布をかけたようなものが置いてあるので、これはウィッカさんが使うやつかなと思う。
ソファーもふかふかで、お嬢様がソファーの上でびよんびよんと跳ねていた。
でも部屋についてある風呂は小さくて、他の皆は入れても、体の大きなアリシアとウィッカさんはは入れなさそうに見える。
それで、体を拭くお湯をどっかで貰ってこなきゃいけないね、とかアリシアとウィッカさんで相談をしていると、それを聞いたお嬢様が
「ここはいっかいにおおきなおふろがあるのよ!」と教えてくださった。
「あ、そうなんですか」などと返事をしながら、それは助かったなあとアリシアが思っていると、お嬢様は
「ここにはなんどかきたことがあるもの」とおっしゃった。
お嬢様は赤ちゃんみたいに見えるのに、何か凄いとアリシアは感動した。
それでお嬢様が皆で一緒にお風呂に入ろうと言ったので、皆で連れ立って一階に降りる。
ウィッカさんが馬人族なので毛があるから、お風呂場を使わせてもらえるかどうか不安がっていたので、コージャさんとコロネさんが、宿の人に聞きに行ってくれて、そうしたら宿のほうで、わざわざウィッカさんように大浴場の浴槽をひとつ空けてくれた。
風呂場の脱衣所でアリシアが服を脱ぎ終わって目を上げると、裸になったお嬢様を、同じく裸になったアイシャさんが抱っこしているのが見える。
アイシャさんの豚鬼族ならではの、六つあるとても大きなおっぱいを見ていると、アリシアは自分の乳母をしてくれていたオークの女の人を思い出して、懐かしいような寂しいような気持ちになった。
そうしてアイシャさんに抱っこされているお嬢様のことがとても羨ましく感じたのだった。
アリシアはウィッカさんには、たまに風呂場で遭遇するのでよく裸を見る機会があるけれども、そういえばお嬢様の臣下の他の皆とは風呂に入る時間が違うのか、風呂場で行き会ったことがないなと気が付いたので、せっかくだからそれとなく見ていることにした。
コージャさんは黒森族というだけあって、褐色な肌がとてもきれいで、ぴんと左右に木の葉のように広がった耳もあって異国情緒があって素晴らしい。
細く引き締まった手足や、きらきらと輝く瞳も美しい。
コロネさんは夢見るような水色に透き通った瞳や、太陽の光のように輝く金髪が最高にきれいで、なんだかちょっと非現実的な気さえするのだけれど、体のほうはけっこう筋肉がついていたり、ちょこちょこと傷が治ったらしき痕があったりする。
そういうところは現実感があるなとアリシアは思った。
お風呂場のほうは、きれいだったし、天井も高いし、術石の灯りがいっぱいついていて明るいし、他に人がけっこういたけれど、やたらと広々としていたから問題はなかった。
お互いに背中を流しあったり、ウィッカさんの大きな馬体部分を皆で洗ったりして、体をきれいにしてからウィッカさんのための用意してもらった浴槽に皆で一緒に浸かる。
アリシアとウィッカさんは体が大きいから、体がお湯からほとんど出てしまうのを見て、お嬢様が令術でお湯をぐにぐにとスライムみたいに動かして、首のあたりまで体をお湯で覆ってくれた。
◆
部屋に戻って椅子でくつろぎながら、備え付けの茶器でアイシャさんが淹れてくれたお茶を皆で飲んだ。
なんだかアイシャさんがお母さんみたいになっているなとアリシアは思う。まあ実際この中ではアイシャさんがいちばん年かさなのだろうけれども。
面倒をかけて申し訳なくはあるけれど、アリシアのできることは野外活動に偏っているので、部屋の中での細々したことはあんまりうまくできない。
ふと机の上に蓋のついた木の鉢が置いてあるのに気が付いて、開けてみると、中にクッキーとかナッツの糖衣がけみたいなものが入っている。
これ食べていいんでしょうかね? とアイシャさんに聞いてみると「いいと思うわよ」とのことだったので、ナッツの糖衣がけのほうをいただいてみる。甘くておいしい。
お嬢様もふわーっと菓子鉢のほうまで漂ってきてクッキーを左右の手に一枚づつ持ってそれからアイシャさんのほうまで飛び去っていく。片方のクッキーをアイシャさんに差し出してから、自分のをかじっていた。
「寝る前にちゃんと歯を磨くんですよ」とかアイシャさんに言われている。
「砂糖だって高いのにここはサービスがいいですね」とコロネさんが言うと、ここは鉱山の街だから景気がいいのよとアイシャさんが教えてくれた。
「へえ、それはそれは……何が採れるんですか?」
「確か鉄と金と銀と……銅と錫が少しずつだったんじゃないかしら。あと石炭も少しね」
アリシアは実家の山小屋のある山で砂金とりをしたことがあるし、金って川で取れるもんなんじゃないのかと思ったけれど、変なことを聞いて恥をかいたら嫌なので黙っていた。
「まあそういうことだからここはお金がある街なのよ。だから建物はどれも大きいし豪華なのね。人もいっぱいいるわね」
とのことだった。
疲れたから今日はもう寝ましょうとアイシャさんが言って、どこが寝る場所だろうかと、宿の部屋の中にある扉を開けてみる。
そうしたら、ひとつめの寝室があって。そこには普通のベッドがひとつと、その横に柵のついたベビーベッドが置いてあって、これはもうお嬢様とアイシャさんの部屋らしかった。
お嬢様は「わたち、あかちゃんじゃないわ!」と憤慨していたけれど、大きさ的にはベビーベッドがお嬢様にぴったりだった。
もうひとつの扉は、この部屋に最初にきたときに開けてみた寝室で、そこには普通のベッドが二つある。
たぶんここはコロネさんとコージャさんが寝るところだろうということになった。
最後の扉を開けると、床に大きなマットを敷いてきれいな布をかけてあるものと
大きなベッドを横にして五つもならべてつなげてあるものがあった。
ここは、たぶんアリシアとウィッカさんの寝る場所らしかったので、そこで寝た。
只人ようの布団がいくつも用意されていて、ちょっと使いづらかったけれど、まず体に自分のマントをかけて、そのうえに横にした布団を足元から順に隙間なくかけていくといい感じになる。
運河から街までけっこう歩いていたので、その晩はすぐに眠気がやってきて、ぐっすり眠った。
◆
翌日の朝、アリシアはウィッカさんに揺り起こされて目が覚める。
ぼんやりしてあたりを見回すと、ウィッカさんがこちらを覗き込んでいて、アイシャさんがドアのところにいてこちらを見ていた。
「はやく行かないと朝ごはんが無くなるわよ」
とアイシャさんが言ったので、アリシアは慌てて起きて服を着替える。
「ここで洗濯をしてもらうから、汚れものは全部ここに入れて」
と言って、アイシャさんが大きな麻袋を持ってきてくれる。
身支度を整えて、皆で食堂に降りる途中でアイシャさんの先導で寄り道をして、途中にいたメイドさんに汚れ物の入った袋を預ける。
さすがアイシャさんは大人だから頼りになる。
自分だけだったらどうしていいかまごついていたところだった。
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降りた食堂には、ご領主さまと臣下の方々がおられて、皆でご挨拶をしたけれど、ご領主さまたちは、一足先にもう朝食は済ませていたみたいだった。
アリシアたちも、すぐ隣のテーブルに席を用意してもらって、暖かな甘いパンに燻製肉にスープにサラダにゆで卵、とたっぷり朝食をいただいた。
それから、コーヒーを飲んでゆっくりしていると、食堂の扉が開いて、男の人たちが五人くらい入ってくるのが見えた。




