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ハーフオーガのアリシア28 ― 学園への旅行Ⅰ ―


 しばらく日が過ぎて、季節は夏になり、さらに暑くなる。


 そして奥様が買ってくださった皆の服ができあがってきた頃。

 いつもの部屋で、お嬢様と、臣下の皆で昼ご飯を食べて終わってくつろいでいると、奥様がやってこられて


「そろそろ学園行きの準備をするわよ」とおっしゃった。


 するとお嬢様は、座っていたお子様用の椅子からすぽっと飛び出して、すぐ隣に座っていた豚鬼族(オーク)のアイシャさんの胸に飛び込んで顔を隠してしまった。


 奥様が、お嬢様のほうに寄ってこられて「行きたくないなら行くのやめる?」とお聞きになる。

 するとお嬢様は、アイシャさんの胸に顔を埋めたままではあるけれども、ふるふると首を振った。


 そう、と奥様は優しくおっしゃって、それから「皆も少しづつ荷物の用意を始めてね」ともおっしゃった。

 お嬢様はアイシャさんの胸から離れて、今度は奥様のほうに飛んで行ってしがみつく。

 あらあら、今日は甘えんぼうね、と奥様はおっしゃっているけれど、よく考えたらお嬢様の学園行きについていったら自分も奥様と離ればなれになってしまうということに気が付いてアリシアは愕然とした。

 でもアリシアがここに残ったら、今度はお嬢様と離れ離れになってしまうし、そもそもアリシアは奥様ではなくてお嬢様の臣下なんだから、自分だけ残るなどということができようはずもない。



 アリシアはとても悲しくなってしまったけれども、ともかく屋敷の裏に三台の馬車が用意されて、そのそばに少しずつ荷物を集めていった。

 一台はいつも皆で乗っている馬人族(ケンタウロス)のウィッカさんが引く馬車で、そこにお嬢様とアイシャさんと、黒森族(エルフ)のコージャさんが乗るようだった。


 とは言っても「わたしの【にもつぶくろ】にいれるわ」とお嬢様がおっしゃって、お嬢様が馬車のそばに固められた荷物に触れると、荷物が煙みたいに消え失せてしまった。


 アリシアが驚いてあっけに取られて見ていると、お嬢様はアリシアのほうへ向き直り

「アリシアもじぶんのよろいとかぶきとかは【にもつぶくろ】かなにかにしまえるんでしょう?」

とおっしゃる。


 そう言われて見ると、アリシアも鎧とか武器とか大事な書類とかお金とかは、スクッグさんに貰った腕輪の中にしまい込んであるので、そんなようなものかと思えばそんなに驚くようなことでもないのかもしれない。

「はい、大丈夫です」とアリシアが返事をすると

「じゃあほろばしゃはなにかまっとでもしいてきゅうけいできるようにするのがいいわね」とお嬢様がおっしゃった。


 スクッグさんにはこの腕輪のことはなるべく秘密にするように、みたいに言われていたから、あんまり大っぴらには使ってなかったけれど、お嬢様にはしっかり分かっていたらしい。

 よく思い返してみれば、奥様だってアリシアをお茶に呼んでくださったりしたときに、お茶のカップとかをどこからともなく取り出したりしておられたから、そういうのもよくあるものなのかもしれない。


 お嬢様のいう幌馬車というのは二台目の馬車で、ご領主さまが、アリシア君はこれに乗りなさい、と言ってわざわざ馬を二頭とセットでアリシアでも余裕をもって乗れるようなとても大きな幌馬車を用意してくださった。


 とは言ってもお嬢様の言うとおりで、荷物はほぼ腕輪の中にしまえるから、馬車には乗せるものがほとんどなくて、ただマットを敷いて寝転がれるようにした。でも馬車が重いと馬がかわいそうだから、アリシアは大体は馬車に乗らずに歩くことになろうかと思う。休憩のときに寝転がる場所として使えれば快適だろう。


 三台目は新顔の金髪のコロネさんが乗ってきた馬車で、コロネさんと、コロネさんのお付きのメイドの女の子のミーナちゃん、あと従僕のなんとかいう男の子がひとり乗るらしい。



 ◆



 荷物の用意がだいたい終わったある日に、奥様が

「今日は街の皆が壮行会をしてくれるそうだから、予定を空けておいてね」とおっしゃった。


 それで見回りが無しになったので、暇になってどうするかなと思って外に出ると、お屋敷の前庭あたりで、メイドさんと従僕の皆さんがテーブルやベンチを運び出していた。


 暇なのでアリシアも手伝うことにする。


 ベンチとテーブルをたくさん並べて済んだら、今度はレンガを持ってきて適当なかまどを幾つも作る。

 そこにごった煮のようなスープがいっぱい入った寸胴鍋をたくさん並べてから火を起こす。

 それとパンや料理を温めるということで、平べったい焜炉を幾つか並べて、そこに炭を入れて金網をかぶせてから火を起こす。


 それから執事さんを探して見つけて、従僕さんたちと一緒に酒蔵に行って、ワインやウイスキーやブランデーの樽やら瓶やらをたくさん運び出して、樽はそのへんに並べて、瓶はテーブルに並べた。


 最後に食器をテーブルに並べたところで、お屋敷の中から、コックさんとキッチンのメイドさんたちが、料理の入った大皿やパン籠を持って出てきて配膳する。


 そのあたりでだいたい夕方になって、そうするとお屋敷の敷地の門のほうから、人の列がやってくるのが見えた。全部で二百人ほどもいるだろうか。

 皆はめいめいにランタンや松明なんかの灯りや、料理の入ったらしき大皿や、酒樽や酒瓶や、パンや果物の籠や、チーズや肉の塊やらを持っているのだった。


 やがて、お屋敷のほうからご領主さまと奥様が出てこられて、その後ろからお嬢様を抱っこしたアイシャさんが続いて出てくる。

 そして、そのさらに後ろから二人で、アリシア用の座面の大きな椅子を担いだコージャさんとコロネさんがでてきたので、アリシアは慌ててそっちに向かい、椅子を持ってきてくれたことにお礼を言って椅子を引き取った。

 それから自分の下に敷く用の布を持った馬人族(ケンタウロス)のウィッカさんが、パカパカと蹄の音を響かせながら出てきた。



 そうして皆が席に着き終わると、立派な上着でめかし込んだ、お腹がでっぷりと出たおじさんがぴょこんと立ち上がり、挨拶を始める。



「えー、本日はこのようにアリスタお嬢様ならびにその御臣下の皆様方をお送りする集いを持てたことは、私どもにとりまして非常な喜びであります。思い返せば、アリスタお嬢様におかれましては、いとも寛大で慈悲深き奥方様と共に、東に難病のものあればお癒しになり、西に重傷のものあればお治しいただき、私共の感謝と敬愛はまさに絶え得ぬものであります。このたび、帝国学院へとご入学なさるとのこと、まことにめでたきことながら、我等としては三つの灯のうちのひとつを失うがごとき心細さに震える思いもいたすのであり……」


 朗々と話していたところで、長いぞ! とか 料理が冷めちまうよ! とかいう野次があっちこっちから飛んで、そのおじさんは


「……では、このへんにいたしまして、アリスタお嬢様の学院でのご活躍を祈念してご挨拶といたします!」

と終わらせた。


 それから宴会が始まると、お嬢様のまわりに皆がお手製らしき料理を持ってわらわらと集まってくるので、お嬢様の席の周りはあっという間に人垣と料理の山ができる。

 お嬢様に料理を捧げ終わった人は、それから奥様、ご領主さまのところへ回っていってご挨拶をしていた。


 そしてお嬢様の付き人ということで、アリシアたちのテーブルの方にもやってきてくれる人もいて

「お嬢様をよろしくお願いいたしますねえ」とか言いながら、料理を皿に盛ってくれたり、お酒を注いでくれたりする。

 それで、お嬢様は領民の人たちから慕われているんだなとアリシアは知ったのだった。 


 夏だから日が落ちてもずっと暖かく、篝火や術石の明かりに煌々と照らされながら、宴会は夜遅くまで続いたのだった。



 ◆



 翌日の朝に、奥様と、お屋敷の手すきの人たちが、見守ってくれるなかを、アリシアたちは馬車を連ねて出発した。


 自分たちだけで行くのかと思っていたら、どうやらご領主さまが連れて行ってくださるらしく、アリシアたち三台の馬車の前に、ご領主さまとお付きの人たちが乗った馬車がもう一台先頭を走っている。

 送ってくださるんだったら奥様がよかったな、などと考えながらアリシアも馬車に並走した。



 馬車とアリシアは丘を下って街道に出て、そこから街に向かって走る。

 街に入ると街道から離れて、街の外れの運河沿いの舟着き場のほうへ向かった。


 舟着き場には、大きな川舟が何艘も用意されていて、ずっと走っていくのかと思っていたらこれは楽ができそうだとアリシアは一息つく。


 馬車や馬は舟を二つ左右でつなげて板を渡したような形の、双胴の舟に載せていく。

 双胴とはいえ、水の上に浮かんでいる船に馬や馬車を積み込むのは、けっこう不安定なように見えたけれども、水夫の人たちがうまく載せてしまう。


 人間用の川舟も別に用意されていて、アリシアもそちらに乗り込もうとしたけれど、馬車や馬用のではない、普通の川舟は、露天じゃなくて、ちゃんと船室がついていてその中に乗り込むような構造になっている。

 それで船室は中が狭いし、入り口も小さくて乗り込みづらかったので、結局乗るのをあきらめた。

 馬や馬車を載せたのと同じ、板を渡した双胴の舟をもう一艘用意してもらって、そこに同じく乗れなかった馬人族(ケンタウロス)のウィッカさんと一緒に乗り込むことになった。


 そうして皆が乗り込み、馬車も馬も載せ終わると、係留用の縄が解かれて、舟が人間用、馬車用、馬用と何艘も何艘も列をつくってゆっくりと流れ始める。

 


 屋敷のある丘から、街はずれにある船着き場までずっと走ったので、アリシアは少し休憩することにした。

 二つの船を板でつなぐように渡してある、平たい床に寝転がると、水面を涼しい風が滑っていくのを感じる。

 あんまり気持ちがいいので、水に手を浸けてみようかと思ったけれど、まだ街の近くだから水が汚いかもと思ってやめておいた。

 がつがつと蹄の音がしたので見ると、座ろうとしているのかウィッカさんが自分の下に布を敷こうとしていて、舟の上だから大きく移動できなくてやりづらそうにしていたので、手を貸して、布を拡げてあげた。


 舟頭さんが長い竿を器用に操り、舟は運河を抜けて川に入る。

 ほとんど流れのないような平坦な川を、舟はゆっくり流れていく。

 

 竿で川底をついて舟をこぐときに()()()()、その息を吐くついでのようにして船頭さんが謡う舟歌を、アリシアは聞くともなしに聞いて、川べりの風景を見るともなく眺める。

 

「涼しいね」とアリシアが言い

「そうですねえ」などとウィッカさんが答えるようなどうでもいいおしゃべりをして、やがて川べりを眺めるのにも飽きたころに

「ありしあ~!」と呼ぶ声が聞こえて、見るとお嬢様が、自分の何倍もあるような籠を頭上に捧げ持つようにして、アリシアとウィッカさんの乗っている船の方に飛んできているのだった。 



 アリシアが手を出してお嬢様を大事に両手で抱き留めたら、お嬢様の頭上の籠が勢い余ってどこかに飛んでいきそうになったところで、あやうくウィッカさんが籠のほうを押さえてくれた。


「ごはんよ!ごはん!」とお嬢様はおっしゃった。

 どうやら、アリシアたちの乗っている船の方に、お昼ご飯を持って飛んできてくださったらしい。


 お嬢様の持ってきてくださった、大きな柳籠の中を見てみると、大きな葉っぱのようなものを丸めて、紐で留めたようなものがたくさん並んでぎっちり入っていた。

 結び目が細かくてちょっと手に余ったのでウィッカさんに解いてもらうと、中から食べ物が出てくる。

「これだとおさらをあらわなくていいのよ」とお嬢様がおっしゃった。


 とは言っても籠の底には皿がちゃんとあって、その皿の上に汚さないように慎重に葉っぱを拡げていく。

 それにスープ用のお皿と、飲み物を入れるコップはあって、カトラリーの類もちゃんとあった。


 お嬢様は昼ご飯をこっちに持ってきてくださったそのままに、こっちの船でお昼ご飯を食べるそうで、いつもはお嬢様のお世話は乳母のアイシャさんに取られてしまうところ、アイシャさんがいないこの隙に、アリシアはお嬢様が汚した口元を拭いたりとかして、思う存分構いまくる。


 船頭さんにもお昼を分けようとしたけれども、船頭さんは竿を持って前をずっと見ていないとならないらしく、片手で食べられるパイとか、そんなものだけ受け取ってくれた。お酒も飲んだらいけないようだった。

 なんでも仕事というのは大変みたいだ。


 食事が済むと、残った食器や葉っぱをまた籠に詰めて片づけをする。

 そうすると、お嬢様がそれを頭上に捧げ持つようにして、皆が乗っている人間用の船の方に飛んで行ってしまった。

 お嬢様が人間用の船の上空から何か叫ぶと、船室のドアからひょっこりとアイシャさんとコージャさんが顔を出して、お嬢様と籠を抱き留める。


 お嬢様を抱っこしたアイシャさんと、籠を持っているコージャさんは、挨拶をするように手を振ってくれてから船室に引っ込んだ。

 ウィッカさんと二人でいちおうにこやかに手を振り返したけれど、お嬢様が行ってしまったので、なんだか寂しいようなつまらないような気持ちになって、アリシアは船の床に座り込んだ。

 

中途半端ですが5000字超えたので分けます。

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