閑話:エルゴル・セックヘンデ氏のたくらみⅣ
主賓ということで、エルゴルが最後に案内されて大広間に入っていく。
アリシアさんは、と見ると、真ん中のほうにファルブロール伯夫妻の席があって、その横にエルフのご令嬢の子供用の椅子があり、その横に乳母らしき豚鬼族の女性がいて、そのさらに横にアリシアさんの席があるからわりと良い位置だ。
長いテーブルの上には、美しい文様の入った飾り皿や、金銀のカトラリーや、くすみのない透明なグラスやらがたくさん置かれていて、生花もたくさん飾られてある。
エルフのご令嬢の乳母がオークなのもそうだが、なかなかに金がかかっている。
奥方の治癒でだいぶ稼いでいるのだろうか。それに下の街もかなり人がいっぱいいて栄えていたから、税収もかなりあるんだろうと思う。
席に着いたら、エルゴルの隣に、お子様用の背の高い椅子があってシルベネが座っていた。この並びはたぶんシルベネが自分の子供だと思われたんだろうとエルゴルは考える。
アリシアさんに独身じゃないと思われるのは困るがどうしようもない。
ちらっとアリシアさんの顔を見てみたがそれで何か分かるわけでもない。
一品目はじゃがいもと玉葱とバターの冷たいスープだった。
エルゴルの体に合わせて、大きな鉢に大きな匙を付けて出してくれる。
一口飲むと、塩と胡椒がよく効いていてとても旨い。
次によく冷えた白いワインと、枇杷と生ハムに香草をあしらった前菜が出てきて、それから葉野菜にマリネした貝をちりばめたサラダが出てくる。
どれもこれも非常に旨い。なかなか贅沢なものだ。
魚料理が次に出てくる。
大きいたぶん海の魚で、非常に新鮮だし、これも贅沢なことだ。
エルゴルの体格に合わせて、大きな皿に何匹も入れてもらってありがたく思う。
ふと見ると、シルベネが魚を食べるのに手間取っていたので、空いている腕を二本出して、身を骨から外してやる。それとシルベネが肘で倒しそうになっている水の入ったグラスを別の手で避けてやり、後ろを給仕が通りかかったのでさらに別の空いている腕でワインのグラスを出して注いでもらった。
顔を上げると、アリシアさんがエルゴルのほうを興味深そうに見ている。
エルゴルはそうやって腕をたくさんワサワサ動かしているわけだが、少なくとも嫌悪感を抱いているわけでもなさそうなことに、エルゴルはひと安心した。
腕がいっぱいワサワサ動くのが虫を思わせて気持ちが悪いらしい人もたまにいる。
魚料理の後にはシャーベットが出てきて、それから何か魔獣の肉らしきものをステーキにした肉料理が出てきた。
たぶん順番的には、そのあとにチーズやらデザートやらと珈琲かなにかが出てきて終わりなんだろう。
もう本命の用事が終わってしまったので、和やかでなんということもない会話がずるずると続いていくが、食事が完全に終わってしまう前に、何かアリシアさんへ少しでも接近する手がかりというか目星をつけておかなければならない。
エルゴルはこの屋敷に三日ほど滞在する予定にはなっているが、その間にアリシアさんと話などできる機会がまたあるかどうかはよく分からない。
練兵場でまた顔を合わせられるか分からないし、練兵場だと周りの目がないから、ちょっと間違えると、よその家の女の子に変に粉をかけたみたいなことになるので、ファルブロール伯爵家丸ごとから警戒されてしまう。
だから皆の目がある食事の機会に、それとなく少しでも会話などして、手掛かりのひとつもつかんでおきたい。
それと、次の食事の機会がこれほど大掛かりなものになるかどうかも分からない。
食事が部屋に運ばれるみたいな感じになるかもしれないし、正式な饗応がまたあっても、そこにアリシアさんがまた出席してくれるかどうかは何とも言えない。
だから今ここで何としてでも次につながる何かを掴む必要がある。
といっても、縋れそうなのはエレーナが仕入れてきてくれた
『もうひとつ聞いてきたんだけど、アリシアさんってここ領主さまの家臣じゃなくて、お嬢様の臣下なんだってさ。それでまたもう少ししたらお嬢様が学園に入学するのにあわせて、一緒についていっちまうらしいよ』
という情報しかない。
さて、どう話を切り出すか。
アリシアさんを狙っている感じを出すと警戒されかねないが、情報はちゃんと取らなければならない。
「そういえばアリスタ殿はそろそろ学園などに行かれるのですかな」
とファルブロール伯と奥方に話を振ってみる。
直接にアリシア嬢のことを聞くと、意図が露骨だからそういう話の持っていき方をするしかない。
「ええ、基礎教育はだいたいのところが終わりましたから、この夏あたりからと考えております」
と奥方から返事が返ってくる。
どうやら、あのエルフの御令嬢が学園に行くというのは正しい情報のようだ。
「ほう、それはそれは……失礼ながらお幾つかな? どうも森族の方の年齢は他種族のものには分かりづらい」
エルゴルがそう言ってアリスタ嬢に話を向けると、若干舌足らずな口調で「じゅうさんさいです」と答えてくれる。
アリスタ嬢は見た目は赤ん坊というか幼児のように見えるのに、それでも十三になるらしい。
さすがエルフは年齢不詳だ。
「側仕えの皆さんも一緒に行かれるわけですなあ」とエルゴルが踏み込んでみると
「ええ……そのつもりでおりますけれど」
と、奥方が答えてくれたが、眉が少し上がっていて、少し警戒されてしまったようだった。
「いやなに、大鬼族というものは只人の間で暮らすのは、座る椅子やら便所やら、大きさの問題で苦労をしますのでな。その、アリシア嬢が学園でも不自由をしないように頼みますぞ。まあ私が言うようなことではないと思いますが、我が同族を久々に見てつい口が滑ってしまいました。これは失礼」
とエルゴルは言って、あくまで久々に会った同族への気遣いという体裁で話を整えた。
「それはもちろん、彼女はうちの大事な人間ですから」とファルブロール伯が答えてくれる。
「ええ、そうでしょうとも。彼女の座っている特注であろう新しい椅子に、彼女に対する気遣いと愛情を感じますぞ」
と、エルゴルは言ったけれど、これは本当にそう思っていることで、エルゴルの部屋にも、オーガでも使いやすい大きなベッドがあったし、食事はたくさん出してくれるし、ここはオーガのエルゴルからして居心地がいい。
◆
和やかに食事が終わり、男女に分かれての別室での懇談も終わって、エルゴルは部屋に引き上げる。
すると、兵団の女性の部下が二人でエルゴルの部屋を覗きにやってきて
「アリシアさんに団長のことそれとなくアピールしといたからね!」と口々に言ってから自分の部屋に帰っていった。
いったい何をアピールしてくれたのか少し気になる。
まあそれはともかく、アリシアさんがアリスタ嬢の付き人として学園都市に行くらしいことが分かったので、これは大きい。
居場所さえ分かれば後からアプローチできる。むしろファルブロール伯の屋敷を離れて外に出るわけだから、おそらく守りが薄くなるぶん接近しやすくなるとも言える。
問題は接近する理由付けだが、単に君を追いかけて来ちゃった、というだけでは引かれてしまうだろうから、何かそれらしい理由付けが必要にはなってくる。
けれどもこれはエルゴルにアテがあった。
「うちのお嬢様も確か学園に行ってたはずだよな……」
うちのお嬢様、というのはエルゴルの寄親のドライランター公の長女で、ローテリゼお嬢様というのがいらっしゃるのだが、このローテリゼお嬢様が二年ほど前から学園の方に行っているはずで、彼女に頼んで付き人にしてもらえばいいのでは? という計算をエルゴルはしていたのだった。
どうせファルブロール伯との今回の交渉の結果を報告しに、ドライランター公の屋敷に行く必要がある。
もうすぐ夏の休暇でお嬢様も帰省してくるだろうし、そこで付き人にしてもらえばいいか、ということなのだった。
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こうしてアリシアに接近する算段がたったエルゴルは、それから後の滞在を悠然と過ごした。
次の日からの食事は、大食堂みたいなところに用意されていて、各自が好きな時間に好きなように食べに行くという形式になっていて、食堂に行くたびに、エルゴルは目でアリシアさんを探してみたけれど、タイミングが悪いのか、そもそも別の場所で食事をしているのか、見つからなかった。
そうしてファルブロール伯の屋敷を出立する日がやってきて、出発前に最後の改まった昼餐をしてくれて、そこに久々にアリシアさんの姿もあった。
これほどにチャンスが少なかったわけだから、結局のところ初日の最初の食事で、今後のための手がかりをつかんでおいたのは間違っていなかったわけだ。
エルゴルはその食事の席で、主にはファルブロール伯やその奥方と朗らかに会話をしながらも、アリシアを名残惜しく視界の端でちらちらと見たのだった。
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それで最後に、危うく置き忘れて帰るところだったヘレットを回収し、今後の展開をどうすべきか熟考しながら帰途についたのだった。