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ハーフオーガのアリシア3 ― アリシアの失恋と旅立ちと就職Ⅲ ―


 打ち込んでこい、と言われてもアリシアは棒で人を殴ったことなんかなかったから戸惑ってしまう。


「大丈夫?」と聞くと、

「そう簡単に殴られてやるほど下手じゃないつもりだぞ」と返ってくる。


 仕方がないのでためらいながら打ち込んでみると、剣の腹を叩かれて体が流れたところに踏み込まれて、脇腹をポンと叩かれた。


「もっと速くしてもかまわんぞ」と言われて、アリシアがいくぶん速く、今度は上段から打ち込むと、アリシアの父は、アリシアの側面に抜けるように体をいくぶんずらしつつ、剣を受けざまに、腕を伸ばして自分の剣を背負うように傾斜させ、アリシアの剣を自分の体の外側まで滑らせてずらし、態勢を崩してつんのめったアリシアの横を背中側に向かって抜けつつ、今度はアリシアの背中をポンと叩いた。


 あれー……? とばかりに地面を叩いてしまった自分の木剣をアリシアが眺めていると、


「なんであれ技術というのがあるわな」といってアリシアの父はニヤリと笑った。



 さんざん振り回されたあげくに剣の練習が終わると、今度は槍に格闘にと順にこなしていく。

 武器や手足の打撃はまだ反射神経と力任せで対応できるところもあるけれど、


「まあ普通の人間相手だとあんまり意味はないけど、巨人族やらオーガのお仲間を相手にすることもあるかもしれんから一応な」

と言って教えてくれた関節技とか寝技の類は、これは全く魔法のようだった。

 小さなころから、強すぎる力を自制することばかり考えていて、自分が力で負けることなんかなかったアリシアには衝撃的な経験になった。





 次の日に、関節や体のあっちこっちが痛んで、起きるのがつらかった。

 「今日は昼まで寝てろ」とアリシアの父が言ってくれて、そのまま何かの用事で出ていったので、昨日かけられた技を思い返しながらベッドの中でシーツの冷たさを楽しむ。


 少し熱もでてるかなと思いながらアリシアが横になっていると、地面を伝ってかすかに馬蹄の音が聞こえてきた。

 

 ちらりと横目で暖炉の火かき棒の位置を確認してから身を起こす。

 母は只人の女なので、強くもなんともないから、父がどこかに行っているときは、用心のために来客の対応などはアリシアがすることが多い。


 自分が家を出たら戦力が減るから危ないかなとも心配になる。

 まあ狩りに行くときは母を独り残して行くから今さらでもあるのだけれども。


 馬蹄の響きはさらに近づき、話し声も聞こえ始めた。


 「……――だからお前のような――」

 「それはお互い様だと何度言ったら――」


 「こんな体たらくならワシのほうがずっと――」

 「――最初から馬車を――」


 ……なんだかよく分からないが、盛んに言い争っている。

 

 強盗にきたという雰囲気でもなさそうなので扉を開ける。



 「【森族(エルフ)】なんぞとくっつきあってえらい目にあったわい!」


 と怒鳴ったのは只人ではなかった。


 まずやたらと背が低い。

 身の丈はアリシアの半分ほどもなかった。

 けれど、非常に太い腕と足をしていて、豊かな髭と髪を蓄えている彼は、彼の種族を今までに見たことがないのでたぶんだが見た目からすると【土鬼族(ドワーフ)】だろうか?



 「馬車を借りると高いから馬だけ借りようって言ったのは君じゃないか!」


 と怒鳴り返したもう一人の男を見たときにアリシアは時が止まったように感じた。



 羽根飾りのついた幅広の優美な帽子から、覗く豊かな金髪は朝の光のように薄く輝いていて、瞳は若草のような色にきらめいている。

 あごは女の子のように細くて美しく、整った顔立ちは紅潮して、顔の横からは優美な曲線を描いて長い耳が飛び出していた。

 これは耳の形ですぐに分かるから【森族(エルフ)】だろう。

 顔には何の染みも歪みもなく、筋張ったところもなくて、子供のそれのように柔らかく白く整っていて、手足は少女のようにすらりと伸びている。

 その細身の体に上等そうな真っ白なシャツを着て、首元を緑玉らしき宝石とレースで飾って、青黒いズボンと上質そうなベストを革帯で締めて、帯には細身で反りの入った曲剣が一振り差してある。

 足元も上等そうなブーツで固めて、上から銀糸で細工した黒灰色のマントを纏っていた。


 今まではフローラが世界一きれいだと思ってきたけどこれは全然違う。

 フローラもすごいかわいいがこれはモノが違う。生き物が違う。


 【森族(エルフ)】ってこんなにきれいなのか!

 こんなにきれいな男がこの世に存在するのか!

 これは誰でも【森族(エルフ)】と結婚したがるはずだ。



 「……ここはスタルク殿のお宅だと思ったが間違いはないかな?」


 器用に片眉をあげた、そのエルフの男に唐突にそう話しかけられて、アリシアは一瞬パニックになってしまい、若干の挙動不審になりながら、


 「……え、あ、あ、はい、そう……です」 と唾を飲み込み飲み込み噛みつつ返事をした。

 なぜかというとスタルクというのはアリシアの父の名前だからである。


 いきなり恥かいた! 私の馬鹿!

 と内心でアリシアが自分を罵倒している間に、


 「私はスクッグというのだが、こっちのドワーフはヴルカーン、私達はスタルク殿に呼ばれて参った」


 「あ、はい。じゃあ中に……」

 なんだかわけも分からず招き入れそうになったところで、


 「ちょっと待ってくれ。馬を繋がなければ。それに水のひとつも飲ませてやらねばなるまい」


 そう言われてやっとエルフのスクッグさんが馬を引いているのに気付いた。

 気づいたというか、見えてはいたのだけれど、エルフ美男に気を取られ過ぎて見えてなかった。


 馬は家の前に生えている木の幹に繋いでもらうように言って、アリシアは水を汲みに井戸へダッシュした。

 井戸のところで釣瓶を吊り滑車にかけながら、いくらなんでも浮足立ち過ぎだと自分に言い聞かせる。


 深呼吸などしてみて自分を落ち着かせつつ、釣瓶で水を汲んでは大き目の水瓶にあけて、いっぱいにしてから、それと口が広めの桶をひとつ、いっしょに持って戻る。

 戻ると馬が立木に繋がれていたので、その近くの飲みやすそうなところに桶を置いて、水瓶の水をあけてやる。


 「すまない。ありがとう」とエルフの人は言ってくれて、それから「ご苦労だったな」と今度は馬のほうに言いつつ懐から干した果実のようなものをひとつ取り出して馬に食べさせた。


 さて今度こそと家のほうに案内しようとして、家の扉が開けっ放しだったのに気付いた。

 きれいな男を前にして警戒心が全く失せてしまっている自分に赤面しつつ、テーブルのほうに行くと母がお湯を沸かしはじめてくれていた。



 母みたいな只人のお客さんがあった時に使う背の高いスツールやら、脚立やらを引きずってくる。

 テーブルは【大鬼族(オーガ)】用の高さに合わせてあるので、普通の大きさの人種の人が使うときには背の高い椅子が要る。

 うちは只人の母と【大鬼族(オーガ)】なアリシアと父が同居しているわけで、この背の高い椅子もそうだけれど、風呂の浴槽に沈めておく母が座るための台だの、便所に渡すための板やら、只人がオーガの家で生活するための道具が色々と必要になる。

 風呂でも便所でも、体格の小さな母にあわせて作ったら、アリシアと父が完全に使えなくなるので、どうしてもオーガの大きさに合わせて作られている。

 母には不便をかけていると思うのだけれども、広くて天井の高い家に住めるから豪華な感じがして嬉しいわ、と母が言ってくれるのが救いではある。



 【森族(エルフ)】と【土鬼族(ドワーフ)】のお客さんたちが、無事に背の高い椅子によじ登ったところでお茶の匂いがしてきた。これは緑の無発酵のやつで、とてもいい匂いのやつだから秘蔵のすごい高いやつだろう。

 やはり母もエルフ美男様のためには奮発したのだろうかと思って見ていたら、母はエルフ美男様のほうを特に気にすることもなく、淡々と作業をしていた。

 母は【大鬼族(オーガ)】と結婚してしまったような人だから、やはりそこらへん好みが特殊なのだろうか。


 そうこうしているうちにお茶が入って、お客さんようのナッツとドライフルーツと砂糖がたっぷり入ったケーキが切られて出てきたから、これをいかに一切れでも多く確保するかを算段する。

 しかし目の前にはエルフ美男様がいるわけで、あまり意地汚い動きは見せられない。実に悩ましい。

 そもそも【大鬼族(オーガ)】のように体がデカいと、そのぶん食べ物が小さく感じられるわけで、それは私の不幸ではないだろうか、とアリシアは思ったりもする。


 お茶の用意ができたところで、父が帰ってきて、挨拶をしておしゃべりをはじめて、エルフ美男様とドワーフの人がお茶とお菓子に手を付けたところで、アリシアもお茶とお菓子に手を出した。

 やはりお客さんようのものは旨い。


 空気を測りつつ、さらにケーキを一切れ取る。齧る。旨すぎる。砂糖の甘さに頭が心地よくしびれる。ナッツの香りとフルーツのアクセントが控えめに言って最高だ。


 すると出しぬけに、

「……それでな、このアリシアに装備を用意してほしいのと、令術戦闘について教えてやって欲しいわけだ」

 という父の声が聞こえてきて、ドンと背中を叩かれた。

 思わずケーキの欠片を飲み込んでしまい、喉に詰まって必死で飲み下し、もったいない何をするんだと抗議しそうになって、アリシアは、エルフ美男様とドワーフのおじさんがこちらを見ているのに気づいた。


 慌ててケーキに気をとられてロクに聞いていなかった会話の内容を思い出して、何かを用意してくれて、何かを教えてくれるらしいので、お茶を一口飲んでから、なるべく殊勝に見えるように、よろしくお願いしますと頭を下げた。

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