ハーフオーガのアリシア27 ― アリシアが奉公に呼ばれた理由と金髪の女の子(同僚) ―
奥様に服を買っていただいた翌日。
アリシアは午前中早くに目が覚めてしまった。
服屋さんに行ったから、夕方の見回りがなかったので、運動が足りなかったようだった。
前に午前中に目が覚めたときに、食堂に朝ご飯を食べに行ったら、もう片付けられていて、食べ損ねるところだったことを思い出す。
また同じことになっては困るから、アリシアは顔だけ洗って、寝間着のまま急いで大食堂に向かった。
着いてみると、大食堂にはもう人がまばらで、食べ物もあんまり残っていなかったけれども、それでもゆで卵を三つと果物と甘いパンと、あと冷たいコーヒーを確保できた。
それで、誰かが食べ終わったあとのテーブルの片づけをしていたメイドさんに、ワインの空き箱を四つお願いして、持ってきてもらい、椅子を作ってから嬉しい気分で食べ始める。
起きてからすぐ食堂に来たのが良かった。経験が生きたな! などとアリシアがひとりでニヤニヤしていると、奥様が家臣らしき女の人たち数人とともに食堂に入ってこられた。
奥様はすぐにアリシアを見つけて「あら、今日は早いのね」と声をかけてくださった。
アリシアは座ったままご挨拶をする。
そうすると奥様はアリシアの座っている木箱を見て
「大食堂にもあなた用の椅子がひとついるわね。追加で注文しとくわ」とおっしゃった。
いえ、あの、大丈夫です、などと遠慮してみたけれど「要るものは要るのよ」とのことで押し切られてしまった。
いっぱい服も買ってもらったし、お金を使わせてばかりで申し訳ないなあとアリシアは思う。
それから奥様は
「そう言えばもうひとり、あなたたちのお仲間の新しい子が来るのよ。今朝に手紙が届いたわ」とおっしゃった。
アリシアとしては、可愛くて良い子だったらいいなという期待半分と不安半分といったところか。
仲良くしてあげてね、と言いながら、ひらひらと手を振って奥様は食堂から出て行かれる。
さて、昼ご飯まではまだ時間があるから、アリシアはどこかそのへんで、大剣か斧槍の練習をすることにした……というか他にすることがない。
そういえば厨房のメイドのミローニャちゃんが本を買ったとか言っていた気がしたので、また次にお風呂に一緒に入ることがあったら、下の街のどこに本屋さんがあるのか、本屋さんの場所を教えてもらおうとアリシアは心に決めた。
アリシアが実家の山小屋に住んでいたときは、麓の村にある貸本屋さんで本を借りるのが楽しみだった。
借り賃は銅貨二枚とけっこう痛かったし、長いこと借りたままでいると嫌な顔をされるので、読んだらすぐ返しにいかなきゃならなかったから面倒だったけれど、他に娯楽もないからしょっちゅう借りていた。
本を借りるのではなくて、自分で買えるならそれは良いなと思うけれど、借りるのでなく買うとなると値段が高いかもしれない。
◆
ともかく、斧槍と大剣を、お屋敷のある敷地内の練兵場へ持っていって、それらしく振り回してみる。
正しい動きができているのか怪しいけれど、教えてくれる人がいないから仕方がない。
昼食はお嬢様と同僚の皆で食べなきゃいけないから、武器の練習も昼までには終わらなければいけない。
アリシアは時計を持っていないけれど、とりあえず太陽の動きを見て、だいたいの時間の予想をつけて、たぶん昼前あたりだろうというところで終わってお屋敷に戻ることにした。
練兵場からお屋敷への帰り道に、お屋敷の横手の小道を通って、前庭に差し掛かったところで、よく遠目がきくアリシアの目に、敷地の門扉が開いて、二頭立ての馬車が一台、敷地の中に入ってくるのが見えた。
門扉を開けるために馬車から降りたらしき金髪の……たぶん女の人は、馬車と自分が中に入ってから門扉を閉じ直すと
「さあさあ、急げ急げ! 昼食を食いはぐれてはいかん、ここで食べさせてもらえばタダだぞ! 時は金なりだ!」と、馬車のほうに向かって大きな声でそう言った。
それから彼女は、馬車に乗り直すでもなく、そのまま馬車に先行して、お屋敷の玄関に向かって一生懸命走ってくる。
彼女は、アリシアには気づいていないようだけれど、声とかかけたほうがいいんだろうか? とかアリシアが迷っているうちに、お屋敷の玄関が開いて、執事さんが出てきた。
「厩舎と駐車場はあちらですから、まずは馬車を……」とか言いながら、執事さんは彼女と馬車を案内していった。
◆
アリシアはお屋敷に入って、武器を置きに行くフリをするためにいったん自室に戻り、武器を腕輪にしまう。
それから昼食のためにお嬢様の部屋に行くと、お嬢様を抱っこしたオークのアイシャさん、それから黒エルフのコージャさん、ケンタウロスのウィッカさんと全員揃っていて、それに加えてさっきの金髪の子が満面の笑みで立っていた。
部屋の中にはまた昼食の入ったワゴンがないので、配膳には間に合ったようだった。
「はじめまして! 私はコロネ・アウスガルダといいます。今日からここでお世話になるのでよろしく!」
とさっきの金髪の子は元気よく挨拶してくれた。
とっても豪奢な金の髪をしている女の子で、歳は15歳か16歳かそこらに見えた。
この子が、今朝に奥様が言っていた仲間ということだろう。
透き通った水色の瞳がとてもきれいで、顔もすごくかわいい。
なんでお嬢様の臣下は私以外は全員かわいいのか。皆かわいいからとっても嬉しいが、自分だけかわいくないと思うと嬉しくない、とアリシアは思った。
特には変わった体の特徴はないので、たぶん只人だろうと思うのだけれど、よく考えてみればお嬢様の臣下は、オークに黒エルフにオーガにケンタウロスだったから、初めての只人ということになるのだなと気が付いた。
主人たるお嬢様もエルフだし。
アリシアの故郷の村や、この屋敷の下の街を見た限りでは、数としては只人のほうがずっと数が多いのに珍しいことだ。
「アリシア・ゴルサリーズです。よろしく」
と返事をしながら握手をしたところで、部屋のドアがノックされて、コージャさんが開けるとメイドさんが食事の入ったワゴンを押してきてくれていた。
ワゴンから皆で配膳を始めると、コロネさんはちょっと戸惑ったようだったけど、すぐに手伝いはじめてくれた。
アイシャさんに抱っこされたお嬢様が、藤のカトラリー入れに手をかけて、投射術を使ってナイフやフォークを噴水のように飛ばして、机のそれぞれの座る場所にぴったり正しい順番と位置で置いていくところでは、コロネさんもあんぐりと口を開けて驚いていた。
やっぱりコロネさんから見てもあれは凄いらしい。
自分がどの程度強いのかというのもそうだけれど、お嬢様がどれほど凄いのかもそういえばよく分かってないなとアリシアは気づいたのだった。ドーラさんはお嬢様はちょっと普通じゃないみたいには言っていたけれど。
今日の昼食は、ナスと蕪と白身の魚を茹でたものに、大蒜がよく効いた濃いソースをかけたもの。
それに何かの燻製肉と野菜のスープ。葉野菜のサラダ。
メインが赤身の大きな魚を茸と玉葱を添えてバターで焼いたもの。
それとパンに薄く炭酸水で割った柘榴のお酒。
デザートが桃のタルトに、冷たくした紅茶だった。
食事をはじまると、コロネさんは料理ごとにおいしいおいしいと言って感動していた。
彼女は、よくしゃべる人で、食べながら自分の生い立ちがどうであるとか、どうしてここに来るようになったかとかを洪水のように話してくれる。
お嬢様も、お嬢様の臣下もアリシアを含めて、どっちかというと大人しいような人ばかりだったので、アリシアとしてはちょっとこういう活発な感じの人は新鮮だった。
まあおかげで、距離感を徐々に探りながら色々聞いて仲良くなっていく、みたいな流れは一気にすっ飛ばせたわけで、そこは楽かもしれない。
コロネさんは、少し離れた場所にある領地を治める下級貴族の、本人によれば
「大きな農家に毛が生えたようなものなんですけどね」とのことだったけれど、そこの家の子らしい。
なんでご領主さまのところへ奉公にくることになったのかというと、このあたりの貴族がまとまって魔獣狩りに出たときに、ちょっと大物の魔獣が出て、参加していたこの子のお父さんが大怪我をして、それをうちの奥様に治してもらったのがきっかけらしい。
そして、その魔獣の方は奥様が治療をしている間にうちのお嬢様がやっつけてしまったとのことだった。
でもやっぱりお嬢様はどうしても見た目が赤ちゃんだし、実際強いところは見たことがないので、アリシアにはあまりそんなお嬢様が戦うみたいな情景が想像しづらい
それでアリシアが「そんなに凄かったんですか?」と聞くと、コロネさんは
「そりゃもう! 一瞬で大穴を掘ったかと思えば、大きな岩を飛ばして魔獣にぶつけて、そこに突き落としたんですよ。それからそこに光球を打ち込んで大爆発させて、それからあっちこっちから岩やらなにやらを雨アラレと飛ばして穴に撃ち込んで、魔獣があっというまにギタギタのボロボロですよ!」
と興奮して言った。
お嬢様は誉められて照れているのか、体をくねくねさせている。
アリシアはそれを見て、どうも本当のことらしいんだなと感心したのだった。
それでそういうことがあって、コロネさんは感動して、将来はうちのお嬢様にお仕えすると決めたらしく、奉公にやってきたとのこと。
「それで、お嬢様が学院に行かれるのに合わせて馳せ参じたというわけなんです。皆様もそうなんでしょう?」
そうコロネさんが聞いてきたのだけれど、アリシアはお嬢様が学園とやらに行くこと自体を、三日くらい前にはじめて聞いたので、それまでは全然知らなかった。
あの六本腕のオーガのエルゴルさんが来ていた時の食事会で、お嬢様がどうやら学園というところに行くという話題がでたのを横で聞いていて、その時にはじめて知ったのだった。
その会話によればアリシアも一緒についていくということらしいけれども。
「私は何年も前からお嬢様と一緒にいるけれど、他のみんなはお嬢様が学園に入学されるのにあわせてきてもらったのはそうね」
そうアイシャさんが答えてくれたけれど、アリシアとしては(そうだったのか! 今はじめて知った……)みたいな感じだった。
もっともそれはアリシアだけではなかったみたいで、コージャさんが
「どうりで! なんか変だと思ったんですよ。仕事もなくてご飯食べてばっかりで、たまに誰かに雑用とかやらせてもらうくらいしかやることなかったですもん!」と言った。
仕事がないって身も細る思いでいたのに! と言って、ぷんすかしながらコージャさんは自分の隣のお子様用の椅子からお嬢様を引っこ抜いてぎゅっと抱え込んだ。
「あら、お嬢様ったら言ってなかったの?」
アイシャさんがコロコロと笑って、お嬢様はわたわたと慌てている。
考えてみればアリシアも、いっぱいお給料もらったり、すごく美味しいご飯やお菓子やらを大量に食べたりしてるのに、見回りくらいしかすることなかったなあと思い返した。
いずれすぐに学園とやらに行ってしまう人間だから、ここでは大した仕事の割り当てがないのだと思えば確かに説明もつく。
「そうね、みんなにはがくえんについてきてもらうよていなのよ」
とお嬢様がコージャさんのお膝の上に座ってそうおっしゃった。
こうしてアリシアは自分が何のために奉公に呼ばれたかをいまはじめて知ったのだった。
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故に本の類はわりと安価である。
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