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ハーフオーガのアリシア24 ― アリシアは高給取りだと判明するⅠ ―


 自分の部屋に戻ったアリシアは、椅子に座って考え込む。


 金貨30枚!

 それだけでもすごい大金だけれども、驚くことにはこれが月給だということで、このままいくと毎月その金貨30枚がいただけてしまうということになる。

 だいたい適正な額、みたいなことを奥様はおっしゃったけれど、絶対そんなことはない気がする。

 わけのわからない大金がどんどん積みあがっていくと思うと焦る。いったいどうしたものか。


 考えてみれば、奥様が用意してくださった、いま座っているこの特注の椅子だってけっこう高いかもしれない。

 私はご飯を食べて見回りしてるだけなのに。


 

 アリシアはそんなことを考えて、色々と思い悩んでいたけれど、思い悩んだところで何か結論がでてくるわけでもなかった。

 そうしているうちに夕方の見回りの時間が近づいていることに気が付いて、あわてて武装してドーラさんのところへ急ぐ。

 すると廊下のところでアリシアはドーラさんと鉢合わせする。

「今日は奥様がヨランダを連れて、あの店に話に行かれるのにお供するからね、嬢ちゃんもだよ」とのことだった。


 それで、お屋敷の前で奥様とヨランダさんを待っていると、奥様がヨランダさんの手を引いて出てこられた。ヨランダさんがちょっと羨ましい。


「アリシアさんちょっと」と奥様に言われたので、何かと思って寄っていくと、奥様は「はいこれ」とおっしゃって何かを手渡してくださった。

 見ると金貨が5枚あって

「アリシアさんは先月の26日から働いてもらっているから、そのぶんの日割りを今月の給料に足すのを忘れてたのよ。だからそれ先月の日割りの5日分ね。確かに渡したわよ」


 ……ただでさえ貰い過ぎじゃないかと悩んでいるのに増えてしまった!



 ◆



 そろそろ緑も濃くなってきて、暖かい風が吹くなかをそぞろ歩きしながら丘をくだり、街へ向かう。

 ヨランダさんは、きれいな花が咲いているといっては、そっちへ行って花を摘み、蝶々が飛んでいたと言ってはそれを追いかけたりした。


 そうやってのんびりと時間をかけて街にはいると、ヨランダさんがどこかに行ってしまわないように奥様がしっかり手をつないだ。羨ましい。


 ヨランダさんがいた店のあたりは、夜に行ったときは、煌々と通りのそこらじゅうに明かりがついていて昼間みたいになっていて、花飾りやらがあちこちに飾り付けてあって、半裸のきれいなお姉さんたちが窓ごとに覗いていて、人もいっぱい歩いていたので、とんでもなく賑やかな雰囲気だったけれども、昼過ぎの今頃だと、まったく閑散としていて、人っ子一人いなかった。

 昼間だから明かりがないのは当たり前として、花飾りは全部しまわれているし、窓も全部閉まっている。


 まるで無人の街みたいになっているところを通り抜けて、ヨランダさんのいた店につく。



 ドーラさんがいつものように、お店の扉をガンガンやって、開けてもらい、中に入ると男の人がひとりと、女の人が数人いて、皆が跪いていた。

 アリシアがなんだこれはと困惑していると

「この度はお助けいただき本当に……」と店主の?男の人が口上を言い始める。


 それを奥様がやめさせて、皆のぶんの座れるところを用意してもらう。

 アリシアにも例のごとく木箱を組み合わせて布をかけた椅子を用意してもらって、そこに落ち着いて飲み物をもらったところで話し合いが始まった。


「ヨランダをうちで引き取ろうかと思っているの」とヨランダさんを自分の隣に座らせた奥様がまずおっしゃった。


「それはどういう……」と店主らしき男の人が困惑したように言う。


「ヨランダはここにこのままいても未来は明るくないでしょう?

 このまま花売りやってて歳がいってお客がつかなくなったらどうするのよ。若いうちにお金貯めて、引退したら何かお店でも始めるとかそういう器用なことは、この子はたぶんできないじゃない。

 だからうちで暮らした方がいいんじゃないかってことよ」



 アリシアは黙って話を聞きながら、道端とかで花を売るのに歳とか関係あるんだろうかと考える。

 そりゃアリシアだっておばさんとかよりは若くてかわいい子が花を売ってたらそりゃそっちから買うかもしれないけれど、それが花の売り上げにそんなに影響するとは思わなかった。


「……しかし、ヨランダはお屋敷で奉公などはたぶん勤まらないと思います」 


 確かにヨランダさんはお風呂だってひとりで入れないくらいだから、ちょっと難しいかもしれない。


「そりゃあ何かできることをやってもらうわよ。

 あなたこの子がお婆さんになってもずっと面倒みられるの? あなたのほうが年上でしょう」


「いや、そこまではまだ考えていないのですが……もし奥方様にお預けすればずっと面倒をみていただけるので?」


「私は森族(エルフ)だし術力が高いからね、この子の何倍も生きるわ。

 何か事故とかで頓死するとかでないかぎり、一生ずっと一緒にいられると思うわよ」


 店主らしき男の人は、しばらく考え込んでから、わかりました、と言った。


「ヨランダはどう思うの。私と一緒にくる?」


 奥様が聞くと、ヨランダさんは助けを求めるように周りの皆の顔を見回したあと

「ねえさんたちもいっしょ?」と聞く。


 女の人のひとりがヨランダさんのそばに寄ってきて、ヨランダさんの頭を掻き抱くようにして

「私たちみんなでは行けないよ」と言った。


「いいかい、よくお聞き。

 今はあんたも稼いでいるからそれでやっていけるし、私たちだって日々の細々したことで、あんたを多少面倒みるくらいはできたさ。でもあんたが稼げなくなったときに、あんたを養うのは無理だよ。

 あたしたちは今はあんたを愛してるよ。でもこのままいったらいずれ私たちはあんたを邪魔に思って憎んだり見捨てたりすることになるだろうよ。

 奥方様と一緒にお行き! こんなことは千にひとつだってないチャンスなんだよ」


 いいかい、うんと言うんだよ。

 ヨランダさんは女の人にそう言われて、こっくりと頷く。


 それからその女の人は奥様のほうに向きなおると

「どうかヨランダをお願いします」と言って深く頭を下げた。



 ◆



 ヨランダさんのいたお店から、奥様に手をひかれて、お屋敷に戻る道々で、ヨランダさんは鼻をすすって泣いている。


 アリシアはそれを見て、かわいそうだなとは思うけれど、なんだか腹立たしいような気もしていて、それは、自分は奥様に手をひいてもらったりはしていないのに、なんでヨランダさんだけそんなふうにしてもらえるのかと思うと、羨ましいから腹立たしいのだった。

 でもやっぱり見てるとかわいそうなので、アリシアはヨランダさんの、奥様が手をつないでいるほうと逆側にまわって、そっちの手をとった。


 思い返してみれば、アリシアは只人よりはだいぶん体が大きいので、子供のころから大人みたいに扱われて、誰かに手をひいてもらうよりは、誰かの手をひいてばかりだった。

 それに、ヨランダさんは見た目が大人だから、なんだかよりいっそうずるいように思えるんだろうとアリシアは自分を納得させた。



 ◆



 お屋敷に戻ってから晩ご飯を食べて、それからまたドーラさんと見回りに出る。


 今日は何事もなく終わって、それから夜食をとりにお店に入る。

 ドーラさんが、冷たいお米のお酒を注文して「お疲れさんだね」と言いながら、アリシアに注いでくれる。

 少し甘くて苦くておいしい。


 それから、卵を薄くして焼いてきれいに丸めてから切ったものに、あと胡瓜と人参のピクルスを添えたものが出てきたからそれをアテにお酒を飲む。


 それから、暖かいスープに蕎麦の実から作った麺を入れたものを出してくれて、麺の上には、厚い白っぽい衣がついた、小さな川海老まとめた揚げ物と、緑が鮮やかな葱が、上にのっている。

 夜中になって少し冷えてきた体に、魚の出汁が効いている暖かいスープがとてもとてもおいしかった。


 夜食のお金は、いつも大体はドーラさんが出してくれていたけれど、今日は食べている途中に、自分にも給料がでたことを思い出して、アリシアは「今日は私が払います」と言った。


「おや、嬉しいねえ。今日はおごってくれるのかい」

 そう言ってドーラさんはニヤニヤしていたけれど、ふとアリシアは自分の給料が多すぎるように思えることについて、ドーラさんにならいいかもしれないと思って相談してみることにした。

 お嬢様の家臣の、つまりアリシアの同僚の皆よりはだいぶ歳上そうだし、少し言いやすいような気がする。




「金貨30枚たあ立派なもんだね」

 ドーラさんはそう言って、まあでも高すぎるとは思わないよ、と続けた。


「あたしゃ月に金貨でいうと6枚貰ってる。嬢ちゃんの五分の一しかないわけだけれど、どうしてか分かるかい?」


 ドーラさんなら年上だから自分より多いかもと思って相談したのに、実際は自分よりだいぶ少ないらしいので、少し驚きながら、分かりませんとアリシアが答えると

 それは嬢ちゃんのほうがあたしよりずっと強いからだ、とドーラさんは言った。


「あの、ヨランダの顔を切ったヘレットとかいう奴をお前さんは一瞬でのしたそうじゃないか。

 あれだって何の力もない普通の人が相手だったら抑えられないものさ」


 確かに、あの店の店主らしき男の人も、ヘレットのやつに光球をぶつけられて吹っ飛ばされていたのをアリシアは思い出す。


「いちおう事件の後に私も聞き込みをして証言は集めたんだけどね。

 お前さんが稲妻みたいに動いて、まばたきする間に倒しちまったとか、なにが起こったか分からないうちに倒してた、とかそんな話ばっかり集まったもんさ。

 そりゃ私だって見た感じでは、ヘレットのやつと()ればそりゃ普通に勝てるだろうとは思うけれどそんなまばたきする間に倒せとか言われたら無理だよ。

 嬢ちゃんは強いよ、自信持っていい」


 なんだか自分でもよく分からないうちに殴り倒していたので、ヘレットのやつが強いとか弱いとかはあんまり考えなかったけれども、そう言われるとそういうものなのかなとも思う。


「そしてそういう強い嬢ちゃんを臣下に置いておこうとすれば、それなりのものを払わなきゃならんのさ。

 嬢ちゃんに金貨30枚は決して高くないと思うね。

 まあ嬢ちゃんほど貰ってるのはウチの伯爵家には何人もいないと思うけど、上には上がいるってよく言うように世の中はもっとバケモノみたいな連中がいるもんさ。

 奥様の治癒の腕前は凄まじいもんだし、お嬢様だってまだ小さいからどの程度のものかは未知数だけど、わたしゃちょっと普通じゃないと思うね。お嬢様は大きく化けるね」


 奥様はヨランダさんの傷を一瞬で直してしまったし、確かにすごいと思う。

 でもお嬢様もあんなに赤ちゃんみたいなのにすごいらしい。人は見た目によらないものだとアリシアは感心した。


「だからそんな金貨の30枚くらいでオタつくんじゃないよ」


 そうは言われても、アリシアの暮らしてきた田舎の村とは金銭感覚が全然違うので、なんだか釈然としなかったけれども、でもアリシアはとりあえずは納得して安心したのだった。


 それから

「じゃあ今日はおごってくれるってことだから、もう少し頼もうかね!」

 とドーラさんがにやにやしながら言って、お酒と肴を追加で注文して、それを食べたり飲んだりしながら、アリシアとドーラさんは色々な話をした。


 そうしていい気分になって、二人で連れ立ってお屋敷に帰る。


 アリシアは部屋に戻って、お風呂に入らなきゃとは思ったけれど、お酒を少し飲み過ぎて、頭がふらふらしたので、ちょっとだけと思ってベッドに倒れこんだのだった。



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