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ハーフオーガのアリシア23 ― 六本腕の男Ⅲ & 初めての給料日 ―


 さっき会談をした大広間に戻ると、くっつけて部屋の端から端まであるくらいに長くしたテーブルの上に、真っ白いクロスがかかっていて、花やらなにやら盛られていて、キラキラと輝くグラスや、金や銀のカトラリーや、美しい飾り皿なんかが置かれていて、すっかり晩餐会の用意ができていた。


 いったん外に出て、順に呼ばれて部屋に入り、最後から二番目にご領主さまと奥様とお嬢様が、そして最後に主賓のエルゴルさんが入ってきて、それから皆で着席する。


 ご領主さまと奥様の横がお嬢様で、その横に乳母だからかアイシャさんの席があって、アリシアとウィッカさんも一緒に並んで席があった。

 豚鬼族(オーク)大鬼族(オーガ)人馬族(ケンタウロス)と並んでいるから、大食いは纏めてしまえということなんだろうか。


 それで席が、ご領主さまたちの横らへんの、わりと真ん中のほうになってしまったから、テーブルの向かい側に座っているエルゴルさんがよく見える。

 エルゴルさんの隣の席には、さっきエルゴルさんに抱っこされていた、銀髪の藍色のドレスを着た女の子が座っていた。

 エルゴルさんの娘さんなのかな、ともアリシアは思ったけれども、あの女の子はどう見ても小さな只人の女の子で、エルゴルさんの娘というのは無理がある気がする。腕だって二本しかないし。

 でもまあアリシアだって、母親は只人だけれどもオーガの体なので、父親がオーガでも母親が只人なら只人の子供が生まれることもあるのかもしれない。



 食事が始まって、アリシアはテーブルの向かい側に座っているエルゴルさんたちを見るともなく観察する。


 エルゴルさんはどの腕で食事をするんだろうと、アリシアが興味深く見ていると、最初は一番下の手だけを使って前菜やサラダを食べていた。


 けれども魚料理が出てきたところで、隣の席の女の子がそれをうまく切り分けて食べられていなかったので、エルゴルさんが下段の左右の手で自分の魚を切り分けながら、同時に中段の左右の手を隣の女の子のところに出して、魚の骨を外してあげていた。

 そしてさらに上段の左の手で女の子が倒しそうになっていた水のグラスを持ち上げてそっとよけて、上段の右の手で、自分の空になったワイングラスを後ろに差し出して、給仕の人にワインを注いでもらっていた。


 六本もある手をよくも器用に動かすものだと思ってアリシアが興味深く見ていると、エルゴルさんがアリシアのほうを見てニヤリと笑った。



「そういえばアリスタ殿はそろそろ学園などに行かれるのですかな」

とエルゴルさんがご領主さまと奥様に聞いた。


 学園って何だろうとか、お嬢様はどこかに行っちゃうのかとか、じゃあ私はどうなるのか、とかアリシアは色々と思い浮かんで耳をそばだてていると、奥様が

「ええ、基礎教育はだいたいのところが終わりましたから、この夏あたりからと考えております」と言った。


「ほう、それはそれは……失礼ながらお幾つかな? どうも森族(エルフ)の方の年齢は他種族のものには分かりづらい」

 エルゴルさんがそう言ってお嬢様に顔を向けると、お嬢様は「じゅうさんさいです」と答えた。


 お嬢様が見た目通りの赤ちゃんではないことは、アリシアだって分かっていたつもりだったけれど、実際にお嬢様が自分のたった二歳下であるだけだと分かると、アリシアはけっこうな衝撃を受けた。

 あんなにぷにゃぷにゃしているのに!


「側仕えの皆さんも一緒に行かれるわけですなあ」エルゴルさんがそう言うと

「ええ……そのつもりでおりますけれど」と、奥様が答えながらも、いったい何を聞いているんだろう? という風に少し眉を上げた。


「いやなに、大鬼族(オーガ)というものは只人の間で暮らすのは、座る椅子やら便所やら、大きさの問題で苦労をしますのでな。その、アリシア嬢が学園でも不自由をしないように頼みますぞ。いやまあ私が言うようなことではないと思いますが、我が同族を久々に見てつい口が滑ってしまいました。これは失礼」


「それはもちろん、彼女はうちの大事な人間ですから」とご領主さまがお答えになった。


「ええ、そうでしょうとも。彼女の座っている特注であろう新しい椅子に、彼女に対する気遣いと愛情を感じますぞ」

エルゴルさんがそう言って、アリシアは突然自分のことが話題に上ったのでどぎまぎしてしまう。


 和やかに食事は進み、終わると今度は男女別に分かれて、男性たちはご領主さまが、女性たちは奥様が先導して、それぞれ別の控えの間に引き上げた。


 

 ◆



 控えの間にはソファーとかが椅子とかが置いてあって、アリシアは座れる場所があるだろうかと心配したけれど、ちゃんとアリシア専用の大きな椅子もあって、その横にはケンタウロスのウィッカさん用らしき布も敷いてあった。

 テーブルには、ちょっとしたお菓子とかお酒とかお茶やコーヒーの用意がしてあって、ボードゲームみたいなのも置いてあった。


 アリシアは、エルゴルさんの隣に座ってた女の子と仲良くなれないかと思って、部屋を見まわしてみたけれどいなかった。よく見るとお嬢様とアイシャさんもいなかったので、子供はもう部屋に引き上げたらしかった。


 奥様が飲み物とかお菓子を配るのを手伝って、自分のコーヒーを確保して、それから椅子に腰を落ち着けると、エルゴルさんの配下らしき女の人が二人で、椅子を持ってやってきて、アリシアを挟むように座る。

 なんだろう? とアリシアは疑問に思ったけれども、まあ親交を深めようということだなということで、お互いに自己紹介をして、それから雑談をはじめた。


 といっても共通の話題なんてほとんどないわけで、そのうち話がエルゴルさんのことになる。


「うちの団長、団長っていうのは私らは彼のことをそう呼んでるんですが、どう思いました?」

と、その女の人のうちのひとりに聞かれた。


 どう思ったかと言われても、アリシアも今日はじめて会ったばかりだし、何とも答えようがない。

 それでなんと言ったものか迷ったあげくに

「あー……手がいっぱいあると便利そうですね」とか言ってしまった。


 なにを言っているんだ私のバカバカ! と思ったけれど、その女の人は少し黙って、それから

「あんなに大きなナリをしてますけど、あれでも優しいんですよ」

と言って、それからエルゴルさんがどんな人かを延々と話し始めた。


 あんまり長いし詳しいので、この人はエルゴルさんのことが好きとかそういうことなのかな、とアリシアは思ったのだった。

 まあ知らない人と話すと話題に困ったりするので、そこは楽ができたかなという気もする。


 それからしばらくおしゃべりが続いてから、奥様が解散を告げたので、皆で部屋に引き上げたのだった。



 ◆



 それから二日くらい経って、エルゴルさんたちが帰る日がやってきた。

 

 旅程の関係で、早めの昼食をともにして、それからご領主さま、奥様、お嬢様と、それぞれの家臣の皆で、見送りのためにお屋敷の玄関前に集まる。

 フレットの奴もちゃんと馬車に詰め込まれたようで、エルゴルさんが挨拶の言葉を述べて、それから旦那様がまた機会があれば来てくださいみたいなことを言う。


 敷地の塀の門扉を開け閉めしないといけないので、お屋敷の執事さんが先頭を歩いて先導する。

 その後ろを、体が大きすぎて馬車に乗れないエルゴルさんが歩いて、さらにその後ろを数台の馬車がついていく。

 そうして、馬車が丘を降りて見えなくなるまで皆で立っていて、それから皆で屋敷に戻った。



 ◆



 屋敷に戻ると、ご領主さまは仕事が何かあるみたいで、執務室に戻ったけれど、奥様が

「あー……疲れたわね。ちょっとお茶でも飲みましょう」と言って食堂に向かい、お嬢様を抱っこしたアイシャさんも一緒にそっちのほうに行ったので、アリシアも付いていくことにした。


 食堂で皆のぶんのお茶を淹れてもらって、それで飲んでいたけれど、なんだか空気がざわざわしていて、落ち着かないような感じがあった。

 具体的に何がどうということはないのだけれど、なんだか雰囲気がいつもと違うので

「今日はまだ何かあるんですか?」とアリシアが奥様に聞くと


「そりゃあれよ、今日は給料日じゃないの」と奥様はお答えになった。


 給料なんていうものの存在をすっかり忘れていたアリシアが、そういえばそりゃ奉公にでているんだから給料もあるはずだよね、と考えていると


「これ飲んだら渡すからあなたもあとで私の部屋に来るのよ」と奥様がおっしゃった。



 ◆



 お茶を飲み終わって、奥様が部屋へ向かわれるのにアリシアもついていく。


 奥様の部屋の前までくると、そこの廊下には、奥様の家臣の方々がずらっと並んでいて、その列に黒エルフのコージャさんと、ケンタウロスのウィッカさんもいた。

 ちょっと待ってね、と奥様はおっしゃって、アイシャさんからお嬢様を受け取って部屋の中に入る。


 アリシアもアイシャさんと一緒に列に並んで待っていると、すぐに「どうぞ」という声が聞こえて、並んでいる人達が、何人かずつ順に部屋に入っていく。

 コージャさんとウィッカさんが部屋から出てきたので、手を振ってすれ違い、入れ替わりにアリシアも部屋に入った。 


 部屋のなかで、奥様は執務用の机に着いておられた。

 そしてその横にもう一つ机が用意されてあって、その前にお嬢様用の背の高い椅子が据え付けてあって、お嬢様が座っている。


 アリシアがアイシャさんと一緒に入っていくと、奥様が

「アイシャのとアリシアさんのはこれね」と言って、袋をふたつお嬢様に渡す。


 お嬢様が、それを小さなおててで持って「ごくろうさまでした」と言いながら、アイシャさんとアリシアにそれぞれくださる。

 ありがとうございます! とアリシアが喜んでいると、

「中を確認したらこの帳面に日付を入れて受け取りのサインをして頂戴ね」と奥様がおっしゃった。

 奥様の机の上を見ると、帳面みたいなものとペンが用意されてある。


 それでアリシアは袋を開けて中を見てみた。するとなんか金貨がいっぱい入っている。

 いくらなんでもこれは間違いだと思ってアリシアは

「あの、誰かのと間違えてるみたいです」と言った。


 あら、そう? と言って奥様がその袋を受け取って中身を数える。

「ちゃんとあるじゃないのよ」


「えっ、いやでも金貨がいっぱい入ってましたよ」


「だから金貨30枚よね?」


「そうなんですか?」


「そうなんですかって……じゃあ何枚入ってると思ってたのよ?」


 そう言われれば、いったい何枚なんだろう?

 アリシアは自分の月給がいくらなのかを知らないことに気が付いた。

 思い返してみれば、そういえばなんかエルフのスクッグさんが、交渉してくれていたけれど、アリシアは、ものすごく可愛らしいお嬢様と、すばらしくきれいな奥様のほうばかり見ていて、話をほとんど聞いていなかったのだった。

「……何枚でしたっけ?」


「うーん、自分の月給の額を知らないというのは良くないと思うわ」


「すみません……」


「月給が金貨30枚で、部屋と食事は支給。

 月給とは別に夏と冬にそれぞれ衣服一揃いと金貨30枚ずつ支給。帰省旅費の支給は無し。

 っていう条件ね。契約書の写しも渡してあるわよ」


 そう言われれば何か紙をもらった気がする。大事な書類ならたぶん腕輪の中に入れてしまってると思うけれど。

 そんなことよりもアリシアは、金貨が30枚という、たぶんその辺の家族が一年くらい暮らせるような、そんな大金が月ごとに、なんとこの自分に渡されてしまうという事実に慄然とした。

 美味しいものばかり大量に食べるわりに、仕事なんか見回りくらいしかしてないのに!


「あの、あの、金貨30枚って多すぎでないでしょうか」


「……そういうことって払う側が言うことで、貰う側がそんなこというのは珍しいわね。

 そりゃ安くしてもいいなら嬉しいけど大体そんなものだと思うわよ。

 私が他所で呼ばれて行ってたときは月に金貨に直したら250枚くらい貰ってたわ。

 あなたはそんな心配しなくてもいいの。だいたい適正な額だと思うわよ」


 月に250枚!

 アリシアはもうなんだかわけがわからなくなった。月に250枚もどうしたら使えるんだろう?


「まあ袋のお金が足りてないっていうのなら大変だけど、そういうことじゃないならサインして頂戴な」


 そう言われたからアリシアは、帳面に自分の名前と日付を書き込んだ。

 それからなんだか釈然としない気がしながらも、奥様とお嬢様にご挨拶をしてアリシアは部屋を後にしたのだった。




 ■tips


 アリシアの俸給を、おおむねで現代日本の貨幣価値に直すと


 月給:金貨30枚=300万円×12カ月=3,600万円


 夏の支度金:金貨30枚=300万円

      :被服ひと揃い


 冬の支度金:金貨30枚=300万円

      :被服ひと揃い


 別に部屋と食事は現物支給



 合計:年俸4,200万円

   :被服ふた揃い

   :部屋と食事  となる。


 アリシアがいる国においては個人に対する所得税という概念は存在しないので、アリシアに関しては支給がそのまま手取りである。

 税は一般に、幾らかの専売品、鉱山、農産物の収穫や、狩猟の獲物(それらから採れる術石)、事業の売り上げや所得などに課税される。


 夏と冬の支度金というのは、家臣や使用人の帰省にそなえて、主人や雇用主がいくらかのお金や、新しい服を支給してやるという慣例が制度化したものである。


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