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ハーフオーガのアリシア22 ― 六本腕の男Ⅱ アリシアは色々聞かれる ―


 フレットを抱え上げて、部屋から出て行ったエルゴルさんは、奴を牢屋に閉じ込めてきたのか、手ぶらになって戻ってきた。


 ヨランダさんが怪我をさせられた件についての話はこれで終わったから、エルゴルさんの用事はもう終わりということで、すぐに帰ってもいいのだけれど、あんまりすぐに帰ると、エルゴルさんの派閥と()()のご領主さまの関係が悪くなったということになってしまうらしい。

 それで、三日くらい適当に逗留して帰るとのことだった。

 

 とりあえずエルゴルさんたちは夕食までお休みくださいということで、泊まる予定の部屋に案内されていった。

 


 ◆

 


「アリスタとアリシアさんは私の部屋に来てくれるかしら」

と奥様がおっしゃったので、アリシアは、奥様が大広間から引き揚げるのに合わせて、アイシャさんからお嬢様を受け取って、奥様の後に続いた。お嬢様を抱っこできるのは嬉しい。



「あー……疲れたわね。お茶入れるからちょっと待ってね」

 部屋に入ると、奥様はそう言ってお茶の用意を始める。


 奥様の部屋には大体は、奥様の臣下の女の人やらメイドさんやらがいて、お茶を淹れたりだとかはしてくれるのだけれど、今日は部屋に誰もいない。

 アリシアとしては、私がやります、と言いたいところだったけれど、アリシアは家では麦茶くらいしか淹れたことがなくて、ちょっと言えなかった。


 そりゃあ、お茶の葉をポットか何かに入れて、お湯をかければいいというのはアリシアだって分かっているけれど、何も分からずに適当にやると色だけ着いていて、全然味がしないのができたりする。

 お茶の葉は高価だから、そんなもったいないことはできないので、アリシアの家ではお茶の葉を使ってお茶を入れるのは母親だけだった。

 それに奥様が水を入れたらしきポットに直接手をかざして温めているけれども、アリシアはそういう令術ができないので、自分でやるとなると焜炉だか焚火だかから用意しないといけない。


 それで手持無沙汰な間に、片手でお嬢様を抱っこしたまま、机のところにある椅子を二つどけて、その代わりに、部屋の隅に置いてあった幼児用椅子を机のところに持ってきて、それにお嬢様を据え付ける。

 それからこれも部屋の隅にあった長持を持ってきて、それに自分が座る。


 はいこれ、と言って目の前にお茶のカップが置かれる。アリシア用らしくちゃんと大きい。

 奥様はポットを持ってたけれど、カップは持ってなかったはずで、どこからカップを出したんだろうとアリシアは不思議に思う。


 奥様も席に着いたので、お茶を一口いただく。

 優しい紅茶の香りが鼻にふわりと抜けて、アリシアは思わず目を閉じて深く息をつく。

 さっきのヘレットやらエルゴルさんやらとの会談の緊張がゆっくりと押し流されるような感じだった。


 コトリという音がして、目を開けると、きれいなガラスの器が目の前に置かれている。

 そこには、真っ白なアイスクリームに薄べったい何か焼き菓子らしきものを刺したものが入っていて、薄緑色をしたミントの葉もちゃんと添えられている。

 同じものが奥様の前にもお嬢様の前にも置かれてあった。

「おやつはアイスね」

と奥様がおっしゃって、お嬢様は喜んでいるけれども、これもまたどこから出したのか不思議だった。


 アイスを食べて紅茶を飲んで暫しくつろぐ。

 自分も贅沢になったものだとアリシアは思う。


 アイスクリームなんてものは、実家にいたころは二回くらいしか食べたことはなかったけれど、ここではしょっちゅう食べている。というかアイスクリームに限らず、アリシアが奉公にこのお屋敷に来てからのひと月ちょっとのあいだ、食事の後には何かしらデザートが出るので、ケーキやらタルトやらパイやらクッキーやらゼリーやらその他いろいろなお菓子を日替わりであれこれと、ほとんど毎日食べている。


 これはもう実家には戻れないな、とアリシアがぼんやりと考えていると

「さっきの会談のことだけれど……」と奥様が話しはじめる。


「いくら腹立たしいことがあっても、ああいう交渉の席で唸ったりしてはだめよ?」


 そう言われるとアリシアとしては言葉もない。

「はい……」

と消え入るような声で返事をするのが精一杯になる。


「あなたもよ。あなたが主人なんだから、本当はあなたが止めてあげないといけなかったのよ」


「ふ?」


 我関せずとアイスをパクパク食べていたお嬢様が、そう奥様に言われてスプーンを咥えたまま振り向く。

 ちょっと可愛すぎではないかとアリシアは思う。


「交渉ごとの席で、というか交渉ごとに限らず、他所の貴族とかを相手にするときは、隙を見せると因縁をつけられて、そこに付け込まれる場合もあるわよ。

 無礼だとかなんとか言われて逆ねじを食わされることだってある。

 ちょっとした言葉の選択とか、呼吸とか所作で結果が変わることもあるようなものなんだから、気を付けないといけないの」


 アリシアがまた「はい……」と返事をしたけれども、お嬢様が

「あれでいいのよ。あいつすっごくしつれいだったもの」と言った。


 アイスを食べ終わったお嬢様は、小さなおててで、それでも危なげなくカップを持って、悠然と紅茶を飲みながら

「あの『ふれっと』っていうやつはありえないくらいしつれいだったわ。

 でも、だからといってそれをとがめてなにかをようきゅうしたらくうきがわるくなるし、あいてがたいどをかえてきょうこうにきたらそれもこまるもの。

 だからありしあがうなるくらいでちょうどよかったわ」と言った。


 お嬢様はエルフだし、見た目通りの年齢でないことは分かっていたけれど、アリシアは、赤ちゃんみたいに見えるお嬢様が、普段からこんな複雑なことを考えていたのか、と呆然として見てしまう。


「それはそうかもしれないけど、結果としてそれで良かったじゃダメなのよ。アリシアさんだって計算づくでやったわけじゃないんでしょう?」


「はい……」

 もちろんアリシアは計算なんかしていなくて感情のままに唸っただけだった。


「いつでも冷静でいなくちゃダメよ」

と奥様に優しく諭されて、いつでも自制して穏やかにいるようにという父の教えはやはり間違っていなかったと、そして奥様になら怒られていてもちょっと嬉しい、アリシアは思うのだった。

 



 そうしてふと思い出して、アリシアはさっきエルゴルさんからもらったお金の袋を二つ取り出すと

「あの、これ……」と言って差し出す。


 なんだか流れで貰ってしまったけれど、あわせて金貨が40枚も入っていたわけで、すごい大金だったから、なんだか貰ってしまうのに抵抗があるのだった。

 よく分からないけれど、金貨が20枚か30枚もあれば普通の家族が一年くらい暮らしていけるんじゃないのかなとアリシアは思う。


 貰っちゃっていいんですか? とアリシアが聞くと

「私が取り上げたりしたらそれも問題じゃないの」と奥様がおっしゃった。


「それにこれもアリシアさんの稼ぎよ。

 もしヨランダがどこかに誘拐されてたら本当に面倒なことになってたわ。

 誰がどこに誘拐したのか分からなかったら取り戻せなかったし、仮に分かったとしても証拠とかを揃えるのも難しいし、相手に抗議しても聞いてくれるか分からない。

 かといって無理やり人を送って取り返したら、向こうの上の公爵様や伯爵とも本格的な揉め事になるかもしれないし、そうなったら相手もそれはそれで嫌でしょうしね。

 誘拐される前にアリシアさんが取り返してくれて本当に私たちも、向こうの伯爵や公爵様も本当に助かったのよ。エルゴルさんだってそう言っていたでしょう」


 だからそれは取っておきなさいと言われて、そんなものかなと一応は納得したけれど、なんだか誰かをちょっと殴り倒しただけで金貨40枚とか貰えるのは馬鹿げているとアリシアは思うのだった。

 そもそもスクッグさんだって、腕輪のなかに金貨や銀貨をじゃらじゃらといっぱい入れてくれたし、このお屋敷じゃご飯もなんかいいものばかり毎日出てきて食べているし、さっきだってなんでもないことのように、気軽にアイスクリームとか食べて紅茶とか飲んでしまった。

 そういう贅沢について、アリシアは嬉しくはあっても、なんだか皆してそういう金銭感覚なのには、ついていけないような気もするのだった。



 ◆



 話が終わってアイスも食べ終わったら解散になったので、アリシアは奥様とお嬢様にご挨拶をして引き上げる。

 普段だったらもう見回りを初めている時間なっていたので、部屋で武装してからドーラさんのところに行く。

 

 けれどもドーラさんは

「今日は晩餐会があるから、嬢ちゃんは待機してな。あたしは特にでなくてもいいけど、嬢ちゃんは当事者だったからね。向こうさんだって嬢ちゃんの顔は覚えてるだろうし、そしたら嬢ちゃんは出た方がいいよ」

とのことで、今日はひとりで見回りに行くと言われてしまった。


 それで暇になってしまったのだけれど、することがないので、仕方がないから武器の練習をすることにする。

 どこか貸本屋かなんかでもあれば時間をつぶせるのだけれど、それが下の街ではどこにあるのかアリシアはまだ知らない。


 アリシアは、部屋に戻って腕輪から斧槍と大剣を出して、それらを持って練兵場のほうへ向かう。



 ◆



 お屋敷から外にでると、もう夏に近いから日差しがけっこう暑かった。

 けれども胸甲を着ていれば、それに温度調整の術石がついているので快適ではある。

 

 鎧をつけている方が暑くないというのは妙な感じだなと思いながら、アリシアが練兵場への道を歩いていくと、やがて武器か何かが空気を切り裂くような、ぶんぶんという音と、土の地面が擦れるような誰かの足音がした。


 誰かが使ってるのかなと思って、そっと覗いてみると、そこにはエルゴルさんがいたのだった。


 少し離れた場所に、銀色の瞳に銀色の髪をした藍色のドレスの女の子が座っていて、昨日に街で見かけた子だった。

 服は昨日とあまり変わらなかったけれども、今日は先に術石らしきものがついた杖を持っている。


 そしてエルゴルさんは、なんと六本の手のそれぞれに、大きな大剣を持っていたのだった。

 エルゴルさんの大きな体や、長くて太い腕にふさわしく、六本の大剣もすごく長くて太い。

 アリシアがいま抱えている大剣よりもまだだいぶ大きなものだった。

 それに加えて、長くて太い尻尾には何だか取っ手のようなものが付いた錘のようなものが握られている。


 

 アリシアがじっと見ていると、藍色のドレスの女の子が、手に持った杖から、ポン、ポン、ポンと幾つか赤い光球を飛ばすと、エルゴルさんが、その光球を手に持った六本の剣や、尻尾で握った錘を縦横に振るって、叩いて消していっているのだった。


 腕が六本もあるせいか、動きがあまりにも人間離れしているので、ついアリシアは、どうやったら狩れるかな、などと考えてしまった。

 たぶん近寄ったら防ぎようもなく切り刻まれると思うので、大弓で遠くから撃って、弱ったら槍かなにか長いのもので……などと思ったところで、エルゴルさんがアリシアに気づいたらしく顔を上げる。


 するとやっぱりそれは人の顔で、アリシアは、何を考えてるんだと思い直し、近寄っていった。

 藍色のドレスを着た女の子は、アリシアが寄ってくるのに気づくと、エルゴルさんの手にぴょんと飛びつく。

 するとエルゴルさんは女の子をひょいと抱き上げて、残りの腕で器用に大剣を背中に括り付けてある鞘にしまっていくのだった。


「これ、ご挨拶をしないか」

とエルゴルさんが言うと、女の子はエルゴルさんの手にしがみついたままペコリと頭だけ下げた。


 かわいい女の子に警戒されて悲しいけれど、ちょっとでも印象を良くするために、アリシアはできるかぎりの笑顔を作って「よろしく」と言っておく。

「いやどうもすみませんな、まだネンネなもので」というエルゴルさんに、いえいえと返事をする。 


「こういうときでなければ手合わせなどお願いしたかもしれませんが、今回は揉め事の話し合いのために参ったわけですから、ここでさらに私や貴女がどちらかでも怪我などしようものなら、少しややこしいことにもなりかねません。ですから今回は自重させていただきますよ」


とエルゴルさんが言ったけれども、アリシアとしてもかわいい女の子の前で大暴れして、野蛮とか暴力的とか威圧的とかいうような印象を持たれたらイヤなので渡りに船とばかりに「ええ、もちろん」と答える。


「もう少し辺境の森林地帯ならともかく、このあたりでは大鬼族(オーガ)の同族は珍しい。もしよろしければ、ご両親のお名前などお教えいただけるかな?」


 そう聞かれたのでアリシアは特に警戒することもなく

「父の名前はスタルク・ゴルサリーズで、母はムテラと言います」と答える。


 するとエルゴルさんは

「おお! ()()スタルク殿か!」と興奮したように言った。


「父をご存じなのですか?」


「いや、直接には存じ上げないけれども、話には聞いたことがあるんだ。ある意味で私の恩人なんだよ」


 どういう意味だろうとアリシアが思っていると、エルゴルさんはアリシアのほうを、何か眩しいものでも見るようにして見て

「君はひょっとすると大鬼族(オーガ)の村で育ったのではないんだろう?」と聞いた。


「はい、母は只人ですし」


「おお……そうか、そうか」

 エルゴルさんはなぜか感動するような素振りで、何かを噛みしめるように何度も頷く。


「私もちょっと色々あってね。オーガの村から出て暮らしているわけだけれども、私より先にスタルクという人が、オーガの村から出て、只人や他の亜人たちの中で暮らしていると、そういうオーガもいると、そう聞いたんだよ。

 それで私もそれに倣ってそうしようと思えたのさ。

 私は君のお父上にお会いしたこともないけれど、それでもスタルク殿は、私にとっては人生の見本のようなものなんだよ」


「そうなんですね」

 アリシアはそう答えたけれど、アリシアはそもそもオーガの村とやらにいたことがないのでよく分からない。


「君のお父上は、そうして家族を持って、いまやこんなに立派な娘さんまでいる。あまり分かってもらえないかもしれないけれど、私はちょっと感動しているんだよ」


 エルゴルさんは六本もある腕をワキワキさせて興奮している。

 自分もその大鬼族(オーガ)の村とやらにいれば違った人生があっただろうかとアリシアは考える。


 このお屋敷にはいなくて、もうオーガの男の人と結婚していたりして。

 でもそうなると、お嬢様とも奥様ともアイシャさんやコージャさんやウィッカさん、スクッグさんやヴルカーンさんとも出会うこともなかったかもしれない。

 そうだとするとやっぱり今のほうがいいや、とアリシアは思ったのだった。


「今日は嫌な仕事だと思ったけど、あなたに会えて本当に良かったよ」

 エルゴルさんはそう言って笑った。



 それからしばらく雑談していると、メイドのエルザさんが呼びに来てくれたので、食事をしに一緒に大広間へ向かった。



■tips


金貨は現代の貨幣価値でいうと、1枚あたりおおむね10万円ほどになる。

40枚あれば400万円である。


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