ハーフオーガのアリシア19 ― アリシアは入浴介助をする ―
アリシアは夢を見ていた。
夢の中で、アリシアは実家の山小屋にいて、居間のテーブルに備え付けてある椅子に座っているのだった。
テーブルの向こう側には、アリシアの母親が同じく座っているけれども、彼女はアリシアのほうに寄ってきてくれるわけでもなく、アリシアもなぜか彼女のほうには行けないのだった。
そしてアリシアの母親は何も言わず、アリシアのほうをただじっと見つめている。
アリシアは何を言われたわけでもないのに、後ろめたい感じがして、何か言い訳をしなきゃと思っていると、なぜか腕の中に、顔を切り裂かれたあの女の人を抱き抱えているのに気が付いた。
ほら! ほら! 人を殴ったけど、それは仕方なかったんだって!
そう母親に主張しようと顔を上げると、なんと母親のそばに、女の人の顔を切り裂いたあの金髪の男がいたので、アリシアはびっくりして、これは危ないと思ってテーブルを飛び越えて、あの金髪の男に殴りかかった。
しかし、金髪の男の腹をめがけて殴りかかったアリシアの拳があっさりと止められてしまい、あれっ? と思って顔を上げると、金髪の男は、なぜかアリシアの父親に変わっていて、アリシアの父親は、アリシアの手首を握ってアリシアの拳を止めながら、アリシアのほうを悲しげな顔で見ているのだった。
◆
そこでアリシアは、金髪のあの男が父親に変わるのは変だし、自分は領主さまのお屋敷にいるのに、なぜ実家の母親がいるのか、など展開があまりにも荒唐無稽なことに気づいて、つまりこれは夢だとも気づいたのだった。
自分の見ているものが夢だと気付くと、急に現実感が戻ってきて、背中に寝間着越しに触れるシーツの感触や、掛布団の重さを感じる。
そうして、瞼の裏から朝陽の光を感じて、アリシアは目を覚ました。
変な夢を見たせいなのか、夏が近づいてきて気温が高くなってきているせいなのか、寝汗をかいてしまっている。
アリシアは起き上がって窓から太陽のほうを見てみる。
太陽は十分に高いけれども、まだ真上というわけではなくて、昼ご飯までにはまだ少し時間がありそうだと見当をつけた。
起きてはみたものの、お腹がすいていて、何か食べ物をもらいに行こうと決める。
たしか朝は大食堂とかいうところに行けば食べ物が置いてあって、自由に食べていいとかアイシャさんに聞いた気がした。
昨日はお風呂に入ってないし、なんだか寝汗をかいてしまったから、着替えたら服が汚れるので、何か食べたら、どこかで水浴びか、お湯をもらって体を拭くかでもすることにして、服に着替えるのはそれからにしようと決めて、とりあえずは寝間着のまま部屋を出る。
けれども、アリシアは大食堂がどこにあるのか分からなくて、屋敷内をさまよっていると、廊下のはき掃除をしていたメイドさんを見つけて、その人に大食堂まで連れて行ってもらった。
◆
そうして大食堂に着いたけれど、もう時間が遅いせいなのか、食事は片付けられていて何もなかった。
それでアリシアががっかりして立ち尽くしていると、かわいそうに思ってくれたのか、メイドさんたちが厨房から果物とバター付きパンとゆで卵と、あと冷たくしたコーヒーを持ってきてくれた。
ワインが入っていたらしき空き箱を四つ使って布をかけた椅子も作ってくれた。
そうして嬉しくなったアリシアが、ニコニコしながら、食堂の隅で食べていると、奥様が女の人たちを何人か引き連れて大食堂に入ってこられた。
奥様は、アリシアが(デカいから?)居るのにすぐ気づかれたようで、アリシアの座っているほうへ寄ってこられた。
アリシアが立ち上がろうとすると、奥様は、そのままそのまま、というように手でアリシアを押さえて
「寝間着でどうしたの?」とおっしゃった。
これから水浴びか、体を拭く予定で……とアリシアが言うと、奥様はちょっと考えて
「もうこの時間なら掃除も済んだだろうし、今からすぐお風呂沸かすわよ」とおっしゃって、そのかわり昨日のあの子をお風呂に入れてやってちょうだい、とのことだった。
昨日のあの子というのは、聞いてみると、あの金髪の男にナイフで顔を切られたあの女の人のことらしい。
「ちょっと世話してあげなきゃいけない感じの子でね、普通ではないわね」
そばに寄ってきていた年配のメイドさんが「奥様、そのようなことは私どもが」と言う。
けれども、奥様は「あの子だって知った顔のほうが安心できるわ」とおっしゃる。
「じゃあちょっとお風呂沸かしてくるわね」
といって奥様は大食堂から出て行ってしまわれた。
奥様が手ずから沸かしてくださるのか、とアリシアは驚いて、ちょっと嬉しくはあったけれど、奥様のお手を煩わせたようになって、まわりにいる奥様の家臣らしき女の人たちや、メイドさんたちから白い目で見られている感じがして、ちょっと身が縮む思いをしたのだった。
しばらくすると奥様が戻ってこられて、顔を切られたあの女の人を連れておられた。
顔にはやっぱりまだ傷がいっぱいあって痛々しい。
彼女は奥様の手をしっかりと握っていて、あんな目にあった後だから、まだ不安なのかもしれない。
でも私だってまだ奥様の手なんか握ったことないのに! とアリシアは羨ましく思ったのだった。
「彼女はヨランダっていうのよ」と奥様が紹介してくださった。
でも、当のヨランダさんは、よろしく、とか何とか言うわけでもなく黙って立っている。
「さあ、お風呂に入ってくるのよ」
と、奥様がいかにも優しくヨランダさんにおっしゃって、アリシアにヨランダさんを引き渡す。
そうすると彼女は、アリシアの手をしっかりと掴んだ。
ヨランダさんが一言も口をきかず、ずっと黙っているので、アリシアは彼女が不愛想な人なのかと思ったのだけれど、彼女は挨拶や自己紹介すらしないわりに、手だけはものすごく仲良しの女の子同士みたいに繋ぐので、アリシアは妙な印象を受ける。
ヨランダさんはなんか変な人だなと思って、アリシアは奥様の顔を見たけれど、奥様はニコニコとしているばかりだった。
ヨランダさんには、奥様がどこからか取り出した着替えとかを渡していたけれど、アリシアは着替えを持ってきていなかったので、奥様にご挨拶をしてから部屋に取りに戻る。
その間もずっとヨランダさんはアリシアの手を握ったままだった。
それで、アリシアは片手をとられたまま、もう片方の手だけで着替えを用意して、そのままヨランダさんの手を引いて大浴場に向かう。
◆
脱衣場に入って「ここで服を脱ぐんですよ」と言って、アリシアが服を脱ぎ始めると、それを見ていたヨランダさんも、アリシアから手を放して服を脱ぎ始めてくれた。
けれども、脱いだ服を全部くしゃくしゃにして、籠に入れてしまうので、ドレスとブラウスだけは、アリシアが手を出して、軽く畳んでおく。
布を二人分とって、一つをヨランダさんに渡して、蛇口の前まで誘導して椅子に座らせて、それからアリシアは隣で体を洗い始める。
洗いながらアリシアが横目で見ていると、ヨランダさんは、体を薬液でいちおう洗ってはいるけれども、かなり適当で、それに布を使って背中を洗ってはいなくて、体の前しか洗っていない。
髪も薬液を付けて洗おうとはしているけど、一部に薬液がついているだけで、全然洗えていない。
こういうことだから奥様が、ヨランダさんを風呂に入れてやってくれと頼んでこられたんだなとアリシアは納得した。
ヨランダさんは、今は傷だらけで分かりにくいけれども、顔を見る限り、そんなに子供のようではなくて、むしろ私より少し上くらいかなとアリシアは見当をつける。
けれども妙にあどけない感じもあって、それに自分の身の回りのことが一人でちゃんとはできないらしい。
なかなか色々と難しいところがあるのかもしれない。
それでアリシアはとりあえず、背中を流しますよと言って、ヨランダさんの後ろにまわり洗っていく。
背中をこすり、腕を上げてもらってわきの下も洗い、洗い残しがないようにくまなく洗って、頭も洗って最後に流す。
只人の女の子はかわいいから、洗うのも楽しい。
それから二人で浴槽に浸かって、風呂から上がったらタオルを渡して様子を見たけれど、体も髪も拭き残しが多いので、あとからアリシアが残りを拭く。
服は脱ぐよりも着る方が余計に面倒なので、ヨランダさんは自分でできそうもないから、最初からアリシアが手を貸した。
パンツを履いてもらったあとに、シュミーズをかぶってもらい、布のコルセットで上から押さえる。
コルセットの下の端から靴下留めを吊るして、パンツの下を通すようにして垂らしてから、ストッキングをはいてもらって、靴下留めとつなぐ。
それからペチコートを上からかぶせるようにして穿かせる。
そこまでしてからアリシアは、ジロジロと観察し、ヨレたり偏ったりしている部分を引っ張ったりして整えて、それからドレスを上からかぶせた。
髪を手櫛で整えて、うむ、かわいくできた! と喜んだところでアリシアは自分が真っ裸のままなのに気づいて、あわてて自分の服を着た。
オーガの服はそんなに只人の女の子の服みたいにかわいくなくて簡単だからすぐに着終わる。
只人の女の子は着ている服のつくりさえもかわいらしい。
あんまりかわいいので腹立たしくなるくらいだけれども、その腹立たしささえも、こちらを見つめるヨランダさんのあどけない顔を見ていると溶けていってしまうようだった。
またヨランダさんの手をひいて、大食堂のほうに戻る。
奥様はまだ、家臣らしき女の人とお話をされていたけれど、アリシアとヨランダさんの姿を見つけると、話を終えて
「きれいになったわね」
とにっこりしながらおっしゃって、どこからか櫛を出してこられて、それから手から温風を出しながら、ヨランダさんの髪を乾かしはじめられた。
羨ましい。なんであの人だけ!
とアリシアが思っていたら、アリシアが食事のときに使っていた、ワインが入っていたらしき空き箱を四つ使って布をかけた椅子に、アリシアに座るようにおっしゃって
「アリシアさんもありがとうね」
といいながら、アリシアの髪も整えて乾かしてくださった。
奥様がやさしくアリシアの髪に手を触れるので、アリシアはすっかり陶然とした心持になってしまう。
そうしてアリシアはすっかり気分が高揚し、元気いっぱいになって、奥様にお礼とご挨拶を述べると、今度は昼食をとるべく、お嬢様の部屋に向かったのだった。
■tips
映画スターやアイドルが存在しない時代においては、貴族がある程度その役割を担っていたようである。
昔の例えばイギリスなどでは、一般庶民は貴族名鑑などを買い求め、新聞記事などに貴族のナントカ卿がナンタラという行事においでになりました、みたいな新聞記事があったりしたら、その記事や、記事にくっついている写真などを切り抜いてスクラップしてたりするのである。
そうして例えばその庶民は、観劇にでもいくと、貴族様用の特等席を遠くから物見高く眺めて、あの方は何々卿よ、とか、あのご婦人は何々卿婦人よ!きれいねー! みたいにして楽しむのである。
そういう庶民は、そういう貴族様に直接会ったことがあるわけでもないのに、そのような上流社会にやたらと詳しかったりするのである。
貴族はアイドルでもあり得る。
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