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ハーフオーガのアリシア2 ― アリシアの失恋と旅立ちと就職Ⅱ ―


 翌日の結婚式は村の役場のホールで厳かに行われた。

 アリシアは役場の天井に頭がつっかえるので、立会人としては出席しなかった。


 その後の披露の宴会が野外で行われたのは、新郎新婦によるアリシアへの配慮でもあったろうか。


 春の陽気が吹き抜けるなかを雇われの楽師達が楽し気な音楽を奏でる。

 一張羅で着飾った村人たちが、めいめいに新郎新婦の座っている席へと寄って行って列をつくり、祝いの言葉を述べていて、お金や宝飾品やら布地やらを送り、あまり裕福でないものは小麦やら塩やらを送っていた。


 新郎新婦のアルバンとフローラはそれに笑顔で如才なく応えていて、ああ、大人だなと、そういうことは自分には無理そうだなと、山小屋生活が長いためにあまり人馴れしていないアリシアはそう思うのだった。


 自信作の外套二着を手にしてアリシアも列に並ぶ。

 

 列が進んでフローラを間近で見るだにそれはそれは美しかった。

 少し疲れてはいるようだけど、花嫁らしい喜びに満ちていて、幸福感に輝いている。

 レースを贅沢に使った白く輝く花嫁衣裳の麗しさ、すこし開いた胸元から見える肌は白く透明に輝いて、招待客と抱擁するしなやかな腕から続く小さな手の愛らしさよ!

 

「アリシア! 来てくれて嬉しいわ」

 そう言って抱擁してくれるフローラは、巨大なアリシアからすれば、あまりにも小さく細く、確かに必要以上にかわいらしい。翻っては卑屈に自分のデカさゴツさを意識しつつ、


「今日は本当におめでとう」

 言いながら頬に優しく触れて背中をさすると、フローラがめいっぱい爪先立ちになって伸びあがるので、アリシアができるだけ身をかがめる。すると頬にひとつキスをくれた。なんてかわいい!


 もうアルバンが取られるのが嫌なんだか、フローラがアルバンに取られるのが許せないんだか分からなくなってきたところで、こりゃ私とは生き物が違うなと思いながら(実際違うのだが)フローラに渡すようの外套から防水の油紙を剥がして贈り物を披露する。


 おおっ、というようなどよめきが上がる。

 すごいわ! とフローラも嬉し気に叫んでくれた。

 そうであろうそうであろうと微妙に鼻をひくつかせながら、フローラに外套を渡すと、今度はアルバン用の外套の油紙を剥がして、あんたにはこれね、と言いつつわざとぞんざいにポイと渡す。

 けれどもやはりそこにはアリシアの初恋が破れる瞬間の万感が籠っていたのであった。


 アルバンも外套をひろげてみて、すげえ! などと言って喜んでくれる。

 実際にアリシアが渡した贈り物はかなり豪華だったし、一緒に持ち込んだ、宴会用の肉と併せておおいに面目をほどこし、鼻高々ではあった。


 でも、そうして新郎新婦がにこにこして、輝くばかりに幸せそうな顔でお礼を言ってくれるのを見て、穏やかに返事をしながらもアリシアは自分のうちに醜い心がむくむくと湧き上がってくるのを感じた。



 大鬼族が只人のあいだで暮らすには、警戒されたり恐怖されたりしないように、何につけても、とにかく自制心が大事で、だからアリシアもそういう訓練を受けてきた。

 安易に怒らず、機嫌は良くあるように努めて、表情は穏やかに保ち、暴力を振るうなんてもってのほか、という具合だ。

 そういう訓練や習慣のおかげもあって、不機嫌な感じを万一にも表に出したりはしてないだろうと思いはするものの、ひょっとしてこの醜い心を二人に気取られてはいないだろうかとアリシアの心は苛まれる。



 この黒い心が、アルバンをフローラに取られたことへの嫉妬であればどれほど良かっただろうか!


 アリシアの心に湧きあがったのは、そうではなくて、幸福げな二人に対しての妬みであり、自分がフローラのようなそんな可愛らしい花嫁として幸せにはならないであろうことへの嫉みだった。


「後ろがつかえてるからこのへんで……、また後でね」


と言いつつかがんでフローラの額にキスをひとつ落として身を翻す。

 ありがとうという声にひらひらと後ろ手を振りながら考える。


 アルバンのことは確かに好きだったけどあきらめてもいた。

 自分はデカくてゴツい大鬼だし、アルバンとフローラが相思相愛なのも分かっていた。

 アルバンが自分のものになることはたぶんない。

 それは分かっていた。

 だから覚悟もできていたし、アルバンは単なる淡い初恋でしかないし、破れてもどうってことないはずだった。

 こんなはずじゃなかった。

 自分が本当に嫉妬して、嫉んで妬んでいたのは、アルバンやフローラが手に入れる幸福そのものだったんだ。


 アリシアはそこまで考えると、これは駄目だと思った。

 アルバンとフローラを見ると、自分が可哀想になって、その分だけ心が黒くなって、そんな醜い自分を見ると余計に自分が可哀想になる。

 これは駄目だ。


 彼らをこれからずっと見ていくのは耐えられない、というほどでもないがやっぱり嫌だ。

 二人ともとてもいい友達なのに、彼らを陰からずっと憎んでいくのか。

 ……それは嫌だ。



 ◆



 「どこかに行きたい……」


 その日の晩にアリシアは、夕食のシチューの鍋と人の頭ほどもあるパンの塊を前にして呟いた。

 自分がもう泣きそうなのかなんなのか、よくわからないもので胸がいっぱいにつまって、それがこぼれるようにして、何も言うまいと思っていたのに言ってしまった。


 何も言わなかったことにしようと顔を上げると、同じくシチューの鍋と人の頭ほどもあるパンの塊を前にしたアリシアの父と、こっちは普通のシチューの皿とごく普通の大きさの一切れのパンを前にした、只人のアリシアの母が、それぞれスプーンを片手にアリシアをじっと見ていた。

 自分を見ているふたりの表情がひどく深刻というか真剣なのを見て、アリシアは自分がわりとひどい顔をしているのに気付いてしまった。

 そんな自分が恥ずかしくて顔を伏せてしまう。


 アリシアの母が椅子から飛び降りて(大鬼族でも座りやすいようにテーブルが高く作られているから椅子も高いのだ)素早く脚立を運んできて、アリシアの椅子の横に設置して、さっと上り、そうして小さな体でアリシアの頭を抱え込んで抱きしめてくれた。

 そんなふうにされると泣くまいと思っていても、嗚咽が漏れてしまった。


 少し泣いて、それから母が涙とか鼻水を拭いてくれると、じっと腕組みをして瞑目していた父が、

「……俺にアテがあるから少し待ってろ」とポツリとこぼし、食べなさい、とアリシアに促して、自分も食事を再開した。



 ◆



 翌日に、アリシアの父は村の役場に手紙を出しに行っていた。


 そしてそれから二週間ほどすると、アリシアに一振りの剣をくれた。

 剣と言っても練習用らしきもので、木剣に布や毛皮が幾重にも巻いてあって、たぶん当たっても痛くないようにしてあるのかと思う。

 大きさは大鬼族の使う剣であるから、柄まで含めると2メェトルほどもある。

 剣身も広くてぶ厚い。


 アリシアが狩りで普段使うのは、逃げてしまう魔獣相手には主に大弓、こちらに向かってくるような気の荒い獲物には槍、獲物に止めをさしたり、血抜き用に喉を切ったりする用には片手剣を使っているので、こういうごく普通の両手剣は使ったことがなかった。


 チャンバラごっこ風にアリシアがビュンビュンと振って試していると、


「お前の奉公先が決まった。ここからふたつ領地を越えたとこにある伯爵家のお嬢様の付き人だ」

とアリシアの父が言った。


「付き人と言ってもな。大鬼族に身の回りの細々とした世話をさせるとは考えにくいから、仕事としては護衛が主だろうな。だから練習しておかなきゃならん」


 そう言って練習用の木剣を構えて、打ち込んでこい、とアリシアに言った。


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