ハーフオーガのアリシア14 ― 初めての警邏Ⅰ ―
スクッグさんとヴルカーンさんを見送った後、奥様が
「アリシアさんのベッドを作るから、家具屋さんが寸法を測りにくるわよ」とおっしゃった。
それでアリシアの部屋に奥様と行って、ベッドと一緒に何を頼むか相談する。
箪笥は続き部屋にあるからいいやということになって、奥様は、アリシアの体にあわせた、書き物をする机と椅子を作ろうと言ってくださったけれども、アリシアは部屋に大きな作業台があるから、それを生かす方向で、机は無しにして、座面を低くして脚が机の下に入るようにした、大きな椅子だけを作ってほしいとお願いして、そういうことになる。
作業台にはベンチがちゃんと両側についていたけれど、それに座るとアリシアの脚が作業台の下に入らなかったのだった。
話しているうちに家具屋さんがやってきて、アリシアの身長とか横幅とか足の長さとか太さを測ってくれた。
椅子は、いくつか作ってくださるようで、アリシアの部屋のほかに、食堂とかアリシアがよく出入りするであろう部屋にそれぞれ備え付けてもらえるらしい。
それから奥様が追加で、アリシア用の本棚と安楽椅子を注文してくださった。
お金は全部出していただけるそうで、アリシアはちょっと遠慮してみたけれど
「そりゃあうちの備品になるんだから、お金はうちで出すものよ」と奥様はおっしゃった。
でも、オーガの体格に合わせた家具なんて、わたし意外に使う人なんているんだろうかともアリシアは思う。
そうこうしているうちに、昼食の時間になったらしくて、また知らないメイドさんが呼びに来てくれた。
案内されるままに歩いていると、奥様とは途中で道が分かれてしまったので、アリシアは、昼は奥様といっしょに食べるんじゃないんだとがっかりしながらメイドさんについていく。
メイドさんが部屋をノックして、返事があるのを確認すると、アリシアに一礼してどこかに帰っていってしまった。
仕方がないのでドアを開けてみると、そこは中庭に面した大きな窓がある、さっきの朝ご飯を食べた奥様の部屋と似たような造りの部屋で、お嬢様が部屋の真ん中あたりで所在なげにふよふよと浮いていた。
見ると、料理の入ったワゴンから、オークのアイシャさんと、黒エルフのコージャさんが、料理を机の上に出して配膳しているところだった。
お嬢様はいつも大抵誰かに抱っこされている印象だけれど、今は皆が作業をしていて抱っこしてくれる人が誰もいなくなったので、そのへんに浮いているということなのだろうか。
お嬢様は、アリシアが入ってきたのを見ると、ニコニコと嬉しそうな顔をして、そのままフワーッとこちらに漂って、アリシアの胸に飛び込んできた。
そうして顔を上げて「おひるはわたしたちだけでたべるのよ!」と楽しそうに言う。
見ると確かに部屋にはお嬢様とアイシャさんとコージャさんとアリシアの四人しかいなかった。
そういえばご飯は朝は自由にしてよくて、昼はお嬢様と家臣一同で食べて、夜はお嬢様抜きの家臣一同で食べるんだったなと思い出す。
アリシアもお嬢様を片腕で抱いたまま、他の皆に挨拶をして配膳の手伝いを始める。
皿を配ったりしていると、お嬢様が籐のカトラリー入れに手をかけたかと思うと、ぶわっとナイフやフォークやスプーンの全部が爆発するみたいに空中に持ち上がって、それからテーブルに降り注いでいく。しかもちゃんと方向とか順番を揃えてぴったりと、それぞれが座る場所の皿が置かれるあたりの左右に置かれていく。
これはすごい。投射術ってこんな器用なこともできるのかとアリシアは感心した。
お嬢様は、なんだかぷにゃぷにゃしてて、誰かに抱っこされてるか、誰にも抱っこされてないときはそのへんに浮いている、やたらとかわいいだけの生き物と思ったらそんなことはなかった。
エルフというのは赤ちゃんでも凄いものだと思った。
というかエルフは寿命が長いから、お嬢様も赤ちゃんみたいに見えても、実際の年齢はよく分からない。
そこまで考えてアリシアは自分がお嬢様の歳を知らないのに気が付いた。
配膳が済んだので抱っこしていたお嬢様を背の高いお子様用の椅子に設置する。
その横がお嬢様の世話をするらしく、オークのアイシャさんの席だった。
アリシアも、お嬢様の世話とかをしたかったけれど、アリシアの席はいつもの通り長持ちに布をかけて台にしたものがお嬢様とアイシャさんの向かい側の席に用意されていたのでそちらに座る。
アリシアの隣が黒エルフのコージャさんだった
昼ご飯は、海老と何かの貝と卵の入ったおかゆで、あと新鮮なサラダと魚のソテーが付いていた。
アリシア以外の人は魚が切り身で、アリシアのは丸ごと一匹だった。
あとビスケットと果物とコーヒーがデザートとして付いていて、それを食べながらゆっくり四人で話していると、ドアがノックされる。
アイシャさんがどうぞと言うと、扉が開いて、そこにはアリシアが昨日の夜に風呂場で会ったドーラさんがいたのだった。
「邪魔するよ」
とダミ声で言いながらドーラさんが入ってくるなり、お嬢様が「どーら!」と言って、スポッと席から引っこ抜けるように浮かび上がって、そのまま飛んでドーラさんの胸のほうに飛び込む。
そうするとマントからばさっと腕を出してお嬢様を受け止めて
「はいはい、ドーラが参りましたよ」
と、やたら甘い声で言って、ドーラさんが顔を皺くちゃにして微笑む。
昨日の夜、皿洗いの女の子たちに風呂場で文句を付けていたので、けっこう怖い人なのかなとアリシアは思っていたけれど、お嬢様の前ではそんなこともないようだった。
「あら、ドーラ様、何かお飲みになります?」とアイシャさんが言ったけれど、
「うんにゃ、そこのオーガの嬢ちゃんを迎えにきただけさね」と返事をして、
「もう食い終わったんなら外に出る支度をしてきな」とアリシアのほうを見て言った。
そういえば昼を食べ終わったくらいで部屋にドーラさんが迎えに来てくれると昨日の風呂のときに聞いたんだったとアリシアは思いだす。
すっかり忘れて談笑していたのに気づいて、慌てて果物とコーヒーの残りを口に詰め込んで、それから皆に失礼しますと挨拶をして、慌てて部屋に駆け戻る。
外に出る支度と言われても、どういう恰好をしたものかと迷ったけれど、たぶん全身鎧はやりすぎで、でもドーラさんがお嬢様を抱っこするときに、開いたマントの前から、剣の柄頭がチラッと見えたので、ちょっとは武装するらしいとあたりを付ける。
とりあえず胴体だけ綿入れと胸甲を付けて、剣帯を締めて、左腰に片手剣、右腰に戦斧、腰の後ろに大ぶりのナイフを二振りつけて、あと昨日の「マントのこと」とかいうお嬢様の家臣になる儀式?みたいなので貰ったマントを武器類を隠すように身に着ける。
最後に、昨日ヴルカーンさんからもらった二つの帽子のうち、派手じゃないほうをかぶって、それからさっきの部屋に駆け戻った。
ドーラさんは戻ってきたアリシアに、騒々しく走るんじゃないよと注意しながら、アリシアのマントの前を少し開けて、アリシアの装備をちらりと見てから「ふむ、ま、いいだろ」と言った。
お嬢様が、抱っこしてくれていたアイシャさんの腕から抜け出して、ふよふよと漂ってくる。
「ドーラ、アリシアをおねがいね」
「ええ、ええ、お任せあれ」とドーラさんがお嬢様に猫なで声で返事をして、アリシアには
「ほれ、さっさと行くよ」とぞんざいに声をかけてから行ってしまう。
失礼しますと部屋の中に向けて挨拶をしてから、アリシアも後を追った。
◆
目的地はどうやら街らしくて、アリシアは自分より歩幅の小さいドーラさんが歩くのに合わせながら、ゆっくりと着いていく。
お屋敷は街から少し離れた小高い所にあるので、街に行くだけでもけっこう面倒だなと思う。
というか、敷地が広いのでお屋敷から出るだけでもちょっと歩かないといけない。
お屋敷のある高台から下ったところにある街は、上から見ると、山と川の間を付かず離れず通っている街道沿いになんとなく建物が密集したようなまとまりのない見た目をしていて、特に市壁のようなものも無いので、どこからが街だというはっきりとした境目みたいなものはない。
けれども、街道沿いの両側にお店やらが密集したあたりに入ると、人通りも多くなってきて、体の大きなアリシアは、やっぱりジロジロとよく見られる。
ドーラさんは、少し立ち止まって振り返り、アリシアを上から下まで眺めると「付いてきな」と言って、街道から外れて、街の中を山のほうに向かって歩き始める。
少し歩いて山の近くまで行くと、木立があり、そこを回り込んだ先にお店があった。
建物の外にはテラスがあって、そこに椅子とテーブルが幾つも並んでいる。
アリシアはそれを見て(つまり天井がないので)ああ、ここなら座りやすいなと安心する。
だれも人は座っていない。
「タンテや!いないのかい!」
ドーラさんがテラスから店の中を覗き込むようにして、割れ鐘のような声で怒鳴った。
するとガサガサと枯葉を踏むような音が聞こえて、見ると裏側から店を回って、金髪のきれいな女の人がやってくるのが見えた。
「あら、ドーラ様、こんなところまでどうなさったの?」
「こんなところだからいいんじゃないかい。ここはいつでも静かだからねえ」
「あら、ご挨拶ですこと」
「そんなこと言ったって客の一人もいないじゃないかい。まあなんでもいいさ。
木箱かなんか持ってきて、この子が座りよいようにしとくれ」
はいはい、とタンテさんらしき人は答えると、アリシアのほうに、こんにちはとだけ言って、いったん店の中に引っ込み、それから木箱を四つ持ってきてくれて、それを椅子のかわりに、縦横に二つずつ正方形に並べて布をかけてくれた。
アリシアは、人に、とくに女の人に世話をされるのは大好きで、それは嬉しいのだけれど、けれども、そうやっていちいち誰かに手間をかけてしまって、世話をしてもらわなければいけない、そういう人並みでない我が身が申し訳なく悲しくもあるのだった。
「ここはタルトとコーヒーが旨いんだよ。そうでなけりゃもうとっくに潰れてるわね。
いくらなんだって立地が悪いよ」
などとドーラさんが言いながらタルトとコーヒーを注文してくれた。
注文をとったタンテさんが店のなかに引っ込むと
「さて……まずはお勉強からだねえ」と言ってドーラさんが口を切った。
「まず、いま居るこの場所はファルブロール伯爵家の伯爵領になる。
そしてアリシアの嬢ちゃんは、そのファルブロール伯爵家の娘だから当然に伯爵家の傘下であるところのアリスタお嬢様の、さらにそのまた家臣なわけだ。
ここまでは理解してるかね?」
これは知っていたので、アリシアはハイと言ってうなずく。
最初はお嬢様にお仕えするという話になっていたはずなのに、なぜかご領主様本人に奉公することになってしまいそうになったから、アリシアがそれは断ったのだった。
「けれどもアリスタお嬢様はまだ子供だし、アリシアの嬢ちゃんの俸給だって、形としてはお嬢様から出てるけれども、実際のところは旦那様がお嬢様にお金を渡して、そこからお嬢様がアリシアの嬢ちゃんに払ってるという形になってるんさね。
まあそういうわけで、アリシアの嬢ちゃんには、この伯爵領の仕事を手伝ってもらわなきゃならん。
それでまあ伯爵領の収入は、旦那様が直接魔獣やらを狩って晶術石を採って売ったり、奥様が治癒術で稼いだり、林業の収入とか、宿場からの収入とか色々あるけれども、ここみたいな店から取る地代もその一部さね。
まあ地代と言ったってこんな山の際の店じゃ大した額は納めちゃくれないけどね。場所が悪いから安いんだね」
などとドーラさんが言っていると
「お納めするお金がちょっとで悪うございましたわね」
と言いながらタンテさんがタルトとコーヒーを持ってきてくれた。
なんだい間が悪いねえ、とブツブツ言いながらドーラさんがタルトとコーヒーを受け取る。
タルトにフォークを入れながら、タンテさんが店に入ったのを確認するとドーラさんは言葉を続けた。
「それでこういう客もほとんどいないような店だと揉め事なんかもほとんどないが、盛り場の店なんかだとタチの悪い客がきて喧嘩したり、食い逃げしたり飲み逃げしたり、ツケを払わないとかあるわけさ。
そういうときに私らがまあ面倒見ることになってるわけだね。
見回りをして、喧嘩があったら止めて、金を払わないやつからは取り立てるんだよ。
嬢ちゃんにやってもらいたいのはそういうことさね。
私らがそういうことを怠ってると、私らのかわりに、そのへんのゴロツキが出しゃばってくるからね。
まあそうは言っても私らもそんな数が多いわけじゃないからね。店でそれぞれ若い衆やらは抱えてるけど、そういう奴らが真面目にやってくれりゃ別にそれでもいいが、やたら高い守料を店に要求したり、ゴロツキどうしで縄張り争いを始めて治安が悪くなったりするようなこともあるからね。
そういうが出ないように私らで上から締め付けるのさ」
そう言われてアリシアは、まあよく分からないが用心棒のようなものかなと思う。
「うちの街はもとが宿場町だからね。
盛り場だってある。夜の店も多いし風紀も乱れがちさね。
それで今日から嬢ちゃんをうちが面倒見てる店にちょっとずつ顔見せしていくんだよ。
まあ挨拶まわりだね」
そんなところで話が終わって、お勘定だよ! とドーラさんが怒鳴るとタンテさんが出てきてくれる。
アリシアのぶんもドーラさんが払ってくれた。
今後ともご贔屓に、というタンテさんの声を背に受けながら、また街に向かって歩く。
道々でドーラさんに
「あんたは強いからね、色々な人があんたにペコペコするし便宜もはかるだろう。
でもね、さっきみたいな面倒見ている喫茶やら酒場やらで注文して、飲み食いして金も払わず出てくるような人間になったらいけないよ。
これから色々と顔出す店やらで、茶やらコーヒーやら酒やら飲ましてくれるかもしれない。
こっちが何も言わないのに出してくれたものはタダで貰ってもいいが、自分で注文したものについてはきっちり払うんだよ。集りをするような人間になっちゃいけない」
いいね? と言われて、アリシアは「はい」と答えたのだった。