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ハーフオーガのアリシア12 ― お風呂とメイドさん達と教育係 ―


 いつまでも地団駄を踏んでいても仕方がないので、アリシアは風呂に入るべく、着替えと拭き布を用意して部屋を出る。


 といっても風呂がどこか分からないので、誰かいないかと思って徘徊していると、メイドさんらしき女の子がふたり、部屋のドアから出てくるところだった。

 あの、すみません、と言って声をかけて、いま自分がどこに居るのか教えてもらうと、厨房の近くまできていたらしくて、そう言われればあたりに、微かに食べ物の匂いが漂っている気がする。


 そのメイドさんらしき女の子の二人は、皿洗いやら片付けやらで最後まで厨房に残っていたそうで、やっと作業が終わって部屋に引き揚げるところだったそうだ。

 もう夜もかなり遅いのに大変だなあとアリシアは思いつつも、奉公って言えば想像してたのはこういうのだよねとも思う。アリシアはこのお屋敷に来てからは食べて寝るくらいしかしていない。

 といっても、私まだここで食っちゃ寝しかしてないんだけどどうすればいいと思う? と目の前のふたりに聞くわけにもいかないから黙っているしかないのだけれど。


 女の子たちは、一人が栗色の髪と目の活発そうな子で、もう一人は薄茶色のふわふわした髪に、大きなレンズの眼鏡をかけた子だった。

 二人ともけっこう背が低いので、年下かもしれないと思って聞いたら、両方ともまだ十三歳とのことだった。まだ小さいのにがんばっているなと思った。


 二人に風呂場がどこにあるのか聞いたら、案内してくれると言う。


「いや、もう夜も遅いのに悪いよ」と断っても、

 栗色の髪の女の子のほうが「いえ、私たちでお風呂のお世話をしますから」と妙なことを言う。


 お風呂のお世話って昨日泊まった宿のお姉さんみたいなことをしてくれるんだろうか?

 こんな夜遅くまで働いてる子にそんなことまでさせられないよ、と思ったからアリシアは断ったけれども

「いえいえ、私たちも一緒に入らせていただきますのでついでですよ」

とかなんとか言って断らせてくれない。


「アーニャ、着替えとか取ってきて。私はお風呂までご案内するから」

 そう栗色の髪の子が言うと、薄茶色の髪の眼鏡の子が無言で踵を返して小走りで行ってしまった。


「ご案内いたします」とそう言って、栗色の髪の子もさっさと歩き始めてしまう。

 仕方がないからアリシアも後に続く。

 薄茶色の髪の眼鏡の子の名前がアーニャちゃんというんだと分かったのは良かったけれど、まさか毎回誰かに世話されるようになっているんだろうか。


 不安になって聞くと、

「そういうわけじゃないですけど、ご希望であればそうします」とのことで少し安心した。


 お風呂場の脱衣場は、晶術石が天井のそこらじゅうに、いっぱい取り付けてあって、すごく明るかった。

 それにとても清潔でピカピカだった。

 棚があって、そこに藤の籠が入れてあったので、服を脱いでそこに服を入れていると、アーニャちゃんも着替えやらを持って追いついてきたので、アーニャちゃんが服を脱ぎ終わるのを栗色の髪の子と、裸でおしゃべりしながら待つ。

 只人の裸の女の子というのは(私と違って)誰でもぷにぷにしててかわいいなとアリシアは思う。


 浴室のほうに行こうとすると、栗色の髪の子が、これをどうぞと言って、私が持っていた拭き布のかわりに、真っ白な毛足の長い布をくれた。

 なんだかやたらふわふわしていて、変な手触りだったので、よく見たら糸が無数に輪っかになって飛び出していて、そのせいでふわふわしてるのだった。

 布を何か尖ったものに引っ掛けたら、そこから糸が輪っかになって飛び出してしまうけれど、それをわざと布全体に作っているという変わったものだった。

「これはタオルっていうんですよ」

とのことで、さすが都会は変わったものがいっぱいあるなあとアリシアは感心したのだった。

 これが脱衣場の棚にいっぱい備え付けてあって、このお風呂場を使う人は誰でも使っていいらしい。

 実に素晴らしい!


 浴室に入るとこっちもとても明るくて、床にはきれいなタイルが敷いてあった。

 そのさらに向こう側には、きれいなモザイクが入った、石でできている大きな六角形の台がある。

 アリシアが昨日泊まった宿の浴場と同じで、たぶんあそこでマッサージとかできるようになっているようだった。


 アリシアは栗色の髪の子に手を引かれて、台の上にあおむけに寝そべる。

 それで浴槽にお湯を足している、魔獣の口みたいな形をした、お湯の吹き出し口のところへ行って、二人で桶にお湯を汲んでくれて、髪を濡らしたり薬液を付けたり濯いだりして洗ってくれた。

 自分で髪を洗うと薬液が目に入らないように目をつぶったまま髪を濯いだりしないといけないので、人にやってもらうと確かに快適だった。


 それから今度は座らされる。

 また二人で桶にお湯を汲んできて、薬液を付けて、両側からタオルとやらを使って腕や背中を洗ってくれる。

 小さな二人がかいがいしく世話をしてくれている様子がかわいらしいというか微笑ましく思いながら見ていると、ガラリと浴室の扉が開く音がして、見ると中年の女の人がひとり入ってくるところだった。

 けっこう太っていて、赤い髪を太い三つ編みにしていて、目がぎょろぎょろしていた。

 おっぱいは大きかった。


「おや、見ない顔だねえ」と女の人が言ったので、誰かと思って栗色の子のほうに目顔で尋ねてみたけれど、紹介してくれるでもなく、なんだかバツの悪そうな顔をして、しまったとでも言いたげな感じだった。


 仕方ないから

「アリシア・ゴルサリーズです。今日からこちらでお世話になっています」と挨拶する。


「どうも、あたしゃドーラだよ。ドーラ・ドレイク」

 そう言ってからドーラさんは栗色の髪の子のほうに視線を移して、

「ミローニャじゃないか、今日はこっちの風呂に来たのかえ?」と言った。


 栗色の髪の子がミローニャという名前だったのが分かった。

 彼女の顔を見ながら頭の中でミローニャ、ミローニャと呟いて顔と一致させる。

 女の子のつきあいというのは難しいから名前を間違えるなんていうのは全然論外なので必死で覚えておかないといけない。


「え、ええ、アリシア様のお世話に……」とミローニャちゃんが答える。

「ほほーう、そりゃあ感心なことだねえ。あたしにゃそんなお世話をされたことはないがねえ」


 ドーラさんはそう言うと、六角形の石の台のほうにドスドスと歩いてきて、そこにうつぶせになる。

「背中でもマッサージしてくれないかねえ。お世話してくれるんだろ?」


「わ、わかりましたよぅ……」

 しぶしぶと言ったていでミローニャちゃんがドーラさんの方に向かう。


「おや、嫌そうじゃないかい」

「そ、そんなことは……」

「ないかね。それは良かった」

 そうしてミローニャちゃんがドーラさんのマッサージを始めたので、薬液がドーラさんにかからないように、アリシアは石の台からおりて床に座り直すとアーニャちゃんが背中を流してくれる。

 アリシアは前をさっさと自分で洗ってしまって、それから椅子に座ったアーニャちゃんの後ろに回って、頭と背中を洗ってやる。


 そうこうしているうちに、ミローニャちゃんがドーラさんのマッサージを終えて、背中も流し終わって、ドーラさんが浴槽に向かう。


 それでアリシアは、今度はミローニャちゃんを捕まえて、前から頭を洗ってやり、アーニャちゃんが後ろにまわって背中を流してあげてさっさと洗う。

 終わったら三人で並んで湯船に浸かる。

 湯船がアリシア基準だと浅くて浸かり心地が微妙だった。というか上半身がお湯から出てしまってなんかかなしい。


 そんなアリシアたちを見ながらドーラさんが

「世話するどころか世話されてるじゃないかい、今日はどうしてこっちの風呂に来たのかえ」と言った。

 ミローニャちゃんはアリシアのとなりでお湯に浸かりながらぶうっと膨れていたけれど、やがて

「……だって髪を洗いたかったんですもん」

と答えた。


 意味がよく分からなくてアリシアが首をかしげていると、アーシャちゃんが、

「今日は洗うお皿がいっぱいあって遅くなったので、もうこの時間だと使用人ようのお風呂は、お湯がすごく汚れてますから」

と小さな声で補足してくれた。


「ははあ、あっちの風呂はそんなことになるのかい」とドーラさんが言うと

「使用人は数が多いし、お湯だってこんなに使い放題じゃないですもん!」

とミローシャちゃんが憤慨したように言う。


「それでアリシア嬢ちゃんにくっついてこっちの風呂にきたわけだ」

「ちゃんとお世話はしてますよ。もう遅いから誰もいないと思ったのに!」

とミローシャちゃんが悔しがると

「へいへい、あたしがいて悪かったね」とドーラさんが鼻で笑う。


「あたしもさっき戻ってきたとこだよ」とドーラさんが言っているのを聞いて、そう言えばこの人は昼の食事のときには見なかったなとアリシアは思う。



 皆で一緒に風呂から上がると、ミローシャちゃんとアーシャちゃんが体を拭いてくれようとしたけれど、二人とも背が低いので、どうせ上の方は届かないし、断って自分で体を拭いて、タオルとやらのあまりの肌ざわりの良さにびっくりした。

 水気がタオルを当てたところから一瞬で消えていくし、こんないいものがあるのかと驚いてしまう。


 それはそうと、さっき「使用人用のお風呂」というのが別にあるとアーシャちゃんが言っていたのが気になった。

 自分は使用人ではないのか、自分はここのお風呂に入っていて怒られたりしないのかとアリシアは急に不安になる。

 かといって、私って使用人じゃないんですかとアーシャちゃんに聞いても困るだろう。

 それで隣にいたアーシャちゃんに、体を拭きながら、それとなく

「明日もここのお風呂に入りにきていいんだよね?」

と念のため聞いてみる。


「はい、ここのお屋敷はお風呂は毎日焚いてくださいますから、明日も大丈夫だと思います」

と教えてくれる。

 アリシアが求めていた答えと、何だか微妙に意味合いが違う気がするけれど、これ以上は聞きようもない。


 昼にご領主様とご家族と面談したときに、スクッグさんが給金とか待遇とかそういうことを、ご領主様と話してくれていたような気がするけど、アリシアはきれいな奥様とかわいいお嬢様に注意を集中していたので、ロクに話なんか聞いていなかった。

 だからお嬢様の付き人って使用人なのかそうじゃないのかもわからない。

 というかお嬢様の付き人が使用人じゃなければ何なのか。


 考えていても、分からないものは仕方がないから、とりあえず寝間着を着る。

 

 道順がわかりますか、お部屋までお送りしましょうか? とミローシャちゃんが言ってくれるのを、たぶん道は分かるからと断って、皆でおやすみの挨拶をして、さあ解散となったところで「ちょいとお待ち!」とドーラさんが言って、ポケットから銀貨を二枚取り出して、ミローシャにちゃんに握らせた。


「あ、やった! ドーラ様大好き!」

とミローシャちゃんが抱き着かんばかりに喜ぶ。


「なんだい現金な子だねえ、まあマッサージさせたからね」

 アーシャにも菓子か何か買ってやるんだよ、とドーラさんが言っているのを聞いて、お風呂でお世話してもらったらお金を渡すものなのかと思って、アリシアも寝間着のポケットから取り出したふりをして、スクッグさんに貰った腕輪から、銀貨を何枚か取り出す。


 ミローシャちゃんは、ものすごく欲しそうな目で銀貨を見たけれど、アーシャちゃんが

「アリシア様とは洗いっこしただけなのでいただけません」と言う。

「そうですよ!」

とすごく残念そうな顔のミローシャちゃんにも言われてしまった。



 帰っていく二人を見送っていると、ドーラさんが

「明日から、あたしがあんたの面倒みさせてもらうからね」とアリシアに言った。


 面倒見るってなんのことだろうと思っていると

「とりあえずあたしがあんたの教育係をやってくれって旦那様に言われたんだよ」とのことだった。


 ここにきてから食べたり寝たりしかしてなかったので、やっと仕事かと思ったら

「昼を食べたくらいで部屋に迎えに行くから外に出られるよう準備しとくんだよ」

とのことで、やっぱりなんか言うことがヌルかった。


 それじゃ頼むよ、と言いながらひらひらと手を振って部屋に帰っていくドーラさんを見送り、それからアリシアも部屋に帰って寝たのだった。



■tips


ドーラがミローシャに渡した四分銀貨は、現代日本の価値に換算すると、

一枚がだいたい2000円弱である。




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