ハーフオーガのアリシア83 ― お土産の調達 ―
朝ご飯を食べて、片付けを済ませて、それぞれ用事をしたり、部屋に引き揚げたりしてしている時間。
人がいなくなった居間のソファーの片隅で、コロネさんと、そのメイドのミーナちゃん、それに従僕のトニオくんが、声を潜めてひそひそと話し合いをしていた。
庭に出ようと思って居間を通りかかったアリシアが
「どうしたの?」と聞くと、三人は顔を見合わせる。
それからミーナちゃんが寄ってきてアリシアの手を引っ張って、顔を寄せさせるようにしてくる。
「この冬の休みに里帰りがありますよね。それのお土産を買いに行く相談をしてたんです」
なんでそんなことで内緒話をしてるんだろうとアリシアが思っていたら
「コージャさんはご実家が遠いので里帰りはたぶんされないですから」
ということで、気を遣って声を潜めて相談していたらしい。
そう言われたら、黒森族のコージャさんは、お嬢様の寄子になるのに半年もかけて旅をしてきたとかアリシアも聞いていたのを思い出した。
学園の冬休みは端月の五日と、あと一月丸ごとだから、つまり三十五日なので、来るだけで半年かかったんだったら、確かにコージャさんは里帰りしているヒマはないだろう。
半年も歩かないといけないような、そんな遠くに家族を残してたったひとり、と考えるとアリシアにはそれがひどくつらいことに思える。
そうするとコージャさんの前では里帰りのお土産の話は言い出しづらいというのは、それはそうかもしれない。
「お土産を買いに行くのにアリシア様も一緒に行かれませんか?」
と、ミーナちゃんがアリシアの腕を引っ張ってくれる。
「そしたらウィッカさんやアイシャさんも誘って……」
ミーナちゃんに手を引かれながら、アリシアがそう言いかけると
「そこまでなったらコージャさんだけ仲間外れみたいになるでしょう。それはだめですよ」
とミーナちゃんに言われてしまう。なかなか気を遣うものだ。
「それに、アイシャさんも里帰りはしないって言ってたよ。ファルブロール伯領まではお嬢様と一緒に帰るけど、そこから実家には帰らないんだって」
と、コロネさんが補足してくれる。
アイシャさんの実家はそんなに遠くはないと聞いていた気がするけど……アイシャさんのほうは帰れても帰らないのか。
でも人それぞれ事情はいろいろあるんだろうし、だからいちいち気にしてたら大変だから
「もう変に気を遣って内緒にしたりとかしたって余計おかしくなるよ。普通に話したらいいじゃん」
と、そうアリシアが提案すると
「それもそうかも……」とコロネさんも言ったので、皆に声をかけてみることにする。
それで、まず馬人族のウィッカさんを誘ってから、昼ご飯を食べて片付けが終わったタイミングで、お嬢様と豚鬼族のアイシャさんと黒森族のコージャさんと、あとクリーガさんと、トラーチェさんに、一緒にお土産を買いに行くのについてくるかどうか聞いてみた。
そうしたらアイシャさんは
「わたしは今年は里帰りはしないから、お土産もいいわ。あなたたちで行ってらっしゃいな」
とのことで、お嬢様は
「アイシャがいかないならわたしもいいわ」とアイシャさんに抱っこされながら言っていた。
コージャさんも
「私も里帰りしないのでお土産はいいかな……外は寒いし。何か屋敷の中で作業でもしてます」
ということだった。
トラーチェさんは
「この街が私の地元で実家もありますから、里帰りというのはないですねえ。
アリシア様が一緒に行かれるのであれば安心だから大丈夫だと思います」
ということで、一緒に来ないみたいだった。
クリーガさんにもいちおう声をかけてみたけれど
「私にはもう里というのはありませんからな。
お土産を渡す相手もおりませんので、皆さんでいってらっしゃい」
とのことだった。
それで、じゃあちょっと抜けるので後を頼みますと断って、ばいばいと手を振ってくれるお嬢様に手を振り返して、コージャさんには「何かおやつでも買ってくるからね」と言い置いてから屋敷を出発する。
◆
いつものようにウィッカさんに馬車を出してもらって冬の街をゆっくり走る。
まだ十二月だから、冬といっても大したことはなくて、道のあっちこっちに溶け残った雪がべしゃべしゃとあるくらいだ。空気もそんなに冷たくはない。
「お土産って何がいいと思う?」
そう自分の左側を走る馬車の客席に座ったコロネさんに聞かれて、アリシアはぼんやりと
「なにか学園都市ならではって物がいいよね」と答える。
「でも私達って、まだ魔獣狩りしかしてなくて、勉強とか全然してないしなあ」
そう返事をされたら、確かに魔獣討伐演習に行って帰ってきただけで、授業とかはまだ全然受けてないから、それはそうだけれども……
「そんなの学園都市帰りっていう雰囲気出して、もっともらしい顔してたらわかりゃしないって」
前を走って馬車を曳いてくれている馬人族のウィッカさんが、笑いながらそんなことを言う。
「そんなの、何を勉強してきたの? とか質問されたら終わりじゃないの」
コロネさんがあきれたような声を出す。
「そのときはそのときのことよ……じゃあ、それっぽく見えるように文房具でも買いに行きましょうかね!」
ウィッカさんは楽しそうにそう言うと、どこかアテでもあるのか、馬車の方向を変えて快調に走りはじめた。
◆
少しだけ走って着いたお店は、やたらとでっかくて重厚な石造りの、間口の広いお店で、大きな板ガラスの入った窓がお店の前面にあって、そこから店の中が見えていた。
天井も高そうだし、店の中も広そうで、アリシアでもお店に入れるように、ウィッカさんが気を遣ってくれたんだろうか。
皆が馬車から降りたところで
「馬車どうしようか……」とウィッカさんがつぶやく。
そう言われたらいつも皆でお出かけするときは、どこかのお店に入るときには、馬車はお嬢様が荷物袋の異能にだいたいしまってくれるから、そういう心配はしたことがない。
「俺がここで見てますよ」
と従僕のトニオくんが言ったけれど「そういうのはだめだよ」とウィッカさんが否定する。
トニオくんに一人で留守番させるのもかわいそうだし、自分が見てようかなとかアリシアが考えていると
「まあ置いていっても大丈夫でしょ」とかウィッカさんが言いだす。
「馬車はすごい高いものですよね?」と、トニオくんが食い下がるけど
「馬の私がいないんだからそんなすぐには持っていかれないって」
とかウィッカさんはあっけらかんと言ってしまう。
たぶん大丈夫じゃないかなとアリシアは思ったけれど、うっかり大丈夫でしょ、とか言っちゃってから、後でやっぱり盗まれたりしたら困るから安易なことは言えないしなあ、とアリシアも悩んでいると、メイドのミーナちゃんが、いつの間にかお店に入っていたらしくて、お店の中から店員さんらしき人を引き連れて出てきた。
「馬車は店の裏手にお駐めいただけます」
その店員さんがそう言ってくれたので、馬車を店の裏手に回すと、きれいな芝生のある庭があって、そこに馬車を駐めた。
庭には灯りの術石を入れておく背の高い外灯があったんだけれども、ウィッカさんは馬車のトランクから、太い鎖とでっかい錠前を取り出すと、その外灯の支柱に鎖をまわして、錠前をかけて馬車と支柱を繋いでいる。
知っていたことだけど、ウィッカさんは馬車をとても大切にしていて、やっぱりすごく気にしてるんじゃん、とアリシアにも分かる。
馬車を店の前に置いてても大丈夫だよとか、うっかりででも言わなくてよかったと、アリシアは心中でこっそり胸を撫で下ろした。
◆
お店の中は、窓が大きいからか、とても明るくて広くてきれいだった。
きれいな硝子瓶に入った、赤や青や金や銀のインク。
何か透かしが入った表面が滑らかなきれいな紙。
色とりどりのガラスでできたペン。鮮やかな色の鳥の羽を使った羽ペン。ペン先を削る小さなナイフ。
金属製で、金の細工が入ったペン先。
版画かなにかで刷ってあるのか、きれいな花柄が入った便箋。
金色や銀色を塗って縁飾りをしてある封筒。
色をつけて、香料で香りもつけてある封蝋。
本当にもう信じられないくらい種類が色々とあって目移りをする。
店員さんに値段を聞くと、かなり高いようなことを言われたけれど、コロネさんもミーナちゃんもウィッカさんも色々と買っていた。(トニオくんは買っていなかった)
それに、こんなきれいで珍しいものが、アリシアの実家がある山の麓の村にあるかといえば、そんなものはないわけで、そうしたら、つまりこれは買ってアリシアの地元の村に持って帰るだけの価値があるということだから、アリシアもあれこれと少しずつ買う。
買い物を終えて、勘定台のところでお金を払っているときに、コロネさんが近所に本屋さんがないかどうかを店員さんに聞いていた。
それで、その文房具の店を出てから、店員さんの言ったとおりにウィッカさんが馬車を走らせると、たしかに本屋さんがあって、こうすれば自分たちで探さなくても目的の店に行ける。
さすがコロネさんは頭がいい。
◆
その本屋さんには馬車を駐める駐車場がなかったけれど、トニオくんが本には興味が無いからっていって馬車の留守番をしてくれるということだったから、今回はお願いして残りの皆で本屋に入った。
お屋敷の図書室に、お嬢様がいっぱい本を入れてくれたから、アリシアとしてはそれで満足してしまったけれど、実家用に何冊か買って帰ってもいいし、地元の村のお世話になった貸本屋さんに、何冊かプレゼントしてあげれば、ちょっと借り賃はかかるけど、順番に村の皆で新しいのを読んでもらえる。
それで面白そうなのを十冊くらい買って、それと楽譜があったから、これもビオラとか持ってる音楽ができる人にあげれば、村の皆も聞けるなと思いついて、楽譜も何冊か買った。
◆
それから今度は布地屋さんに行く。
お店の中には、赤や黄色や緑や桃色に青に紫と色とりどりに染められた布地や、あるいは花柄とかの柄物の布地が、太い木の芯棒に巻き付けられていっぱい売っていた。
柄の布地っていうのは木の版画で柄を付けるんだと、布地屋さんのおばあさんが説明してくれて、アリシアはそれをはじめて知った。
皆であれこれ相談して、気に入ったのをいくつか測って切ってもらって買う。
それから布地を織るためのきれいな糸もいっぱい置いてあったから、それも何束か売ってもらった。
アリシアは裁縫は苦手で、自分ではほとんどやらないから、布地や糸はお母さんに渡したり、お土産で誰かに配っちゃうんだろうとは思うけれど、それでもきれいな布地や糸を買うと心が浮き立つ。
◆
それから今度は、小間物屋さんに寄って、そこで縫い針を買ったり、ボタンやリボンを買ったりする。
ボタンも真鍮のは安いけれど、貝殻で作ったやつは高い。
真鍮のはいっぱい買って、貝殻のは選びながら少しずつ買う。
布地と糸をあげるんだったら、縫い針もあったほうがいいよねと十本くらいも買う。
リボンもアリシアは全然使わないけれど、村の女の子たちが喜んでくれそうだし、まあなるべくかわいいものをいくつか測って切ってもらって買う。
自分では使わなくても、かわいいものを買うのは楽しい。
そこで、ふとアリシアが横を見ると、ミーナちゃんの顔色が悪くなっているのに気が付く。
なんだか、顔が青くて焦ったような表情をしている。
「どうしたの?」と、アリシアが聞くけれど、ミーナちゃんは
「い、いえ……なんでも」とか言ってごまかす。
そうしたら近くにいたトニオくんが
「お金を使いすぎたんで困ってるんでしょう」
と教えてくれた。
「なんでそうやって言っちゃうのよ!」
と、ミーナちゃんが怒って大きな声を出す。
「そんなに自分が困るほどお土産を買うのは馬鹿だろ」
「あんたはそうやってイヤミばっかり言うから友達も少ないかもしれないけど、私には妹達もいるし、女の子はいろいろ付き合いがあんのよ!」
「ちょ……言い過ぎだろ!」
そうやって二人がやいやいと言い合いを始めたら、コロネさんが近くに寄ってきて
「静かに。お行儀良くしなさい」と言って二人を黙らせた。
それから銀貨をじゃらりと財布から出して、ミーナちゃんとトニオくんに何枚かずつ握らせる。
「あっ、ありがとうございます!」
ミーナちゃんは大喜びしていて、トニオくんは
「俺までいただいて申し訳ないです。ありがとうございます」とか言って遠慮がちにしている。
「ミーナにだけあげるわけにはいかないでしょう」
とかコロネさんがトニオくんに言っているけれど、人の面倒をみるというのもなかなか気をつかうなとアリシアは思った。
それから、お菓子屋さんに寄って、皆でお金を出しあって、ロールケーキを一本買って、それで買い物は終わりにして、またウィッカさんに馬車を曳いてもらって屋敷に帰った。
◆
それで、その日の夕食が終わった後で、アイシャさんがお茶を淹れてくれて、買ってきたロールケーキを皆で食べながら、買ってきたお土産を皆に披露する。
あれがきれいだとか、これもきれいだとか、そんなふうに皆で話をして盛り上がって楽しかったのだけれど、お爺さんのクリーガさんがちょっと難しい顔をして考え込んでいた。
それで、どうしたのかなと思っていると、クリーガさんがアリシアに
「他の方のお土産はそれでよろしいと思いますが……アリシア殿はもう少し色々と用意されたほうが良いかもしれませんな」
と言ってきた。
「……そうなんですか?」
と、なんとなく答えはしたけれど、あんまり意味がわからなくて、どういう意味だろうと考えていると、クリーガさんが
「もちろん、アリシア殿が御自身のお里の方々と、どのような関係だったかにもよりますので、一概には言えないのですが、アリシア殿はお強い。
そうだとすると、里の方々のお土産への期待も高くなるかもしれませぬな。
差し出口とは思いましたが、初めてのお里帰りと言っておられたもので一応申し上げました」
と言って説明してくれる。
「帰省するとお土産目当てに群がってくる人いるわよね。私はあれはきらいだわ」
アイシャさんが顔をしかめて嫌そうな顔をして言う。
「まあ、貧しいところへの富の移転とか、再分配というような意味合いもありますので、完全に否定すべきものでもないとは思いますが……」
アイシャさんが強い言い方をしたせいなのか、クリーガさんが今度は少し遠慮したような声で答えた。
「本当に大変ですよ! よその人にあげるのが多くて妹たちのが少なくなったりとか、おかしいですよね!?」
銀のトレーに載せてお茶のおかわりを運んできてくれていたミーナちゃんが、話が聞こえたのか、憤懣やるかたないという表情で口を挟む。
「まあミーナは買いすぎだと思うけどね。無理のない範囲でやらないと」
ミーナちゃんからお茶のおかわりをもらったコロネさんが、苦笑しながらそう言った。
「でもお……あんまりケチると残った家族が肩身が狭いかなとか思いますし」
ミーナちゃんは困った顔をしながら考え込む。
「そこはミーナの判断だけどね。でもなんとか上手くやらなくちゃいけないよ」
コロネさんはそう言いながら、ピカピカ光る大きな銀貨を一枚取り出して、両手でトレーを持っているミーナちゃんのエプロンのポケットに押し込んだ。
するとミーナちゃんは困った顔ではなくなって、嬉しそうにお礼を言ってからキッチンのほうに戻っていく。
それで今日の買い物を思い出してみると、ミーナちゃんはけっこう色々といっぱい買っていた。
ミーナちゃんがいくら月給をもらっているのか知らないけれど、たぶん自分よりは少ないだろう、とアリシアは思う。
アリシアは金貨三十枚も貰っているから、これは自分の月給が高すぎるんだなとアリシアは考える。
前にアリシアはご領主様のお屋敷にいたけれど、そこにメイドのアーニャちゃんとミローニャちゃんという子たちがいて、その子たちの月給がたしか金貨一枚の半分もないくらいとか聞いた気がする。※
ミーナちゃんがいくら月給をもらっているのか分からないけれど、年格好も似ているし、アーニャちゃんやミローニャちゃんたちと、だいたい同じくらいかもしれない。
そうすると、ミーナちゃんがあんなにいっぱい買ってたのだったら、もっと稼いでいる自分は、もっともっといっぱい買って色々持って帰らないとまずいのじゃないか。
そこまで考えるとアリシアは焦りはじめて、それで顔をあげてキョロキョロ周りを見回してしまった。
するとアリシアのほうを見ていたアイシャさんが
「なんでも最初が肝心よ。最初にあげすぎると皆が期待するようになるから、減らしづらくなって、里帰りのたびにいっぱいお土産を用意しなきゃならなくなるわ。
だから、あんまり無理はしちゃだめよ」
と忠告してくれる。
◆
寝る時間になって、アリシアが寝床について、お土産のことをどうしたもんかなと考えていると、部屋の扉がノックされる。
はい、と答えると「わたしよ」と、お嬢様の声がした。
珍しいなと思って、でも嬉しくなって、起きあがって扉を開けると、すうっとお嬢様が漂って部屋の中に入ってくる。
それをアリシアが抱き取ると、おみやげのことだけれど、とお嬢様が話し始めた。
「さしいれをだすからこれをもっていって。うでわにはいるでしょう」
お嬢様はそう言って、アリシアが左腕にしてある金色の腕輪を指差す。
まあこの腕輪の中の部屋にはまだだいぶん余裕があるけれども……
お嬢様はそう言ってから、すごく大きな樽を二つ出した。
「これは……?」
「ウイスキーよ。まだいろいろだすからうでわにしまって」
お嬢様をベッドにそっと置いて、ありがとうございますとお礼を言って、手首を押し付けるようにして腕輪にウイスキーの樽をしまう。
するとお嬢様は、今度は只人の脚くらいの太さで、脛くらいの高さの、紙に包まれた棒を三十本ほども出した。
「これはなんでしょう?」とアリシアが聞くと
「おさとう。これもしまって」と、お嬢様はおっしゃる。
「砂糖って高いんじゃ……」
「いいのよ」
ためしにひとつその砂糖の棒を手に取って、巻いてある紙を少しめくってみると、中の砂糖棒の表面が雪みたいに真っ白で、砂糖の小さな結晶が宝石みたいにキラキラしていた。
アリシアは、あわてて紙を元のように巻いて戻す。こんな真っ白な砂糖は絶対高い。
これも腕輪の中にしまうと、こんどはお嬢様は、とても大きな藁の筵のようなものをバサリと床にひろげる。
それから今度は只人の腕の長さくらいもある、大きな魚、それもカチカチになるまで干したような干物をその筵の上にドサドサと積み上げ始めた。
積み上げた山が大きくなり、百本か二百本かくらい魚の干物の山ができたところで
「これもしまって」とお嬢様はおっしゃった。
言われたとおりにアリシアは魚の干物を腕輪の中にしまう。
それから、お嬢様はくんくんと小さなお鼻をうごめかせ、ちょっとさかながにおうからまどをあけて、と言うのでアリシアがそうすると、お嬢様は小さなおててをひらひらさせる。
すると部屋の中なのにピュウと小さな風が吹いて、魚の匂いが消える。
令術で風を起こしたんだろうか。本当に器用だなとアリシアは感心した。
「じゃあ、わたしはへやにもどるわ」
と言って、お嬢様はドアのほうに漂っていく。
それでアリシアは慌ててお嬢様を捕まえて抱っこしてから廊下に出た。
「あんなにいっぱいいただいていいんですか? 申し訳ない」
とアリシアが言うと、お嬢様はアリシアに
「いいのよ。おさけかおにくか……こんかいはアリシアのさとのむらがやまのほうだからさかなにしてあるけど、あとあまいものか、おかねか、そこらあたりをたくさんあげておけばだいたいのひとはよろこんでくれるのよ」
とおっしゃった。
それは……確かにそうだろうけど、ちょっと身も蓋もないような感じがアリシアにはしないでもない。
お嬢様とアイシャさんの寝室に着いたら、アイシャさんにしっかりとお嬢様を引き渡す。
二人に手を振って別れて自分の部屋に戻り、寝床につきなおすと、お嬢様が差し入れをくれてお土産の算段がついたこともあって、アリシアは、ようやく安らかな気持ちで眠りについたのだった。
◆
さらに翌日。
昼ご飯を食べ終わって、片付けも終わったくらいのタイミングで、トラーチェさんがアリシアに
「お土産の買い足しに行かれるのでしたらご一緒いたしますよ。
アリシアさんがお土産を買い足しにいくのについていってあげてってお嬢様に言われてまして」
と言ってくれた。
お土産をもっといっぱい買った方がいいらしいし、相談できる人がついてきてくれるならありがたい。
お嬢様もよく面倒をみてださるものだなあとアリシアは思う。
寄親、寄子というけれど、お嬢様は赤ちゃんみたいに見えるのに、お土産の差し入れをくださったりもそうだけど、確かにお母さんみたいに面倒見のいいところがあって、しっかり親をやってくださっている。
もし自分も何かの事情とかで寄親になったら、あそこまでしなきゃいけないのかと思うと、これは自分には無理なんじゃないかともアリシアは思った。
トラーチェさんは手回しよくコロネさんのところの馬と馬車を借りていたみたいで、御者としてトニオくんもついてきてくれることになった。
馬車の横を歩いているアリシアに、トラーチェさんが馬車の客席から
「昨日はお嬢様に色々いただいたんですよね?」と聞いてきた。
これ言っちゃっていいのかなとためらったけれど、聞かれてしまうと、他に言いようもなくて
「はい、まあ……」と曖昧に答える。
「お嬢様に、だいたいはお聞きしてるんですが、他に何を買い足すかというのも考えなきゃいけないので、詳しく教えていただいていいですか?」
そういうことならと、トラーチェさんに顔を寄せてごにょごにょと耳打ちする。
「それは……すっごく豪儀ですね」
とトラーチェさんは言うけど、アリシアもそう思う。
特に砂糖をいっぱいくれたのは、あれは絶対高いと思う。
「アリシア様も、たくさん稼いでいらっしゃるんだと思うんですが、お嬢様みたいに気前良くはなさらなくてもよろしいですからね。
あんなことを真似したら破産してしまいます」
それはそうだ。治癒とかで金貨を何十枚でも一瞬で稼いだり、大きな天竜でもどうということなく狩って、金貨を一万枚でも二万枚でも稼いでしまえるお嬢様だからできることだとは思う。
「それでアリシア様の地元の村はどれくらいの人数なんですか?」
「うーん……はっきりはわからないですが、三百人はいないと思います。二百五十人くらいですかね」
「わかりました。じゃあ少し余裕をみて、男性、女性それぞれ百三十人ずつくらいですね」
そうですね、とアリシアは答えたものの、これはつまり仲の良い女の子たちにだけちょっとお土産を渡すとかそんなんじゃなくて、村全体に配る流れなのかと気を引き締めた。
「男性たちはお嬢様がくださったウイスキーの樽で口をふさぐとして、問題は女性たちですよね。
砂糖も干魚もどっちかいうと家族向けというか……」
それでちょっと相談してから、布地や糸とお菓子なんかを買い足すことになった。
◆
それで昨日も行った布地屋さんに行く。
そうして布を測って切ってもらうんじゃなくて、トラーチェさんと相談しながら、布を巻いてある木の芯棒ごと色を違えて五種類くらい、それから柄物の生地も三種類くらい買うことになった。
それに糸も、木箱にいっぱい入れてもらって色々な色を百束以上も買う。
そうしたらお会計のときに、金貨で二十枚以上もした。
アリシアは、思わず目を剥きそうになったけど、なんかそういう流れだったし、今さらやめますとか言えないから、お金を支払う。
それから小間物屋さんで、縫い針を箱三つ分の三百本も買って、リボンをこれも巻いてある芯ごと十巻きくらいも買って、あと真鍮のボタンをざらざらと、いくらあるんだか分からないくらい買って、貝殻や糸で作ったボタンも買い足して、それで金貨が十枚くらいだった。
そうするとなんだかお金を使うことに慣れてきて、だんだん動揺しなくなってくる。
さっきは金貨二十枚だったけど、今度は金貨十枚で済んだとか思えてくるから恐ろしい。
これって良くないことじゃないのかなと、アリシアはちょっと不安になるけれど、お金を他に使うアテもないんだしと自分に言い聞かせる。
それから、子供たちとかにばらまくようのお菓子があったほうがいいかも、とかトラーチェさんが言うから、お菓子屋さんに行って、飴玉と、紙に包んだ砂糖菓子と、あとなんか棗椰子とかいう南方の果物を干したものをそれぞれ百個ずつ買った。
それに珈琲豆やお茶も分けやすくていいですよ、とトラーチェさんが言ったので、珈琲豆屋さんとお茶屋さんに寄って、それぞれ紙袋にいっぱい入れてもらう。
お菓子とお茶と珈琲でこれが金貨五枚。
それから家族用のお土産を買ってないのに気が付いて、母親にレースの布地(これがすごく高かった)と、父親に高級(だとお店の人が言う)ワインと、あと日持ちがするとお店の人が言ったから、チョコレートのお菓子をたっぷり買った。これは村の皆に分けるんじゃなくて、実家でこっそり家族で食べることにする。
それと、お屋敷に帰ってから皆で食べるために、生クリームがいっぱいのケーキをひとホール買った。
これらが全部で金貨五枚くらい。
◆
最後のお菓子屋さんから出たところで、トラーチェさんが
「今日はありがとうね」と言いながら、御者をしてくれたトニオくんに銀貨を渡しているのが見えた。
自分の用事で付いてきてくれたトラーチェさんにお金を出させるのはおかしいから、アリシアは、あわてて走り寄って、トラーチェさんにお金を引っ込めてもらって、かわりに自分がトニオくんに銀貨を渡す。
銀貨だから全然安い! とか一瞬思ってしまった自分に、アリシアはびっくりした。
なんだか自分の人格が変わってしまっていて、ひどく嫌な人間になってしまったような気がして怖くなる。
それからトラーチェさんはアリシアに
「では、お金を出していただいたついでに、何か他にもう少しお菓子を買っていただいていいですか?」
と言ってきた。
ケーキをひとホールも買ったのに、まだ買うのかと思ってちょっと驚いたけど、そう言うから、また馬車をトニオくんに頼んで、トラーチェさんと一緒にまたお店に入りなおす。
「馬車と馬とトニオくんを貸してくださったコロネさんにもお礼のお菓子くらい買っておいた方がいいですからね。
水分の多いようなものよりは、日持ちがして、お部屋ででも少しずつ食べられるようなものがいいでしょう」
トラーチェさんにそう言われてみると、それはお礼のお菓子くらい買って帰るのは当たり前に思える。
それでクッキーと、ナッツの飴がけと、干した果物の入った堅めのケーキを詰め合わせた箱があったから、それを二つ買って、ひとつをトラーチェさんに渡した。
思わずトラーチェさんの顔を窺ってしまうけれど、トラーチェさんは
「まあ! ありがとうございます」と言って、にっこりとしてくれた。
これで間違いじゃなかったらしい。
「トニオくんは、コロネさんのところの使用人ですから、何か本来の仕事じゃない別のことをしてもらったらお金で心付けを渡すのがいいんですよね。
でもコロネさんは、誰かの使用人というわけではないですし、お嬢様を寄親とする寄子の仲間なので、まあ疑似的ではありますけど家族のような関係ですから、お金を渡すと逆におかしいんです。
だからかわりにアリシア様に、お菓子を買っていただいたんですよ」
みんなそんなことを考えながら生きてるのかと思うと、アリシアは気後れしてしまって
「難しいんですね……」とつぶやいた。
すると、トラーチェさんは、束の間、アリシアの顔をじっと見つめて、それから優しい顔になって
「大丈夫ですよ。アリシア様は優しいですもの。それがいちばん大事なことですよ。
後のことは他に色々あっても、それは言ってしまえば細かいことです。
例えばミーナちゃんだってアリシア様には懐いていますでしょう。アリシア様といるときはくつろいでいるように見えます。
そういうふうに人に接することができるのは大事なことで、特に貴族様だとそれができない方も大勢います。
だからアリシア様は素晴らしいんですよ。だから大丈夫です」
と褒めてくれた。
急に褒められて、アリシアはどぎまぎしてしまうけれど、でもやっぱり元気がでたので、意気揚々と馬車のところまで戻り、それからお屋敷に向けて馬車と一緒に歩いて帰ったのだった。
■tips
※ハーフオーガのアリシア25 ― アリシアは高給取りだと判明するⅡ ―
(https://ncode.syosetu.com/n2133ga/26/)を参照。
ちなみに、年若いメイドであるアーニャとミローニャの月給は正銀貨5枚分である。
正銀貨13枚で金貨1枚分に相当する。
金貨1枚が現代日本の貨幣価値に換算すると10万円くらいなので、アーニャとミローニャの月給はだいたい39,000円くらいになる。
これに加えて、部屋と食事が現物支給され、さらに年に二回、月給と同額の支度金、帰省交通費の実費、衣服ひと揃いが支給される。
ミーナの月給がアーニャやミローニャのそれと同じとは限らないが、同じように年若く、非熟練労働者なので、だいたい似たような待遇であろうと推察される。
ちなみにアリシアの給料は、年俸で言うと金貨420枚=4,200万円で、他に衣服ふた揃いと部屋と食事が支給される。
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