ハーフオーガのアリシア82 ― 本屋&カフェでデートと言えなくもない何か(主人公は自覚無しで付き添いもいっぱい)Ⅱ ―
お嬢様がいっぱい本を買って、その本を作っているお店(出版業者というんだとウルスさんが教えてくれた)を出たところで
「出版業者はまだ幾つかご紹介できますが……いかがいたしますか?」
と金髪の熊みたいな体形のウルスさんが、優しい声でお嬢様に聞いてくれる。
するとお嬢様は難しい顔をして
「うーん……きょうのところはもういいわ。おもったよりしいれがむつかしかった」
と仰った。
「本というのはタイトルごとに内容ってものがありますからね。そこは吟味するのが大変といえば大変ですよね」
六本腕のエルゴルさんが慰めるようにそう言ってくれる。
「そうなのよ! ちょっとこんかいしいれたものをうってみて、それからまたかんがえてみるわ」
「それがよろしゅうございますね。商材ごとにノウハウというものがありましょうから。
私は専門は穀物や食糧の類なので、私自身はその面ではあまりお役にはたてませんけれども、ご用命あれば誰か適当なものをご紹介いたしますよ」
ウルスさんがそう言ってくれると、お嬢様は眉根をひらいてやっと明るい顔になった。
「ありがとお! じゃあもうゆうがただし、おちゃをのみにいきましょう。
きょうついてきてくれたおれいにごちそうするわ」
お嬢様はそう言ったあと、エルゴルさんのほうを上から下までさっと眺めて、それからエルゴルさんに
「どこかいいおみせしってる?」とお聞きになった。
アリシアは、そのお嬢様の視線の意味を理解して、まあエルゴルさんの体が入りそうなお店じゃないと、ご馳走もできないもんね、と思ったのだった。
「分かりました。たまに行くお店があるので、そこにご案内しましょう」
とエルゴルさんが言ってくれると、お嬢様は「やった!」と言って喜んで、エルゴルさんのほうに飛んでいって抱っこされる。
◆
出版業者さんのところから、十五分ばかり歩くと、そのエルゴルさんがたまに行くお店とやらはあって、着いてみたら、そのお店は確かに石造りの背の高い建物で、玄関扉からして、やたらと大きかった。
そのアーチ型の大きな玄関扉を開けて、お嬢様を抱っこしたエルゴルさんを先頭に中に入ると、中も交差したアーチ型が連なるような形の、すごく高い天井で、室内は天井のアーチの端っこを支えている柱が等間隔にたくさん並んで立っている。
室内に柱がいっぱいあるかわりに、天井がすごく高くできているような、そんな造りだった。
窓も、外壁に連なるアーチにはめ込むようにして設けられているから、とても背が高くて大きくて開放感がある。
さっと店員さんが寄ってくると
「今日は見ての通り大勢だけど頼むよ」とエルゴルさんが店員さんに言う。
すると、店員さんは手近にあったテーブルを三つもひっぱってきて、くっつけて場所を作ってくれた。
エルゴルさんとアリシア用の椅子がわりにする箱も用意してくれたけど、馬人族のウィッカさんが腹這いになるための絨毯が無いと言ってきたから、絨毯はお嬢様が荷物袋の異能から出してくださった。
そうやって皆が席に落ち着いたところで、抱っこをしていた流れのままに、お嬢様をお膝の上に座らせたエルゴルさんが、アリシアのほうを向いて
「この店は、元は何やらいう神の聖堂だったそうですが、今はもう聖堂としては使われていなくて、そこに喫茶店が入ったんだと聞きました」
と教えてくれた。
高い天井で整然と柱が並んだ、やたらと立派な造りの建物だから、元は聖堂だと言われたら確かにそんな雰囲気がある気がする。
「広くていいお店ですね」とアリシアが何となく返事をすると、エルゴルさんは
「そうでしょう。私達にも入りやすい貴重なお店だ。潰れたりしないように機会があったらアリシアさんにも贔屓にしてもらえると嬉しいですね」
と、嬉しそうな顔をして言った。
とりあえず皆でお品書きを見て相談して、お茶と珈琲に、お肉の入ったパイと、ケーキやアイスクリームを注文する。
それを持ってきてくれるのを待つ間に、お嬢様は戦利品の本を何冊か取り出して、テーブルの上に置いてはパラパラとめくり
「これ、おもしろいのかしら」とか言っていた。
「売るために仕入れる本を選ぶっていう経験は初めてなので、あんまり自信はないのですが、なるべくきちんとしてそうな本を選んだとは思います……」
と、トラーチェさんがあんまり自信がなさそうな顔で言う。
トラーチェさんやエルゴルさんやウルスさんが本を選ぶときに、しっかり読んでいるふうではなくて、わりとざっくりとパラパラ開いて眺めたり、ちょっと読んだりくらいしかしているようにしかアリシアには見えなかったので
「良さそうな本とかそういうのって分かるものなんですか? 前に読んだことがあるとか?」
とアリシアはトラーチェさんに聞いてみた。
「うーん……勘、というとちょっと語弊がありますが、少しだけ読んだり、パラパラ見たり、目次を読んだり、作者である程度選んだりとかで、なんとなく分かりますね。
面白い本が分かるというより、ダメな本がなんとなく分かるのでそれを弾くような感じでしょうか」
そういうのありますよね? とトラーチェさんはエルゴルさんのほうに向いてそう問いかける。
「まあ、そういうのは分からなくもないですね。
本を読みなれてくると、なんとなく雰囲気で分かるというかそういう気はします」
エルゴルさんは、そう返事をしながらちょっと苦笑いしている。
「へえー! そんなことができるようになるんですか」
アリシアは感心する。
「寄親のお屋敷に立派な図書室がありましたからね。よく借りて読んでましたよ。
でもアリシアさんも本はお好きなんでしょう? 全集を揃えようとするとか、そういう本にたくさんお金を使うタイプの人は本好きでしょうし」
「実家の近所にある村に貸本屋があって、そこで借りて読んでました。
銅貨二枚で三日貸してくれたんですよ」
「そりゃあ良心的だ。良いお店が近所にあって良かったですねえ」
「本って高いですもんね。その割には安く貸してくれてたのかも……」
「何か気に入った本などありましたか?」
とエルゴルさんが聞いてきたので、アリシアは読んで面白かった本を幾つか教えてあげた。
そんなことを話していると、お嬢様がエルゴルさんのお膝から
「うちのとしょしつにもほんをいっぱいいれるからね!」
と言ってくださった。
「良かったですね」とエルゴルさんが優しい顔で言ってくれるのにアリシアも大きく頷く。
陽のあるうちは掃除や洗濯をしたり、演習で狩った魔獣の解体や精肉作業をしたりして時間を潰せるけれど、晩御飯を食べて片付けが終わったあたりとか、けっこうヒマだなと思うことが多い。
だいたいは居間に集まって皆でおしゃべりをするのだけれど、何か小説本でもあればそれも楽しいと思う。
「アイシャさんは、たまに編み物や刺繍をしてますけど、私はそういうのもないですからね」
「あら、アリシアさんもしたいんだったら教えてあげるわよ?」
アイシャさんはそう言ってくれるけど
「私は指が太いので向いてないですね」とアリシアは肩をすくめて返事を返した。
やってできなくはないし、毛皮や革を縫い合わせるのは、狩人の仕事の延長でそれなりにできるけど、向いているとは思わない。
するとエルゴルさんが
「じゃあ楽器はどうです? 室内楽もいいものですよ」と言いだした。
「楽器って……音楽のですか?」
アリシアは思ってもみなかったようなことを言われて驚く。
「そうですね、音楽の楽器です。
楽器っていうのは低音を担当する楽器は大きくなるのが常なので、私たちのような体の大きなものにも役割はあるんですよ。
例えばですね、皇帝陛下がお広めになった楽器があるんですが、弓で弦をこすって音を出すタイプのもので、ビオラっていうんですが、音域別に順に大きさが違う八つの楽器があるんです。
いちばん高い音がでる三倍高音ビオラがいちばん小さくて、いちばん低い音が出る深低音ビオラがいちばん大きいんですよ。
私たちの体の大きさだと三倍高音とか高音とか標準のビオラあたりは小さいので演奏が難しいかもしれません。
でもそれより大きいビオラだと、私たちは手が大きいから、広い音域で弦を押さえやすくて音を出しやすかったりとか、体の大きさがむしろ有利に働くんですよ。だから私は低音ビオラを楽しんでいます。
アリシアさんの体格なら、立て棒を使わずに肩に載せて高中音ビオラが演奏できますよ」
体格とか言われてアリシアはちょっとイヤな気分になったけど、それはさておいて、楽器かあ……と思案する。
アリシアの実家がある山の麓の村でも、宴会のときに、ちょっとした笛やらタンバリンやら、竪琴に、あとビオラ(肩の上に載せてキコキコやるやつ)なんかを持ち出す人も確かにいた。
素人がやるものだからそりゃあんまり上手くはないけど、あのビオラがあると踊りとかが盛り上がるし楽しい気分にはなる。
あるいはもっと本格的なお祝い事だと専門の楽士さんを何人か読んだりとかすることもある。
「まあ、そうは言っても楽器も高いですからね。
私の使っている低音ビオラだと大きいし、金貨で三十枚ほどもします。でもアリシアさんならじゅうぶん買えますよ。
あとは演奏を教えてくれる先生の月謝も必要ですね。簡単な範囲までなら先生なんか雇わなくても、私がお教えできますが」
エルゴルさんにそう言われてはじめて、アリシアはお金があるということがどういうことなのか、なんとなくぼんやりと分かったような気がしたのだった。
つまりお金が魔獣討伐演習ですごくお金が儲かったから、いままでなら買うことなんて考えもしなかったような文学全集のセットとか、もっと高い楽器とかさえ買えるようになって、それはアリシアが今まで考えたこともなかったようなことが、その気になればできてしまうということなのだった。
楽器を買ったからといって、弾くのも難しそうだし、それで挫折したらお金の無駄になる。
どうしたものかとアリシアが考えていると、今度は金髪の熊みたいなウルスさんが
「ゴルサリーズ殿は寿命も長いでしょうし、何か極められる趣味をお持ちになるのはいいと思いますよ」
とアリシアに向かって言う。
アリシアはいったい何を言われているのか、よくわからなくて
「そうなんですか?」と曖昧な返事をする。
アリシアが分かってないと思ったのか、ウルスさんは
「ゴルサリーズ殿はお強いでしょう。そもそも大鬼族は種族として寿命が長めだと聞いたことがありますし、百五十歳か二百歳か、その程度までは生きられるのではないですか?
そうすると六十や七十やそこらで死んでしまう普通の人と比べたらだいぶん長生きだから、芸事だって極められる時間がずっと長いということですよ」
「はあ……」
アリシアが分かっていない顔をしていると思ったのか、今度はトラーチェさんが説明を足してくれる。
「アリシア様がお強いってことは、つまり令術力が高いということですけれど、令術力というのは何からくるかというと、それは熱やエネルギーを操作したり、あるいは治癒をしたりするナノマシンをよく使えるということです。
ということは、そういう方々は体内のナノマシン濃度が高いってことなんですよね。
そうしてそれらのナノマシンによって、体の中が常にすこしずつ補修されているということでもあります。
そしてそういう傾向は高位の術者であればあるほど強くなります。
だからそういう方々は老化による体の劣化が、ナノマシンによる体の補修である程度相殺されて、寿命が長くなったり毒も効かなくなったりする傾向があります」
アリシアは、トラーチェさんにそこまで詳しく説明されて、やっと何を言われているのか分かった。
けれども、トラーチェさんの言っていることが本当だとすると……お父さんは強いから、たぶん寿命とかも自分と同じようなものだけど、お母さんは普通の人だし、とアリシアは考えて悲しい気持ちになる。
でも、悲しい気分になっていたのはアリシアだけではなかったみたいで
「私も令術は少しだけは使えるので、普通の人よりは少し長生きはできるでしょうけど、この中で一番早く墓に入るのは私でしょうね……」
と、トラーチェさんが少し暗い顔で言った。
けれども、お嬢様が
「だいじょうぶよ、トラーチェがびょうきになったらわたしがなおしてあげる。
のうとかきょうせんとか、なおせないところもあるけど、それいがいならなんとでもするわ。だからながいきしてね?」
と、力強く言ってくださった。やっぱりお嬢様は頼りになる。
「お、お嬢様! 嬉しいですうぅ!」
トラーチェさんが感激している。
でも脳は分かるけど胸腺ってなんだろう?
良かったですね、とトラーチェさんに言っているエルゴルさんの声を聞きながら、アリシアは、後でお嬢様にうちのお母さんのこともお願いしよう、と心に留めたのだった。
◆
やがて外が暗くなってきて、そろそろ帰ろうということになる。
お嬢様からお金を預かって、トラーチェさんが支払いを済ませて、皆でお茶を飲んでいたお店から出たところで
「お屋敷まで送りますよ」とエルゴルさんが言ってくれた。
「でも……ただでさえお呼びたてしたのに悪いですわ」
とトラーチェさんが言うと、金髪の熊みたいなウルスさんが
「いえいえ、お気になさらず。
というよりもアリスタ様をお屋敷までお送りせずに帰ったなどとうちの局長に知られようものなら、私が局長に殺されてしまいます」
と、おどけた調子で答える。
「そうなの?」と、お嬢様は目をぱちくりする。
「御身大切にお願いしますよ」
とエルゴルさんも、自分で抱っこしているお嬢様に釘をさした。
それから、お嬢様はエルゴルさんから、馬車の座席に座っている豚鬼族のアイシャさんに渡される。
そうしてアリシアとエルゴルさんで、馬車を左右から挟むように護衛しながら屋敷に帰ったのだった。
馬車の、アリシアが立っているのとは逆側にもエルゴルさんの巨体があるから、馬車を護衛するアリシアとしてはだいぶん楽ができたような気がしてありがたかった。
それで、帰り着いた屋敷の門のところで
「今日は送ってくださってありがとうございました。助かりました」
とアリシアがエルゴルさんにお礼を言うと
「こちらこそ、お誘いいただいてありがとうございました。
大鬼族の同族と、本や楽器の話ができる日が来るとは思いもしませんでした。
本当に楽しかったです。機会があればまた遊んでくださいね」
とエルゴルさんはものすごく嬉しそうに返事をしてくれた。
「はい。また機会があれば」
そんなふうにアリシアも返したけれど、エルゴルさんが妙に嬉しそうなのがちょっと変だなとも思う。
ちょっと熱量が高すぎるように見えるというか。
……でもまあ、大鬼族の同族と、って言っているから、同じ大鬼族と会えたのが嬉しいんだろうなとアリシアは解釈して、あんまり気にも留めなかった。
自分はそもそも父親とエルゴルさん以外の大鬼族には会ったことがないから、同族であるとか同族でないとかは気にしたことがなかったなあ、とかアリシアが考えているうちに、エルゴルさんは、アリシア以外の皆にもお別れの挨拶をして、手を振りながら、ウルスさんと連れ立って帰っていったのだった。
■tips
西方帝国皇帝が職人に造らせ、ハ種類に標準化してしまった擦弦楽器群(ヴァイオリンやヴィオラやチェロやコントラバスのような楽器のこと)は以下のとおりである。
形状は現実世界のヴァイオリン属にまったく類似している。
上に記載してあるものほど高音域を担当し、楽器のボディーも小さく、下に行けば行くほど低音域を担当し楽器のボディーは大きくなる。
・三倍高音ビオラ
超高音域担当。ボディーは現代の子供用ヴァイオリンのように小さい。
・高音ビオラ
現代のヴァイオリンより音域が少し高く、ボディーも小さい。
・標準ビオラ
現代の一般的なヴァイオリン相当。ただボディーはわずかに大きい。
三倍高音ビオラから標準ビオラまでを只人は肩乗せで弾くのが普通。
これより下に記載されてあるものは只人であればエンドピンを床に立てて弾くのが普通である。
・高中音ビオラ
音域は現代の一般的なヴィオラ相当だが、ボディーはもっと大きくて音楽的に正しい大きさ。
只人の場合は大きさ的にもう肩乗せで弾くことができないので、エンドピンを床に立てて弾くが、アリシアの体格なら肩乗せで顎で挟んで弾けるので、エルゴルさんはアリシアにこれを弾くように薦めた。
・中音ビオラ
現代のヴィオラとチェロの中間の音域を担当。現代のチェロより少し小さい。
・低音ビオラ
音域は現代のチェロ相当。ボディーはより大きい。
エルゴルさんはこれを弾いている。
・重低音ビオラ
音域は現代のコントラバスより上だが、ボディーの大きさはほぼ現代のコントラバス相当。
・深低音ビオラ
音域は現代のコントラバス相当だが、ボディーはもっと大きい。
皇帝がこのように音楽的に正しく?標準化してしまったことは、進歩とも言えるが、それまで使用されていた多様な楽器が少し減ってしまったので、文化的破壊という評価もし得る。
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