file30:そして、それから
エピローグ。
中学生になり、夏休みになって、僕は海へと向う列車の中にいた。
単調な走行音も橋を越え、トンネルを抜けるたびに小さく変わった。神社の梅の木には多めに水をやったから心配ない。去年はふたりだった列車内。今年は一人旅だ。
ホームに降りたとき、駅前のロータリーを走る自転車を見かけた。ショートカットに小麦色の肌をした女の子が乗っていた。
こちらには気付かず辺りをまわっていたが、声をかける前にどこかへ行ってしまった。それはそうだ。待ち合わせの時間まではあと一時間以上もあるのだ。僕は少しだけ笑った。
約束までに時間があったので、僕は例の場所へと向かうことにした。一年ぶりだ。どうなっているのか不安な気持ちもあった。
洞窟を抜けて広がる一面の青い世界。秘密の海岸は美しいまま僕を迎えてくれた。
すると、横から声がかかった。
「これって抜け駆けだよ。二人で来ようって言ったじゃん」
僕よりも前に到着していたらしい。自分だって来ていると、こちらは同罪を指摘したが、地元は特別だと言い張ってきかなかった。
並んで海を眺めるのは一年ぶりだった。こうして夏が好きになれたことは、僕にとって大きな成長だったと思う。恥ずかしくて、感謝の言葉は未だに口にできていないが。
コホン。ひとつ咳払いをしてから、鈴原が尋ねた。
「ところでさ、どうして石井はここへ来たんだっけ?」
「なんだよ。お前が――」
反論しかけて僕はやめた。きっと、鈴原は「会いたかった」と言って欲しいのだ。
それから少し考えて、僕は答えた。
「えーと、猫のヒゲを付け足してもらいに来たんだよ」
思いっきり顔に砂をかけられ、僕は仰け反ってしまった。口の中がジャリジャリとして気持ちが悪い。
応戦をしようとしたら、すでに鈴原は波打ち際まで逃げていた。僕は彼女を追いかけて海へと走った。
中学一年となった鈴原は元気そうだ。
了
題名『ヒゲのない猫』
著者 蒼井 果実
これでふたりの話はおしまいです。最後まで『ヒゲのない猫』を読んで下さり、ありがとうございました。お時間があれば、ぜひ評価・感想等をお願いします。小説とは別にコミックメーカー3を使用したPCゲームとしても無料で配布しています。興味のある方はvector等でダウンロードしてください。 それでは、また他の物語でお会いしましょう。
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