file28:二月の終わり
不意に会話が止まり、沈んだ表情を見せる千博。貫太郎は彼女と交わした約束を思い出す。二人でもらった梅の木を大事に育てていくこと。そのことを貫太郎はすっかり忘れてしまっていた。そして千博は自分がこの町を出て行くかもしれないと話した。
これから思春期を迎える中学校生活を考えて、両親が話し合いを行ったらしい。そこで、夏に泊めてもらったあの実家で暮らす話がもち上がったそうだ。同じ女である自分の方が理解できると母親は主張した。一方の父親は力不足を自覚してか、ついに否定できなかったそうなのだ。あの日の出来事だけではない。家出をしたことも、また大きな要因となったに違いなかった。それらは鈴原にとって全くの予想外だった。
鈴原は結果的に裏切るかたちとなってしまったことを後悔していた。自分のわががまが父の立場を苦しくして、しかも心を深く傷付けたのだ、と。しかし、母親が嫌いなわけでもなかった。実家で暮らせば、新しい生活も待っている。どちらが良いのだろうか。
そんな大人の事情が絡んだ鈴原の悩みとは裏腹に、一方の打ち明けられた僕はもっと単純に受け止めていた。
鈴原が引っ越す。鈴原千博がこの町からいなくなってしまう。いつの間にか忘れていた。ずっとこのまま付き合っていけるものと思っていた。保証などどこにもなかった。腐れ縁など、存在しなかったのに。
「だから、今度こそ約束を守ってよね」
鈴原はいくらか話した後、蒼白となった僕にそう言って微笑んだ。
僕はためらいがちに尋ねた。
「やっぱり、この町を出たいのか?」
すると鈴原は首を横に振った。
「確かにあの時は、どこかへ行ってしまいたいって思ったけど、でも今は嫌かも。だって……」
もう会えないかもしれないから言うけど。言葉に詰まった鈴原は間をとってから決心したように言った。
「この町を出ようとしたとき……一緒に来てくれて、本当は嬉しかったんだ。いけないって思いながら、それでもやっぱりどこかで安心してた」
だから、そう思ったときから家出の目的は崩れてしまったのだ、と。
鈴原は立ち上がり、それから僕の何歩か前に立った。
「石井と同じクラスでいられて良かった」
僕は抱きしめたい衝動に駆られた。きっと生まれて初めてのことだろう。この町を離れるかどうか。それは大人の都合であり、鈴原自身が決められることではないと知っていた。それでも彼女を掴んで離したくなかった。そうでもしなければ、一生後悔してしまいそうな気がしたのだ。
しかし、僕はできなかった。鈴原と自転車を残して神社から逃げだしたのだ。どうせなら、家出を続けていればよかった。自分が弱いと実感した。奥歯を噛み締め、下を向いてひたすら走った。
二月の終わり、引越しの噂を僕は早川から聞いた。
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