file27:大切に守ってね
駄目もとで電話をかけて悪態をついたことを素直に謝まることが出来た貫太郎。そして、ふたりは町外れの神社で会った。
続いていた会話が終わりを迎え、やがて途切れたとき、街灯を見つめていた鈴原が不意に呟いた。
「今夜、世界が壊れて欲しいな」
「えっ?」
「だって……楽しかったから」
それから鈴原は冗談だと寂しげに笑ってみせた。刹那的な表現が嬉しい反面、とても哀しかった。
僕は話題を切り替えた。
「そうだ。俺が忘れたっていう約束を教えてくれよ。この神社が関係してるんだろ?」
ヒントは記憶に残らないほどの古い約束で、家出のときに、鈴原がここへ立ち寄っていたということ。しかし、不覚にも、それだけでは何も思い浮かばなかった。
鈴原は少し顔を曇らせたが、やれやれといった具合で、一角を指差した。
「そこの梅の木。あの苗木を四年のときに埋めたんだよ」
あれは小学四年生の夏休みの出来事だった。誰もいない校庭で自転車を乗りまわしていた僕は校門からこちらを見つめる視線に気が付いた。小さな麦藁帽子に白いワンピース姿の女の子だった。
同じ学年の転校生なのだと聞いて、僕はこの町を案内することにした。公園におもちゃ屋、そして自分の家。自転車の荷台に乗せていろんな場所を走った。
やがて夕方になり、お囃子の音が聞こえてくると、僕は祭りが行われるこの神社に連れてきた。そこで、どういう理由だったか、お婆さんから梅の苗木を貰ったのだ。
女の子の住まいはアパートで、僕の家にも植える余裕がなかった。だからこっそりと神社で育てることにした。そこで約束をしたのだ。
「もし転校しても、大切に守ってね」鈴原は再現して言った。
そういえば、と思い返して僕はハッとした。確かにそんな出来事があった。しかし、こちらにしてみれば長い夏の一ページであり、次の日にはすっかり忘れてしまっていた。
さらに驚かされたのは、あのときの女の子が鈴原だったということだ。麦藁帽子を被っていたから、顔がよく見えていなかったという理由もある。しかし、何よりも大きな原因はその印象だった。女の子は活発というよりも、色白で大人しい雰囲気だったのだ。彼女が鈴原だったとは、全く思いもよらなかった。
ようやくのみ込めた僕は深く頷いた。
「そっか。だから怒ってたのか」
「別に怒ってないよ。ただ、残念には思ったかもしれないけど」
梅の木は未だに細いが、何倍も大きく成長していた。根本の土には薬の入った瓶が刺さっていた。きっと鈴原が手入れをしていたのだろう。僕が忘れてしまい、世話を怠ってきたこの二年と数ヶ月。ひとり彼女が守ってきたのだ。
鈴原はうつむき、溜め息を吐いた。
「実はね、今度……中学になったら、この町を出るかもしれないんだ」
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