file23:夜を走る
クリスマスプレゼントに自転車を買ってもらった千博。彼女はそれで旅に出ようとしていた。自分のことを誰も知らない土地で気持ちも新たに暮らしていきたい。しかし、見送りに来たはずの貫太郎の背中にはリュックサックが背負われていた。
慣れない自転車での旅は本人はもちろんだが、後ろを走るこちらにも精神的な疲労を強いた。鈴原が体勢を崩して倒れそうになるたび、またブレーキのタイミングを謝って車と接触しそうになるたび、僕の体は固まり心臓は止まりそうになった。ヨロヨロと危なっかしく自転車を操る彼女の背中が頼りなげであり、また心配だった。
いくつかの橋を横切り大きな町を越えた。そしてようやく海辺の通りへと辿り着いた頃には深夜をまわっていた。
月が出ていないせいか、暗くて浜辺の様子は全くわからなかった。まるで深い霧の中のような漆黒の世界が広がっていた。繰り返す波の音と鼻を刺激する磯の匂いだけが、海がそこにあるのだと暗示していた。
街灯と道路標識を手がかりに、僕らは会話も交わさないまま黙々と自転車を走らせていた。
ジッと見つめると吸い込まれてしまいそうな気さえしてしまう。夜の海は黄泉の国へとつながっているかのように不気味で、不思議な魔力を持っていそうだった。時折りすれ違う自動車のヘッドライトが恋しく思えた。
寒さから逃れるようにファーストフードのチェーン店に入った。
店内は深夜のためか音楽は流れておらず、淀んでいるような暖かい空気で満たされていた。そして僕達の他に客はいなかった。
ハンバーガーにポテト、コーラを載せたトレイをそれぞれ運んだ僕たちは自然と同じ窓際のボックス席に向かい合って座った。
ソファーにもたれて、僕はあらためてふくらはぎや太もものだるさに気付かされた。それはそうだと納得させられた。もう十時間近く走り続けてきたのだ。
くつろぎ始めた僕とは対照的に、レジにいる店員の目が気になったのか、鈴原はそわそわとして落ち着きが無かった。確かに通報されたら、タダで済むはずがない。以前、警察に捕まったら指紋を採られるのだと聞かされたことがあった。
僕はコーラをひと口喉に通してから話しかけた。
「やっと、とうとう海まで来たな」
「とうとうって……旅はこれからだよ」
気丈に振舞ってはいるものの、やはり鈴原の顔にも疲れが出ていた。
いったいあとどれくらい頑張るつもりなのだろう。それよりもどうして家出をしようなんて考えたのだろう。
疲労から食欲はなかった。それでも何か胃に送らなければいけないと思い、僕らは飲み物と一緒に無理やり流し込んだ。
クリスマスだというのに、ケーキもなければ、ツリーも楽しい会話もない。何もない静かな時間は煌々と明かりに照らされているにもかかわらず、僕に睡眠の欲求を運んだ。
寝ている間に鈴原はいなくなってしまうかもしれない。いけないとわかっていた。それでもそのときは音もなくやってきた。睡魔は確実にこちらを狙っていた。僕の隙を見逃さなかったのだ。
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